はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

臥龍的陣 番外編 しゃれこうべの辻 その9

2023年04月24日 10時31分14秒 | 臥龍的陣番外編 しゃれこうべの辻
袁家のあるじは、嫌いではない。
跡取り娘のほうは、顔を見たことはないが、夫人のほうはよく知っている。
美人というわけではないが、陽だまりのような、ほっとする雰囲気のある、品のよい女性であった。
袁家のあるじは、雲の父親とちがって、妾をもたずに、この妻にのみ尽くしているという。
長兄のお使いで屋敷に行ったことがあるが、感じの良い、明るい空気につつまれた家だった。
婿養子にいったら、その家族の一員として迎えられるのだ。


「天下は乱れに乱れまくっておるぞ。
常山真定に閉じこもっている分は、まださほど感じないでいるだろうが、やがて、戦火は全土に飛び火しよう。
下手をすれば劉氏は斃れるやもしれぬ。
そうなれば、もっとも皇位に近いのは、劉氏の一族ではなく、袁一族のだれかであろうな。
いまのうちに、袁一族と縁を結んでおくことは、けして損ではない。
父上はあんなふうになってしまったが、かんぜんに思考力をなくされたわけではない。
情勢を見越して、袁家の申し出を受けたのだろう。
不器用な長兄では、とても話を受けきれなかっただろうさ。
あちらは、おまえを気に入っている。
このまま進めば、春にでも祝言となろう」


春。
あと数ヶ月しかない。
まだ雪すら迎えていない季節にあって、雲は近い未来の自分の姿を想像することができなかった。


「雲よ、わたしは明日には発つだろう」
さりげなく、敬がつぶやいた。
「母上が、戦場になどいくなと、うるさいからな。いまも、まだ泣いておる」
あまり好きな女人ではないが、さすがに泣いていると聞けば、憐憫の情もわく。
雲が眉をしかめると、敬は雲と同様に土塁のうえに膝をかかえて、眼下にある趙家をながめた。
「おまえの気性はだれに似たのかな。
嫌いなはずのわが母にまで同情できるのだから、たいしたものだよ。
おまえならば、袁姓を名乗ることになっても、この家を見捨てずに、守っていけるだろう」


そんなの、ちっともうれしくない。
雲は思ったが、孝行の観点からすれば、口に出してはならないことであったので、我慢した。


「うれしくないという、その気持ちもわかるが」
敬は、雲の心を見透かしたように、そう言った。
雲はあらためて、この次兄のことを不思議に思った。
なぜ、ほかの兄弟たちを差し置いて、末っ子である自分を、これほど気にかけてくれるのか。


「なぜに、わたしがお前にお節介を焼くのか、ふしぎに思っている顔だな。
単にわたしはお節介が好きなのだ。それで納得できるか?」
納得できない、と首を振ると、敬は肩をすくめた。
「気むずかしいな。まあ、単なるお節介、というのは、半分は嘘だ。
うむ、そんな顔をするな。
わたしの嘘、というのは、要するに、法螺、ということだ。
悪意があってのことではないのだぞ。
説明をうまくするのはむずかしい。
まあ、お前のことが気になるからだ、ということにしておくか」


それでも、いくら兄弟とはいえ、ほぼ初対面なのである。
それなのに、やたらと自分を贔屓してくれる次兄に、違和感をおぼえてしまうのも仕方のないことであった。
どういうつもりだろうといぶかしむ雲に、敬は雲の頭をくしゃくしゃと撫でて、言った。
「では、こうしよう。お前は、兄弟の中でいちばん、わたしによく似ているからだ。
わたしの顔をよく眺めておけ。将来はこういう顔になる」


冗談はともかくとして、たしかに、次兄の言うとおりにはなるだろう、と雲は思った。
敬は、趙家の人間とは思われぬほどに、明るい気性の持ち主なので、雰囲気はちがうだろう。
だが、目と鼻のかたち、唇の厚さなど、つくりは実によく似ている。
自分も、似たような年になったなら、面差しは、こんなふうになるだろう。


つづく

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GWを過ぎるまでは、なかなか落ち着かない状態がつづく我が家。
いろいろあるのは、どこの家も同じかと思いますが、いやはや、どうしてこんなに時間管理が下手なのか、自分!
しかし、ちょっとばかり余裕も生まれつつあるので、その余裕を上手に生かそうと思います。
ではでは、今日もよい一日をお過ごしくださいませ('ω')ノ

臥龍的陣 番外編 しゃれこうべの辻 その8

2023年04月23日 10時08分31秒 | 臥龍的陣番外編 しゃれこうべの辻



宴のあと、雲は敬に呼び出された。
趙家の屋敷を一望できる、土塁のうえに来いという。
土塁は、このところ力をつけている黒山賊の襲撃を避けるため、村のひとびとが総出でつくったものだ。


厚い雲に覆われて、星空は見えない。
ひゅう、と寂しげな風が、土塁のうえに生え始めている雑草をさわさわと揺らした。
家は目の前にあるというのに、なぜか、この世に自分だけ取り残されてしまったような、さびしい気持ちになる。
雲はおのれの体を抱えるようにして、寒風をやりすごした。


土塁のうえに腰かける。
いつだったか、長兄が機嫌のよい時に話をしてくれたが、この土塁をつくろうと言い出したのは父であったそうだ。
「父上がまだ若くて、天下無双の槍の名手として鳴らしていたころは、襲ってくる賊を、ほとんどひとりで蹴散らしていたのだがな。
事故を予見していたのか、あるいは、おのれの力が落ちていることを実感していたためか、わからぬが、この土塁をつくろうと言い出しだのだ」
父は好色という悪い欠点があったが、しかし領民想いであったのはまちがいない。
いまでは見る影もない父だが、土塁のはなしを聞いて、雲は父を見直した。


父については、ほかにもさまざまな武勇伝が村に残っているのだが、その勇壮な姿をしのばせる手がかりは、この土塁のほか、もうどこにもない。
賊と戦って、守り抜いた土地には、閉そく感ばかりがただよう。
英雄の抜け殻を中心に、いかにちっぽけな土地で生き残るか、岩の裏のだんごむしのようにうごめいている、趙家の子弟たちがいるばかり。


土塁の上に座り込んだ雲は、となりに、お気に入りのしゃれこうべをともにならべた。
そして、家の様子をみつめる。
じっと目をこらしていると、おのれが闇と同化して、すべてを見通せる力を得たような錯覚さえおぼえる。
家のなかの明かりがちらちらとうごいている。
まだほとんどの者が起きているのだろう。


これがおのれの世界なのだ。
闇から俯瞰するおのれを取り巻くすべてを見たとき、雲は、叫びだしたくなる気持ちをおぼえた。
ずっとここにいなければならないのか。
うぬぼれでもなんでもなく、袁家の婿養子の件は、まちがいなく自分にまわってくるだろう。
かねてより、袁家のあるじは、雲を買っていた。
袁家の婿になれば、もうここから逃げられない。
さまざまなしがらみが、四方から手を伸ばしてきて、自分をがんじがらめにしてしまうだろう。


ふと、宴の前の、幼馴染たちの顔が浮かんだ。
かれらが雲との隔たりを、現実のものとして受け入れつつあるように、自分もまた、責任ある身であることを、受け入れなければならないときがきているのか。
あきらめることが、成長する、ということなのだろうか。


「律儀だな、末っ子。ちゃんと来るとは感心だ」


酒で上気した頬を夜風になぶらせて、敬は明るい声を夜闇にひびかせやってきた。
完全には酔っぱらってはいない様子で、足取りはしっかりしている。
なにより、酔っぱらい特有の、どんよりした目つきではない。
すらりと背の高い敬は、風にゆれる雑草を蹴散らしつつ、雲のところへやってきた。


「どうした、袁家の婿になれるという幸運がせっかく舞い降りてきたのに、浮かぬ顔だな。
お母上も喜んでおられるだろう」
気にさわるほどに明るい声に、雲は無言で抗議のまなざしを向ける。
そんな嫌味を言いにきたのであれば、いますぐ部屋にかえってしまおう、と思った。


「おやおや、兄弟たちが袁家の婿の地位を咽喉から手が出るほどに欲しがっている。
それなのに、幸運にめぐまれた末っ子は、まるで大荷物をかつがされたロバのような顔をしているな。
まあ、たしかに袁家の跡取り娘は、あまり見栄えがよくないから、しかたないか。
ただし、性格はたいへんに良い。
えてして、名家の娘というものは、おっとりしていて気立てが良いものだが、あの娘はまさに、その典型と言うべき娘だ。
最初はしっくり来ないであろう。
だが、年数が経てば、妻にしてよかったと思わせてくれる、よい娘だぞ」


次兄は、十六のときに洛陽に遊学に行って、それきり一度も常山真定に戻ってこなかったという。
それなのに、よその家の事情までよく知っているものだと感心していると、次兄は、傲然と胸を張った。
「おどろいたか、わたしはなんでも知っているのだ。
袁家の主は、おまえが常日頃から、もくもくとおのれを鍛え、兄上の言いつけをよく聞いていたのを知っていた。
だからこそ、自家を確実に守ってくれるであろう少年と見込んで、おまえを婿養子に、と父上に頭を下げた。
もしおまえがこの話を蹴ったら、ほかのおまえの兄どもに話が行くだろうが、向こうとしては残念がるだろうな。
見る人は見ている、ということだ」


つづく


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なんだかんだと4月も最終週! 早いですねえ。
5月に親戚がうちにくるのですが、我が家の庭は、ざんねんなことに、いまが花盛り。
5月まで持つかなー、と一家でヤキモキしています。
花粉もなくなってきたし、いい季節になってきましたね。
みなさま、今日もよい一日をお過ごしください('ω')ノ

臥龍的陣 番外編 しゃれこうべの辻 その7

2023年04月22日 09時58分35秒 | 臥龍的陣番外編 しゃれこうべの辻
意味ありげなことばに、その場の全員の目線が、敬にあつまった。
敬は、全員の視線を浴びていることを楽しんでいるかのように、一同をじっくり見まわしつつ、ゆっくりと言った。
「このたび、義勇軍に入ることと相成った。
それがしは、そこで大いに軍功をたてて名を成し、身を立てる。
二度とここには戻らぬつもりだ」
「なんだと、おまえのような優男に、義勇兵なんぞできるものか」
袁家のあるじの悲鳴にも似た声に、敬はにやり、と不敵な笑みを浮かべた。
「それがしが、だれの子か忘れてもらっては困る。
常山真定の趙家のあるじといえば、この近在の悪人どもが震えあがるほどの槍の名手であった。
その父の血を引き継ぐおれさ。出世はまちがいないであろう」
「む、たしかにおまえの父君は、この近辺で知らぬものがないほどの剛力であったが」
「そうだとも。父上、お国を荒らす不届きな賊を退治するため、敬は働こうと思っております。
常山真定一の豪傑といわれたあなたさまは、敬のこの決意に賛同してくださるでしょう?」


敬が水を向けると、父は、じっと敬を見返す。
果たして、父がいまの次兄のことばを理解しただろうかと雲は、ハラハラしたが、やがて、父はうめくように言った。
「よきように」
それだけが聞き取れた。
「父上のお許しをいただいた。というわけで、わたしは戦場へ行く。
おっと、ちゃんと戦場では『常山真定の趙』だと派手に喧伝しておくから、それがしのあとにつづきたい、と考える弟どもは、遠慮なくつづけよ」


「義勇軍とは、まことですか、敬っ」
第一夫人の嘆きの声を皮切りに、それまで和やかであった食卓に、動揺がひろがった。
その思惑はさまざま。
第一夫人は、純粋に母親として悲嘆に暮れるし、長兄は、勝手に話を決めたと怒るし、第一夫人に取り入ろうとする母親たちは、ここぞとばかりに同情するそぶりを見せる。
敬がいなくなることで、財産の配分が上がると読んだほかの弟たちは、勇気あることだと褒め称えてはいるが、きっと腹の中では、してやったり、の笑みを浮かべているのだろう。


蜂の巣をつついたような騒ぎの収拾にかかったのは、袁家のあるじであった。
「ご一同、静まりなされ。お父上が驚かれておりますぞ」
ものは言いようだな、と思いつつ、雲は父親のほうを見た。
本来、騒ぎの収拾をつけるべき父親は、何も興味がなさそうなうつろな眼で、息子と妻たちの起こす騒ぎを、ぼんやりながめているだけ。


それでも、まだざわめき続ける一族に、袁家の主は、ぱん、と手を打って、みなの注目をあつめた。
そうして、なにごとか、と集まった視線を見回し、それから雲の父親を見る。
雲の父親は、何かをうめくようにつぶやいた。
すると、雲の父親よりは、長兄のほうに年が近い袁家のあるじは、真剣な顔をして、大きくうなずく。


なにかある。
ただならぬ雰囲気を察し、しん、と静まりかえった一族に、袁家のあるじは言った。
「このはなしは、もうすこし先にしたほうがよいかと思うておりましたが、仕方ない。
天下は乱れ、敬が義勇軍として旅立つことになり、この家も、わが一族も、そして常山真定も明日どうなるかわからぬ状況ゆえ、この機にご一堂にお伝えしておくことにした。
ご一堂はすでにご存じのとおり、我が家には跡取り娘とでもいうべき、十六になる娘が一人おる。
ざんねんながら息子はいない。
そこでわれら袁家は、わが娘に対し、趙家のご子息のなかからひとりを婿をむかえたいとかねてより思うておりました。
ついさきほど、婿取りのおゆるしを趙大人よりいただいたことを、この場を借りて報告させていただく」


ざわめきで興奮していた敬以下の息子たちは、生々しい話に、それぞれ身をこわばらせた。
権勢家の袁家の婿になれる。
こんないい縁談はほかにない。
長兄がすでにがっちりと実権をにぎっている趙家にのこって、肩身の狭い思いをして冷や飯食いをつづけるよりは、ずっとよい。


「で、婿に行くのは、だれです?」
息子たちのひとりが、緊張した口調で問いかける。
すると、世渡りの上手な袁家のあるじは、ほがらかに笑いつつ、
「いやいや、お急ぎなさるな。
いまはまだ、ご兄弟のなかから、おひとりを婿に迎えることを趙大人にご承認をいただいた、というだけ。
具体的なところまでは、まだなにも。
なにせこちらの家のご子息は、みなさま優秀でおられる。
われらとしても、どなたをわが愛娘の婿として迎えてよいものか、決めかねているのですよ」


だが、そういいながらも、袁家の主は、ちらちらと、末っ子である雲のほうを何度か見てきた。
雲の兄たちと、兄たちの母の、憎悪と羨望の視線が、徐々に、雲にあつまっていく。
そのなかで、敬だけが、癪にさわるほど、にやにやと、意味ありげな笑みを浮かべつづけていた


つづく



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GWに向けて、いろいろやることがいっぱいあって、大忙しです。
みなさまも、コロナ明けということで、いろいろご予定がおありでは?
とはいえ、コロナウィルスが死滅したわけではないので、おたがい気を付けて過ごしましょうね。
ではでは、今日もよい一日をお過ごしください('ω')ノ

臥龍的陣 番外編 しゃれこうべの辻 その6

2023年04月21日 10時23分23秒 | 臥龍的陣番外編 しゃれこうべの辻
夜の宴は盛大なものとなった。
なるほど、幼馴染たちが羨ましがるのも当然である。
いったいどこから集めたのだろうと不思議におもうほど、近隣の珍味をかきあつめた贅沢なものだ。


このところの凶作で食料がとぼしいなか、よくこれだけの料理ができたものである。
雲が、しまりやの長兄にしてはめずらしいな、と思ってその顔をみると、あきらかに不機嫌そうだ。
長兄のとなりでは、第一夫人…つまりはこの宴の主役たる敬の母…が上機嫌でいるところを見ると、押し切られて、贅沢な出費をせざるをえなかったのだろう。


一室に閉じこもりの父も、穴倉から担ぎ出されるようにして、年若い妾とともに姿をあらわした。
普段はそれぞれ別棟で、まったく別の家族のように過ごしている兄弟たちも、それぞれの母親をともなって、母屋にあつまってくる。


いつもであれば、顔をあわせると、たがいに牽制しあい、嫌みの応酬になるのが常であった。
だが、今日はさすがに、洛陽から遠路はるばる帰って来た息子への気遣いがあるのか、みな大人しい。
雲の母親も、いつになくほがらかだ。
おそらく第一夫人の機嫌がよいからだろう。


いくら第一夫人の子分状態になっているとはいえ、母は母。
雲は、母が母親が好きだった。
いやな部分も含めて。
好きだからこそ、母親が険しい顔をしているのが辛かった。
不幸な母は、常日頃から、雪山の天気のように、ころころと気持ちをかえるので、不器用な雲は、どうしたらよいのか、わからなくなるときも多かった。
だから、ほがらかな母はありがたい。
母親がほっとしていると、雲も同時にほっとする。


雲は、母がおべっかを駆使してこの家で生きていることにも同情していた。
すぐれているのは若さと美貌のみ。
頼りになるはずの実家は没落寸前で、後押しを期待できない。
もっというと、この家にいる以外に、ほかに住む場所がない。
第一夫人の子分のように振る舞わなければ、明日にでもこの家を追い出されてしまうかもしれない。
その恐怖が、つねに頭のはじにあるはずだ。
女というのは不自由で、哀れなものだ。
齢十四にして、雲は思っていた。


ふと、宴の中心にいる次兄の敬と目が合った。
敬はなにやら意味ありげに、にやりと笑った。
なんとも奇妙な男である。


宴もほどよく盛り上がり、だんだん酒の力でみんなの目がとろけてきたころ、敬が、雲の肩越しに、なにかを見つけた。
杯を口から離し、明るい声で呼びかける。
「これはおどろいた。まさか、袁家のあるじにまで、足をお運びいただけるとは」


常山真定の袁家は、皇帝とも深いつながりをもつ、かの名家の一族の分家である。
このあたりでは趙家ともならぶ権勢家であり、財産家でもあった。
その袁家のあるじは、趙家の長兄と付き合いがあり、幼なじみでもあった。
両家は足繁く、たがいの屋敷を訪問しあう仲なのだ。


袁家のあるじは、敬を見るなり、言った。
「しばらく見ないうちに痩せたな。
道楽息子め、洛陽での生活は、よほどきつかったと見える」
「そうとも、洒落にならないくらいにきつかった。
だが、またあんたに会えたのだから、帳消しだな」
そういいながら、立ち上がった敬と、袁家のあるじは、親しげに手を取り合う。
「あいかわらず、うちと違って、そちらはたいしたご威勢だな、金満家め。
そんなにぷくぷくと太って、別人かと思うたぞ」
「そちらこそ、あいかわらずの口のわるさだな。
おまえについては、ニ度と常山真定には戻らぬと思っておったのに、また会えてうれしいぞ。
どうだ、故郷はよいものだろう」
「よくもあり、悪くもある」
「どっちだ」
「両方さ」
「ずっとここにいるつもりか」


袁家のあるじのことばに、それまでほがらかだった空気が一変した。
長兄に仕切られているこの趙家であるが、次兄の敬がそこに加わることで、状況はあきらかに変わる。
長兄の腹違いの弟たちは、恐怖にも似た表情を浮かべて、次兄の顔を見る。
しかし敬は、あいかわらず本音の見えない笑みを浮かべたまま、首を振った。
「ざんねんだが、そのつもりはない。
このたびふるさとにもどったのは、大事な父母と兄上、それに可愛い弟たちに、今上の別れを告げねばと思うたからだ」


つづく

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昨日はおやすみして申し訳ありません!
今日から通常運転です、どうぞおたのしみくださいませ。
そして、今日もみなさま、よい一日をお過ごしくださいねー('ω')ノ

番外編 しゃれこうべの辻 その5

2023年04月19日 10時22分35秒 | 臥龍的陣番外編 しゃれこうべの辻



長く家を空けていた次兄の敬が戻ってきた。
いつもは時が止まったような趙家が、めずらしく華やかに動きだした。
雲から見れば、これまでは、どいつもこいつも、蜘蛛の巣がかかっていてもおかしくない、というくらいに生気がなかったのに、いまは楽し気に宴の準備などをしている。
たったひとりの出現で、変わるものである。


「今夜は宴だそうじゃないか。親父から聞いたよ。上等の豚を屠るんだろう?」
槍の練習にやってきた幼馴染みの夏侯蘭が、雲に言った。
上等の豚、という言葉が出たとたん、ほかの仲間の少年たちも、槍をふるう手を止め、雲のほうを見た。


少年たちはみな、あまり裕福でない家の息子たちだ。
熱いまなざしを向けてくるかれらに、雲が、そうらしい、と答えると、少年たちはみな、羨望と、あきらめのため息をついた。
どうあれ、かれらがその『上等の豚』にありつける可能性はないのだ。


むかしは身分や家柄の隔てもなく、たがいに仲良くしていた。
だが、最近は、お互いに成長し、世の中というものが徐々にわかってきてしまっている。
そのために、否が応でも、たがいの環境を意識するようになってきていた。
無邪気に、ともに肩を並べる時代は去り、容赦ない現実を理解しなければならない年頃になったのだ。


「ごちそうが出るんだろうな、いいなあ」
夏侯蘭は唄うようにいって、よだれを拭くしぐさをした。
そんなにうらやましいかな、と雲はおもう。
雲としては、顔を合わせれば争うことしかしない腹違いの兄たちと贅沢な食卓を共にするよりは、村の幼なじみたちと一緒に、粗末な食事をつつくほうが、よほど楽しいのだが。


豚の話が出るまでは、みなでわいわいと楽しくしていた。
だが、食欲に負けたのか、みなのほうは、だんだん白けてしまったようで、槍代わりの棒を打ち捨てて、ひとり、またひとり、と帰ってしまった。
夏侯蘭も、自分が言い出したのに呑気なもので、
「みんな帰っちまったから、おれも帰ろう」
といって家に戻っていった。


ひとり残された雲は、文句を言うでもなく、ひとりもくもくと少年たちの片づけをした。
こうして、一緒にいる時間が徐々に減っていき、やがて、すっかり疎遠になってしまうのだろうか。
仕方がないのだ、と諦める気持ちもあるなかで、家路を戻っていたかれらの後を追って、むかしのように、どこまでも駆けていこうよと誘うことができたら、どれだけよいだろう、と夢想する。


八方塞がりの故郷から、雲は外に出たかった。
厚い雲を突き破って、光のあるところへ行ってみたい。
どこか遠くへ。
誰も知らないところへ行ってみたい。


無理だろう、とは思ったが。

つづく

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仙台もしばらく夏日に近い日がつづきそうです。
体調を崩さないよう、気を付けていきます。
みなさまも、どうぞご自愛くださいませ。
ではでは、よい一日をお過ごしくださいねー('ω')ノ

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