袁家のあるじは、嫌いではない。
跡取り娘のほうは、顔を見たことはないが、夫人のほうはよく知っている。
美人というわけではないが、陽だまりのような、ほっとする雰囲気のある、品のよい女性であった。
袁家のあるじは、雲の父親とちがって、妾をもたずに、この妻にのみ尽くしているという。
長兄のお使いで屋敷に行ったことがあるが、感じの良い、明るい空気につつまれた家だった。
婿養子にいったら、その家族の一員として迎えられるのだ。
「天下は乱れに乱れまくっておるぞ。
常山真定に閉じこもっている分は、まださほど感じないでいるだろうが、やがて、戦火は全土に飛び火しよう。
下手をすれば劉氏は斃れるやもしれぬ。
そうなれば、もっとも皇位に近いのは、劉氏の一族ではなく、袁一族のだれかであろうな。
いまのうちに、袁一族と縁を結んでおくことは、けして損ではない。
父上はあんなふうになってしまったが、かんぜんに思考力をなくされたわけではない。
情勢を見越して、袁家の申し出を受けたのだろう。
不器用な長兄では、とても話を受けきれなかっただろうさ。
あちらは、おまえを気に入っている。
このまま進めば、春にでも祝言となろう」
春。
あと数ヶ月しかない。
まだ雪すら迎えていない季節にあって、雲は近い未来の自分の姿を想像することができなかった。
「雲よ、わたしは明日には発つだろう」
さりげなく、敬がつぶやいた。
「母上が、戦場になどいくなと、うるさいからな。いまも、まだ泣いておる」
あまり好きな女人ではないが、さすがに泣いていると聞けば、憐憫の情もわく。
雲が眉をしかめると、敬は雲と同様に土塁のうえに膝をかかえて、眼下にある趙家をながめた。
「おまえの気性はだれに似たのかな。
嫌いなはずのわが母にまで同情できるのだから、たいしたものだよ。
おまえならば、袁姓を名乗ることになっても、この家を見捨てずに、守っていけるだろう」
そんなの、ちっともうれしくない。
雲は思ったが、孝行の観点からすれば、口に出してはならないことであったので、我慢した。
「うれしくないという、その気持ちもわかるが」
敬は、雲の心を見透かしたように、そう言った。
雲はあらためて、この次兄のことを不思議に思った。
なぜ、ほかの兄弟たちを差し置いて、末っ子である自分を、これほど気にかけてくれるのか。
「なぜに、わたしがお前にお節介を焼くのか、ふしぎに思っている顔だな。
単にわたしはお節介が好きなのだ。それで納得できるか?」
納得できない、と首を振ると、敬は肩をすくめた。
「気むずかしいな。まあ、単なるお節介、というのは、半分は嘘だ。
うむ、そんな顔をするな。
わたしの嘘、というのは、要するに、法螺、ということだ。
悪意があってのことではないのだぞ。
説明をうまくするのはむずかしい。
まあ、お前のことが気になるからだ、ということにしておくか」
それでも、いくら兄弟とはいえ、ほぼ初対面なのである。
それなのに、やたらと自分を贔屓してくれる次兄に、違和感をおぼえてしまうのも仕方のないことであった。
どういうつもりだろうといぶかしむ雲に、敬は雲の頭をくしゃくしゃと撫でて、言った。
「では、こうしよう。お前は、兄弟の中でいちばん、わたしによく似ているからだ。
わたしの顔をよく眺めておけ。将来はこういう顔になる」
冗談はともかくとして、たしかに、次兄の言うとおりにはなるだろう、と雲は思った。
敬は、趙家の人間とは思われぬほどに、明るい気性の持ち主なので、雰囲気はちがうだろう。
だが、目と鼻のかたち、唇の厚さなど、つくりは実によく似ている。
自分も、似たような年になったなら、面差しは、こんなふうになるだろう。
つづく
跡取り娘のほうは、顔を見たことはないが、夫人のほうはよく知っている。
美人というわけではないが、陽だまりのような、ほっとする雰囲気のある、品のよい女性であった。
袁家のあるじは、雲の父親とちがって、妾をもたずに、この妻にのみ尽くしているという。
長兄のお使いで屋敷に行ったことがあるが、感じの良い、明るい空気につつまれた家だった。
婿養子にいったら、その家族の一員として迎えられるのだ。
「天下は乱れに乱れまくっておるぞ。
常山真定に閉じこもっている分は、まださほど感じないでいるだろうが、やがて、戦火は全土に飛び火しよう。
下手をすれば劉氏は斃れるやもしれぬ。
そうなれば、もっとも皇位に近いのは、劉氏の一族ではなく、袁一族のだれかであろうな。
いまのうちに、袁一族と縁を結んでおくことは、けして損ではない。
父上はあんなふうになってしまったが、かんぜんに思考力をなくされたわけではない。
情勢を見越して、袁家の申し出を受けたのだろう。
不器用な長兄では、とても話を受けきれなかっただろうさ。
あちらは、おまえを気に入っている。
このまま進めば、春にでも祝言となろう」
春。
あと数ヶ月しかない。
まだ雪すら迎えていない季節にあって、雲は近い未来の自分の姿を想像することができなかった。
「雲よ、わたしは明日には発つだろう」
さりげなく、敬がつぶやいた。
「母上が、戦場になどいくなと、うるさいからな。いまも、まだ泣いておる」
あまり好きな女人ではないが、さすがに泣いていると聞けば、憐憫の情もわく。
雲が眉をしかめると、敬は雲と同様に土塁のうえに膝をかかえて、眼下にある趙家をながめた。
「おまえの気性はだれに似たのかな。
嫌いなはずのわが母にまで同情できるのだから、たいしたものだよ。
おまえならば、袁姓を名乗ることになっても、この家を見捨てずに、守っていけるだろう」
そんなの、ちっともうれしくない。
雲は思ったが、孝行の観点からすれば、口に出してはならないことであったので、我慢した。
「うれしくないという、その気持ちもわかるが」
敬は、雲の心を見透かしたように、そう言った。
雲はあらためて、この次兄のことを不思議に思った。
なぜ、ほかの兄弟たちを差し置いて、末っ子である自分を、これほど気にかけてくれるのか。
「なぜに、わたしがお前にお節介を焼くのか、ふしぎに思っている顔だな。
単にわたしはお節介が好きなのだ。それで納得できるか?」
納得できない、と首を振ると、敬は肩をすくめた。
「気むずかしいな。まあ、単なるお節介、というのは、半分は嘘だ。
うむ、そんな顔をするな。
わたしの嘘、というのは、要するに、法螺、ということだ。
悪意があってのことではないのだぞ。
説明をうまくするのはむずかしい。
まあ、お前のことが気になるからだ、ということにしておくか」
それでも、いくら兄弟とはいえ、ほぼ初対面なのである。
それなのに、やたらと自分を贔屓してくれる次兄に、違和感をおぼえてしまうのも仕方のないことであった。
どういうつもりだろうといぶかしむ雲に、敬は雲の頭をくしゃくしゃと撫でて、言った。
「では、こうしよう。お前は、兄弟の中でいちばん、わたしによく似ているからだ。
わたしの顔をよく眺めておけ。将来はこういう顔になる」
冗談はともかくとして、たしかに、次兄の言うとおりにはなるだろう、と雲は思った。
敬は、趙家の人間とは思われぬほどに、明るい気性の持ち主なので、雰囲気はちがうだろう。
だが、目と鼻のかたち、唇の厚さなど、つくりは実によく似ている。
自分も、似たような年になったなら、面差しは、こんなふうになるだろう。
つづく
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GWを過ぎるまでは、なかなか落ち着かない状態がつづく我が家。
いろいろあるのは、どこの家も同じかと思いますが、いやはや、どうしてこんなに時間管理が下手なのか、自分!
しかし、ちょっとばかり余裕も生まれつつあるので、その余裕を上手に生かそうと思います。
ではでは、今日もよい一日をお過ごしくださいませ('ω')ノ