高槻成紀のホームページ

「晴行雨筆」の日々から生まれるもの

我が家(東京都小平市)の周りでの鳥類種子散布

2021-04-15 16:47:29 | 研究
 小平市の我が家の周りで、樹木に来る鳥による種子散布の実態を調べてみることにしました。庭などでいつの間にか知らない植物が生えてくるのはよくあることです。一方、公園などの木にヒヨドリが集まって賑やかに鳴きながら木の実を食べているのもよく目にします。都市の緑地は市街地に囲まれた、いわば「島」のような存在ですが、その島を鳥がつなぐように種子を運んでいるのは確かなようです。では実際にはどうなっているのか。調べてみると、いくつか論文がありました。古く1978年に唐沢氏が東京都内で丁寧な調査をしています。多い鳥としてはヒヨドリ、ムクドリ、ツグミ、鳥の糞に多くみられた種子はトウネズミモチ、ネズミモチ、モチノキ、イヌツゲ、アオキ、ヘクソカズラなどだったとのことです。しかしその後の調査は断片的なものしかありません。こういう現象は場所によって違うので、個別の事例を蓄積する必要があります。そこで、小平市の自宅近くで調べてみることにしました。

 調査対象としたのは以下の4種の樹木です。
1)小平霊園のセンダン
2)小平霊園のトウネズミモチ
3)大沼地域センターのクロガネモチ
4)北東部のハゼノキ

図1 種子を回収した4カ所

図2  対象とした4樹種の果実

 この4つの木の下に12月から2月下旬までの毎週1回、回収に行きました。ホウキとチリとりを持って行って、種子を掃き取りました。霊園の場合、「ごくろうさま」と、掃除のボランティアと間違えて声をかける人がいました。

 こうして、13,767個の種子を数えました。私はこのあたりで植物を観察しており、果実を見つけると採集して標本を作っているので、大半はおなじみの種子でした(図3, 4)。わかっただけで33種の種子が回収されました。不明が10種ほどありましたが、その数は少なく、大半は判明しました。ただ、「ジャノヒゲ」としたものはジャノヒゲかヤブランか区別がつきませんでした。


図3 対象とした4種の果実と種子。格子間隔は5 mm


図4 検出された種子。格子間隔は5 mm

 果実と種子の数を数えると、ピークが見えてきました(図5)。数そのものは大きく違うので、最大値を100%にして示しました。果実の落下はトウネズミモチ、クロガネモチ、センダン、ハゼノキの順でした。おもしろいことに、種子はそれとは大きく違い、トウネズミモチは果実と種子の落下時期は同調しており、ハゼノキも遅いながら同調していましたが、種子の落下はセンダンは2週間、クロガネモチは1ヶ月も遅れました。

図5 果実と種子の落下時期

 果実が落ちるということは熟したということです。その時にすぐに鳥が食べるということは鳥が待っていて食べどきがきたと食べに来るということです。トウネズミモチとハゼノキはそういう果実のようです。逆にクロガネモチは10月くらいから赤い実を実らせていますが、食べられたのは2月になってからでした。クロガネモチは鳥にとってあまり美味しい果実ではないらしく、他の餌がなくなった時に食べるようです。センダンはその中間的な利用のされ方でした。

 落下した種子数を1平方メートルあたりに換算したのが図6です。センダンだけが例外的に少ないこと、どの木でもほとんどは母樹と同じ種子だということがわかります。その木そのものの種子が多いと思われますが、同じ種類の別の木で食べたものが運ばれたのかもしれません。

図6 落下種子数

 母樹と同じ種子が多いので、それを除いた種子の内訳がどうなっているかを見ると、センダンだけが他の植物の割合が多く、しかも低木が比較的多いことがわかりました(図7)。


図7 落下種子の母樹と同種以外の種子

 この意味はよくわからないのですが、グラフは左から右に果実と種子が小さく並べており、果実も種子も大きいセンダンに相対的に多くの外部由来の種子が運び込まれているということです。おそらく鳥類の滞在時間が長くて、その木に来る前に食べていたものを、センダンの実を食べながら吐き出したり、排泄したりするものと思われます。果実が一番小さく、小さな鳥も来るクロガネモチ は2月になって突然なくなり驚きました(図8)。

図8 クロガネモチの結実状態 A. 2021年1月にはたわわに実っていた。この状態は2月3日にも確認されたが、2月5日は突然なくなった。

 センダンにはヒヨドリ・クラスの大きめの鳥類が来ますが、クロガネモチ にはメジロなどの小さい鳥も来ます。クロガネモチの樹下ではほとんどがクロガネモチの種子で外部由来はほとんどありませんでした。ということは滞在時間が短いために外部由来の種子が少なかったということではないかと思います。

 次に調べたのは果実と種子の大きさです(図9)。横軸は果実の短径、縦軸は種子の短径です。果実の中に1個の種子があるわけではないので、単純な右上がりにはなりません。グラフにはメジロ(Z)、シジュウカラ(P)、ツグミ(T)、ムウドリ(S)、ヒヨドリ(H)の嘴の幅も示しています。多くの果実は10 mm以下、種子は6 mm以下で、たいていの鳥は問題なく飲み込めそうです。ただいくつか例外がありました。1はカラスウリ、2はスズメウリで果実がとりわけ大きいことがわかります。これらのウリの種子はさほど大きくないので、飲み込まれていましたが、これは鳥がこれら大きな果実をついばんで食べるからです。3はブドウです。
 種子の大きさをみると、大きく外れたものに9と8があり、9がセンダンで8はアオキです。これらは特別に大きい種子で、シジュウカラくらいでは飲み込めません。ツグミ、ムクドリならなんとか大丈夫、ヒヨドリは問題ないという感じです。

図9 果実と種子の大きさと主な鳥の嘴の幅
1. ブドウ,2. スズメウリ,3. カラスウリ,4. エゴノキ,5. ジャノヒゲ,6. ムクノキ,7. シュロ,8. アオキ,9. センダン,
Z: メジロ,P: シジュウカラ,T: ツグミ, S: ムクドリ,H: ヒヨドリの口径

 ハゼノキは他の果実が多肉質であるのに対して乾燥した果実です。あまりおいしそうには見えませんが、「漆」がとれるくらいなので脂質が含まれており、カラスやヒヨドリなどが好んで食べます(上田 1999)。だとすればすぐになくなってしまいそうですが、調査地にはこの木が多く、また一本の木に果実がびっしりついており、一つの房にたくさんの果実がなるので(図2)、鳥が来て食べてもすぐには減らず、長い間利用されました(図5)。これに対して一本しかないクロガネモチはある日突然一気になくなりました(図5, 8)。

* * *
 都市の緑地の樹木は基本的に人が植えます。しかし緑地と緑地をつなぐように鳥が移動し、その時に種子を散布します。多くの種子はそのまま死んでしまうかもしれませんが、なんと言っても延べ数は膨大なものです。この調査でもトウネズミモチ、エノキ、ムクノキ、マンリョウ、ナンテン、イヌツゲなどは鳥類によって種子散布をしてもらっている可能性が大きいことがわかりました。マンリョウ、ナンテンなどは人の目にも目立つ赤色ですが、トウネズミモチ、ムクノキ、イヌツゲなどは黒っぽい色であまり目立たないように思いますが、ヒトと鳥では見える波長が違い、黒系の色も目立つのだそうです。そのため鳥類が食べる果実には赤系と黒系が多いことが知られています(Wheelewright and Janson 1985)。
 鳥がいることで都市緑地の植物の種子散布に貢献しており、そのことは生物多様性に貢献しているということです。同じようなことを考えてスペインで調査した人もいます(Cruz et al. 2013こちら)。
 ささやかな調査ではありますが、大切なことに気づくことができました。

図10  都市で鳥類によって種子散布され、繁殖している可能性のある果実類

+++++++++++ 文献 +++++++++++
Cruz, J. C., Ramos, J. A., da Silva, L. P., Tenreiro, P. Q. & Heleno, R. H. 2013. Seed dispersal networks in an urban novel ecosystem. European Journal of Forest Research, 132: 887-897. こちら
唐沢孝一 1978. 都市における果実食鳥の食性と種子散布に関する研究. 鳥, 27: 1-20. こちら
上田恵介 1999. 意外な鳥の意外な好み. 「助けあいの進化論1 種子散布,鳥が運ぶ種子」(上田恵介編著), 64-75. 築地書館, 東京.
Wheelwright, N. T. & Janson, C. H. 1985. Colors of fruit displays of bird dispersed plants in two tropical forests. American Naturalist, 126: 777-799. こちら
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする