「ヤキハマ用。鹿島灘のはデカいよ。身は軟らかいし美味いしほれぼれするよ」
主人は嬉しそうに仕入れてきた五つのハマグリをまな板に並べ、「貝殻の模様がぜんぶ違う」と言いながら遊ぶように眺めました。
そのハマグリは貝殻からして大きくて、大人の手でも片手で二ついっぺんに持つとこぼれ落ちそうなくらいでした。
私は「ふーん‥」と言いながら少しおもしろくありませんでした。千葉のハマグリならともかく、茨城のハマグリをベタ褒めするなんて。鹿島のハマグリはそんなにいいものなのだろうか‥と純粋に思いました。
夜、さっそく焼きハマグリのご注文が入りました。
「ヒガシマルとお酒持ってきて」と主人から指示があり、奥から日本酒と淡口醤油の一升瓶を抱えて戻ると、ハマグリの蝶番(ちょうつがい)らしき部分を出刃包丁で切り落としているところでした。お客様は
「何でそこ、切るの?」
と尋ねました。すると主人は火の点いた網にゴロッとハマグリをのせてから言いました。
「ご存じかもしれませんけど、蝶番が利いた状態のまま網にのせて焼くと、熱くなった下の貝殻と貝柱がまず先に離れてパカッて開いちゃうんですね。で、上に身がくっついたまま美味しいハマグリの汁がですね‥‥」
「あー、全部こぼれちゃうんだ!バーベキューでやったことある」
「そうなんですよ。もったいないんですよ」
「なるほど。でもさ、蝶番がバカになってるから熱してもそれ、パカッ!って開かないよね?どうするの」
強火で焼かれているハマグリは網の上で小刻みに揺れ始め、閉じた貝のふちから汁が溢れ出し、五徳でジュウッと蒸発していきました。
「本来ならばもうパカッと開く段階なんで、こうして自分でこじ開けます。自分は鮮度のいい極上のものを選んで仕入れますからこのやり方をしますが、これだと死んじゃってる貝か自ら開く反応のある活きた貝なのかの見極めができませんのであまりおすすめはしません」
主人は右手に金箸、左手にレンチのような鍋つかみを持って上の貝殻を外し、ハマグリの身に手早く日本酒と淡口を注ぐと、ガス台の火がお酒に反応して炎が上がりました。
「焼き過ぎると硬くなるので、このくらいでおろします」
貝殻の余熱で汁がまだ沸騰しているところにあるハマグリの身を一旦まな板の上に取り出し、柳刃でぷつりぷつりと食べやすい大きさに切り分け、また貝殻に戻しました。まな板に残った汁をサラシで拭いながら、
「切らない方がせっかくの汁は減らないんですけどね」
と言うとお客様は
「いや、細かく切ってもらった方がいい。海の家なんかでまるごと一個食べるのもいいけど、俺は何回かに分けてゆっくり味わいたい」
と仰いました。
肉厚のハマグリはおいしそうでした。
負けたわけではないけれど
鹿島のハマグリって相当いいものなんだ
と思いました。