ドイツ人の故クラマーさんは「日本サッカーの父」。日本代表コーチとして、一九六四年東京五輪に向け基礎技術から教えた▼来日前の六〇年八月、西ドイツ合宿に来た日本代表と初対面し、0−5で敗れた地元チームとの試合を見守った。雑なパスの続出に試合後、引率の日本側役員が「スピードを落とし、正確さを心掛けた方が」と言うと「速さを落とさず技術を上げるのだ」と反論した▼惨敗でも選手の機敏な動きに極東のサッカー後進国の可能性をみて「欧州の選手たちがついていけないほどのもの」と評した。スポーツライター加部究さんの著書『大和魂のモダンサッカー』から引いた▼ワールドカップカタール大会一次リーグ初戦で「サムライブルー」こと日本代表が格上ドイツに勝った。浅野拓磨選手が俊足を生かし、屈強な敵を振り切り決勝点。長くボールを支配したドイツがついていけない瞬間は確かにあった。天上の「父」は見てくれただろうか▼その人はゴール前で誰かがシュートを打っても気を緩めず、こぼれ球が来ると予測して動けと教える際「日本語のザンシンだ」と説いた。残心。武道や茶の湯で一つの動作が終わっても緊張を解かない心構えをいうが、そこまで日本語を勉強したのかと驚く▼まだ一つ勝っただけの今、応援する側も胸に刻みたい言葉。きっと青きサムライには先刻承知の心得である。
投手の防御率とはある投手が9回を投げた場合、何点取られるかを示した数値のことで小さいほど良い投手ということになる▼大リーグのMVP争いでこんな冗談を聞いた。ヤンキースファンが話している。大谷選手の本塁打数は三十四本。われらのジャッジ選手は六十二本で上回っている。防御率はどうか。大谷は二・三三。ジャッジは驚異の〇・〇〇。当然、MVPはジャッジだ−。一度も登板していないのだから〇・〇〇は当然の話で、ヤンキースファンの身びいきぶりを笑うジョークなのだろう▼まさか冗談を真に受けたわけではなかろうが、MVP争いはジャッジ選手に大差で軍配が上がった。そうですか▼MVPを受賞した昨年を上回る成績を上げたのに大谷を一位に選んだのは三十人中わずか二人。ちょっと信じられないが、優勝争いの中での活躍とアメリカン・リーグの本塁打記録を塗り替えたことがジャッジを有利にしたか▼もう一つ、有名なジョークを。その年の最も優秀な投手を選ぶサイ・ヤング賞。かつての大投手の名である。「もしサイ・ヤングが今の時代に現役だったら何度もサイ・ヤング賞を受賞しているだろう」−▼悔し紛れに言うのなら大谷の投打にわたる活躍はMVPの規格さえ超えてしまっている気がする。二刀流最優秀を選ぶ「大谷賞」が必要かもしれぬ。大谷が何度も選ばれることだろう。