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今日の筆洗

2020年09月29日 | Weblog

 ダスティン・ホフマンといえば、演劇学校のアクターズ・スタジオ出身で米国を代表する演技派俳優である。一九七六年の米映画「マラソンマン」で英国の名優ローレンス・オリビエと共演した▼当時、オリビエは重い病と闘っていたそうだ。苦痛をこらえ、撮影所にやって来る。芝居をする。どうして、そこまでして。ホフマンはある日、オリビエに質問した。「ぼくたちはどうして、こんな仕事をしているんですかね」▼オリビエはホフマンにのしかかるようにささやいた。「どうしてか知りたいか。俺を見て、俺を見て、俺を見て、俺を見て、俺を見て!って思うからだ」。だからつらくとも芝居を続けられる▼うかがいしれぬ事情や悩みがあったのだろう。されど、どうして役者として「私を見て、私を見て!」を思い出していただけなかったのか。女優の竹内結子さんが亡くなった。自殺と伝えられる▼四十歳と書くのがつらい。重い芝居からコメディーまでジャンルを選ばぬ演技力。人を慰めるような深みのある声が今も耳に残る。才能が円熟へと向かっていたところであっただろう▼役者の突然の死がかくも悲しいのは役者が灯火のような存在だからだろう。芝居で人を喜ばせ温めもする。浮世のつらさを忘れさせる。その灯火がふっと消えた。観客はうろたえるばかりである。「君を見られない!君を見られない!」


今日の筆洗

2020年09月27日 | Weblog

自分が現在とは別の時代に生まれたとしたら。ウディ・アレン監督の映画「ミッドナイト・イン・パリ」では作家志望の男が一九二〇年代のパリに迷い込む▼そこで出会ったのは当時パリにいたヘミングウェー、フィッツジェラルド、フォークナー。男にとって、憧れの作家たちである。彼らと語り酒を酌み交わす時間。画家のピカソもいる。コール・ポーターが歌っている▼人が過去に憧れるのは現在への不満のせいだと悟った男は現在に生きることを選ぶのだが、パリ解放後の四〇年代から五〇年代のこの町なら、やはり迷い込んでみたいという人もいるか▼哲学者のサルトルとボーボワールが食事をしている。作家のカミュが誰かと議論している。コクトーがいて、マイルス・デイビスも米国からやって来た。その真ん中にいた女神が亡くなった。「日曜日はきらいよ」などの歌手ジュリエット・グレコさん。九十三歳▼デビューはサルトル作詞の「ブラン・マントー通り」。味のある声と少々投げやりな歌い方。「母親に愛されたことがない」という不幸な生い立ちや戦争中、ドイツ軍に拘束された過酷な体験。数々の恋愛体験が歌に深みを与えたか。二十世紀の歌声が遠ざかる▼ビートルズの名曲「ミッシェル」はグレコをイメージして書いたと、ポール・マッカートニーが語っていた。この人も別の時代に憧れたらしい。