今回は、人間に取り付き生きる ”吸血虫”のはなしです。 戦争が激化した最中、我が家の中では「もう一つの戦争”吸血虫”との戦い」がありました。 ”吸血虫” の名前は次のとおり。
A 蚊 (か)
B 蚤 (のみ)
C 虱 (しらみ)
D 南京虫 (なんきん虫)
E ダニ
戦時中の低所得者の家庭では、「石鹸」というものが、手に入りませんでしたから、普段は身体を洗うにしても、手拭を水で絞って、ごしごし擦って身体の垢をおとすだけ。 風呂屋さんにいって、風呂に入れるのは、一週間に一回程度あるかどうか。 よくても、家の前のタライに水を汲みいれて、行水すればよいほう。
下着類も、お袋が洗ってくれますが「石鹸がないのでタライに水をいれて洗濯板でごしごし」するだけ。
この程度ではだめ。そこで、身体に吸い付く”吸血虫”のお出ましとなる。
A 一番目は 蚊 (か) だ。
暑くなると、はやばやと、”蚊” のお出まし。
栄養の不足している、細い身体であろうとものともせず、ところかまわず、身体に吸い付く。
夕ぐれになると、しつこく「耳元で”蚊”が唸る。」 今なら、香取り線香 ということになるだろうが、そんな便利なものは、当時家にはない。
親父が、火鉢のなかで煙のでる「枯れ草や木の小枝」を燃やして、やりすごすが、根本的な解決策とはならない。
対策は、夕飯を食べたら、電気代も もったいないから、早く寝ること。 ”蚊” を防ぐのは、「蚊帳」だ。
「布団を敷いた、周りに 蚊帳 を吊るす。」 この「蚊帳吊りの仕事は私の仕事」
蚊帳の中に入るときに気を付けることは、蚊帳の裾をバタバタとよく掃って”サーット”入らないと、いけない。
よくみると、 ”蚊” は、蚊帳の布に点々と纏わりついていて、なんとか人間と一緒に蚊帳のなかに、もぐり込こもうとしているのだ。
一匹でも、”蚊” を、蚊帳の中にいれてしまうと、”ブーン・ブーン”といつまでも、身体に纏わりついて、五月蝿くて寝られないことになる。
こうなったら、蚊帳をはずして、また蚊帳の張りなおしだ。 また、私の仕事が増えてしまう。「かんべんしてくれ。」
B 二番目は、 ”蚤” (のみ)だ。
蚤は、そおーと内緒で身体に纏わりつき、人間が知らない内に、「身体の血を吸って」逃げてしまう。 そういう意味では、”蚊” ほど、わずらわしくない。
対策は、「猫を飼うことだろうか。」 我が家では、メス猫を一匹飼っていた。
「名前は 三毛 」名前のとおりの三毛猫で、そこそこ、かわゆくて利口だ。 ねずみもよく取り、頼もしく、家族にも懐いている。
さて ”蚤” だが、をたまたま家の中で、”蚤”を見つけても人間の手ではほとんど捕まえられない。
事実、私も家の中で”蚤” を見つけて追いかけたことがあるが、「ピーヨン」と跳ね飛んで行ってしまって、一回も捕まえることが出来なかった。
夕方、食事も終わり、親父か母親が「三毛」(ねこ)を抱えてなにかやっている。
最初は、ねこの背中をよく拭くように、撫ぜていたが。
やがて今度は、頭の辺りを撫ぜる。
さて、ここが大切なところ、
「三毛」をくるっと、ひっくり返した。
お腹を上に向けると、”蚤” がそこに、何匹もうろうろ集まっている。
ねこの、お腹の辺りは、毛 が薄いので、そこえ、蚤が集まっている。”蚤” がよく解り、捕まえやすいという寸法なのだ。
ひょつと、親父が ”蚤”を指先で摘んで、両手の親指の甲で「ブチュー」と潰す。
なるほど、”蚤” 取りはこうやるのか、一つ勉強になった。
たまに、私も「三毛」を相手に ”蚤” 取りをやってみたが、なかなか取れない。こうなると猫の「三毛」解るとみえて、私の懐から逃げだす。
そのうち、”蚤” 取りも上手になってきて私も「三毛」と仲良くなれるようになった。
C さて、三番目は ”虱” (しらみ)だ。
この ”虱” は、二種類いて、
① 身体の 虱 と
② 頭髪の 虱
身体に寄生している ”虱” は、人間の着ている衣服から離れず、昼も夜もその中で活動している。 とくに、肌に近い場所「下着」に一日中くっついていて、厄介な”吸血虫”だ。
学校などの外の場所では、身体が痒くても、裸になって探すわけにもいかず。 家に帰ってから、すぐに ”虱” 潰しをやる。
どんな風にやるのかというと、まず「一番下の肌下着」を脱いで、肌着の縫い目を丹念に探っていく。
”虱” は、肌着の縫い目の奥に隠れるように口で張り付いている。
この ”しらみ”を見つけて、蚤 を潰したと同じ要領で、両手の親指の爪の甲で゛「ブチュー」とつぶす。
肌着の上から下へ向かって、丹念にこれを繰り返す。 今日、着ていた、肌着類は「パンツ」まで全部。
本来、これで全部 ”虱” 退治が済むわけもない、取りあえずの対策だ。
今度は、セーターなどの、上着類。
これの”しらみ”取りは、一人では出来ず、二三人共同でやる。
夜食が終わって、手が空くと、火鉢の周り三人程あつまり、”虱” 取りがはじまる。
この ”しらみ取り” のやり方はこうだ。
「火鉢のうえ10センチほどの宙に、セーター」を二人で広げてかざす。
しばらくすると、 ”虱” は、暑さに逆らえず、「セーター」の表面にのこのこと出てくる。
ここを、すかさず もう一人が ”しらみ” を捕まえて「両手の親指の甲で潰して殺す。」
「セーター」の表面を順番にずらしては ”虱を潰し” を繰返す。
この「根本的な解決方法」は、 ”虱” の取り付いた肌着や洋服を 「熱湯で煮てしまうことだそうだ。」
しかし、このようにすると繊維が弱くなって、永く使えないのだと言う。戦時中のこと品物が足りないから「熱湯漬け」は無理と訊かされた。
ついで、頭髪にたかる ”虱” だ。
男の自分は、子供時代「頭は丸坊主」なので、頭に ”虱” が喰い付くという記憶がない。
私の二人の妹が「頭髪の中に”毛じらみ」がついて、大変な思いをしていたことを、思いだす。
この「毛じらみ」は、人間の頭の毛根に頭から喰い付いて、爪先で捕まえて引っ張っても、離れない。 無理に引っ張ると、”虱” は自分の頭を毛根に残したままにして、胴体以下がちぎれてとれてくる。
頭髪の ”虱” は、身体に居る ”虱” より、一回り大きく黒い色をしている。
こんなことから、私は、”虱” は「二種類」いるのかと思っているが ?。}どうなのだろうか。
さて D ”南京虫” だ。
”南京虫” は、身体に住み付くのではなく、家のなかに潜んでいて、夜中に人間の血を吸うため這い出てくる、”吸血虫” だ。
朝起きると、腕や足に ”南京虫” に食われた跡がついている。
これに、食われた跡は、腕や足に小さく 二箇所 の食い跡が付いているので、”南京虫”に食われたことが解る。
一匹の ”南京虫” が、上の口と、下の口の二箇所で血を吸うために、二箇所に跡が付くのだ。と親父が言う。
”南京虫” の身体に、二箇所の口があって、同時に「血を吸う」とは、私には思えないが、
これを打ち消すものを持っていないので、今でもそのまま疑問になって残っている。
、”南京虫” の棲み家を見つけたぞ。
夜寝る前に、布団の外側に「うどん粉」まいておく。
”南京虫” は、夜中にぞろぞろ這い出てきて、人間の血を吸う。
夜明け近くになると、南京虫は仕事を終えてぞろぞろと、自分の棲み家にもどる。
ここが味噌、棲み処に戻るとき「うどん粉」をつけたまま、棲み処に向かうので、”南京虫” の棲み家を「うどん粉」で示すことになる。
さて、あなたは、家の何処に ”南京虫” が向かったと思いますか。
一つは、畳と畳みの境目。
二つ目は、柱の割れ目。
本命は、2の柱の割れ目だと私は思っている。
なぜか。”南京虫”が ”卵” を生み付けた所(場所)を見つけたから。
狭い柱の割れ目の奥に点々と、白い小さな粒が張り付いている。親の ”南京虫” が、卵を守るように寄り添っている。
母が、長い木綿針を持ってきて、「親の ”南京虫” を潰して、 ”卵” をかきだせ」と言うので、一生懸命にそれにしたがってやってみたが、 ”親の南京虫”は、狭い奥へおくへと、入ってしまいどうにも取れない。
畳に、逃げた ”南京虫” は偶に「畳みを起こし」をすることで何とか退治できる。
現在なら、「殺虫剤」を吹きかけておくか、「煙の殺虫剤」を焚くことで済む話だと思うが。 戦時下のこと、どうにもならない。
最後は、E ”ダニ” だが、こればかりは、小さすぎて人間の目では、捉まえられなかった、ので書けなかった。
こんなことを、書いている時ではない。
こんな、話をしてみても現在では通用せずにムダなことだと思うが、戦争中に子供達がこのような生活していたのだ、と言うことを知ってもらいたかった。
次回に書くが、まもなく「東京大空襲で壊滅的な打撃」を受けて、我が家も焼けてしまうことになる。