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今日の筆洗

2021年11月30日 | Weblog

一月に亡くなった、作家の半藤一利さんは「絶対」という言葉を嫌っていた▼戦争中、「日本は絶対に勝つ」とか「絶対、神風が吹く」と聞かされたが、「絶対」はなかった。一九四五年三月の東京大空襲で九死に一生を得て「二度と絶対という言葉を使うまい」と誓ったそうだ▼根拠のない絶対という言葉にもう踊らされたくない。そんな決意だったのだろうが、戦争とは無関係でもあり、この「絶対」だけは許していただけまいか。「絶対大丈夫」。今年の日本シリーズを制した、ヤクルトスワローズの合言葉である▼元はシーズン中の高津監督の言葉である。チームが一枚岩になれば崩れない、「絶対大丈夫」。すべての試合が二点差以内というしびれる展開になった日本シリーズでピンチにも動じないスワローズの戦いぶりを見れば、その言葉にはやはり不思議な力があったのだろう。昨年最下位だった球団の日本一がうれしい▼三月にスワローズファンの小学生のことを書いた。優勝はまだまだ先で五位だろうとずいぶんと大人びた予想をした少年の話である▼あの子がこの優勝を何と言っているのか知りたいと読者から連絡をいただいたが、残念ながら会えないでいる。以前なら早朝、自宅前でバットを振っていたが、最近はその姿がない。中学受験だそうだ。おそらくは「絶対大丈夫」の言葉を信じて机に向かっている。


今日の筆洗

2021年11月29日 | Weblog
「残念な事実」が戦争と平和の関係にはあると、ジョン・F・ケネディ元米大統領が言っている。「戦争の準備をすることによってのみ、平和を獲得することができる」▼平和に近づくためには、軍備を鍛えるしかない。逆説的な理屈は、冷戦期の政治家にとって、現実的で強力なものに映ったようだ▼対極にあるはずの戦争と平和は時と場所によって、近くもなり、境界もぼやけるものかもしれない。ノーベル平和賞の受賞者が人々の戦意を鼓舞しているというエチオピアのニュースも、そんなことを考えさせられる▼政府と反政府勢力との紛争が激化している。反政府勢力が、首都アディスアベバに迫っていると報じられている。国際社会から停戦を求める声があがる中、隣国エリトリアとの国境紛争の終結を理由に一昨年のノーベル平和賞を受けているアビー首相は、軍を指揮するため、前線に赴いたそうだ▼受賞の際に戦争への憎しみを語り、隣国との間で築いた和平を誇っていたが、いまは「敵を地に埋める」などと言っているらしい。平和の人の姿勢は、交渉による解決が難しくなっている状況もうかがわせていよう▼平穏な時に平和を唱えるのは難しいことではない。戦いの炎がひとたび燃え上がってしまってから、それを抑えるのがどれほど難しいか。戦争と平和賞が浮かび上がらせている残念な事実かもしれない。
 

 


今日の筆洗

2021年11月28日 | Weblog
 鎖の強さは、一番弱い輪によって決まるという。十八世紀の英哲学者リードが書いた言葉らしい。いくら強い部分があっても、全体の強さを決めるのは弱い要素である。日本でも使われる表現は、ひとつの真理でもあろう▼新型コロナウイルスとの地球規模の戦いにも似たところがありそうだ。ワクチン接種で感染への扉を閉鎖しても、脆弱(ぜいじゃく)な立場の人々を見過ごせば、強さは得られない▼世界保健機関(WHO)から最高の警戒度に指定された新たな変異株「オミクロン株」。どこで変異したか、どれほどの脅威か、まだはっきりしてはいないが、最初に確認されたのはワクチン接種が遅れ、分配の不公平が指摘されているアフリカである。ワクチン接種の弱い輪だろう▼米メディアによると、オミクロン株が報告された南アフリカは、接種を望まない人もいて、接種が伸び悩んでいる。大陸には接種率が一けた台という国もある。変異の場にならないかと、以前から懸念されていたという▼コロナの難敵ぶりをまたしても見せられている。さまざまなスポーツの常道のように、前に出ていこうとするタイミングで、弱点を突かれた格好だ。経済が再び動き始め、国境もまた開かれようとしている時である。世界の金融市場が揺さぶられている▼弱い輪を看過していては危機の克服は難しい。そんな警告を受けているようでもある。
 

 


今日の筆洗

2021年11月27日 | Weblog
直径十キロという巨大な岩の塊が火の玉になって落ちると、熱と衝撃の波が地球に広がる。恐竜絶滅の原因ともいわれる六千五百万年前の小惑星衝突の脅威を映画『アルマゲドン』は描いて始まる。「同じことが、必ずもう一度起こる…問題はいつ起こるかだ」。不気味な言葉も添えられていた▼実際には、これほどの小惑星が衝突する恐れは極めて小さいそうだ。ただ、八年前にロシアに落ちて大きな被害を出した隕石(いんせき)は十数メートルであった。まだ見つかっていない小さな小惑星も多いという▼「いつか」に備える意義は大きいようで、米航空宇宙局(NASA)などが、将来の地球衝突を防ぐための取り組みを始めた。無人の探査機が先日、無事に打ち上げられた▼映画では、ブルース・ウィリスさん演じる石油採掘のプロが、迫る小惑星を爆破する任務を託される。「地球の人口は六十億。なぜ俺に」と言いながら、宇宙での決死の作戦に向かった▼打ち上げられた探査機は来年秋、小惑星の衛星に猛スピードでぶつかっていくそうだ。人類のための犠牲も少々連想させるこの体当たりで、衛星に生じる変化などを見る。軌道をずらす技術を開発するのに役立てるという▼宇宙をめぐっては、このところ大国の競争や軍拡の場としてのニュースが目立っている。「いつか」が訪れれば、それは人類が結束する機会になるのかもしれない。
 

 


今日の筆洗

2021年11月26日 | Weblog

繰り返せることと繰り返せないことがある。谷川俊太郎さんの詩『くり返す』は、言っている。<くり返すことができる/あやまちをくり返すことができる/くり返すことができる/後悔をくり返すことができる/だがくり返すことはできない/人の命をくり返すことはできない>▼大人の体に近づき、知恵も付く。時に他人を傷つけるおそれもある心身を、わがものにする道のりのなかで、人は繰り返すことができない命のかけがえなさを、はかなさとともに学ぶのだろう。十四歳のその少年はどうだったか▼愛知県弥富市の中学校で、三年生の男子生徒が同学年の少年に刺され、死亡した事件である。少年は殺人容疑で送検された。若い命が失われたことに痛ましさが募る。生徒たちが受けた心の傷も思うと、胸の痛みは増すばかりである▼人との関係で誤り、後悔する事態を招くことがあっても不思議でない年ごろではあろう。だが、包丁を準備した計画的な少年の行動につながる何かには想像も及ばない。明らかになる時を待ちたい▼詩は<けれどくり返さねばならない/人の命は大事だとくり返さねばならない>と訴えている▼「笑い声と泣き声は、ときどき似ている」。昔の広告にそんなコピーがあった。校舎に響く楽しげな声にまじる悲痛な声。詩の願いに応えるため、その声を聞くことが、いっそう求められそうだ。


今日の筆洗

2021年11月25日 | Weblog

 英作家ディケンズの『クリスマス・キャロル』の主人公スクルージはクリスマスを憎んでいる▼「搾り取り、もぎ取り、つかみ取り、握りしめて」。そうやって生きてきた欲深いスクルージには、クリスマスに人が優しく、おおらかな気持ちになるのが理解できない。「くだらない」。そう考えていた▼クリスマスシーズンを前にして、原油価格の上昇を黙認するかのような石油輸出国の対応が、米国などにはあくどいスクルージの「搾り取り、もぎ取り」の振るまいに見えたのだろう。米国、日本、中国、インド、英国、韓国は連携し、それぞれの政府が保有する石油備蓄を放出する方針を打ち出した▼主要国が声を合わせて、備蓄を放出するようなことは聞いたことがない。放出によって石油の供給量を増やし、ガソリンなどの価格上昇を抑え込もうという狙いだろうが、問題はその効果である▼一時的に価格は抑制できたとしても放出できる量には限度があり、長くは続くまい。スクルージはクリスマスイブに出現した三人の幽霊によって、優しい心を取り戻したが、備蓄放出という荒業が増産を渋る石油輸出国の対応を大きく変えるとは思えない。むしろ、態度を硬化させ、対立を強める危険もある▼必要なのは奇手ではなく率直な話し合いだろう。解決に向け、主要国と石油輸出国との間の摩擦を減らす潤滑油を放出したい。


今日の筆洗

2021年11月24日 | Weblog
米国のソウル歌手サム・クックのヒット曲「ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム」を思い出している。一九六四年、黒人差別の撤廃を求める公民権運動の中で発表された曲である▼<長い長い時間がかかっているが、変化がやってくると知っている>。黒人への差別がなくなる日は必ずやってくる。そういう希望が込められた歌である▼サム・クックと深い親交があった公民権運動の指導者マルコムXの暗殺事件の新たな展開に驚く。ニューヨークの裁判所は六五年のマルコム殺害にかかわったとして、殺人罪で有罪となった二人の黒人男性の判決を今になって、取り消した▼二人とも服役し、うち一人はすでに亡くなっている。事件から半世紀余り。<長い長い時間が>の歌詞が浮かぶ。時間がかかったが、確かに有罪判決が取り消された。けれども、過ぎ去った二人の時間は戻らない▼二人は一貫して無罪を主張し、以前から二人は無関係との証言があったにもかかわらず、無視され続けた。事件に関するドキュメンタリー番組が契機となって検察当局が再捜査に乗りだし、二人は無罪と判断した▼当時の捜査当局が証拠の一部を隠蔽(いんぺい)したことも判明した。二人の人生が台なしにされた。なぜ、えん罪が起きたか、そして、歴史的事件の真相は。今度はこれを追い掛ける必要がある。どんなに<長い長い時間>がかかってもである。
 

 


今日の筆洗

2021年11月23日 | Weblog
 真夜中、台所に忍び込み、師匠のお酒を飲んでいるところをおかみさんに見つかり、こっぴどく叱られる。別の日には、泥酔して師匠の家の玄関を汚し、あまつさえ、ふんどしを師匠の机の上に置き忘れる−▼この人の芸歴はしくじりの連続である。落語家の川柳川柳(かわやなぎせんりゅう)さんが亡くなった。九十歳。あの高座が二度と聞けないとは寄席ファンには寂しかろう▼「客にウケなければ意味がない」。ソンブレロをかぶり、ギターを抱えた川柳さんの芸に対し、古典一筋の師匠、円生さんはいい顔をしていなかったと聞く。弟子の昇進は師匠にも喜びだろうに円生さんは川柳さんの芸を否定し、「真打ちにできない」と昇進に反対したこともあった。一九七四年、真打ち昇進を果たしたときも円生さんは披露興行にさえ出演していない▼しくじりの数々や師匠との折り合いの悪さが師匠とはまったく異なる芸をこしらえたのか。師匠に遠ざけられながらも明るく陽気なその高座はわれわれを笑わせるばかりではなく、人生「なんとかなるよ」と安心させるようなところもあった▼代表作「歌でつづる太平洋戦史」(通称・ガーコン)では戦中から戦後の流行歌の変遷を聞かせていた。ご機嫌良く歌う川柳さんを見ていると、こっちまで楽しい気分になれた。不思議な芸だった▼今ごろは円生さんと顔を合わせているかも。ほめてくれたらと願う。