NATO首脳会議
2024年7月11日、首相の岸田文雄は、NATOの首脳会議に韓国などのアメリカの軍事同盟国とともに出席し、 ウクライナ支援や情報の安全保障に分野で協力し、NATOがインド太平洋地域に関与し始めたことを歓迎、対ロシア・中国への対抗で結束すると訴えた。このことは、日本政府がロシア・中国敵視のNATOと価値観を共有し、共同で軍事力強化を目指すことを宣言したこを意味している。
役目を終えたはずのNATOの復活
NATOは、1949年ソ連とその同盟国(ソ連が軍事力により併合したとは言え)に軍事力で対抗する目的で設立された。故に、ソ連・東欧の政権崩壊によるワルシャワ条約機構が消滅した時には、当初の存立意義を失った。そこで、存続を可能にするために、米ソ首脳が冷戦の終結が決定的となった1989年末の米ソのマルタサミット以降、NATOは存立意義自体を変更することにしたのである。1990年、NATO首脳会議は「我々は安全と安定が軍事の次元のみに依存するものではないことを改めて確認するとともに、北大西洋条約第2条に規定される政治的要素の強化に努める所存である」と宣言した。つまり、純粋な軍事同盟から「国際同盟の ための政治枠組み(political framework for an international alliance)」へと変更したのである。ソ連(後にロシ ア)を「敵」とは規定せず、ヨーロッパ全体の安全保障を目指すというものである。
しかし、この政治的枠組みとはNATO諸国が掲げる「自由民主主義」を推し進めることが含まれるが、この「自由民主主義」には、常にNATO諸国の経済的利益の確保が裏に隠されている。端的に言えば、欧米資本の利潤追求のことである。
ソ連が崩壊し、その支配から逃れた東欧は、西側諸国の政治的経済的利益の追求の場となり、東欧諸国政府も経済の発展のために急速に接近した。現在でも、東欧は西欧の安価な労働力の供給源であり、商品の消費地でもある。
熊の目をつついたNATO
NATOの「政治的枠組み」は、当然ながら政治経済の結束も意味し、NATOの東方拡大が自然な流れとなった。この東方拡大は、冷戦期のアメリカの政策立案に関与したジョージ・ケナンなど多くの外交官が恐れたとおり、ロシア側には、「封じこめ」と見做され、反発を生む危険性があった。この「反発」がプーチン政権の最悪の選択である、ウクライナ軍事侵攻を誘発した一因であるのは、客観的で合理的な見方である。勿論、それだけが原因ではなく、ソ連時代の国家資産を略奪したオルガルヒを中心としたロシア資本の利益追求と周辺国に対する政治的支配を維持したいという「帝国主義」的願望が入り混じったものが、そこにあるのは明白である。裏を返せば、ロシアが政治的支配を維持したい周辺国であるウクライナやジョージアの西側化の象徴である西側の軍事攻勢とも言えるNATO拡大に、ロシアの反発するのは当然の心理である。それは、正当性があるかないかという問題とは別であり、正当性があろうとなかろうと、ロシアの「反発」という心理を覆すことなどできない。
もし仮に、メキシコの左派政権が中国と軍事条約を結び、中国軍がメキシコに駐留することになれば、それをアメリカはメキシコの自由な選択だなどとは、絶対に言わないだろう。それは、キューバにソ連のミサイルが運び込まれた時、アメリカは最大級に反発したことでも分かる。その時は、当然にも、世界大戦の危機を迎えたが、それと同様なことが、西側がどう思おうと、ロシアに起きていると、ロシアは認識しているのである。
ロシアの軍事侵攻以降、NATOは結束し、ひたすら軍事力の増強の必要性を強調するようになった。しかし、NATOの東方拡大がロシアの反発を生んだことを指摘し続けているアメリカのリアリズム政治学者であるジョン・ミアシャイマーは、西側が「凶暴な熊(ロシア)の目をつついた」と表現したが、目をつつかれた「凶暴な熊」が怒り狂い、無謀な軍事侵攻を始めたのであり、「凶暴な熊」であるロシアを怒らせたのは西側なのである。その結果として、ロシアからの防衛上、軍事力の増強が必要になったのである。
重くのしかかる軍事費の増大
NATOに加盟するヨーロッパ諸国は、これまでのGDP比2%という目標を上回る防衛費(軍事費)を余儀なくされた。しかし、それでもまだ足りず、防衛費(軍事費)の上乗せを要求される羽目に陥っている。
NATOの軍事費の40%近くを負担するアメリカの大統領に、ドナルド・トランプが次期大統領に就任することが濃厚な状況になった。そのトランプは、ヨーロッパ諸国の軍事費負担の増額を強力に要求している。
NATO事務総長のイェンス・ストルテンベルグは、7月19日、BBCのインタビューに答え、「欧州は10年続くウクライナ戦争を覚悟すべきだ」と言い、トランプのNATO離脱意向の報道に対し、アメリカは「欧州に軍事負担増を要求しているだけで、(それに欧州が応えれば)NATOに残るはず」だ答えている。
また、トランプの副大統領候補のJ・D・バンス は、アメリカの真の敵は中国で、「ウクライナなど知ったことではない」とまで言っている。
結局、終わりの見えないロシア・ウクライナ戦争に軍事支援でロシアを撃退する方針を変えないヨーロッパ諸国は、上限が見えない軍事費の増額を余儀なくされているのである。
ヨーロッパ諸国の政治急変
実際、ウクライナへの軍事支援に最も熱心なのは、中道勢力である。アメリカファーストを掲げるトランプ同様に自分さえよければいいという極右は、ハンガリー首相のオルバン・ビクトルのように、支援を渋っている。左派も、中道左派を除き、NATOの軍事支援の増強には反対している。
軍事費の大幅に増額するためには、増税を実施しなければならないが、増税を打ち出せば、選挙に負けるのは必至なので、増税路線は選択できない。そこで、国の借金で軍事費を賄うという選択をせざるを得ない。しかしそれは、中道両派が一貫して作り上げてきた財政の健全化を破壊する。また、社会福祉予算を減額せざるを得ないが、それも既に崩れかけているヨーロッパ諸国の福祉国家社会を破壊する。
アメリカのバイデン政権並みにウクライナ軍事支援に積極的だった英国保守党は、(経済力の大きいドイツが、金額面ではアメリカの次だが)総選挙で大敗した。また、フランス軍の派兵まで言及した大統領エマニュエル・マクロンの中道与党連合は、左派と極右の間で、国民の支持を失っている。
これらのことは、中道両派が常に多数派を形成してきたヨーロッパ諸国の政治地図を、激変させる前触れだろう。
アメリカの強い影響力から、NATOは東方へ拡大し、ロシアの玄関まで到達した。それは結局、ロシアとの対立を激化させたが、アメリカは、そこから逃げつつある。梯子をはずされたヨーロッパ諸国は、極右が台頭し、今までの福祉国家も財政も、反差別主義も人権も、何もかも、壊れつつあるのが現実なのである。
NATOのロシア・中国敵視政策に同調し、戦争準備に突き進む日本政府
冷戦終結で当初の目的を失ったNATOが、完全に復活した。そこには、世界を敵味方に分割し、ひたすら軍事力でのみ、外交問題を解決しようとする姿勢がある。それは勿論、もともとアメリカのネオコンの主張であったのだが、それがアメリカの軍事同盟国である西側全体で支配的になりつつある。日本政府も、それに完全に同調し、軍事力の増強に余念がない。行きつく先には、破滅の世界戦争が待ち受けている。それに抵抗する力が、人びとにあるのかないのか、それが問題なのである。
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