自分が音楽を担当した映画をちゃんと映画館まで見に行き、観客の入りや反応を確かめていたそうだ。映写室にもたびたび飛び込んだ。文句を言うためである。「音量を上げてほしい!」▼一九五〇年代後半の話らしい。大きな音を出すとスピーカーが早く傷むからと映画館の中には音を絞って上映するところもあったらしい。わが子のような音楽。それが聞こえないことがその人は許せなかった。「人造人間キカイダー」「マジンガーZ」など数多くのアニメ、特撮番組の音楽を手掛けた作曲家の渡辺宙明さんが亡くなった。九十六歳▼映画「スーパージャイアンツ/鋼鉄の巨人」(一九五七年)から最近まで放映された「機界戦隊ゼンカイジャー」まで約六十五年。長きにわたって子どもの胸を高鳴らせる音を届け続けた▼「忍者部隊月光」を子どもの時代に見た人は現在七十歳前後か。「キカイダー」なら六十代。その宙明サウンドを「ゼンカイジャー」で今の幼稚園児も楽しんでいる。そんな作曲家は少なかろう▼時代の半歩先を心掛けていたそうだ。一歩先では行き過ぎで理解されない。独り善がりを嫌い、聞き手を第一に考えた音づくりがその作曲家自身をもヒーローにした▼戦禍の中で青春時代を過ごした。力強い音楽が持ち味だが、軍歌調は作らないと書いていた。「泥くさいから」。理由はそれだけではないだろう。
元(げん)の軍が日本を襲った元寇(げんこう)は鎌倉時代に起きた▼当時の元の沈没船が長崎県松浦市の沖で見つかり、調査した琉球大教授が発表したのは二〇一一年十月。七百年以上も海底に眠った敵船の発見は、話題になった▼全長は推定二十メートル超。船底には元軍の陶製のさく裂弾もあった。一四年には二隻目が見つかった。経緯に詳しい井上たかひこ氏の著書『水中考古学』(中公新書)によると、一帯は元寇に関する伝承も多く、一九八〇年以降の調査で鉄製品なども見つかっていた▼文化庁が、沈没船や湖底の集落跡など水中遺跡の保護を図るため、文化財としての指定や登録を推進すると先に報じられた。確認されている水中遺跡は約四百カ所という。明治時代に伊豆沖で座礁したフランスの貨客船ニール号は有名。陸の遺跡と比べ学術調査は不十分という。文化庁は今春、発掘技術や事務手続きなどを記した自治体向けの手引も作った▼手引によると、諸外国で水中遺跡の保全が進んだのは、財宝を探す「トレジャーハンター」による盗掘を防ぐためという。八〇年代、米フロリダ沖のスペインの沈没船から宝飾品が見つかり、発見者の権利か遺品の保護かで論争になった▼日本周辺で盗掘の話が聞かれず、保全があまり進まなかったのは、海域が比較的深いことも背景にある。ハンターも手を出せなかったお宝が、眠っているのだろうか。
記録に残る日本で最も古い天文現象は「日本書紀」にあるそうだ。推古天皇二十八年というから西暦では六二〇年。「天に赤気あり」−。オーロラだったと考えられている▼藤原定家の「明月記」の中にも「赤気」が出てくる。一二〇四年二月のことで「北ならびに艮(うしとら)の方に赤気ありき(中略)恐るべし、恐るべし」。日本でのオーロラの出現は太陽フレアと呼ばれる太陽表面での爆発による影響があるという▼説明が難しいが、太陽フレアが地球上に磁気嵐を引き起こし、緯度の低い場所でもオーロラを出現させるのだそうだ。一八五九年の太陽フレア発生時はキューバやハワイでもオーロラが観測されたという▼「電気仕掛け」の現代では、大規模太陽フレアの影響は日本書紀や定家の時代とは比べものにならぬほど深刻だろう。総務省が最近発表した報告書によると最悪の場合、携帯電話が二週間程度、断続的に利用できなくなるそうだ▼そればかりではない。テレビ、無線もだめ。GPSにも狂いが出るというからカーナビも怪しくなる。電力インフラも、対策を取っていない場合は誤作動から広域停電を引き起こす危険があるという▼広い分野で大きな障害が予想されている。考えただけで、「恐るべし、恐るべし」だが、観測と予報システムの強化によって備えるしかあるまい。「赤気」が見たいって? 悪い冗談である。
酒を勧められ、男はひやではなく、お燗(かん)をつけてほしいと頼む。ひや酒をやりすぎて、シクジった過去もあるらしい。古典落語の「夢の酒」である▼お燗がつくのをまだかまだかと待っていたところで男は揺り起こされる。すべては夢だった。男はがっかりする。「惜しいことをした。ひやで飲んでおけばよかった」。よく分かる。夢であろうと、せっかくの酒を逃せばもったいない▼夢でなければもっと悔しかろう。本日、公示の参院選。一票の価格はおいくらほどか。考え方や計算方法はいろいろある。参院選のための予算支出がざっと六百億円なのでこれを有権者数の一億人で割れば六百円という数字が出てくる▼いやいや、それはあくまで必要経費。選挙結果は国家予算の配分にかかわってくる可能性があるので国家予算と参院議員の任期なども加味して計算すれば、数百万円になると主張する方もいる▼具体的にいくらとは言いにくいのだが、一票には間違いなくおあしがかかっているし、価値がある。那須川天心−武尊戦のリングサイド席みたいな価格はともかく、せっかくのご招待である。みすみす無駄にすることはなかろう▼それにこの一戦、物価高対応や防衛予算増額の是非など見どころも多い。一票を投じず、ご自分の意に沿わぬ選挙結果に「投票しておけばよかった」と悔やんでも、夢オチではなく現実である。