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「晴行雨筆」の日々から生まれるもの

秩父大山沢のシカの食性

2023-05-28 17:21:09 | 研究
秩父大山沢のシカの食性

高槻成紀・崎尾 均

1990年以降、関東地方でもシカが増加し、各地で植生に強い影響を及ぼしている。秩父地方も例外ではなく、その一か所である中津川上流の大山沢もシカの強い採食圧により渓畔林の林床が非常に貧弱になった。この沢では非常に詳細な植物生態学的調査が継続され、多くの知見が得られており(崎尾 1995; 2000; Sakio 2020)、シカによる樹木への影響についても調べられている(比嘉ほか 1995; Higa et al. 2020)。しかし、シカの食性自体は調べられたことがないので、糞分析によってこれを解明することにした。

方法
大山沢は荒川の支流である中津川の上流である(図1)。シオジなどからなる渓畔林であるが、2000年頃からシカが増加し、樹木への影響が顕著になってきた(比嘉ほか 1995)。

図1. 大山沢の位置図

 最近では林床にはハシリドコロ,コバイケイソウ,サンヨウブシなどのシカの不嗜好草本だけのような状態になっている(図2)。


図2. 調査地の林床の景観(2023年4月28日、撮影崎尾)

 シカの糞分析はポイント枠法で行なった。2023年4月28日に採集した10のサンプル(10粒)を分析した。

結果
<2023年4月の分析結果>
 分析の結果を図3に示した。繊維が78.7%もの多くを占めた。そのほかは枯葉が9.1%を占めたほかは5%未満であり、生葉は4.5%にすぎなかった。4月下旬であるにもかかわらず、これだけ生葉が少ないのはこれまでほとんど知られていない。これは、シカが採食する植物の葉がなく、木本類の枝などを食べていることを示唆する。


図3. シカ糞組成(%)。参考のために丹沢と早川の分析例も示した。

図3には参考までにほぼ同じ時期の分析例のうち、低質な繊維や支持組織が多いものとして神奈川県丹沢(高槻・梶谷 2019)と山梨県早川町(高槻・大西 2021)の結果も示したが、大山沢の結果はこれらと比較しても繊維が非常に多いことがわかる。
 これほど劣悪な食糧状況であれば、シカが生息すること自体が不思議なほどである。山梨県甲府市早川の場合、糞の採集地の落葉樹林内にはほとんど植物がなかったが、糞にはある程度イネ科の葉が検出されたことから、シカが林外で採食し、林内で糞を排泄したと推定された。大山沢ではそのようなことを示唆するデータも認められなかった。

<5月の結果>
 5月25日になると植物は増加したが、林床にはシカが食べないハシリドコロくらいしかないので、シカにとって食物となる植物は少ないままであるように思われる(図4)。


図4. 大山沢の2023年5月25日の景観(撮影、崎尾)

採取された糞を分析した結果、4月と同様に繊維が主体(75.3%)であることがわかった(図5)。枯葉が減少したり、イネ科や果実が増えたなどの変化はあったが、いずれも5%未満の微細な変化であった。5月になれば通常であれば植物が増えて、シカの糞にも葉が増えることが多いので、意外感があった。このことは調査地では植物の生育期でもシカの食べる植物が非常に乏しいことを意味する。

図4. 秩父大山沢でのシカの糞組成、2023年4月、5月

 なお、分析の過程を披瀝すると、糞は0.5mm間隔のフルイの上で水洗するが、そのとき、フルイから水が流れ出る。このとき、冬の糞は暗褐色であるが、夏の糞は緑色になる。東北地方などのシカの場合、冬にミヤコザサをよく食べるので、冬の糞でも流れ出る水は緑色となる。ところが秩父の糞は5月のものでも茶色であり、「これはひどい」と思ったが、実際に分析してみてそのことが確認された。
 今後、夏にはどのような糞組成になるか継続して分析したい。

文献
比嘉基紀・川西基博・久保満佐子・崎尾均. 2011. 大山沢渓畔林におけるニホンジカの食害の影響. 日本森林学会, 122: こちら
Higa, M., Kawanishi, M, Kubo M,  Sakio H. 2020. Temporal Changes in Browsing Damage by Sika Deer in a Natural Riparian Forest in Central Japan. In "Long-term Ecosystem Changes in Riparian Forests" (ed. H. Sakio). Springer こちら
崎尾 均. 1995. 渓畔域の撹乱体制と樹木の生活史からみた渓畔林の動態. 日本生態学会誌, 45: 307-310. こちら
崎尾 均. 2000. 水辺林 (渓畔林)の動態,生態的機能および保全・再生指針. 水利科学 44: 31-45. こちら
Sakio H. 2020. Long-term Ecosystem Changes in Riparian Forests. Springer こちら
高槻成紀・梶谷敏夫. 2019. 丹沢山地のシカの食性−長期的に強い採食圧を受けた生息地の事例. 保全生態学研究, 24: 209-220. こちら
高槻成紀・大西信正. 2021. 山梨県早川町のシカの食性−過疎化した山村での事例−. 保全生態学研究, 26: 149-155. こちら

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最近の論文(2023-)

2023-05-23 07:44:26 | 最近の論文など
Takatsuki, S. and K. Kobayashi. 2023.
Seasonal changes in the diet of urban raccoon dogs in Saitama, eastern Japan.
埼玉の市街地のタヌキの食性の季節変化
Mammal Study, in press
埼玉県の都市部の高校で、タヌキの食性を調査した。調査地は住宅地に囲まれているが、池に隣接している。2022年1月から12月にかけて糞サンプル(n = 126)を採取し、ポイント枠法を用いて分析した。糞の組成は、冬は葉、果実、種子、人工物など多様であった。春はニホンヒキガエルと昆虫の割合が増加し、夏はエノキの果実、昆虫、アメリカザリガニの割合が増加した。秋には、エノキとムクノキの果実が優勢になった。ヒキガエルやザリガニわ食べていたことから、タヌキは日和見的な摂食をすることが示唆された。種子は10種、果実は5種の野生植物からしか回収されなかったが、これは関東地方の里山でキイチゴ、クワ、ヒサカキなどがしばしば大量に検出された既往論文よりも低い数値であった。また、さまざまな人工物が検出されたが、その量は少なかった。これらの結果は、樹木が少なく、池に隣接する市街地という調査地の特徴を反映していた。

高槻成紀・鈴木浩克・大塚惠子・大出水幹男・大石征夫. 2023.
玉川上水の植生状態と鳥類群集
山階鳥学誌,55: 1‒24.
玉川上水は東京の市街地を流れる水路で,その緑地は貴重である。玉川上水の樹林管理は場 所ごとに違いがある。本調査は 2021 年に玉川上水の樹林管理が異なる 4 カ所(小平,小金井, 三鷹,杉並)で鳥類の種ごとの個体数の調査(7 回)と樹林調査(18 地点)を実施した。鳥類 群集は上水沿いの樹林帯と周辺の樹林も豊富な三鷹と小平で豊富であった。緑地が両側を交通 量の多い大型道路に挟まれた杉並では,鳥類の種数と個体数が少なかったが,オナガ ,ハシブトガラス,ドバトは比較的多かった。サ クラ以外の樹木を皆伐した小金井では,近くに広い小金井公園があるにもかかわらず,鳥類群 集は最も貧弱であった。とくに森林性の鳥類が少なく,都市環境でも生息するムクドリ ,スズメなどがやや多いに過ぎなかった。玉川上水での鳥類群 集の季節変化は都心の皇居や赤坂御所などと共通しており,夏にヒヨドリや他の森林性鳥類は減少した。これらの結果は,玉川上水の鳥類群集が植生管理の影響を強く 受ける可能性を示唆する。今後の玉川上水の植生管理においてはこのような生物多様性の視点 を配慮することが重要であることを指摘した。

大塚惠子・鈴木浩克・高槻成紀. 2023. 
玉川上水の杉並区に敷設された大型道路が鳥類群集に与えた影響. 
Strix, 39: 25-48.
玉川上水は東京を流れる水路で鳥類の生息地となっている.その開渠状態の東端の久我山に 2019 年 6 月に放射 5 号線が開通した.これを挟む 2017 年から 2022 年までの 6 年間ラインセンサスで鳥類の種数 と個体数を記録したところ,種数は開通前の 86%,個体数は 57% に減少した.とくに多かったのはヒヨドリ, スズメ,ムクドリなどであった.開通後はヒヨドリ,ムクドリ,ハシブトガラス,スズメは減少したが,ド バトとメジロは 50% 程度増加した.隣接する三鷹地区と井の頭公園では,エナガ,メジロなど樹林性の鳥 類が久我山より多かったが,ムクドリ,スズメ,ドバトなどは久我山の方が多かった.このことは 2019 年 の道路開通が久我山の鳥類の減少をもたらしたことを示唆する.

高槻成紀. 2023.
都市孤立樹木の結実パターンと鳥類による種子散布:舗装を利用した種子回収の試み
保全生態学研究、印刷中
都市緑地の生物多様性にとって鳥類による種子散布は重要であるが、都市での方法上の制約のため調査が進ん でいない。本調査では市街地の孤立木の樹下の舗装した地表面を利用することで、森林では困難な種子回収を試みた。 2020 年の 12 月から 2021 年の 3 月上旬まで、東京都の小平市でセンダン、ハゼノキ、トウネズミモチ、クロガネモチ の 4 本の樹木について、鳥類によって搬入された可能性のある種子を回収し、結実と種子の落下時期、鳥類による果 実の利用時期、対象とした樹木の外部からの搬入などを調査した。果実と種子の落下時期はトウネズミモチとハゼノ キは同調したが、センダンでは果実よりも種子の落下のピークが 2 週間、クロガネモチでは 1 カ月遅れ、鳥類の好み などに関係する可能性が示された。樹冠以外の種子の種数は 11 種から 29 種(不明種を除く)であり、樹下で回収さ れた種子数の延べ数はハゼノキ、トウネズミモチ、クロガネモチの 3 種では約 900-1300 個 /m2 と多かったが、センダ ンでは約 30 個 /m2 と少なかった。樹冠以外の種子数の割合はセンダンは 47.7%と大きかったが、センダン以外は 20% 以下と小さく、センダン樹冠下では高木種の種子が過半数であったが、ハゼノキとトウネズミモチの樹冠下では低木 種が最も多く、クロガネモチ樹冠下では高木、低木、つる植物の順で多様であった。回収された果実の大半は短径が 10 mm 以下で、ヒヨドリの嘴幅(15.4 mm)より小さく、それより大きいのはカラスウリとスズメウリだけであった。

Takatsuki, S., E. Hosoi and H. Tado. 2023. 
Food or rut: contrasting seasonal patterns in fat deposition between males and females of northern and southern sika deer populations in Japan. 
色気か食い気か−日本の南北のニホンジカにおけるオス、メスの脂肪蓄積の対照的な季節パターン
Mammalia, 2023aop. 
https://doi.org/10.1515/mammalia-2022-0092

Takatsuki, S., Purevdorj Y, Bat-Oyun T, Morinaga Y. 2023. 
Responses of plants protected by grazing-proof fences based on the growth form in north-central Mongolia.
モンゴル中北部における放牧圧排除柵内の植物の反応−生育形に注目して.
草原管理はモンゴルにとって重要である。放牧が草原に及ぼす影響を、生育型(Gimingham, 1951)に着目して評価するために、モンゴル中北部のブルガン・アイマグのモゴド・ソムにおいてオルホン川の川辺、平坦地、丘に2013年4月に柵を設置し、同年8月に柵内外の植物と植物群落を比較した。その結果、川辺はもともと多湿であるから植物生産性が高く、家畜がよく利用してCarex duriusculaが優占していたが、柵を作ると柵内でTt(大型叢生型)が高さを回復した。平坦地ではStipa krylovii, Leymus chinensis, Cleistogenes squarrosa, C. duriusuculaなどが生育しており、多様性は高かったが、柵内でTt, Er(直立型), Br(分枝型)などが回復した。丘ではもともとErが多かったが柵設置後もErが回復した。この調査により放牧の影響を生育型で評価するのは有効であること、同時に嗜好性も重要であることが示された。
Human and Nature, 33: 39-47.
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最近の論文 (2020-2022)

2023-05-23 07:34:38 | 最近の論文など

高槻成紀, 2022. 
ススキとシバの摘葉に対する反応−シカ生息地の群落変化の説明のために. 
1. シカ(ニホンジカ)が生息する金華山島のシカ高密度な場所で,ススキ群落がシバ群落に移行した.この現象を説明するため,両種の摘葉実験により,摘葉間隔の違いが両種に与える影響を調べた.
2. ススキは摘葉間隔が短くなるにつれて葉長,草丈,積算生産量が減少した.
3. ススキは摘葉間隔が30日より短いと開花しなくなった.
4. シバは摘葉間隔にかかわらず葉長,積算生産量に違いがなかった.
5. このことから,シカの強い採食圧がススキ群落を減少させてシバ群落に移行・維持させていることが説明できた.
植生学会誌, 39: 85-91. https://www.jstage.jst.go.jp/article/vegsci/39/2/39_85/_article/-char/ja

高槻成紀, 2022. 
生け垣を利用した種子散布の把握 – 東京都小平霊園での観察例. 
Binos, 29: 1-7. https://drive.google.com/file/d/116ZgHUzImm576feUk7WHPREwBd4yKC0r/view

Takatsuki S, Tsuji Y, Prayitno B, Widayati KA, Suryobroto B. 2022. 
Seasonal changes in dietary compositions of the Malayan flying lemur (Galeopterus variegatus) with reference to food availability. 
マレーヒヨケザルの食物組成の季節変化−食物供給に着目して
ヒヨケザルは、手足や胴体、尾の一部につながった薄い皮膚の膜(パタギウム)を使って滑空することができる。マレーヒヨケザル(Galeopterus variegatus)は、東南アジアの固有種である。本種の食性に関するこれまでの情報は断片的であり、食物組成に関する研究はほとんど行われていない。兄弟種の情報から、マレーヒヨケザルは葉食性であると予想された。そこで、まず、インドネシア・西ジャワ州において、マレーヒヨケザルの食性組成を、年間を通じての食料供給状況とあわせて定量的に分析した。マレーヒヨケザルは、12月から7月は雨季(10-6月)と対応的で葉が多く、8月から11月は乾季(7-9月)と対応的で果実が多いという具合に、季節ごとに食物が変化する。果実が多いときは糞中の果実の割合が増え、葉の割合は減る、つまりマレーヒヨケザルは葉から果実へと食性を変化させた。この時期には木の葉が多く、糞中での減少を説明できなかった。このことから、マレーヒヨケザルは1年の大半は木の葉を食べていたが、木の葉が豊富な時期には急激に果実にシフトしたことが推測される。このようにマレーヒヨケザルの食性は、葉から果実へと徐々に変化する葉食霊長類ジャワルトン(Trachypithecus auratus)の食性とは異なっていた。このような種間差は、体格や消化生理の違いに起因すると考えられる。
Mammal Research, 68: 77–83. 
https://doi.org/10.1007/s13364-022-00658-y

高槻成紀・立脇隆文, 2022. 
タヌキの体重の季節変化―冷温帯と暖温帯の比較. 
温帯・寒帯の哺乳類は越冬前に脂肪蓄積することが知 られている.暖温帯に属す和歌山県のタヌキの体重の調査により,タヌキは秋に体重 が 21%増加することが示された.本研究はその比較と して冷温帯の東京近郊で体重(n=192)と腎脂肪指数(n =152)を測定した.体重は 10 月に 37%増加し,腎脂 肪指数も 10 月に最大となった.このことはタヌキが夏 に主に昆虫を食べるのに対して秋には多肉果実を食べる ことに関係すると考えられた.本研究で冷温帯のタヌキ の体重増加の程度は暖温帯のタヌキよりも大きいことが 示された.
哺乳類科学, 62: 233-237. https://doi.org/10.11238/mammalianscience.62.233

高槻成紀・鈴木和男.  2022. 
和歌山県におけるタヌキの体重の季節変化.
温帯・寒帯の哺乳類では食物の乏しい冬に備えて体内 脂肪を蓄積するため体重が増加することが知られている が,日本のタヌキでは飼育 条件下の情報しかない.そこで和歌山県田辺市一帯のタ ヌキ(1 歳以上,オス 118,メス77,合計 195)の体重 を調べたところ,季節変化が認められた.体重の月平均 は 5 月が最小(3.4 kg)で 11 月(4.1 kg)までに 21.2% 増加し,その後,漸減した.このことはタヌキが秋に果 実類を食べて脂肪を蓄積すること,冬から春に食物が乏 しくなって痩せることを反映していると考えられた.
哺乳類科学, 62: 133-139. 
https://doi.org/10.11238/mammalianscience.62.133

Takatsuki, Seiki, and Suzuki, Shiori. 2022.
八ヶ岳のヤマネの食性
これまで定量的分析がほとんどなかったヤマネの食性を糞分析によって解明した。日本中部の八ヶ岳の亜高山帯のヤマネは夏には主に昆虫(69.2%)を、秋には果実(43.0%)と昆虫(33.4%)を食べていた。夏の果実は育児のため高タンパクを必要とし、秋の果実は冬眠前に脂肪蓄積をするために糖分を必要とするためと考えた。葉は微量しか検出されなかった。
Food Habits of the Japanese Dormouse in the Yatsugatake Mountains, Japan.
Zoological Science, 39: 1-5.        

高 槻 成 紀 ・ 望 月 亜 佑 子  2022.
スギ人工林の間伐が下層植生と訪花に与える影響  —アファンの森と隣接する人工林での観察例—.
人と自然, 32: 99−108  こちら

我が国の国土の27%は針葉樹人工林に占められている.林学研究は森林の生産性に力点がおかれ,生物多様性に対する注目度は低かった.本研究は長野県信濃町黒姫のスギ人工林の間伐が林内の気象などの環境要素,下層植生とその花への昆虫の訪花に及ぼす影響を調べた.間伐によって森林の下層部は明るくなった.間伐を行っていないスギ人工林に比べて間伐林では下層植生の積算優占度が1年目に1.7倍と多く,2年目に4.5倍に増加した.間伐林では先駆性の低木と大型双子葉草本が多かった.また虫媒花植物と訪花数も落葉広葉樹林と同レベルであった.これに対してスギ人工林では訪花昆虫はまったく観察されなかった.本研究はスギ人工林の生物多様性と訪花が間伐によって改善される可能性を示した.

21.12.1 受理
記載的な論文と査読のあり方について
高槻成紀
哺乳類科学、印刷中

生物学の論文は一般性を求める仮説検証型のものと、個別的な記述によって情報を蓄積することに貢献するものとに分かれる。そのいずれもが重要でいわば車の両輪のようなものといえる。私は「哺乳類科学」は後者の役割が大きいと考えるが、実際の査読においては前者型の原稿を高く評価し、記述型を評価しない傾向があり、科学を共有するための貢献というより形式的な粗探しのような査読姿勢が多い。これを改まるべきだという根拠と論理を書いた。

21.9.27 
八ヶ岳におけるヤマネの巣箱利用 − 高さ選択に注目して −
高槻成紀・大貫彩絵・加古菜甫子・鈴木詩織・南 正人
哺乳類科学, 62(1): 61-67 .DOI: 10.11238/mammalianscience.62.61 

 2013年5月に八ヶ岳の亜高山帯のカラマツLarix kaempferi林で同じ樹木の高さ0.5 mと1.8 mに43対(86個)の巣箱を設置し,2013年9月,11月,2014年5月,9月の4回点検してヤマネGlirulus japonicusなどによる利用を調べた.その結果,利用されたのべ108個の巣箱のうち101個(93.5%)はヤマネが利用したことがわかった.巣箱は高さ1.8 mのほうが高さ0.5 mよりも有意に多く利用された.ヤマネによる利用率は通算で27.7%と高く,特に9月には40-50%と非常に高かった.ヤマネは巣材としてコケ,サルオガセ,樹皮などを利用し,巣箱ごとに特定の材料が重量のほとんどを占めていた.

巣箱(蓋を開けたところ)

巣材. A: コケ, B: サルオガセ

巣箱にいたヤマネ

2021
スギ人工林が卓越する場所でのニホンジカの食性と林床植生への影響−鳥取県若桜町での事例−
高槻成紀・ 永松 大
保全生態学研究, 26 : 323-331, https://doi.org/10.18960/hozen.2042 

我が国では近年シカ(ニホンジカ)が増加して植生に強い影響を及ぼしている。鳥取県東部はスギ人工林が卓越するが、近年シカが侵入して影響が強まっている。スギ人工林は暗く、下層植物が少ないため、同じしか密度でも食物供給条件は乏しいことが想定されるが、こういう場所でのシカの食性は調べられていない。そこで本調査ではスギ人工林卓越地のシカの食性と林床植生に及ぼす影響を明らかにすることとした。糞分析により、糞中に占める緑葉の割合が夏(7-9月)でも13-26%に過ぎず、繊維、稈、枯葉など低質な食物が60-80%を占めることがわかった。シカ排除柵内外のバイオマス指数を比較するとスギ人工林、落葉広葉樹林ともに林床植生は乏しく、両群落で柵内が柵外よりもそれぞれ9倍、39倍も多かった。本調査はスギ人工林卓越地においては林床が貧弱であるため、シカの食性は夏でも低質な食物で占められていることを初めて示した。

若桜町のシカ糞中に占める主要食物の月変化

若桜町の針葉樹人工林と落葉広葉樹林の柵内外における林床植物の
バイオマス指数

21.8.18 受理
Long-term changes in food habits of deer and habitat vegetation: 25 year monitoring on a small island
シカの食性と生息地の長期的変化:小島での25年にわたる継続調査
Seiki Takatsuki
Ecological Research, こちら

1975年から2000年までの25年間、シカが高密度で生息する金華山島のススキ群落と芝群落で植生とシカの糞組成をモニタリングした。大型草食獣による植生変化が他の大型草食獣に影響与える研究はあるが、自らの食性に与える影響は知られていない。また長期的な植生変化の調査はあるが、草食獣の食性を併せておこなった長期調査はない。調査開始からススキ群落はシバ群落に徐々に入れ替わり、強い採食圧でも裸地化することはなかった。一方、シカの食性は1970年代にはススキ、アズマネザサ、シバが同程度含まれていたが、1980年以降はほぼシバだけになった。これにはシバの高い生産特性と高温多湿な日本の気候によるものと考えた。25年間の調査により、有蹄類は植生を変化させることを通じて自らの食性を変化させることと、植生の変化は連続的だったがシカの食性の変化は不連続であることが初めて示された。

金華山の調査地1と調査地2の景観の経年変化


調査地2における所用3種の被度の経年
変化
金華山の調査地1と調査地2でのシカ糞中の主要食物の経年変化

21.4
Human effects on habitat use of Japanese macaques (Macaca fuscata): importance of forest edges
ニホンザルの生息地選択に及ぼす人の影響ー林縁の重要性について
Hiroshi Ebihara and Seiki Takatsuki
Mammal Study, 46: 131-141. こちら
 ニホンザルの生息地は伐採、植林、農地化、森林分断など人為的な変形を受けた。そういう影響はサルの生息地利用に影響していると考えられる。そこで、農地群と森林群の2群の生息地利用を比較した。その際、これまで植生図に表現されなかった林縁を植生カテゴリーの一つで取り上げた。両群とも秋と冬には落葉広葉樹林を、また夏には林縁をよく利用した。森林群は森林と草地の林縁を、農地群は森林と農地の林縁をよく利用した。農地群は秋と冬に森林群よりも落葉広葉樹林をよく利用した。オープンな場所はサルにとって危険であるから、両群とも森林をよく利用した。人工林の増加による森林での食物の減少と、農地での食物の増加により、サルの林縁利用が増えた。本研究で林縁を独立した植生タイプとして取り上げることでサルの生息地利用を正確に捉えることができた。

21.4.15   
Diet compositions of two sympatric ungulates, the Japanese serow (Capricornis crispus) and the sika deer (Cervus nippon), in a montane forest and an alpine grassland of Mt. Asama, central Japan
日本の中部地方の浅間山の山地森林と高山草原に同所的に生息するシカとカモシカの食物組成
Takada, H., Yano, R., Katsumata, A., Takatsuki, S., Minami. 2021.  
Mammalian Biology, https://doi.org/10.1007/s42991-021-00122-5

21.3.25 受理
スギ人工林の間伐が下層植生と訪花に与える影響
– アファンの森と隣接する人工林での観察例
高槻成紀・望月亜佑子
人と自然:  in press
我が国の国土の27%は針葉樹人工林に占められている.林学研究は森林の生産性に力点がおかれ,生物多様性に対する注目度は低かった.本研究は長野県信濃町黒姫のスギ人工林の間伐が林内の気象などの環境要素,下層植生とその花への昆虫の訪花に及ぼす影響を調べた.間伐によって森林の下層部は明るくなった.間伐を行っていないスギ人工林に比べて間伐林では下層植生の積算優占度が1年目に1.7倍と多く,2年目に4.5倍に増加した.間伐林では先駆性の低木と大型双子葉草本が多かった.また虫媒花植物と訪花数も落葉広葉樹林と同レベルであった.これに対してスギ人工林では訪花昆虫はまったく観察されなかった.本研究はスギ人工林の生物多様性と訪花が間伐によって改善される可能性を示した.

21.3.3 受理
山梨県の乙女高原がススキ群落になった理由 – 植物種による脱葉に対する反応の違いから -
著者名:高槻成紀・植原 彰
植生学会誌, 38: 81-93.  こちら
1.山梨県の乙女高原は刈取により維持され,大型双子葉草本が多い草原であったが,2005年頃からススキ群落に変化してきた.この時期はシカ(ニホンジカ)の増加と同調していた.
2.主要11種の茎を地上10 cmで切断し,その後の生存率と植物高を継続測定したところ,双子葉草本9種のうち6種は枯れ,生存種も草丈が低くなった.これに対して,ススキとヤマハギは生存し,植物高も減少しなかった.
3.ススキを,6月,9月,11月,6,・9月に刈取処理をし,5年間継続したところ,ススキの草丈は11月処理は180-200 cmを維持し,6月区はやや低くなったまま維持した.これに対し,9月区は草丈が経年的に減少した.
4.シカの採食は双子葉草本には強い影響があるが,刈取処理よりは弱いから,ススキにとっては影響は弱く,乙女高原でのススキ群落化はシカの影響と考えるのが妥当であると考えた.
5.ススキ群落内に設置した15 m×15 mのシカ防除柵4年後の群落はススキが大幅に減少し,双子葉草本が優占した.群落多様度は柵外はH’ = 0.85だったが,柵内はH’ = 2.64と3倍も大きくなった.
6.上層の優占種が大型双子葉草本からススキに変化することで,ヒメシダのような地表性の陽性植物が増加し,ミツバツチグリの場合,ススキ群落では低い草丈で面的に広がったが,双子葉草本が密生していると被度は減少して葉柄を伸長させた.
7.シカの影響は1)シカの嗜好性(不嗜好植物は食べない)の違い,2)採食に対する植物の反応(成長点のいちの違いによる再生力など)の違い,3)その結果による上層の優占種の変化による下層植物への間接効果,という異なるレベルで起きていることを示した.

21.1.25 受理
過疎化した山村でのシカの食性− 山梨県早川町の事例−
高槻成紀・大西信正
保全生態学研究23: 155-165. こちら
過疎化が著しく、シカが高密度になって林床植生が乏しい状態にある山梨県早川町のシカの食性を糞分析により明らかにした。いずれの季節でも栄養価の低い繊維・稈などの支持組織が多く、栄養価の高い緑葉は少なかった。春には繊維が45.0%、稈・鞘が17.7%と多く、緑葉は10.3%に過ぎなかった。夏も繊維(54.6%)と稈・鞘(14.2%)が多かったが、双子葉植物が13.5%に増加した。秋は緑葉が36.0%と年間で最も多くなった。これは新しい落葉を食べたものと推定した。冬の糞組成は最も劣悪で、繊維が82.7%と大半を占め、緑葉は微量(2.5%)しか検出されなかった。早川町のシカの食性は他のシカ生息地と比較しても劣悪であった。シカの食性とシカの管理、特に過疎化との関連に言及した。

20.11.2 
麻布大学キャンパス内の植栽樹への種子散布
小島香澄・高槻成紀
Binos, 27: 11-16.
被食散布型の樹木にはさまざまな果実食鳥類が訪 れ、樹下には別の木で食べた種子が排泄される。しか し、野外の森林では多種の樹木が隣接している上に亜 高木、低木、草本にも被食散布植物があり、林床には 下生え植物や枯葉があるため落下種子を調べるのは難 しい。この点、都市の単純な環境に孤立木があれば調 べることが可能である。この論文では大学キャンパス内の同時期に結実する多肉果を着ける樹木を用いて、 外部から持ち込まれた種子の内容を明らかにすること を目的とした。カキノキでは 27 種以上 2,810 個、セ ンダンでは 17 種以上 451 個、エノキでは 10 種以上 1875 個の種子が回収された。対象木と同種の種子の 割合はカキノキ樹下では 15.6% と小さかったが、セ ンダン樹下で 52.3%、エノキ樹下では 91.1% であった。 外部由来の種子はカキノキとセンダンの樹下ではエノ キが多く、エノキ樹下ではセンダンが多かった。大学 キャンパスという単純な系を使うことで、鳥類による 種子散布の実態の一部が示された。

20.10.10 
長野県東部の山地帯のカラマツ林のテンの食性 
宗兼明香・南正人・高槻成紀. 2021.
哺乳類科学, 61: 39-47. こちら
長野県東部の御代田町のカラマツ林に生息するテンの食性を糞分析法により 明らかにした.食物組成の量的評価は出現頻度法とポイ ント枠法の占有率によった.平均占有率は,春には哺乳 類(64.1%),夏と秋には果実(夏は 65.3%,秋は 78.0%)が多かった.種子の出現からわかった果実利用 は月ごとに変化し,春にはミズキCornus controversaな ど,夏にはサクラ属 Cerasus spp. など,秋にはマタタビ 属 Actinidia spp. やアケビ属 Akebia spp. などが多かった. 昆虫は夏でも 4.9%に過ぎず,他の地域より少なかった. これは本調査地に果実が豊富なためと考えられた.出現 頻度法による評価では平均占有率が小さかった昆虫や葉 が過大に評価された.占有率-順位曲線からは平均値や 頻度だけではわからない,食物の供給量とテンの食物選 択性を読み取ることができた.テンに利用された果実に は林縁植物が多いことからテンが林縁植物の指向性散布 をする可能性が示唆された.

2020.10.8
麻布大学キャンパスのカキノキへの鳥類による種子散布 
高槻成紀. 2020.
麻布大学雑誌 こちら
被食散布型の樹木にはさまざまな果実食鳥類が訪れ、樹下には別の木で食べた種子が落下される。しか し、野外の森林では多種の樹木が隣接している上に亜高木、低木、草本にも被食散布植物があり、地表にも草 本類や枯葉があるために落下種子を調べるのは難しい。この点、都市の単純な環境に孤立木があれば調べるこ とが可能である。この論文では大学キャンパス内に植栽された1本のカキノキを用いて、外部から持ち込ま れた種子の内容を明らかにすることを目的とした。その結果、2009 年の 11 月と 12 月の間に、カキノキ種子を 除いて 36 種以上 7918 個の種子が回収された。その内訳は高木種が 18 種で種子数は 89.9% を占め、低木が 8 種、4.8%、つる植物が 7 種、3.2% などであった。これらを植栽種、野生種で分けると、植栽種が 37.5% を占め、 都市的な環境を反映していた。この調査により大学キャンパスという単純な系を使うことで、鳥類による種子 散布の実態の一端が示された。

2020.9.21 受理
四国三嶺山域のシカの食性−山地帯以上での変異に着目して
高槻成紀、石川愼吾、比嘉基紀. 2021.
日本生態学会誌, 71: 5-15.  こちら
これまで不明な点が多かった西日本のシカの食性の例として、四国剣山系三嶺のシカの食性を糞分析により解明 した。標高 1100 m 台のさおりが原ではシカの採食により林床が貧弱になっており、シカの糞でも繊維と稈・鞘が多く、 シカの食物状況は劣悪であった。標高 1600 m 台のカヤハゲでは 2007 年にシカの採食によりミヤマクマザサが消滅し、 現在はススキ群落になっており、糞組成でもイネ科と稈・鞘が多かった。標高 1700 m 台の地蔵の頭では稜線にミヤマ クマザサが密生しており、シカの糞もササが優占していた。山地帯では植生もシカの強い影響で壊滅状態であるが、シ カ自身の食性も劣悪であった。高標高に生息するシカにとっては尾根のミヤマクマザサは特に冬の食物として重要であ ることがわかった。シカの置かれた状態を判断するのに食性解明は有力な情報をもたらすことを指摘した。

Effects of 137Cs contamination after the TEPCO Fukushima Dai-ichi Nuclear Power Station accident on food and habitat of wild boar in Fukushima Prefecture.
Nemoto, Y., H. Oomachi, R. Saito, R. Kumada, M. Sasaki, S. Takatsuki. 2020.
Journal of Environmental Radioactivity こちら

20.4.21 受理
2018年台風24号による玉川上水の樹木への被害状況と今後の管理について
高槻成紀. 2020.
植生学会誌,  37: 49-55 こちら
1. 2018 年 9 月 30 日深夜から数時間,東京地方を襲った台風 24 号がもたらした玉川上水 30 km の風害 木の実態を記録したところ,合計 111 本(3.7 本 /km) が記録された.
2. 樹種はサクラ属が 3 分の 1 を占めた.風害木の うち,植林されたサクラ属,ヒノキは平均直径が 50 cm を上回っていたが,コナラ,クヌギなど自生する 雑木林の構成種は直径 30 cm 前後であった.
3. 風害木は全体に上流(西側)で少なく,下流 (東側)に多い傾向があり,特に小金井地区と井の頭 公園一帯に多かった.木の倒れた方位は北に偏ってお
り,南からの強風が吹いたことを反映していた. 4. 桜の名所である小金井地区はサクラ属以外は伐 採されるため立木に占めるサクラ属の割合がほかの地 区よりも高く,被害率も他の地区に比べて 7.1 倍も高かった.

2020.8.30
タヌキの日和見的な食性- 愛媛県諏訪崎での事例 -
Mammal Study, 46: 25-32. こちら
タヌキの食性が場所ごとに違いがあることがわかってきたが、南西日本のタヌキの食性は分析例が少ない。本論文では愛媛県の諏訪崎半島のタヌキの食性を糞分析(ポイント枠法)で調べた。調査は2019年5月から2020年4月に行った。果実が重要で秋には30%以上、冬でも20%以上を占めた。椋木あkが特に重要だったが、そのほかにも暖地の果実が季節に応じて食べられた。昆虫も重要で春、夏、初秋には20%以上を占めた。晩冬季にはミカンが40%ほどを占めた。哺乳類と鳥類は他の超幸よりも少な買った。諏訪崎のタヌキの食性は暖地の果実、昆虫、ミカンで特徴付けられ、タヌキが「日和見的」であることを示唆した。

2020.7.14
Kagamiuchi, Y. and S. Takatsuki.  
Diets of sika deer invading Mt. Yatsugatake and the Japanese South Alps in the alpine zone of central Japan.
(中部日本の八ヶ岳と南アルプスの高山帯に侵入したニホンジカの食物)        
Wildlife Biology 2020: wlb.00710 こちら
近年、日本列島でシカが増加しており、その分布は中部地方の高山帯に及び、冬は低地で過ごすが夏は高山帯で過ごす。しかしその食性は調べられていない。本調査では八ヶ岳と南アルプスで、山地帯、亜高山帯、高山帯のシカの糞を採集し、植物組成と栄養学的分析を行った。八ヶ岳の山地帯ではササが40-55%を占めたが、南アルプスの山地帯では双子葉植物が多かった。亜高山帯では、八ヶ岳ではイネ科が50%を占めたが、南アルプスでは単子葉植物と双子葉植物がそれぞれ10-20%をしめた。高山帯ではどちらの山でもイネ科が多かった。糞中の粗タンパク質含有率はどちらの山でも低地では8-12%だったが、高山帯では15-20%と高かった。

20.5.25 受理
高知県とその周辺のタヌキの食性 – 胃内容物分析–
高槻成紀・谷地森秀二
哺乳類科学, 61: 13-22. こちら
これまで四国のタヌキの食性は情報がなかったが,高知県と周辺から得た67例の胃内容物をポイント枠法で分析した.ほかの場所と比べると昆虫が多く(全体の占有率25.7%),特に冬でも25.8%を占めた.果実は重要であったが,他の場所に比べれば少なく,最大で秋の30.4%であった.カタツムリ(ウスカワマイマイ)が春(19.3%)を中心に多かったことと,春にコメを主体とした作物が25.0%と多かった点は特異であった.

2019.7.16 受理
東京西部の裏高尾のタヌキの食性 – 人為的影響の少ない場所での事例 –
高槻成紀・山崎 勇・白井 聰一. 2020.
哺乳類科学, 31: 67-69. こちら
人為的影響の少ない東京西部の裏高尾のタヌキの食性 を調べたところ,人工物は出現頻度 5.0%,ポイント枠 法による平均占有率 0.4%に過ぎなかった.果実・種子 が一年を通じて重要で,出現頻度(果実 98.0%,種子 93.1%),平均占有率(果実 30.0%,種子 25.7%)とも 高かった.季節的には春は果実,種子,昆虫の占有率が 20%前後を占め,夏には種子が 36.7%に増加した.秋に は果実が 71.5%と最多になり,昆虫は微量になった.初 冬には果実が 43.2%に減り,種子が 31.7%に増えた.晩 冬は果実(15–35%),種子(15–25%),昆虫(20–30%) が主要であった.種子は晩冬のエノキ,春のキチイゴ属, 夏のミズキ,秋のケンポナシ,初冬と晩冬のヤマグワと 推移した.ヤマグワやサルナシは結実期とタヌキによる 利用の時期が対応しなかった.



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5月7日のシンポジウム

2023-05-07 22:26:02 | その他
玉川上水の自然と分断道路

高槻成紀(玉川上水みどりといきもの会議代表)

私は 玉川上水の 動植物を調べてきた。そして、小平の玉川上水が上水全体の中でも、もっとも豊かであるということがわかってきた。その小平の玉川上水に、昭和の時代に計画された328号線道路がつけられることが実現化しそうだということを知り、黙っていられない気持ちになった。そこで 同じ思いを持つ人たちとシンポジウムを開催することにした。このシンポジウムでは二つの講演と、意見交換の時間を設けた。

最初の話題は水口和恵さんによる10年前の住民投票活動と、その後の経緯に関するものだった。 この道路の話は新しいものではない。十年前にも問題とされ、計画に対して立ち上がったのが水口さんたちのグループであった。今回はその時のことと、その後の経緯について話してもらった。それによると、2013年2月に小平市長に、道路計画の見直しについての住民投票をするための条例の制定を直接請求し、それが市議会で可決されたこと、4月に市長選があって小林市長が再選された後、投票率50%以上が必要という条件を「あと出し」し、投票率35%で不成立されたことは、知ってはいたが、フェアでないことに憤りを感じた。その後の投票用紙の開示を求めた裁判の提起と敗訴、最高裁判決の翌日の投票用紙の破棄など、誰のための判決であり、誰のための行政なのかと思った。
続いて私が小平の玉川上水の豊かさについて話した。ここではその内容について紹介したい
 一つは 玉川上水花マップについてである。私は 2015年に大学を定年退職し、時間が取れるようになったので 玉川上水の動植物を調べることにした。手始めに行ったのは、野草を記録することだった。というのは 都市緑地は、植生の管理の仕方によってそこに生える植物が常に変化しているからである。 玉川上水には 96の橋があるので、十人余りの仲間に声をかけて毎月、指定した植物を確認してもらった。その結果、約100の区画について 200種の 野草の「ある、なし」が記録された。この膨大なデータを元に代表的な植物について花マップの冊子を作った(図1)。この調査で分かったのは、かつて広がっていた畑や雑木林にあった野草が、開発によって失われ、玉川上水に逃げ込むような形で生き延びているということだった。また、このような調査が、ビギナーを含む市民によって実施されたということの意味も大きいと思った


図1. 完成した玉川上水花マップの冊子

 次に紹介したのは タヌキについてである。私は玉川上水と、そこから少し離れた孤立した緑地でセンサーカメラによるタヌキの生息状況を調べた。その結果、緑地が連続している玉川上水の方が、公園など孤立した緑地よりも撮影率が高い、つまり緑地が連続していることがタヌキの生息に好都合であるということがわかった(図2)。


図2. 玉川上水と孤立緑地でのタヌキの撮影率

小平には 津田塾大学がある。津田塾大学のキャンパスは玉川上水に接しているから、タヌキが生息しているに違いないと踏んでいた。そこでセンサーカメラを設置したところ、すぐにタヌキが撮影された。キャンパス内に少なくとも3ヶ所の「ため糞場」を見つけることができた。その糞を分析し、タヌキは秋から冬にかけて果実をよく食べ、夏には 昆虫をよく食べることがわかった(図3)。


図3. 津田塾大学のタヌキの糞組成(「人と自然」誌, 高槻 2017より)

ただし 果実の内容はほかの里山のタヌキと違い、エノキ、ムクノキ、ギンナンなどに限られ、低木類の果実はほとんどみられなかった。そこで 津田塾大学の林と 玉川上水の林で樹木を比較してみたところ、玉川上水ではコナラやクヌギを中心とする落葉広葉樹が多いのに対して、津田塾大学ではシラカシが多いことがわかった。また林の下に生える植物を比較すると 玉川上水では落葉広葉樹の低木が多いのに対して 津田塾大学ではアオキを主体とする常緑低木が多いことがわかった。津田塾大学の 歴史を記した本によると、津田塾大学は1931年に麹町から小平に移転したことが分かった。 春になると畑から砂埃が飛んでくるので防風林としてシラカシを植樹したという記述があった。つまり、現在の津田塾大学の鬱蒼とした林は、約90年前に植えられたシラカシが育ち、そのために 明るい場所を好む低木類が少なく、それがタヌキの食性に影響していることがわかった。
このため糞場には 春になるとエノキやムクノキの芽生えがたくさん見られ、タヌキがこれらの木の種子散布をしていることもわかった。また、タヌキの糞にはコブマルエンマコガネという小型の甲虫がたくさん来ることも分かった。こうしたことを考えると、良い林があることでタヌキが生息し、タヌキは果実を食べて種子散布をし、糞をしてエンマコガネを養うという具合に、生き物のつながりがあることが分かってきた(図4)。


図4. タヌキと他の動植物とのリンク(つながり)

次におこなったのは 樹林の状態と鳥類の関係についての調査である。樹林調査を行ったところ、小平、三鷹、杉並、小金井の順で樹林の豊かさがなくなることがわかった。これは 小平では樹林幅が広いため、三鷹の井の頭公園では樹林幅は狭いが、周りに連続的な林があるため、小金井は桜以外の木を伐採したためであることがわかった。これら4カ所で 一年を通じて鳥類調査を行ったところ、鳥類も小平、三鷹、杉並、小金井の順で種数、個体数が少なくなることがわかった。その内訳は多くのタイプの鳥がこの順で少なくなったが、エナガなど樹林型で特に著しく、逆にスズメなど都市オープン型は杉並、小金井の方が多かった(図5)。この調査により、鳥類は樹林のあり方に強い影響を受けることがわかった。


図5. 玉川上水沿い4カ所における鳥類のタイプごとの個体数比較(「山階鳥類学雑誌」, 高槻ほか印刷中より)

我々の仲間が玉川上水開渠部分の最下流である杉並の久我山で同じように鳥類調査を行っている。2017年から行った調査によると、2019年に鳥類の個体数が大幅に少なくなった(図6)。この場所は 2019年に「放射五号線」という大型道路ができ、玉川上水を両側から挟む形になった。これにより 交通量が大幅に増え、鳥類には住みにくい環境になったものと思われる。


図6. 杉並区久我山における2019年の放射5号線開通前後の鳥類の個体数変化(「Strix」誌, 大塚ほか、印刷中より)

この調査で示されたのは、道路開通は鳥類の生息に非常に大きい影響を与えるということである。にもかかわらず、東京都建設局が工事前に予測した文章では、玉川上水の樹林は一部失われるが、大半は残っているので、動植物への影響は全くないと決めつけている。このような根拠のない説明で道路工事が決定されたとすれば、実質的には生物多様性の保全はまったく配慮されていないと言わざるを得ない。
玉川上水に沿った道路でさえ、これだけの影響があるのだから、玉川上水を横切る幅32メートルもある328号線がつけば、その影響の程度はこれよりもはるかに大きなものとなるであろう。

玉川上水は江戸時代に作られた歴史的遺跡である。1965年に上水の機能を終えてからは、樹木が育つようになった。周辺が市街地化する中で、武蔵野の動植物が逃げ込むように生き延びる場所となり、住民にとっては散策し、その自然を楽しむことの意味が大きくなった。半世紀も前の昭和の高度成長期に、経済発展のために都市の自然が破壊された。328号線は、その時代の空気の中で計画されたものであった。現在はどうであろうか。「人か自然か」という二者択一の基準を置き、自然の犠牲はやむを得ないとしたのが高度成長期の考え方であった。道路がつけば人の生活が便利になることは確かであろう。しかし、本当に「人か自然か」という二者択一の考え方は正しいのであろうか。日本の現状を考え、これから先のことを考えた時、次の世代にどのような玉川上水を残すかは、我々に課された大きな課題であろう。動植物のことを考え続けてきた私には、この分断道路をそのまま開通させることに何もしないのは、自分を許せない気がする。 折しも、神宮外苑の街路樹伐採に対して大きな反対運動がおこっている。私たちの中に、都市に残された自然に対して、もうこれ以上の仕打ちはやめるべきだという気持ちが湧き上がっているのではないだろうか。このことは、行政の決定に対して、住民の意志をいかに反映させるかを考えるという意味でも重要な課題であると思う。

休憩の後、2氏からコメントをもらった。
関野吉晴氏は「グレートジャーニー」の経験からアマゾンの狩猟採集民との交流の話から、ゴミ、排泄物、死体が自然の循環の中にあること、それに対して我々はその循環からはずれてしまった。それは「もっともっと」という欲望が過剰となったからであり「ほどほど」が大切であり、玉川上水の分断道路も同じ過剰欲望の一例だとした。
次に國分功一郎氏は、10年前の住民運動の時に体験した道路建設の説明会での衝撃、つまり誰がどうして決めるかがわからず、住民の声が全く無力であることを知らされたことを話した。また328号線が小平の西のことで、多くの小平市民にとっては直接関わらないにも関わらず、市長選と同レベルの投票率があったことから、市民の関心が高かったことを説明した。次に昭和の高度経済の時代の計画が今も進められていることについては、あの時代の経済は望めないにも関わらず、全く見直されないまま強行されるのは行政だけでなく、資本の動きがあるからであろうとした。そして行政に立ち向かうのは極めて困難であるとしながらも、横浜市の瀬上沢緑地の開発を東急が断念したなどの例もあり、何がどこで役に立つかはわからないので、こういうシンポジウムなども何かの力になるかもしれないと結んだ。

その後、意見交換をした。小平市以外から参加した人に挙手を求めたところ過半数の挙手があるように見えた(アンケートによれば実は46%であった)。このことは多くの人がこの分断道路は小平だけの問題ではなく、玉川上水全体にとっても重大な問題であると考えていることを示す。
多様な意見が出たが、一つの極は道路計画そのものを見直すべきだというものであった。この人は人も自然の一部であるということ、昭和に立てられ得た計画は今は状況が違うので納得できないという意見であった。これに対して問題をそこまで戻すのは非現実的であり、実際に少しでも可能性があるものとしては地下ないし高架に変更させることで、地上(平面)道路による樹林破壊を回避すべきという意見であった。これについて異なる意見も出され、盛り上がりを見せた。
リー智子さんから、 自分は地下化には問題があると考えるが、もしそのことによって計画の見直しがされれば、着工が十年くらい延びるのではないか、その意味で地下化にも意味があると思うという意見が出て、拍手する人もあった。
今回の意見交換によって一つの結論に到達することはないし、そうである必要もないと思う。私たちのできることには限りがある。しかし、玉川上水の自然が貴重であるということを明らかにし、そのことをもっと積極的に発言することによって、多くの人にその価値を知ってもらうこと、そしてそのことをメディアなどを通じて社会に発信することで、行政に見直しを図ることはできるかもしれない。そうした努力を粘り強く進めていきたいと思った。

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愛媛県松山市郊外のタヌキの食性

2023-05-06 14:17:28 | 研究
タヌキの食性は主に関東地方で行われ、果実を主体として夏には昆虫が増え、冬には哺乳類や鳥類がやや多くなるという傾向がわかってきた。ただ、タヌキは生息地も産地から海岸、農耕地から都市にまで及ぶため、場所ごとの変異が大きいため、その全体像を把握するためには各地での分析例を増やす必要がある。これまで関東地方以外では東北地方、中部地方などで少数例があるだけで、西日本では全体に分析例が乏しい。これまでのところ九州と四国で少数の分析例があるに過ぎない。私は愛媛県の稲葉正和氏の協力を得て、佐多岬のタヌキの糞分析をしたことがある(こちら)。ここでは冬にミカンが食べられるのが特徴的だった。また高知県の各地の交通事故死体のタヌキの胃内容物を分析したこともある(こちら)。
 今回、稲葉氏から連絡があり、松山市郊外で確実にタヌキのフンが得られるので採取したという連絡があったので、分析することにした。

方法 
 松山市の位置は四国の西側で、調査地は松山市の南側で平地が山に接する辺りである。西側には住宅地があるが、東側は農耕地で里山的環境といえる。


松山市の位置と調査地(赤丸)と周辺の状態

 これまでと同じく、フンを0.5 mm間隔のフルイ上で水洗し、残滓をポイント枠法で分析した。採集期間は2022年の5月から2023年の4月までである。

結果
 糞組成の月変化を示したのが次のグラフである。


松山市郊外のタヌキの糞組成の月変化

  5月の組成は多様で、果実(21.7%)、葉(15.6%)、昆虫(14.5%)、人工物(14.0%)がやや多かった。作物はコメ(米)で5.3%であった。人工物は厚いゴムの破片であった。


2022年5月の検出物。格子間隔は5 mm

 6月になると果実が32.1%に増え、昆虫が6.0%に減った。種子ではキイチゴ属、マタタビ属などが検出された。マタタビ属、私はサルナシだと思ったのだが、稲葉氏によればサルナシは山地にしかなく、キウイフルーツであろうということであった。作物はやはりコメとキウイフルーツで10.2%であった。1例だがカタツムリの殻と「フタ」が検出された。人工物はゴム手袋であった。
 このように、地方都市郊外のタヌキらしく、作物(コメ)や人工物(ゴム手袋)なども含む多様な食性を示しているようである。


2022年6月の検出物。格子間隔は5 mm

 7月は果実と種子がさらに増加し、果実は51.6%、種子は16.5%になった。作物はコメとキウイフルーツで6.2%であった。種子ではエノキとクワが多く、センダンも検出された。多くの場所では夏に昆虫が増えるが、ここではむしろ少なくなってわずか2.4%に過ぎなかった。太い羽軸が検出され、大きめの骨もあったことから、ニワトリが食べられた可能性がある。ただし、羽毛部分は見られていない。作物は主にコメで6.2%であった。厚いゴム片と輪ゴムが検出されたが、量的には少なく0.7%に過ぎなかった。


2022年7月の検出物。格子間隔は5 mm

 8月にも果実は重要で44.0%を占め、種子は9.7%で7月よりはやや少なくなった。種子ではクワ、エノキが多かったが、ギンナン、センダン、ムクノキも検出された。昆虫は11.0%に増え、作物も12.3%に増えた。作物はコメが主体で一部キウイフルーツもあった。8月も太い羽軸が検出された。人工物としてはアルミホイルと輪ゴムが検出された。

2022年8月の検出物。格子間隔は5 mm

 9月になると昆虫が35.4%で最も多いカテゴリーになった。このうち10.5%は卵であった。果実は24.3%で大幅に減少した。種子のほとんどはクワで、作物、人工物はほとんど見られなくなった。9月に果実が減少した意味は不明だが、作物や人工物をほとんど食べていないことから、食物が乏しいのではなく、昆虫が得やすくなったため、そちらを主に食べるようになったためと思われる。


2022年9月の検出物。格子間隔は5 mm

 10月には大きな変化が認められた。一つは作物(主にコメ)が大幅に増えて26.6%になったことである。これにはカキノキの種子も含む。またゴマの種子も10.6%出現し、頻度も高かった。したがって、作物が38.0%に上った。果実も増えたが、39.4%であり、8月の44.0%には及ばない。昆虫が9月の35.4%から4.1%に大幅に減ったことも大きな変化だった。人工物としては糸が検出された。タヌキの食物環境としてはコメやゴマがみのり、カキノキも結実したことで昆虫や野生植物の果実をあまり食べなくて良くなったと思われる。

2022年10月の検出物。格子間隔は5 mm

 11月になると果実がさらに増え、52.6%に達した。作物ではゴマ(こちら)が増え、カキノキの果実は減った。そのほかの成分は少なく、昆虫は1.0%に過ぎなかった。人工物はゴム製品が検出されたが、1.8%に過ぎなかった。

2022年11月の検出物。格子間隔は5 mm

 12月の糞組成は10月と似ていた。果実は53.3%で10月の52.6%と同レベルであった。作物ではゴマ(こちら)がさらに増えて28.0%となり、カキノキの果実は減った。そのほかの成分は少なく、昆虫は1.6%、人工物(ゴム製品)は1.4%に過ぎなかった。
 ごまを取り上げると、9月から出現しはじめて10月以降急増し、12月には糞の内容がほとんどゴマばかりのようなものさえあった。

ゴマの占有率(%)



2022年12月の検出物。格子間隔は5 mm

 2023年1月になると少し変化が見られた。果実がほぼ半量を占めるのはこれまでと同様であったが、種子と作物は大幅に減少し、人工物が増えた。作物の減少はゴマが少なくなったことにある。人工物はゴム片であった。

ゴマの占有率の推移

2023年1月の検出物

 2月になると果実が減少、昆虫が増加したほか、人工物が8%ほど出た。カメが食べられていたのは突起するに値する。


3月は果実が増えて、昆虫が減ったが、基本的に2月と似通った蘇生であった。

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