ウィトルウィウスが説いた、建築の美しい外観や用途にふさわしい形態を定めた「美」の理。それを彼は、数的な原理のシュムメトリアとその調和のとれた配置の原理であるエウリュトミアを始めとする六つの原理*01によって説明しようとしました。すなわち、建築物を構成する各パーツがシュムメトリアに適合していること、いいかえれば、ある基本となる“数”の「比例」によって構成されていることをその「美」のもっとも基本的な考え方としたのです。
ウィトルウィウスが特に重視した「比例」とは、古代世界では、ピュタゴラス学派に固有の見方に基づいたものだった、と溝口明則さん*02は指摘します。古代ギリシアにおいて「比」や「比例」の概念が現れる原因は、「分数」を認めようとしない特別な考え方にあった、というのです。つまり「1」を分割してはならないとする特別な考え方なしには、この概念は生み出されることがなかったのです。
ピュタゴラス学派の「数」を構成する単位である「1」は、いわば数の世界のア・トムとみなされた、と溝口さんはいいます。デモクリトスが「存在」、つまり物質の究極の構成要素とみなしたア・トムは、「分割できない」という意味をもつ名称で、物質の分割を繰り返し、最後に残ったものがその物質を構成する究極の要素、真の存在とみなされましたが、古代ギリシア数学においても、数=アリスモスは自然数を意味し、これを構成する単位が「1」なのですから、この「1」は分割できないものとみなされた、というのです。
ところが人類の初期文明を通観すると、「単位分数」や特別な分数だけに限定されるなど様相は多様ですが、分数が古代世界の各所に存在した痕跡が認められ、いずれも自然に発生したもののように見える、と溝口さんはいいます。したがって古代世界では、「分数」と対立する「比」や「比例」のアイデアは、古代ギリシアに特有の例外的な存在だった、というのです。

オーダーは、ギリシア・ローマ建築の定型化された柱の装飾方法ですが、17世紀まで建築美の究極の姿としてオーダー=真の美という考え方が定着していました。
そして、オーダーのいかなる比例関係が真の美であるかということが真剣に論議されていたのです。
*01:ウィトルーウィウス建築書/ウィトルーウィウス/森田慶一訳 東海大学出版会 1979.09.28
*02:数と建築-古代建築技術を支えた数の世界/溝口明則/鹿島出版会 2007.12.30