柵をした後の乙女高原の訪花昆虫 - 2018年8月 -
高槻成紀・植原 彰
高槻成紀・植原 彰
乙女高原ではシカの影響により虫媒花が減少し、ススキが優占していた。2015年に草原全体を囲う柵(以下「大柵」とする)が作られ、虫媒花が回復した。植物が変化すれば、それを利用する動物も変化するが、虫媒花の場合は訪花昆虫が直接的な影響を受ける。
高槻は柵設置前に学生を指導して訪花昆虫に関する2つの調査をおこなった。
1)2013年に乙女高原の草原部分と深林部分にルートを決め、そこを歩いて左右2m幅内で観察された虫媒花と訪花昆虫を記録したところ、訪花頻度は1000mで66回であった(加古, 2015)。
2)2010年5月に実験的に設置した小型柵(以下「小柵」)の内外で2014年に訪花回数の定量的な調査をおこなった。このうち8月のデータでは柵内ではおよそ4m2の訪花数は9.9であったのに対して柵外では2.6に過ぎなかった(大竹、2015)。
これらの結果が大柵を作って3年後の2018年にどの程度回復したかを調べることにした。以下の2点が予測された。
1) 森林では変化はないが、草原では訪花頻度が増加(回復)するであろう。
2) 小柵での訪花頻度は違いが小さいが、柵外では増加(回復)し、両者の違いは接近するであろう。
また、2018年のデータから、花のタイプと訪花昆虫の組み合わせを整理した。
方法
大柵においては遊歩道に沿ってゆっくり歩き、左右1m程度の範囲で虫媒花にとまっている訪花昆虫を発見したら時刻とともに花の名前と昆虫(目レベル)を記録した。このうち草原部分の730mを解析した。
これらの虫媒花を花の形態から皿状、筒状、「その他」に分けた。皿状はシシウドやオミナエシのように花が皿状で浅く、ハエ・アブのように棍棒上の吻をもつ昆虫でも蜜を得やすいもの、筒状はアザミ類のように細長い筒状花であるため、チョウやハチなど特殊な吻をもつ昆虫が吸蜜しやすいものである。「その他」としたのは、アザミ類などに比較すれば筒が太いツリガネニンジン、あるいはヤマハギのような蝶形花で、皿形花のように蜜が得やすくはないが、筒状花ほど得にくくはないと考えられるものである。
結果
1) 大柵
2013年8月22日の乙女高原の草原部分で記録された訪花回数は66回(1000mあたり)であったが、今回は328.8回であり、5.0倍も増加していた(表1)。内訳をみると、特に大きく増加したのはシシウドとオミナエシで、2013年には全く記録されなかった。またノハラアザミとシラヤマギクの増加も大きかった。増加したものの中ではタムラソウ、マルバダケブキ、ヤマハギは2倍程度以内で柵設置前にもある程度あったものである。
表1 大柵設置前(2013年)と設置3年後(2018年)に乙女高原の草原部で記録された訪花回数(1000mあたり)
図1 大柵設置前(2013年)と設置3年後(2018年)に乙女高原の草原部で記録された訪花回数(1000mあたり)を花のタイプごとに分けて示した図。左の1群は皿状花、中の1軍は筒状花、右の1軍は「やや筒状」。詳細は本文参照
これらの虫媒花を花の形態から皿状、筒状、「その他」に分けたのが図2である。これを見るといずれのタイプも2018年に増加しているものの、増加の程度は皿状花がもっとも著しいことがわかる。具体的にはシシウドとオミナエシの増加によるところが大きい。筒状花は2013年にもある程度あり、ノハラアザミ、タムラソウ、ヨツバヒヨドリなどがそれに該当する。ノハラアザミは植物体にトゲがあるためシカが食べにくく、ヨツバヒヨドリはシカが食べないことが知られている。また「その他」のヤマハギも2013年にある程度訪花回数が多かった。ヤマハギは低木であり、刈り取りやシカの採食を受けてもある程度回復力があるため、柵設置前にも生育していた。
図2 大柵の2013年と2018年の訪花回数を虫媒花のタイプ別にまとめたもの
2) 小柵
小柵では設置4年後の2013年に柵内での訪花回数が9.9回(プロットあたり)、柵外では2.6回であった。当時の「柵外」は現在は「柵内」となった。
これに対して、2018年には柵内で28.2回(2.8倍)、「柵外」で10.2回(3.9倍)であり、いずれも増加したが、増加の程度は柵外の方が大きかった。
2018年の柵内外の違いを種ごとに見ると、柵外で最多であったのがヤマハギで、これが後述する「その他」の値を引き上げていた(図3)。柵外(大柵の内側)では調査区にヤマハギは見当たらなかったが、その周辺にはヤマハギはあった。オミナエシ、ツリガネニンジンも柵外で多かったが、オミナエシは柵外にも柵内の半分程度はあった。ツリガネニンジンは柵内外の違いが大きかった。これらに比べれば、ヨツバヒヨドリ、ノハラアアミは柵内が多いとはいえ、柵外にもかなりあった。ヨツバヒヨドリはシカが食べず、ノハラアザミは棘があってシカは好まないからもともと柵外に残っていたことは納得できる。また柵外のほうが多いものとしてはイタドリ、ホタルサイコ、ハンゴンソウなどがあった。これは調査区数が少なかったため、偶然の要素が大きいと推察される。
図3 2018年の小柵内外の花あたりの訪花回数
次に花のタイプ別に年次比較すると、柵内では、すべてのタイプで2018年に増加したが、皿状と筒状は2013年にもある程度あり、大きく増加したのは「その他」、具体的にはヤマハギであった(図4a)。
図4a 小柵内での花タイプ別訪花回数の年次比較
柵外では皿状が大きく増加した。筒状は2倍以上増加したとは言え、2013年も2回程度あった。「その他」では増加が小さかった。これは偶然の要素が大きいと思われ、調査区にではヤマハギがなかったが、調査区の外にはヤマハギはあった。
図4b 小柵外での花タイプ別訪花回数の年次比較
3) 花と昆虫の組み合わせ
2018年のデータをもとに、虫媒花と訪花昆虫の組み合わせをまとめてみた。
① 大柵
大柵では730mで220の訪花が記録された。それを花のタイプ別に分けると、皿状ではハチ・アブが非常に多く、筒状ではハチが非常に多かった。「その他」への訪花数は少なく、ハチが最多であった(図5a)。
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図5a 大柵草原部における花のタイプ別訪花回数(730mあたり)
図5a 大柵草原部における花のタイプ別訪花回数(730mあたり)
同じデータを昆虫別にまとめると、チョウ・ガは低頻度で、訪問しているのは筒状の花が多く、ハチは筒状、ハエ・アブは皿状の花を高頻度に訪問していた(図5b)。
図5b 大柵草原部における花のタイプ別訪花回数(730mあたり)
特殊化した長い吻をもって蜜を吸い上げるチョウ・ガ、ハチが筒状の花を訪問し、短い吻を持って蜜を舐めるハエ・アブが皿状の花を訪問したのは合理的なことである。
② 小柵
同じまとめを小柵で行うと、皿状の花にハエ・アブが多く、筒状にハチが多いという点は大柵と同様であった(図6a)。ただ「その他」(ヤマハギの貢献度が大きい)が非常に多い点が違い、訪花昆虫としてはハチが多かった。これも合理的なことである。
図6a 小柵とその周辺における花のタイプ別訪花回数(10分あたり)
昆虫別にまとめると、大柵同様、ハエ・アブが皿状で多かったが、ハチは大柵では筒状(ノハラアザミが最多)であったが、小柵では「その他」が最多であった(図6b)。これはヤマハギがあってそこにマルハナバチが非常に多かったためである。チョウ・ガは少なく、その中では筒型が多いという大柵と同じパターンであった。
図6b 小柵とその周辺における花のタイプ別訪花回数(10分あたり)
まとめ
乙女高原を柵で囲って3年が経過した。訪問者は口々に「花が増えてよかった」という。そのことを訪花昆虫を指標にして確認しようとしたわけだが、2013年当時と比べて5倍ほど増えていた。特に大幅に増えたのはオミナエシやシシウドのような皿状の花で特にハエ・アブが多かった。2010年に作られた小柵の2013年の調査では、柵外より柵内に訪花昆虫が多かったが、それよりもさらに3倍ほど増え、柵外では4倍になった。増加の程度がさほどでもなかったものに、ヨツバヨヒドリ、マルバダケブキ、ノハラアザミ、ヤマハギなどがあった。ヨルバヒヨドリとマルバダケブキはシカが食べないし、ノハラアザミも棘のためシカが食べにくい。またヤマハギは低木であるため、シカの採食を受けても枝を再生するので、シカの影響下でもある程度開花していた。
虫媒花の類型のうち、ツリガネニンジンとヤマハギは「その他」としたが、内容としては両者は違う。ここでは皿状とキク科の筒状花に該当しないもので、季節によってはこのタイプの多くなるので、虫媒花の類型は授粉の実態を踏まえてさらに工夫をする必要がある。
このように、シカの採食で減少していた虫媒花が柵で囲うことで回復しつつあるが、この回復が今後も続くか、回復しながらも花の種類やタイプの増加の程度に違いが見られるか、など関心が持たれる。さらに継続調査をしたい。
謝辞:調査では井上敬子様にご協力いただきました。
ヨツバヒヨドリとアザギマダラ
マツムシソウとアブ
マルバダケブキとオオマルハナバチ
ノハラアザミとトラマルハナバチ
ツリガネニンジンとトラマルハナバチ
シシウドとハナカミキリの1種