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今日の筆洗

2017年06月30日 | Weblog

 二十七日に九十一歳で逝った英国の作家マイケル・ボンドさんが、そのクマに出会ったのは一九五六年のクリスマスイブのことだった▼家路を急ぐ彼の目に、売れ残って店先にぽつんと置かれたクマのぬいぐるみが、飛び込んできた。見捨てられたような姿に切なくなったボンドさんは、妻への贈り物として買い、自宅近くの駅にちなんでパディントンと名付けた▼このクマを見ているうち、ボンドさんの頭の中で物語が動き始めた。「クマがひとりぼっちで駅に現れたら、どんなことが起きるだろうか?」▼そのときボンドさんの脳裏に、ある光景が浮かんだという。戦時中、空襲を逃れるために親元を離れ、スーツケース一つで迷子にならぬための札を首に下げ、列車で疎開した子どもたちの姿だ▼そうして生まれたのが、名作『くまのパディントン』。スーツケース一つ持ち、ひとりぼっちで未知の国にやってきて、「どうぞ このくまのめんどうをみてやってください。おたのみします」と書いた札を首から下げたクマ。その姿には、孤独や不安にたちむかう子どもたちへの、作家の思いがたっぷり詰まっているのだ▼『パディントン』は、半世紀にわたり三千五百万部も売れる人気シリーズとなった。売れ残りのクマのぬいぐるみが、世界中の子どもたちをわくわくさせ続ける贈り物となった。そんなすてきな物語である。


今日の筆洗

2017年06月28日 | Weblog

 <記録に並ぶは七月一日。そこからさらに十二試合、驚き桃の木の大選手>。「ジョルティン・ジョー・ディマジオ」(レス・ブラウン楽団)は一九四一年、全米で大ヒットした。陽気で軽快な曲を訳してみれば、こんな雰囲気だろう▼歌の主人公はニューヨーク・ヤンキースのジョー・ディマジオ。この年五月から七月にかけて大記録を達成した。今なお破られぬ五十六試合連続安打である。映画の宣伝みたいに書けば、新記録に全米が熱狂した▼比べたくなる中学生棋士の大記録である。藤井聡太四段が公式戦二十九連勝を達成した。快挙に日本中が興奮しているとは言い過ぎか。連勝など連続のかかる記録には不思議な魅力があるようで、われわれ自身も同じ時代に居合わせた者として少年の飛行機に一緒に乗り、高い場所に向かっている。そんな興奮がある。さあ、どこまで連れていってくれるのか▼されどである。験の悪いことを書くが、勝負である以上、連勝はいつかは止まる。才能の真価が問われるのは、おそらくその後である▼ディマジオを引いたのは記録が途切れた後の話を書きたかったからである。五十七試合目に無安打に終わったディマジオ。失望も気落ちもせず、次の試合からまた十六試合連続で打った▼新記録は新記録。だが、大棋士への道はその先にある。そんなこと、聡明(そうめい)なる四段は百も承知だろうが。

 

Joltin' Joe DiMaggio-Les Brown's 1941 hit record



今日の筆洗

2017年06月27日 | Weblog

 ある会社の社長がこんなことを言った。「わが社の製品が使用されないことを望む」▼使われてナンボ、売れてナンボの経営者が自社製品を使ってくれるなとは。ナゾナゾの問題ならば、その社長、武器商人か何かなのだろうが、その会社は実在する▼負債総額一兆円超。欠陥エアバッグ問題から、ついには製造業では戦後最大規模の経営破綻に追い込まれたタカタである。社のサイト上の「タカタの願い」。「自分たちの製品が活躍しないこと」「ずっと使われないですむなら、いちばんうれしい」とある▼自分たちのエアバッグやシートベルトを使わないでもすむほどに安全な社会をつくりたい。高い理想を複雑な思いで読む。それほどまでに安全、人の命を守ることにこだわっていたはずの会社である。エアバッグが異常破裂し金属片が飛び散る。その事故で米国では少なくとも十一人が亡くなっている▼もちろん、タカタ製品によって救われた、数えきれぬ命がある。それでも安全にこだわり、安全を売り、世界シェア二位に成長した会社が肝心の安全を守ることができなかった。破綻もそうだが、関係者にはその事実の方こそ無念であろう▼「タカタが安全の代名詞になる日」を目指していた。代名詞になることはおろか、中国企業傘下の米国部品メーカーに買い取られ、タカタの名が残るかどうかさえも分からない。


今日の筆洗

2017年06月26日 | Weblog

 苦しみもだえる男になおも鞭(むち)をふるう。「どうだ、もうちょっといけそうか」。聞いているのは車の御者。この車は人間の苦痛で発電し動く。ときどき、神経が麻痺(まひ)して痛みを感じなくなってしまい、動かなくなる。劇作家ケラリーノ・サンドロヴィッチさんの『祈りと怪物』にそんな場面があった▼あの車が苦痛ならこの車は何で動くか。その御者は国民の支持の高さというかもしれぬが、その車は国民の意見対立によって動いている。そう見える▼その車とは現政権である。愚かな空想であればよい。しかし首相が最近、今秋の臨時国会閉幕前に自民党改憲案を憲法審査会に提出したいと表明したあたりに、どうしたって疑いは強まる▼その車の動かし方はこうである。国民の間で賛否の分かれる難問を提示する。当然、意見は対立し、賛否双方で憎しみに近い感情が醸成されるのだが、その対立が強まるおかげで、首相は何割かの強固な支持を確実に手にできる▼それが政権の動力源であり、何があろうと一定の支持率を維持できる秘密かもしれぬ。特定秘密保護法、安保法、共謀罪。今度は自民党改憲案。休むことなく国民を揺さぶり続けているのは休めば、その車は動力源を失い、止まってしまうせいだろう▼「どうだ、もうちょっといけそうか」。御者の問いに国民はもうそのやり方にへとへとになっていると答える。

 
 
 

【私説・論説室から】

2017年06月25日 | Weblog

大風呂敷を広げたものの 2017年6月21日

 「ネタニヤフ(イスラエル首相)には我慢ならん。奴(やつ)はうそつきだ」(サルコジ仏大統領)

 「君もうんざりだろうが、ぼくは君より頻繁にネタニヤフと交渉しなくちゃならないんだぜ」(オバマ米大統領)

 二〇一一年のG20サミットの会場。マイクのスイッチが入っているのに気づかない両首脳の陰口が拡散した。首脳間の反目がたたって、オバマ政権時代の米・イスラエル関係は最悪だった。

 打って変わってネタニヤフ氏とトランプ大統領はウマが合うようだ。二月に訪米したネタニヤフ氏は「イスラエルにはトランプ氏ほどの偉大な友人はいない」と持ち上げた。

 トランプ氏は五月のイスラエル訪問で、中東和平の再開に向けイスラエルとパレスチナ自治政府の仲介に意欲を見せた。「和平は容易ではない。イスラエルもパレスチナも難しい決断を迫られるだろうが、和平は可能だ」と双方に歩み寄りを促した。

 ただし、和平仲介の具体策を示したわけではなく、大風呂敷を広げてみせただけ。トランプ氏にはなにごとも自分の思い通りになると錯覚しているふしがうかがえる。

 偉業を成し遂げたいというヤマっ気が発端にもみえる和平仲介。歴代の米政権が挫折を繰り返した和平が、トランプ氏の鶴のひと声で実現するほど甘くはない。 (青木睦)


今日の筆洗

2017年06月25日 | Weblog

「天が、この国の歴史の混乱を収拾するためにこの若者を地上にくだし、その使命がおわったとき惜しげもなく天へ召しかえした」。若者とは坂本龍馬。司馬遼太郎さんの『竜馬がゆく』の最終回。近江屋で龍馬が刃(やいば)にたおれる場面である▼「惜しげもなく天へ召しかえした」の部分。最近見つかった自筆原稿によると当初は「惜しむように」だった。線で消し「惜しげもなく」と修正している▼読み返す。やはり、この部分、「惜しげもなく」でなければならぬ。そう思う。三十一歳での龍馬の死は早い。惜しいと書きたくなる。されどである。大政奉還、薩長同盟。龍馬の大仕事に天が心から満足し「よくやった」と考えるのなら「惜しげもなく」の方がぴたりとくる。それは精いっぱい生きたと同じ意味であるまいか▼小林麻央さんが亡くなった。病床にあってもそのブログには同じ病の人への慰めや励ましの言葉があふれていた。誰かのためにの大仕事を最後まで続けていた▼この人にも「惜しむように」が似合わぬか。そのときを迎えても「可哀想(かわいそう)に」とは思われたくない。そう書いていた。病気が「私の人生を代表する出来事ではないから」▼かなえた夢、出会い、家族との生活。それこそが人生を代表する出来事。だとすれば、お別れは「可哀想」とか「惜しい」よりも「精いっぱい生きた」の方がふさわしかろう。


今日の筆洗

2017年06月24日 | Weblog

「政治家は、曲芸師である」と喝破したのは、十九世紀から二十世紀にかけてフランスの政界と文壇で活躍したモーリス・バレスである。「政治家は、実際にやることとは逆のことを言って、バランスをとるのだ」▼わが国の首相も、この手の曲芸の腕はかなりのものだろう。共謀罪への異論も獣医学部新設での疑惑も封じ込めるかのように国会を閉会して、会見で口にした言葉は「政府として分かりやすく説明していく」。だが、野党が臨時国会の召集を求めても、応じる気配はない▼憲法は臨時国会について、<いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない>と定める▼「召集の期限は書かれていない」と釈明するのかもしれないが、自民党の憲法改正草案では、この条文に、こんな一節が付け加えられている。<要求があった日から二十日以内に臨時国会が召集されなければならない>▼なぜ、期限を切るようにしたのか。自民党は「憲法改正草案Q&A」できちんと説明している。<党内議論の中では、「少数会派の乱用が心配ではないか」との意見もありましたが、「臨時国会の召集要求権を少数者の権利として定めた以上、きちんと召集されるのは当然である」という意見が、大勢でした>▼そんな見識もドロンと消えた。曲芸だけでなく、手品も得意らしい。