朝食を済ませ、日の出前小屋の外にでてみた。長袖シャツにチョッキその上にセーター、更に防寒ヤッケを着込んでも尚寒い。外では何人かの人たちが木道に立ってカメラを構えていた。吐く息が白い。
湿原一帯を朝霧が帯状に取り囲んでいる。しかもそれは生きているかのように、刻一刻と厚みや形を変え、ある処では密集しまたある処では消え失せ、向こうに大きな山塊を出現させる。
凍てつく寒気の中では全てのものが結晶の形のままで凍り付いている。
いそいそとデートに出かける恋人たちの姿に似ている。
時が一瞬止められたかのように、植物たちは結晶化したまま途惑っている。
エゾリンドウの紫や真っ赤に熟した実も、そして名も知れぬ草花の紅葉さえも、凍った世界の中では凛として輝いている。
遠く至仏山の山肌に朝日が当たりだした。
朝もやが一瞬のうちに、濃さと高さと厚みを変幻自在に変えながら湿原の風景を変えて行く。次から次へと目の前を景色は組み立てられ崩れ去って行く。さながら舞台のワンシーンを見せられているかのようだ。声をあげることも出来ずに呆然と立ち尽くしている自分が居る。
燧ケ岳の上空も随分と明るくなってきた。小屋から立ち昇る煙がじんわりと郷愁を誘う。
やがて世界は光で満ち溢れてきた。
昨日の罪や悔恨を忘れたかのようにして、真新しい一日が始まる。
<次は尾瀬ヶ原を行くの予定>