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今日の筆洗

2019年09月30日 | Weblog

 落語の「お直し」は新聞のコラムでは少々扱いにくい演目かもしれぬ。廓噺(くるわばなし)で主人公は遊女とその亭主。しかも客をケッ転ばしてでも引っ張り込む「ケコロ」と呼ばれる稼業である▼一九五六年、この噺で古今亭志ん生が芸術祭の文部大臣賞を受賞する。志ん生さんいわく「『お直し』で文部大臣賞とは妙なもんで…」。お堅い国が「お直し」のおかしさ、哀切さをきちんと評価できる。なんとも粋であり、たのもしくさえもある▼時代が変わり、粋どころか野暮(やぼ)も通り越え、おっかない国のやり方である。文化庁が国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」に補助金約七千八百万円を交付しない方針を決定した▼ひっかかったのは元慰安婦を象徴した少女像を展示した「表現の不自由展・その後」。同展は脅迫を受け、中止に追い込まれたが、運営を脅かす事態が事前に予測できたのに申告しなかった、という手続き上の不備を不交付の理由としている▼展示内容で不交付とした検閲ではないと言いたいのだろう。だが、今回の交付中止によって今後、問題が起きそうな展示に二の足を踏ませる効果が残念ながら出るかもしれぬ。不交付は今後へのけん制であり、まだ展示されていない作品への「検閲」にならぬか▼「お直し」とは遊女との時間を延長する意。不交付には見直しの意味で、「直してもらいなよ」と声を上げる。

 
 

 


今日の筆洗

2019年09月26日 | Weblog

 アナグマはクマではなく、イタチやカワウソの仲間である。英語では【badger】。動詞になると意味が変わる。「人をしつこく悩ませる」「しつこく迫る」▼なぜアナグマが「しつこく悩ませる」なのか。十八世紀の英国で流行した遊びと関係がある。アナグマを樽(たる)や箱の中に入れ、そこに犬をけしかけ追わせる。ひどい遊びがあったものだ▼ワシントン・ポストに【badger】を使った記事を見た。「トランプ大統領は七月二十五日の電話で八回、ウクライナのゼレンスキー大統領にバイデン氏の捜査を求めた」…。トランプ大統領がウクライナに対し、軍事支援を行う代わりに民主党の有力大統領候補、バイデンさんとその次男の捜査を求めたとされる疑惑である▼今度はトランプさんがアナグマになりそうである。民主党は大統領の行動を強く非難し、弾劾に向け調査する考えを表明した。いよいよ大統領の首を狙う腹を決めたか▼ただ、バイデンさんが絡んでいる分、ややこしい。副大統領時代、ウクライナ政府に対し、一人の検事総長の解任を求めたそうだが、この検事総長、当時、バイデンさんの次男が理事を務めるガス会社の疑惑を捜査していたらしい。大統領が迫ったのはこの捜査である▼日本でいうムジナはアナグマのことらしい。ウクライナの同じ穴の【badger】という言葉が浮かばぬでもない。

 
 

 


今日の筆洗

2019年09月25日 | Weblog

最近の少年野球で人気のポジションは投手と遊撃手だと聞いたことがある。あまり人気がないのが捕手だそうだ。野村、田淵に憧れた世代とは事情が違うらしい▼確かに派手さはない。防具は重いし、捕球姿勢もつらい。危険なファウルチップもある。捕手へのためらいは子どもに限らないようだ。米大リーグに「メジャーへの近道は捕手になることだ」という格言がある。なり手が少なく、競争率が比較的低いせいだろう▼どんな野球選手の引退にも寂しさを感じるものだが、責任が重い上、けがをしやすい捕手を守り続けた選手の引退はなおさらである。ジャイアンツの阿部慎之助捕手。今季限りで引退する▼2131安打、打率2割8分4厘、405本塁打。球史に残る強打の捕手である。豪快なスイングから火の出るような打球。他チームをひいきにする者にとって、嫌な場面で痛打を放つ勝負強い選手だった。その打球音が「カーン」ではなく「ガン」と聞こえた▼デビューは二〇〇一年。当時の打線を思い出す。江藤、松井、清原、高橋由も怖いが、下位の八番に強打の新人阿部が入る。震えてくる▼まじめで寡黙な印象がある。背中で若手をひっぱる選手だったのだろう。ストッキングを見せるユニホームの着こなしも粋だった。四十歳。「まだ、やれる」とは言わぬ方がいいか。苦労の捕手を務め上げた人である。

 
 

今日の筆洗

2019年09月24日 | Weblog

フランス映画の名匠トリュフォーの長編第一作は仏語で『レ・キャトル・サン・クー』。直訳は「四百回の打撃」らしい。『大人は判(わか)ってくれない』という日本語のタイトルが付けられた。邦題にひかれて、鑑賞した方も多いのではないか。作品とともに、傑作として名高い邦題である▼社会からはみ出しそうになった監督の自伝的作品だ。原題には「無分別」などの意味があるそうだが、邦題は原題と異なる角度から作品に光を当てつつ、主人公の少年の心情を代弁していて見事だ▼大人は分かっていないのではないか。地球温暖化問題をめぐり、そんな若者や子どもたちの訴えが、共感の輪を地球規模で広げている。深刻化が懸念されているのに、あいかわらず化石燃料を大量に使う人々は、将来の世代のことを本当に考えているのかと▼先週、世界のおそらく全大陸で、都市の大小、先進国かそうでないかなどを問わず、デモや集会など一斉行動があった。数百万人の参加者の多くが若い。危機感と大人の責任を問う声が聞こえる▼スウェーデンの十六歳グレタ・トゥンベリさんが昨年、議会前で抗議の座り込みをしたのがきっかけという▼温暖化問題とは、世代と世代の問題である-。大人が目をそむけがちだったところに、若者の視点という角度から、重要な光を当てたようにみえる。分からないではすまない指摘だろう。

 
 

 


今日の筆洗

2019年09月21日 | Weblog
 二人の女が一人の赤ん坊をめぐって、自分こそ母だと言い争っている。難しい裁きをゆだねられた王は考えた。剣で二つに切り分けよ。そう命じると、子どもはいらないから命を救ってほしいと一人が叫んで、本物が明らかになった▼「ソロモンの審判」として知られる物語は聖書にある。その英明ぶりが語り継がれる古代イスラエルの王ソロモンの知恵をたたえる話は、大岡越前の「大岡裁き」の挿話に影響したとも言われる▼知恵の王の伝説に、国名の由来があるソロモン諸島は、南太平洋の比較的新しい国である。台湾と中国のどちらを選ぶか。審判ならぬソロモン諸島の選択は、難しい裁きだっただろう。ずっと国交があった台湾と断交し、中国との国交樹立を決めた▼報道によれば、中国からの経済援助が政権にとって、抗しがたい力となったという▼人口六十万人余りという国ではあるが、オーストラリアなどをにらみ、米国にも圧力を効かせる戦略的に重要な位置を占めているようにみえる。かつて日本軍も上陸した。米軍との悲惨な戦いの地ガダルカナルは、諸島で最大の島だ▼太平洋やカリブ海に外交関係のある国がある台湾は、断交のドミノ化をおそれている。昨日、太平洋の島国キリバスと台湾との断交が明らかになったが、追随を思わせる出来事である。平和が似合う島嶼(とうしょ)国に、荒波を思わせる選択が続く。


今日の筆洗

2019年09月17日 | Weblog
  米国からやって来た野球選手の本名は「ジーン・バッケエ」だった。BACQUEと綴(つづ)る。先祖はフランス出身。日本人には耳慣れぬ名に球団側は顔をしかめたらしい。「バッケエ? そんな化け物みたいな名はやめとけ、バッキーがいい、バッキーだ」▼本人は不愉快だったかもしれないが、その登録名で一九六〇年代、阪神タイガースの投手として活躍した方が亡くなった。ジーン・バッキーさん。八十二歳。阪神ファンはもちろん、手を焼いた他球団のファンも寂しかろう▼長い腕をムチのように使うスネーク投法。速球とナックルを武器に阪神優勝の六四年には二十九勝を挙げ、沢村賞に輝いた。六五年には巨人相手にノーヒットノーランも達成した▼伝説の名投手だが、阪神へはテスト生入団である。米大リーグの下部リーグにいたところを見いだされ、日本行きを決めた▼後がない。その分、必死だったのだろう。野球の本場から来たと威張ったところはみじんもなく、日本野球を謙虚に学び、不安定な制球は日本人投手を手本に磨いた。主審への文句も関西弁だったそうだ▼王貞治選手への危険球をめぐる乱闘事件でけがをして選手生命を縮めたが、本人は人にめがけて球を投げたことはないし、乱闘も自分から手を出したわけではないと、ずっと主張していた。五十一年前の明日、九月十八日の試合での出来事である。

今日の筆洗

2019年09月16日 | Weblog
 

 韓国の法相選びをめぐるゴタゴタがようやく決着した。主人公は、チョ国(チョグク)氏(54)。長身でスッキリした顔立ち。韓国トップの名門大学といわれるソウル大学法学部の教授で、進歩派を象徴する人物だ。

 文在寅(ムンジェイン)大統領の公約である司法・検察改革を実現するとして、法相候補に指名された。すると、メディアがチョ氏周辺のスキャンダルを一斉に報道しはじめた。

 韓国内の報道量は、ネットメディアを含め多い時には一日六千件、この一カ月間で計十一万件以上という統計もある。最側近のチョ氏を法相候補に選んだ文大統領に、打撃を与えようとする政治ショーの様相も帯びていた。

 チョ氏のモットーは、「人生とは暴風雨が過ぎ去るのを待つのではなく、雨の中でどんなふうにダンスするかを学ぶこと」だという。米国の女性シンガー・ソングライター、ビビアン・グリーンさんの言葉だ。

 その言葉通り、十一時間にわたる質問無制限の記者会見、十四時間に及ぶ国会聴聞会での質問攻めを耐え抜き、法相に就任した。

 妻が私文書偽造の罪で在宅起訴されているチョ氏は、まだ当分の間、激しい追及を受けなければならないだろう。

 その直後、日本でも内閣改造が行われ、大したチェックもなく新大臣が任命された。この人たちが今後、「激しい雨」に見舞われなければいいのだが…。 (五味洋治)

 
 

 


今日の筆洗

2019年09月13日 | Weblog

論語に「怪力乱神を語らず」という知られた一節がある。理性の及ばない怪異や鬼神のような不確かな存在について、君子や為政者は語るべきでないという戒めとして伝わっている。実りはないと知りつつ、怪力乱神を熱く語るのが好きなのが人間である。そんな意味も潜んだ言葉だろうか▼世界でもっとも有名な怪異かもしれない。英国ネス湖のネッシーについて、国際的な研究チームの調査が明らかになったと外電にあった。先端技術を使っても存在は確認できなかった▼恐竜の姿のような有名な写真は二十年以上前、トリックと分かっている。その後も大掛かりな科学的調査が、空振りに終わっていたはずだ。真偽の決着はついたと思っていたが、熱は冷めていなかった▼巨大ウナギが正体という説も語っていて、議論は終わらないようだ。ヒマラヤの未確認生物イエティの謎はクマの一種を指した言葉が雪男と誤訳されて始まったともいう。近年映画にもなった。怪異は生命力が強い▼ネッシーの昔の記事を探していたら、偶然四十年前の雑誌の政府広報が目に入った。原発推進を唱える高官が対談の中で石油は三十年で枯渇するという説をもとに、枯渇という「狼(おおかみ)」が「その辺まで迫ってきている」としきりに危機をあおっていた▼狼はどこに行ったか。世の中を治める人が語らないほうがいい怪力乱神はやはりあるようだ。

 
 

今日の筆洗

2019年09月10日 | Weblog

「天狗(てんぐ)どんの四方餅(しともち)」-。そんな言い方が薩摩地方にあるそうだ。四方餅とは棟上げのおはらいに屋根から投げる祝い餅のことだろうが、それを天狗どんが撒(ま)くとはどういう意味か▼台風が過ぎ去った翌日の栗(くり)拾いのことをいうそうだ。強い風が栗の木から実を落としてくれる。一つの天の恵みである。詩人の高橋順子さんの『風の名前』(小学館)によると、そういう日は「自生の栗は山主に憚(はばか)ることなく拾うことができた」。台風一過の青空の下、栗を拾う子どもたちのうれしそうな顔が浮かんでくる▼台風が去った後に待っていたのは「天狗どんの四方餅」のような心やさしい「恵み」ではなかった。上陸直後の中心気圧は九六〇ヘクトパスカル、最大風速は四〇メートルで関東に上陸した台風としては、最強クラスの台風15号である。首都圏の交通に大混乱を残していった▼JR在来線は始発から運休。再開も遅れた。路線図を子細に検討し、出勤可能な経路を見つけたはいいが、車内は立っているのがやっとの混み具合。雨風以上にそんな苦しい思いをした人も多いだろう▼台風に備えたJRの計画運休はやむを得ないとして少し考えてみるべきは台風時の通勤の方かもしれぬ▼これほどの台風の場合、去った後も会社の方が「出勤無用」と寛大な心を見せなければ、健気(けなげ)な日本人は会社を目指すだろう。「天狗どんの休み」がいただけぬか。