子育て・私流

子供を三人育て、孫も五人になった。
男親の私がどのように考え、子供や孫に接してきたかを書く。

子育て・私流 19 長男の就職

2007年01月22日 | 60年前の戦争体験
私の子育ても、三人の子供がそれぞれ大きくなり、家庭生活もやや安定期に入ってきた。

長男 22才 現在Y大学の大学4年生 今年卒業で就職だ。現在で言えば「ハンカチ王子の入った大学」の教育学部・心理学科を卒業する。
長女 19才 娘の希望する自宅近くの信用金庫に就職し1年経った。娘の顔色もよく上手く職場に馴染んでいる様子である。
次女 16才 次女は、荒れていると言われていた公立高校を蹴って、姉と同じ私立女子高校に受かり、高校1年生。学友の友達もできて元気に通学している。

当時の私は、52才   (現在76才だ。)

長男が大学4年、最後のこの夏「アメリカにホームステイ」をするということで、1か月ほど家族は、家内・長女・次女と私の4人の生活になった。

「可愛い子には旅をさせよ。」との思いで。元気で帰国するように言って快く細かいことも聞かずに(聞いても男の子はろくに返事をしないぞ。)長男をアメリカに送りだした。

《私の田舎探し》のドライブもまだ続いている。

長男は、大学に入学してからは友人(男友達)との遊び事が面白らしく、ほとんど参加しなくなった。
長女は、この《田舎探し》に最近は2回に1回は「仕事の都合」「職場の旅行・行事」などの理由で参加しなくなってきた。
次女は、相変わらず私の《田舎探し》には毎回付いて来る。

たとえば、7月の第3土曜日に毎年「千葉県鵜原海岸」の漁業民家の借上げ施設に海水浴に一泊でいっているが、次女は間違いなく一緒に就いてくる。
どうも、16才の娘が親父や母親と海水浴をしていても、楽しくないらしく「早く帰ろうょ。」ということになる。
私が次女に言った。次回は「海水浴も一人じやつまらないだろうから、学校の友達を連れて行っていいよ。」「友達に聞いてきなさい。」

この夏もう一度、伊東温泉の保養施設に温泉と海水浴を兼ねて一泊で出かけることにした。
次女に私が「友達も誘う、」と聞く、「同じ通学経路の電車が一緒で同じ区で同方向に帰る学友がいて、聞いたら行ってみたいと言っていたよ。」

私 「そうか、よかったな。」と返事をしたが、友達の親御さんと私は面識がない。だまって、一緒に連れ出すのは不味い。
私 「じあ、こうしょう、友達の自宅に旅行の前に一度ご挨拶に行くから、案内してくれる。」

ということで、私は娘を車に乗せて二人で娘の学友宅にご挨拶に出向いた。
学友の自宅に着いて、驚いた。住宅地の真ん中に、広い家屋敷で鉄筋建ての住まいだ。
相手のご両親が表に出て見えて、ご挨拶をすます。「どうぞ、お上がり下さい。」と言われたが私の足が竦む。
「これから車で行くところがありますので。」と言い訳して。今度の休みにお宅の子供さんをお預かりしますと言って早々に引き下がる。

帰りの車の中で娘に聞くと。「あそこのお宅は、昔からの地主で、あの付近の土地を沢山所有している。」という。

こんなことから、来年からも海水浴には、学友を誘い私と家内を入れて四人で遊んだ。
言っておくが。私は「学友の費用は一切貰っていないよ。」娘が一人増えて、我が家の次女と仲良くしてもらえればそれで結構。

この年代、16~17才は難しい年代だからね、「清く、正しく、美しく」育っていってもらえれば、私は言うことなしだよ。

現在問題となっている「いじめや自殺」を心配しないで過ごしたいという思いが強い。
過保護に過ぎないように、親として多少は娘の面倒をみると言うのはやり過ぎですかね。

長男の「就職」の話をする予定でしたが、はなしが逸れてごめんなさい。

次回は、長男の就職の話です。