高槻成紀のホームページ

「晴行雨筆」の日々から生まれるもの

ムササビ後日談 2

2018-11-28 18:03:37 | 最近の動き
 ムササビの死体を提供してくださった半場さんはヨットの心得があるとのこと。針状軟骨の話をしたら「それならヨットのバテンのようなものだな」ということでした。聞いたことがなかったので調べてみたら、ヨットのメインセール(主帆)に水平に入れる「骨」で、やはり柔軟性があるもののようです。これがないと風が吹いた時に帆がパタパタとなるのだと思います。それを抑えるのに芯になるのがバテンということのようです。そうであれば、ムササビの針状軟骨はまさにヨットのバテンに相当すると思います。


ヨットの部分の名前。バテンはメインセールの芯として機能


ムササビの「バテン 」である針状軟骨。イラストでは針状軟骨を強調しており、実際には皮下にあってこのようには見えません。


 もう一度バテンと針状軟骨を比較してみます。ヨットではマストがあって、そこに帆を張る。帆は風をはらんでヨットが動く力になるが、そのためにはブームとマストで三角形の帆を固定する必要があります。三角形であることで力が下に集中し、ヨットは安定するわけです。
 一方、ムササビの飛膜は滑空するためですから、広ければ広いほどよいわけで、前後の脚に最大限付いています。だからヨット本体に対応する胴体にマストである前肢、後肢が2本あると見做すことができます。前肢をマストとみて少し違うが後肢をブームと見ることもできなくはありません。そうすると針状軟骨はまさにバテンに対応します。ただ、ヨットの場合は風を孕むことと、安定することが帆の構造を決めたのに対して、ムササビ ではできるだけ空気をはらんで対空時間を長くすることが必要条件になります。そのために針状軟骨は飛膜のバタバタを安定させるというより、被膜の面積を拡大するということの意味が大きいと思われます。もし針状軟骨がなければ、前肢に続く皮膜はダラリと垂れさがったりするでしょうが、それが針状軟骨でピンと広がるはずです。つまり小指と針状軟骨で三角形上の芯を作って、飛膜を外側に広げ、安定性をもたらしているのだと思います。

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頭骨

2018-11-28 15:57:02 | 研究
ムササビの頭骨の標本ができました。やはり、げっ歯類としては大きく、なかなか見事なものです。
 全体はうっかり加熱しすぎてバラバラになり、うまく組み立てられるかやや自信がありませんが、なんとか頑張るつもりです。





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基本情報

2018-11-27 11:18:43 | 研究
ムササビの計測値など(体重以外はmm)
場所  山梨県山中湖近く
年月日 2018.11.14
性別  オス
体重  902g
鼻先から肩まで  118
肩から尾の付け根 261
尾        205
前肢       198
上腕       130
尺骨       181
前足       90
大腿       149
脛骨       115
後足       41
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ムササビ 後日談

2018-11-25 10:37:26 | 研究
ムササビの体はとてもおもしろい。とくに手の「小指」はおどろきでした。骨標本を作ろうとお湯で加熱しました。しばらくして様子を見て
「あっ!」
と声をあげました。「小指」がなくなっていたのです。正確にいうと、なくなったのではなく、チリチリにねじれて縮まっていました。あれは骨でなく軟骨だったのです。私が「小指」だと思ったのは、指が4本あって、その続きに「小指」があったからですが、その「4本の指」、つまり左手の内側をみると左から親指、人差し指・・・と並びますが、私がそう思っていたのは、実は人差し指、中指・・・だったのです。親指はどこに行ったかというと、ちゃんとあるのですが、極端に短くて手のひらに埋没していて「指」とは認識できませんでした。ややこしいことです。


ムササビの左前足内側。4本の指を私は親指、人差し指、中指、薬指と思い込み、針状軟骨を小指だと考えた。正しくは左から人差し指、中指、薬指、小指で、親指は手のひらに埋没している。


 それで文献を調べて見たら、これまたややこしい事情があることがわかりました。その説明をするために、まず人の手のひらを確認します。左手の内側です。手のひらの付け根には手根骨という小骨があって、私などにはとても覚えきれません。医学や獣医学を習得する人はこういうものを暗記するのだから大したものです。


人の手根骨


 わかりやすくするために小骨にA, B, Cと番号をつけました。このうちC, D, F, Gは問題がないので灰色にしていますが、ややこしい問題がある骨は色をつけました。
 ムササビの手の解剖学については押田先生の2000年の論文があり、針状軟骨は種子骨由来であると結論付けています。種子骨というのは手や足の筋肉や腱の中に形成される骨で、腱や靱帯の方向を変える滑車のようにふるまって筋力を伝達する腱の能力を高めるのだそうです。「膝の皿」も種子骨です。だから骨といっても、普通の骨は存在する場所が決まってそれにふさわしい名前がありますが、種子骨は「あちこち」にあるということになります。
 Oshida 2000はムササビの針状軟骨をこの種子骨由来と考えました。私はその論文を読みましたが、手根骨の知識がないので、論文に書いてある名前を確認しただけで、なぜ針状軟骨が種子骨由来と言えるかはわかりませんでした。要するに手のひら付け根に小骨が色々あって手首の右側にある三角骨(B)から種子骨由来の軟骨が伸びていると理解しました。人の手根骨を比べると豆状骨(A)が退化していることになります。この論文では筋肉も調べていて、針状軟骨には筋肉はついておらず、従ってムササビはこれを動かすことはできないとしています。これは納得できました。動かすわけではなく、前足を動かし、そこにこうもり傘の「骨」のようにあることで、飛膜の広がりに強度を持たせているということです。
 ところが、翌年Thoringtonという人がこれを批判した論文を出しました。難しいので、結論だけを紹介します。それによると、そもそもOshida(2000)の種子骨の識別は間違いだというのです。Thorngton(2001)の論文にその関係が出ています。


OshidaとThoringtonのムササビ手根骨の特定の違い


それによるとOshidaが三角骨(B)としたのは正しくは豆状骨(A)、その隣にある月状骨(E)は三角骨(B)ということです。なぜそう言えるかというと、多くのリスの仲間と比較すると、頭骨と尺骨との位置関係からそう言えるのだそうです。そして舟状骨(H)はそのものではなく、舟状骨(H)と月状骨(B)が癒合した骨で「scapholunate」と書いてあり、舟状骨はscaphoid、月状骨lunateなので、「舟状・月状骨」としておきました。つまり、1つ1つの骨を比べるとムササビでは月状骨(E)は退化したということになります。Oshida(2000)との違いはこのことと、豆状骨(A)が存在するとしたことです。そして、Thoringtonは、針状軟骨は種子骨由来ではなく、軟骨そのものだとしました。そのように結論付けた論理は私の解剖学的知識では十分に理解ができていません。

 良い骨格標本作りには失敗したみたいですが、勉強になりました。なんとか補完模型でも作りたいと思っています。
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ムササビ

2018-11-17 22:29:59 | イベント
ムササビ 2018.11.17 こちら
 外観観察 こちら
 基本情報 こちら
 脱がしたムササビ こちら 見ても平気だと思う人、どうぞ
 飛膜 こちら
 「小指」は骨ではなかった こちら
 針状軟骨はバテン? こちら
 滑空 -- 針状軟骨の使われ方 滑空 -- 針状軟骨の使われ方
 胃内容物 こちら
 頭骨 こちら
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ムササビ 胃内容物

2018-11-17 21:03:46 | 研究
 発見はさらにありました。ムササビの胃袋は意外に大きく、胴体の長さが26cmなのに、胃の長さが10cm、直径が5.8cmもありました。





開いたところ


 ムササビは木の葉を食べると言われるので、「どういう葉が出てくるかな」と、期待して胃を開くと、ねっとりしたペースト状のものが詰まっていました。
「ドングリの実*かな」(* 正しくは子葉)
と思いながらフルイで水洗すると、そうではありませんでした。入っていたのは全てサルナシで、その果皮、果肉、種子が確認でき、ほかの葉は全くありませんでした。


サルナシの果皮と種子
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ムササビ 飛膜

2018-11-17 21:02:52 | 研究
 驚きがもうひとつありました。何事もそうですが、やって見て気づくことがあります。私は、飛膜は一枚の面だと思っていました。実際、そうなのですが、触ってみてわかったのは、背側と腹側は別のもので、それが合わさって一枚のようになっていて、縁のところで折り返しになっているわけです。あまり、爽やかではないですが、例えて見ます。お腹のたるんだ中年のおじさんが脇腹を持って外側にビューンと引っ張って伸ばすと、腹側と背側の皮の間にたっぷりと脂肪が付いているわけですが、その脂肪がゼロで皮と皮がくっついてびろーんと伸びたのが飛膜だということになります。ということは前足の小指のあたりまで「腹の皮」が伸びていることになるわけで、まことに不思議な変形をしたものです。いやあ、動物の形は実におもしろいものです。



飛膜を例えると・・・


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ムササビ 脱がしたムササビ

2018-11-17 21:01:27 | 研究
 腹側の中央にハサミを入れて、皮膚を首方向に切り、胸のあたりで、左右の腕に割(かつ)を入れ、それから足も同様に開き・・・という具合に切れ込みを入れ、皮膚と筋肉の間を開いて行きます。要するに着ている服を脱がすようなもので、どうしても皮膚を切らないといけないのは口、目、繁殖期、肛門など「外に開いている」部分です。剥製にするわけではないので、手首、足首もぐるりと切るので、文字通り「脱がす」ことになります。

 「脱がしたムササビ」はスリムで、ネズミの仲間とはかなりイメージが違います。まあ、普通の哺乳類ですが、ひとつだけ極めてユニークなのが前足です。


前足


ムササビは滑空することに特殊化しており、「空飛ぶ座布団」などとうまいことをいう人もいます。前足と後足の間に膜があって「座布団」になるわけです。飛ぶための幕なので「飛膜」と呼ばれます。その飛膜は飛ばないときは多分邪魔になると思います。いざ飛ぶという時には四肢をピンと伸ばすのでしょうが、状況によっては座布団が広げにくいこともある筈です。こうもり傘でもそうですが、膜状のものを広げるには「骨」が必要です。ムササビの前足の「小指」はこうもり傘の骨のようにビューンと伸びて飛膜を広げるのに役立っています。飛膜がないムササビはまるで、鎌を持っているようです。






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ムササビ 空飛ぶ座布団

2018-11-17 18:25:17 | 研究
山梨の知人がムササビの死体を送ってくれました。少しカラスがつついていたようですが、十分状態の良いものでした。博物館の骨格標本にしようと処理をしました。


側面


腹側、まさに「空飛ぶ座布団」


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ムササビの滑空

2018-11-17 16:55:53 | 最近の動き
ムササビの標本作りで針状軟骨を加熱して失敗しました。調べてみたら私が小指の変形だと思っていた針状軟骨は小指ではなく、全く独立したものでした。そのこともあって少し勉強しました。こちら
 体のつくりはそれが機能しているところを見なければわかりません。それでネット検索をしていたらとても良い写真がありました。こちら
それを説明するために以下に書き込みをしました。



 まず前肢です。ムササビは滑空するときに四肢を最大限伸ばして飛膜面積を最大にするのはまちがいありません。でも、私たちが水泳の時に腕を伸ばし、手先まで直線的にまっすぐにしようとするのとは違い、ムササビは掌を手首のところで大きく内側(顔側)に曲げています(図の②)。これは針状軟骨を外側に押し出すためです(①)。そのことで尺骨以上の長さを外側に広げることができます。針状軟骨には筋肉がついていないことはOshida(2010)で明らかになっていますから、針状軟骨そのものを意志で動かすことはできません。そのために掌をぐっと内側にすることで手首の部分を支点にして針状軟骨を傘のように開くのです。
 この写真でわかることももう一つは、顎のあたりから手首まで飛膜があるということです。だから飛膜は前後肢の間にあるだけでなく、前肢の前にもあることがわかります。
 後肢について言えば、前肢よりも膝の部分で折れ曲がっており、足首を大きく曲げるということもないようです(④)。針状軟骨がないのだから当然と言えば当然のことです。後肢の飛膜の出発点は寛骨(大腿骨の付け根)よりはずっと下(写真で言えば右)にあり、尾骨で言えば尾の付け根よりは末端側まで広がっています。だから飛膜の面積は相当稼いでいます(⑤)。
 尾は水平に広げて空気抵抗を最大限にしています(⑥)。

これを人が毛布でも使って滑空しようとしているのに例えてみます。


もし人がムササビになろうとしたら

普通なら飛膜を最大面積になるように手先までまっすぐに伸ばします。でもムササビがやっているのは、普段は肘の脇にカマのような針状軟骨を持っていて、飛ぶときに手首をギュッと内側に曲げることでカマをビュンと外側に広げ、肘から手先ほどの長さ(これを1尺と呼んだからこの骨を尺骨という)ほどを拡大することに成功しているということです。まことに見事というほかありません。

 良い写真があったので、針状軟骨について理解が進みました。


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