<押しくらまんぢゆう路地を塞(ふさ)ぎて貧などなし>は俳人の大野林火。「押されてなくな」。冬の路地から伝わってくる子どもたちの歓声や熱に「貧」など感じなかったか▼スマートフォンも電子ゲームもない時代。真冬の外遊びの「横綱」といえば、やはり、押しくらまんじゅうとなろうか。1963年生まれもひんぱんにとはいわぬまでも興じた経験はある。確かに温かくなるのだが、少々、体が痛くもなる。昨今はまず見かけないが、馬乗りや陣取りなど互いの体が触れるような遊びは敬遠される時代なのかもしれない▼子どもたちの間でこんな「遊び」が決してはやらぬことを祈る。東京都目黒区の小学校で市販薬を過剰に摂取した女子児童2人が体調不良を訴え、救急搬送された。詳しい事情は分からないが、多幸感を得るため風邪薬やせき止め薬などの市販薬を過剰に服用する「オーバードーズ」と関係が疑われる▼若者を中心に広がりをみせる「オーバードーズ」に対し、政府も市販薬の大量販売を規制する方向で検討しているそうだが、魔の手は既に小学生にまで伸びつつあるのか▼多幸感と書いたが、過剰摂取の果てに待っているのは身体への恐ろしい害と依存症という不幸に他なるまい▼スマートフォンなどでこの手の怪しげな情報が子どもにもあっという間に広まる時代なのか。北風がいっそう冷たく感じられる。
最初はアムステルダムのある空港で導入されたそうだ。男性トイレの小便器の中に黒いハエを描いておく。結果、何が起きたか▼これだけのことで、例の「飛び散り」が8割減ったという。便器にハエを見つけると人はどういうわけかオシッコで狙いたくなるものらしい▼行動経済学の「ナッジ理論」の例としてよく紹介される。「ナッジ」とは「そっと後押しする」の意味で、強制や命令ではなく、ちょっとした工夫によって人々の行動に変化を促す方法のことをいう。強制されない分、気分よく受け入れられやすいという。日立製作所が最近、発表した新しいエスカレーター。これも「ナッジ理論」を応用しているのだろう▼ハエではなく、ステップ面に立ち位置を示すLEDライトが二つ配置されている。これによって2列で乗るよう促す効果があるそうだ▼片側を空ける習慣は非効率なうえ、接触事故につながるといわれながらもなかなかにしぶとい。この歳末、駅やデパートの混雑するエスカレーターの前で「なぜ2列で乗らないのか」と腹を立てた方もいるか▼急ぐ人のために片側を空ける習慣は1970年の大阪万博に由来するという説がある。新型のエスカレーターは2025年大阪・関西万博に合わせて開業する「夢洲駅」に導入される。わずかな光は半世紀を超える習慣を変えられるか。効果を2列で待つとする。
映画監督の是枝裕和さんが子ども時分のケーキの思い出を書いていた。お母さんが洋菓子の工場で働いていたそうで崩れたチョコレートケーキなどをよくもらって帰ってきたそうだ。ただし、是枝少年が欲しかったイチゴのショートケーキは人気のせいか、まずお目にかかれなかった▼年に1度、「崩れていない」イチゴのショートケーキを食べる日があった。お母さんの誕生日でもある、クリスマスイブだそうだ。崩れていないケーキは少年時代の是枝さんにとっては「特別な存在」だったという▼無残に崩れたケーキの写真を見るのが悲しい。百貨店大手の高島屋がオンラインストアで販売した、ケーキが崩れた状態で購入者に届けられたという。お気の毒に▼崩れたケーキが切ないのはこの季節のだんらんや喜びの象徴のような存在だからだろう。箱から出てきたケーキが目も当てられない状態になっていてはやり切れまい。この1年の苦労が台なしにされたような気分になるのも分かる▼高島屋さんは平謝りしている。どういう経緯で崩れたかははっきりしないが、関係者も対応に追われ、さんざんなクリスマスになったはずだ。世間を騒がせるケーキなんぞ作りたくも届けたくもなかったろうに▼幸せの味がしたはずのこの季節のケーキ。どうか慎重に扱っていただきたいもので、無事に届ける仕事はサンタの代役でもある。