受法寺本堂建築誌

伝統木造工法により建築中です

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屋根 木工事

2015年04月02日 | Weblog
ネットで、薬医門とは、
①倒壊しやすい棟門の欠点を補い、本柱の後方に控柱を建てた門。
②本柱が門の中心線上から前方にずれる。
③本柱と控柱を結ぶ梁の中間の上に束(つか)をのせて切妻屋根をのせた門。
④すなわち、棟は本柱の垂直線上から後方にずれている
と説明がありました。

スモールサイズながら、設計図だけではわからない箕甲の下地となる板も微妙な勾配をつけられています。

今日は時折小雨を心配する中で、垂木、野地板、ルーフィングを貼って屋根部分は終わりました。


薬医門建前

2015年04月01日 | Weblog
雨も上がり、昼から薬医門の建前となりました。

満開となっていた桜の枝がつかえるので、もったいないのですが少し切ることになりました。

作業場で刻んで一度組み立て、バラして運び、再度組み立てていきますので、2日ほどで終了します。




作業場で薬医門

2015年03月21日 | Weblog







本堂を建設から中断していましたが、境内の顔ともいうべきお寺の山門である薬医門の建設を進めています。

以前あった山門は老朽化して、屋根も取り壊していました。

あっさりとしたと従来の姿を踏襲するつもりでしたが、本堂にふさわしいものにと欲がでます。

今回設計の門徒である徳広賢一さんから、順調に進んでいるとのことで土佐市宇佐の南部建築さんの作業場に見学に行きました。

部材ごとに刻んでいて、屋根を組み立てていました。

彫刻は外部には発注してあり、細かいところまで刻まれています

柱の間の開口部を車も入るようにと2Mとしていますので、従来の薬医門の2倍はありそうです。

思っていたより立派で、納まるか心配するほどでした。

4月2日から、2日ほどかけて建てあげるとのことです




宮殿須弥壇据付

2008年05月13日 | Weblog
台風の余波による雨の中、京都の仏壇屋「小堀」さんによって、宮殿・須弥壇を搬入し据付です。

宮殿は古いものの修復も考慮していましたが、大きく手直をすることになり新調するに比べて見劣りもするので、新しく製作することになりました。

京仏壇は、木地・漆工・金箔・仕立の工程を経て製作されていますが、それぞれを職人が忠実に伝統を守り、目の前にすると優れた技術力を感じることができます。

これまでは仮台の上に置かれいたご本尊でしたが、宮殿が据付られたことにより崇高な内陣となりました。

あわせて新調していた祖師・蓮師・七高僧・聖徳太子の四幅の御影を奉懸しました。

浦戸の歴史展

2008年05月08日 | Weblog
 受法寺のある高知市の浦戸地区に伝わる絵金の芝居屏風絵、歴史的な古物、昔の民具、珍しい写真等を展示する浦戸歴史展を開催します。
 受法寺からは、浦戸城鬼瓦・日曜学校・ご本尊入仏法要・先々代住職の葬儀など多くの写真・古物・生活道具を出品します。
 「浦戸の歴史展」は5月11日(日)~18日(日)9時~17時(11日(日)のみ13時開場)浦戸ふれあいセンターで。浦戸ふれあいセンター℡842-2405

受法寺の鬼瓦
 浦戸の受法寺には、高知市文化財に指定される2面の鬼瓦を保存しています。この鬼瓦は大棟の両端に用いたもので、2面1対です。
 額に日輪の入った陽の鬼瓦と、額に三日月を飾った陰の鬼瓦とからなり、日・月の下が鬼面になっている。陰と陽の鬼面は細かい表現に,その違いをみせています。
鬼瓦の銘は陰陽の鬼面とも、左右の側面に陰刻されている。陽の鬼瓦の右側面、そして陰の鬼瓦の左側面に、それぞれ同じ刻文で次のように記しています。
 
 文禄四年霜月吉日 舟冶吾左衛門
 
 また、陽の鬼瓦の左側面と陰の鬼瓦の右側面に,これも同じ1行の刻文があります。
 
 泉州大鳥郡深井郷嶋村
 
 この銘によって鬼瓦の製作年代と製作地を知ることができます。1595(文禄4)年に,今日の堺市深井で,この瓦が焼かれたことがわかります。なお、舟治吾左衛門は瓦工です。
 これらの瓦は、長宗我部元親が1591(天正19)年頃移転した浦戸城のものであったという説と、受法寺の『寺記』『長宗我部地検帳』より受法寺は永正年(1504~21)真宗道場として開かれ、『寺記』『南路志』によって文禄年間(1592-96)に受法寺に改称、その時点での寺の改築の瓦とみる考え方もありますが、真宗寺院では鬼瓦は用いないので、浦戸城の瓦ではないかと推測されます。



宮殿を調整中

2008年05月02日 | Weblog
本堂竣工後、ご本尊後光の新調・掛軸御影の新調を進めてきましたが、縁が整いましたのでご本尊の宮殿を、京仏具の「小堀」により次の工程で製作を進めています。

▼木地
 木材を製材、乾燥させ、のみ、かんななどの道具を使って細かな部材をつくります。
▼彫刻
 彫刻は伝統的な西本願寺様式により、大小様々なのみや小刀を使い図柄を彫っていきます。
▼漆塗
 ていねいに下地を塗り、さらに天然精製の漆を塗り重ね、研ぎをかけます。
▼蝋色(ろいろ)
 漆塗の表面を炭で平らに研ぎ、菜種油と鹿の角粉(つのこ)を使い蝋色面という、鏡のような仕上げにして磨きだします。
▼金箔押し
 漆を塗った部材の上に漆を接着剤にして金箔を貼ります。金箔の厚みは一万分の一~二ミリですが、金箔の良し悪しは、厚みや純度よりも、箔打紙の質によって決まります。
▼彩色(さいしき)
 彩色は、金箔と絵の具の融合が求められます。入念な色合わせの後、胡粉の下地に何度も塗り重ねる極彩色は、仕上がりの色が濃いのが特長です。
▼錺金具(かざりかなぐ)
 錺金具は本体との調和が大切になります。銅や真鍮の地金を木地にあわせて型をとり、たがねで模様を彫刻します。金具の周囲をやすりや刃物でととのえ、金鍍金や漆焼付で仕上げます。
▼総合組立
 それぞれの工程を経て仕上がった部品を、細分の点検を行いながら、錺金具を金鋲で打ち付け組み立てます。これで日本の伝統工芸技術を結集した京仏壇の完成です。
 十五日からの永代経法要に間に合うように、京都から搬入されます。     

その前に座るとき、阿弥陀さまの無量の光明に照らされて、燦然と輝くお浄土を目の当たりにする思いに満たされて、恭しく拝することができるでしょう。

米ヌカワックス

2007年06月10日 | Weblog
「受法寺ではお掃除する日は決まっていませんか?」というご門徒の声から3月から、月に一度の「奉仕日」を設け、仏具磨き・庭掃除・堂内掃除などをしています。

美しい本堂の姿をいつまでも残していきたいという、お心がうれしい限りです。

浜縁・廊下・床はすべてヒノキの無垢材で建築後はそのままにして、掃除機・空拭き床ワイパー・よく絞った布での水拭きをしていました。

家は昔から米ヌカで磨くと良いといわれていましたが、作業が大変そうなので迷っていました。

ホームセンターに天然の米ヌカロウ、植物性樹脂でつくられたターナー色彩の米ヌカワックスがあったので、初めて使用しました。

作業後は木によくなじみ、車にワックスをかけたように光沢があって、滑りやすくなりましたが、水や汚れを防ぐ皮膜が生まれています。

竣工検査

2006年12月14日 | Weblog
ほぼ工事が終わりましたので、上田設計士さん、香長建設、当寺などにより竣工検査が行われました。昨年の8月1日に車庫を利用した現場事務所の設営に始まり、1年5ヶ月を経ています。

工事が本格的に始まってからは、ほぼ2週間に1回のペースで打ち合わせがあり、当方も現場を毎日拝見し、進捗状況を確認していたので、一同に完成した姿に大いに満足していました。

今日は、梅雨時の建具の点検、1年後の点検について話がありました。

工事について検討する際に、堀内世話人会会長が「三方よし」でなければならないと言っていました。

「三方よし」とは、浄土真宗の盛んな地の近江商人の商いの心得で、売り手よし、買い手よし、世間よしと言う意味で、信頼を得ていきました。

売り手について、材を選び手間をかけて造られたので心配する所ですが、買い手である当方は大いに満足しています。

また世間については、環境にやさしく、伝統工法を継承し、地域の文化財産として、後世に永く遺せる本堂を建築できました。

今後、近くは照明器具・建具の調整、火災報知機のテストが残っています。

また、大きな工事では内陣荘厳・山門・塀・庭園整備などがありますが、今ははっきりとした予定はないので、定期的なブログの更新はありません。

何年・何十年かかるか分かりませんが、寺内の整備を続けていきたいと思いますので、今後も宜しくお願いします。

材質

2006年12月14日 | Weblog
本堂工事が進むにつれて改めて驚かされたのは、使われた材木の素晴らしさです。主に県西部産出の年数を重ねた良材が選ばれました。
 
その上に、伝統建築の棟梁や工匠達の身に付けた技術力が充分に発揮されました。山で生きていた木のいのちが、また建物になって生きていくといわれます。大地に根を張って生きていた樹々の息吹きや囁きや、養分の流れや葉の光合成やと、あれこれ思いを巡らせていると、木も人もやはり大自然のいのちの中で生かされているのだと思えてきて感動さえ憶えるのです。

あらゆる人々のいのちの親である阿弥陀さまのまします本堂にふさわしい建材は、木材こそといえるように思います。

建築の準備期に、建築世話人会の協議の中で、費用に関連して鉄骨造りや鉄筋コンクリート造りを躯体とし、集成材や新建材も使うことも検討しました。
 
しかし五百年もの間、門徒の篤い帰依心によって護持されてきた歴史に視点を据え、未来を展望して、材質による耐久性が弱ければ、かえって子孫に残す負担も小さくないという論点に立って、木造を選んだのでした。

「受法寺報 8号」より

※向拝階段板としていましたが、階(きざはし)という名称がありました。

多目的室・厨房・トイレ

2006年12月14日 | Weblog
本堂の後ろには、十四畳ほどの板張りの多目的室を設けました。

初参式や仏前結婚式やお通夜・葬儀の控え室・法事の後のお斎、研修会などに使えます。

また建具を開けると、隣り合う厨房と一室となり広くなります。

トイレは、男子・和式・洋式の水洗トイレです。和式・洋式には、手すりをつけました。

「受法寺報 8号」より

※多目的室は、衆会所(しゅうえしょ)。厨房は、仏飯所(ぶっぱんしょ)と名称変更。

木工事

2006年12月14日 | Weblog
木工事は、本格的な本堂建築の様式に則り、造作されています。

外陣の天井は豪放感のある格(ごう)天井で、照明・空調設備が埋設されています。

内陣は一段と手の込んだ折上(おりあげ)格天井で、仏さまの浄土を現すにふさわしい、気品のある空間です。

「受法寺報 8号」より

左官工事

2006年12月14日 | Weblog
本堂の壁は昔ながらの土佐漆喰塗り。

土壁の芯となるのは竹小舞。職人さんが竹を小さく割り、縦横に編んでいきます。

荒壁・中塗り・漆喰塗りと何度も塗り重ねます。外気の乾湿の変化を肌で感じながら、職人独特の勘を働かせ、七ヵ月もかけて作業を進めました。

土佐漆喰はよく木造建築に調和し、調湿効果があって、有害なガスを放出せず、自然にやさしい材料です。

「受法寺報 8号」より

屋根工事

2006年12月13日 | Weblog
屋根工事は、先ず野地板の上に、防水のアスファルトルーフィング。そして使用される瓦は、「飛鳥二号」という丸瓦と平瓦が一体となったもので、土を使わずに桟に止めていきました。

遠くから見ると、周囲の平瓦の住宅に交じってお寺らしい重厚感のある本瓦風の屋根が際立っています。         

棟端瓦(鬼瓦)裏面には、住職が本願寺のスローガン「念仏の声を 世界に 子や孫に」、副住職が新しく採用された「ともに いのちかがやく 世界へ」と願文を刻み入れました。

大棟・降棟は、伝統の技により、大空に向かって反りあがっています。曲線美を描く反り屋根は、また仏さまの威厳を現し、後光がさしているかのような感じさえします。

屋根の先端にある軒丸瓦の先についている円形の部分を瓦当(がとう)といい、色々な紋を選ぶことができます。デザインとして品がよく、仏教と縁がある複弁蓮華文軒丸瓦にしました。

「受法寺報 8号」より

耐震構造 

2006年12月13日 | Weblog
先に発行された「受法寺報 8号」に、これまでの工事を振り返った記事を掲載しました。
そこで、これまで載せなかった写真も入れて更新します。


耐震構造 
  
6月23日には、建築世話人や一般門信徒と工事関係者ともども、順調に工事が進んでいることを喜び、仏さまに感謝する上棟式を行いました。

続けての見学会では、伝統工法の大きな柱や梁が、縦横に組み合わされている様子を見て頂きました。

受法寺本堂は、これから起こるとされる南海大地震にも耐えられるように、地盤改良と基礎工事を施し、緻密な構造計算の上、揺れを吸収する仕口ダンパーも取り付けています。

「受法寺報 8号」より

パソコン法話

2006年12月12日 | Weblog
毎朝のおつとめの正信偈・住職法話の後、本願寺ホームページのラジオ法話「みほとけとともに」をお参りのご門徒と共に、聞けるようになりました。

庫裏の仮御堂では、無線LANによりノートパソコンのスピーカーから直接聞いていました。

本堂外陣には、電源コンセント・LANポート・音声入力端子を用意しています。

今日は、まだ有線の環境が整っていないので、無線LANでノートパソコンから音声を出力し、堂内のスピーカで、明瞭に法話を聞くことが出来ました。

工事もほぼ終了していますので、仮設トイレ・車庫を利用した現場事務所の撤去をしました。