2017.12.25
草食獣と食肉目の糞組成の多様性 – 集団多様性と個別多様性の比較
高槻成紀・高橋和弘・髙田隼人・遠藤嘉甫・安本 唯・菅谷圭太・箕輪篤志・宮岡利佐子
「哺乳類科学」, 57: 287-321.
私は麻布大学にいるあいだに学生を指導していろいろな動物の食性を調べました。個々の卒論のいくつかはすでに論文になっていますし、これから論文にするものもあります。今回、それらを含め、個別の食性ではなく、多様度に注目してデータを整理しなおしました。多様度を、サンプルごとの多様度と、同じ季節の集団の多様度にわけて計算してみました。予測したのは、反芻獣の場合、食べ物が反芻胃で撹拌されているので、糞ごとの多様度と集団の多様度であまり違いがないだろうということです。そして、単胃でさまざまなものを食べる食肉目の場合、これとは対照的に、糞ごとに違いがあり、ひとつの糞の多様度は小さくても、集団としては多様になるだろうということです。実際にどうなっているかを調べたら、びっくりするほど予想があてはまりました。
サンプルごとの多様度(黒棒)と集団の多様度(灰色)の比較。草食獣は違いが小さいが、食肉目では違いが大きく、とくにテンではその傾向が著しい。
多くの学生との連名の論文になったのでうれしく思っています。下のグラフの1本の棒を引くために、山に行って糞を探し、持ち帰って水洗し、顕微鏡を覗いて分析し、データをまとめたと思うと、一枚のグラフにどれだけの時間とエネルギーが注がれたかという感慨があります。
2017.12.25
テンが利用する果実の特徴 – 総説
高槻成紀
「哺乳類科学」57: 337-347.
テンが利用する果実の特徴を理解するために,テンの食性に関する15編の論文を通覧したところ,テンの糞から97種と11属の種子が検出されていることが確認された.これら種子を含む「果実」のうち,針葉樹3種の種子を含む89種は広義の多肉果であった.ただしケンポナシの果実は核果で多肉質ではないが,果柄が肥厚し甘くなるので,実質的に多肉果状である.そのほかの8種は乾果で,袋果が1種(コブシ),蒴果が7種であった.蒴果7種のうちマユミとツルウメモドキは種子が多肉化する.それ以外の蒴果にはウルシ科の3種とカラスザンショウ,ヤブツバキがあった.ウルシ科3種は脂質に富み,栄養価が高い.ヤブツバキは種子が脂質に富む.果実サイズは小型(直径 10mm未満)が70種(72.2%)であり,色は目立つものが76種(78.4%)で小さく目立つ鳥類散布果実がテンによく食べられていることがわかった.「大きく目立つ」果実は8種あり,このうち出現頻度が高かったのはアケビ属であった.鳥類散布に典型的な「小さく目立つ」果実と対照的な「大きく目立たない」な果実は3種あり,マタタビとケンポナシの2種は出現頻度も高かった.生育型は低木が41種,高木が31種,「つる」が15種,その他の草本が9種だった.これらが植生に占める面積を考えれば,「つる」は偏って多いと考えられた.生育地は林縁が20種,開放環境が36種,森林を含む「その他」が41種であった.こうしたことを総合すると,テンが利用する果実は鳥類散布の多肉果とともに,サルナシ,ケンポナシなど大きく目立たず,匂いで哺乳類を誘引するタイプのものも多いことが特徴的であることがわかった.
2017.10.10
A comparison of food habits between the Japanese marten and the raccoon dog in western Tokyo with reference to fruit use
東京西部のテンとタヌキの食性比較−果実利用に注目して
Seiki Takatsuki, Risako Miyaoka and Keita Sugaya
高槻成紀・菅谷圭太・宮岡利佐子
Zoological Science, 35: 68-74 こちら
2014/15年に東京西部の多摩森林か学園で同所的なテンとタヌキの食性を糞分析により調べた。テンは一年中、果実に依存的で季節変化は不明瞭だった。タヌキはテンほどは果実に依存的でなく、春には哺乳類、夏と冬には昆虫をよく利用し、種子は一年中糞から出現した。テンはサルナシやキブシなど種子の小さな果実をよく食べたが、タヌキはギンナンやカキノキなど大きな種子をもつ果実も食べた。テンは林縁に生育する植物の果実をよく食べたが、タヌキは林内に生育する植物の果実をよく食べた。
この論文のミソは同じ場所に住むテンとタヌキを比較したことにあります。テンとタヌキの食べ物は同じか?たぶん違うだろうが、どう違うのだろう?それはなぜ?という問いに答えを得ました。もうひとつのポイントは、これまで動物研究者のこの種の研究では果実の名前のリストがあるだけでしたが、今回、その果実をつける植物がどういう場所に生えているかということに着目して整理すると、非常にはっきりとテンは林縁植物をタヌキは林床植物をよく食べるということがわかりました。また残飯などの人工物を食べるのはタヌキだけだということもわかりました。
2017.10.02
>Comparison of the food habits of the sika deer (Cervus nippon), Japanese serow (Capricornis crispus), and wild boar (Sus scrofa), sympatric herbivorous mammals from Mt. Asama, central Japan
浅間山のシカ、カモシカ、イノシシの食性比較
Yoshitomo Endo, Hayato Takada, and Seiki Takatsuki
Mammal Study, 42: 131-140 (2017)
遠藤嘉甫、髙田隼人、高槻成紀
糞分析法により浅間山のシカ、カモシカ、イノシシの食性を比較した。3種のうち、イノシシははっきり違い、地下部や支持組織が多かった。シカはササが特徴的でカモシカはシカに近かったが、イネ科が少なく双子葉植物の葉が多かった。おそらく消化生理の違いによると思われるが、糞中の植物片のサイズ分布はシカとカモシカでは微細なものが多かったが、イノシシでは大きめであった。これは日本の同所的草食獣の食性を比較した最初の論文である。
2017.4.25
「Mammal Study」が産声をあげた頃
高槻成紀
「哺乳類科学」57: 135-138
日本哺乳類学会はMammal Studyという英文誌を刊行していますが、これは20年前にスタートしました。この雑誌は今や国際誌となり、質も向上し、たくさんの論文が世界中から寄せられ、きびしい査読を受けるようになりましたが、かつてはそうではありませんでした。最初のときに私が編集委員長をしたのですが、今年20周年を迎えるので、現在の編集委員長が当時の思い出などを書いてほしいということで依頼がありました。思い出しながら当時のようすを書くとともに、古い文献などもひもといて、学会の先人の志なども紹介しました。
その一例です。
「哺乳類科学」の創刊号をひもとくと,九州大学の平岩馨邦先生が若手研究者に次のようなことばを贈っておられる(平岩 1961)。曰く「”Keep the fire burning”私たちのともした。いと小さい火を若いみなさんで、もりたてて大きく燃やして頂きたいものである」.
最後につぎのようにまとめました。
内田先生が「老いも若きも一致協力して邁進しようではありませんか」と呼びかけられたことが、こうした時代の流れとともに学会の実質的な体力を蓄えることにつながったと思う。ネズミの研究が主体であった我が国の哺乳類学は中型、大型の哺乳類も対象とするようになり、生態学や形態学、遺伝学などもカバーするようになってバランスもよくなってきたし、野生動物管理などの面も力をつけてきた(高槻 2008)。こうして学会という木が育つための土壌に栄養が蓄積し、水も光も得て力強く育ってきた。これにはよきリーダー、コミュニケーション手段の進歩、制度の改革なども大いに力になったが、しかし私は「このおもしろい哺乳類学を進める学会をよいものにしたい」という会員の情熱がそれを実現したのだと思う。まさに半世紀以上前に平岩先生が点(とも)された「いと小さい火」が大きな炎に育ったとみてよいだろう。
草食獣と食肉目の糞組成の多様性 – 集団多様性と個別多様性の比較
高槻成紀・高橋和弘・髙田隼人・遠藤嘉甫・安本 唯・菅谷圭太・箕輪篤志・宮岡利佐子
「哺乳類科学」, 57: 287-321.
私は麻布大学にいるあいだに学生を指導していろいろな動物の食性を調べました。個々の卒論のいくつかはすでに論文になっていますし、これから論文にするものもあります。今回、それらを含め、個別の食性ではなく、多様度に注目してデータを整理しなおしました。多様度を、サンプルごとの多様度と、同じ季節の集団の多様度にわけて計算してみました。予測したのは、反芻獣の場合、食べ物が反芻胃で撹拌されているので、糞ごとの多様度と集団の多様度であまり違いがないだろうということです。そして、単胃でさまざまなものを食べる食肉目の場合、これとは対照的に、糞ごとに違いがあり、ひとつの糞の多様度は小さくても、集団としては多様になるだろうということです。実際にどうなっているかを調べたら、びっくりするほど予想があてはまりました。
サンプルごとの多様度(黒棒)と集団の多様度(灰色)の比較。草食獣は違いが小さいが、食肉目では違いが大きく、とくにテンではその傾向が著しい。
多くの学生との連名の論文になったのでうれしく思っています。下のグラフの1本の棒を引くために、山に行って糞を探し、持ち帰って水洗し、顕微鏡を覗いて分析し、データをまとめたと思うと、一枚のグラフにどれだけの時間とエネルギーが注がれたかという感慨があります。
2017.12.25
テンが利用する果実の特徴 – 総説
高槻成紀
「哺乳類科学」57: 337-347.
テンが利用する果実の特徴を理解するために,テンの食性に関する15編の論文を通覧したところ,テンの糞から97種と11属の種子が検出されていることが確認された.これら種子を含む「果実」のうち,針葉樹3種の種子を含む89種は広義の多肉果であった.ただしケンポナシの果実は核果で多肉質ではないが,果柄が肥厚し甘くなるので,実質的に多肉果状である.そのほかの8種は乾果で,袋果が1種(コブシ),蒴果が7種であった.蒴果7種のうちマユミとツルウメモドキは種子が多肉化する.それ以外の蒴果にはウルシ科の3種とカラスザンショウ,ヤブツバキがあった.ウルシ科3種は脂質に富み,栄養価が高い.ヤブツバキは種子が脂質に富む.果実サイズは小型(直径 10mm未満)が70種(72.2%)であり,色は目立つものが76種(78.4%)で小さく目立つ鳥類散布果実がテンによく食べられていることがわかった.「大きく目立つ」果実は8種あり,このうち出現頻度が高かったのはアケビ属であった.鳥類散布に典型的な「小さく目立つ」果実と対照的な「大きく目立たない」な果実は3種あり,マタタビとケンポナシの2種は出現頻度も高かった.生育型は低木が41種,高木が31種,「つる」が15種,その他の草本が9種だった.これらが植生に占める面積を考えれば,「つる」は偏って多いと考えられた.生育地は林縁が20種,開放環境が36種,森林を含む「その他」が41種であった.こうしたことを総合すると,テンが利用する果実は鳥類散布の多肉果とともに,サルナシ,ケンポナシなど大きく目立たず,匂いで哺乳類を誘引するタイプのものも多いことが特徴的であることがわかった.
2017.10.10
A comparison of food habits between the Japanese marten and the raccoon dog in western Tokyo with reference to fruit use
東京西部のテンとタヌキの食性比較−果実利用に注目して
Seiki Takatsuki, Risako Miyaoka and Keita Sugaya
高槻成紀・菅谷圭太・宮岡利佐子
Zoological Science, 35: 68-74 こちら
2014/15年に東京西部の多摩森林か学園で同所的なテンとタヌキの食性を糞分析により調べた。テンは一年中、果実に依存的で季節変化は不明瞭だった。タヌキはテンほどは果実に依存的でなく、春には哺乳類、夏と冬には昆虫をよく利用し、種子は一年中糞から出現した。テンはサルナシやキブシなど種子の小さな果実をよく食べたが、タヌキはギンナンやカキノキなど大きな種子をもつ果実も食べた。テンは林縁に生育する植物の果実をよく食べたが、タヌキは林内に生育する植物の果実をよく食べた。
この論文のミソは同じ場所に住むテンとタヌキを比較したことにあります。テンとタヌキの食べ物は同じか?たぶん違うだろうが、どう違うのだろう?それはなぜ?という問いに答えを得ました。もうひとつのポイントは、これまで動物研究者のこの種の研究では果実の名前のリストがあるだけでしたが、今回、その果実をつける植物がどういう場所に生えているかということに着目して整理すると、非常にはっきりとテンは林縁植物をタヌキは林床植物をよく食べるということがわかりました。また残飯などの人工物を食べるのはタヌキだけだということもわかりました。
2017.10.02
>Comparison of the food habits of the sika deer (Cervus nippon), Japanese serow (Capricornis crispus), and wild boar (Sus scrofa), sympatric herbivorous mammals from Mt. Asama, central Japan
浅間山のシカ、カモシカ、イノシシの食性比較
Yoshitomo Endo, Hayato Takada, and Seiki Takatsuki
Mammal Study, 42: 131-140 (2017)
遠藤嘉甫、髙田隼人、高槻成紀
糞分析法により浅間山のシカ、カモシカ、イノシシの食性を比較した。3種のうち、イノシシははっきり違い、地下部や支持組織が多かった。シカはササが特徴的でカモシカはシカに近かったが、イネ科が少なく双子葉植物の葉が多かった。おそらく消化生理の違いによると思われるが、糞中の植物片のサイズ分布はシカとカモシカでは微細なものが多かったが、イノシシでは大きめであった。これは日本の同所的草食獣の食性を比較した最初の論文である。
2017.4.25
「Mammal Study」が産声をあげた頃
高槻成紀
「哺乳類科学」57: 135-138
日本哺乳類学会はMammal Studyという英文誌を刊行していますが、これは20年前にスタートしました。この雑誌は今や国際誌となり、質も向上し、たくさんの論文が世界中から寄せられ、きびしい査読を受けるようになりましたが、かつてはそうではありませんでした。最初のときに私が編集委員長をしたのですが、今年20周年を迎えるので、現在の編集委員長が当時の思い出などを書いてほしいということで依頼がありました。思い出しながら当時のようすを書くとともに、古い文献などもひもといて、学会の先人の志なども紹介しました。
その一例です。
「哺乳類科学」の創刊号をひもとくと,九州大学の平岩馨邦先生が若手研究者に次のようなことばを贈っておられる(平岩 1961)。曰く「”Keep the fire burning”私たちのともした。いと小さい火を若いみなさんで、もりたてて大きく燃やして頂きたいものである」.
最後につぎのようにまとめました。
内田先生が「老いも若きも一致協力して邁進しようではありませんか」と呼びかけられたことが、こうした時代の流れとともに学会の実質的な体力を蓄えることにつながったと思う。ネズミの研究が主体であった我が国の哺乳類学は中型、大型の哺乳類も対象とするようになり、生態学や形態学、遺伝学などもカバーするようになってバランスもよくなってきたし、野生動物管理などの面も力をつけてきた(高槻 2008)。こうして学会という木が育つための土壌に栄養が蓄積し、水も光も得て力強く育ってきた。これにはよきリーダー、コミュニケーション手段の進歩、制度の改革なども大いに力になったが、しかし私は「このおもしろい哺乳類学を進める学会をよいものにしたい」という会員の情熱がそれを実現したのだと思う。まさに半世紀以上前に平岩先生が点(とも)された「いと小さい火」が大きな炎に育ったとみてよいだろう。