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柵をした後の乙女高原の訪花昆虫 - 2018年8月 -

2018-08-20 19:39:38 | 報告
柵をした後の乙女高原の訪花昆虫 - 2018年8月 -

高槻成紀・植原 彰


乙女高原ではシカの影響により虫媒花が減少し、ススキが優占していた。2015年に草原全体を囲う柵(以下「大柵」とする)が作られ、虫媒花が回復した。植物が変化すれば、それを利用する動物も変化するが、虫媒花の場合は訪花昆虫が直接的な影響を受ける。
 高槻は柵設置前に学生を指導して訪花昆虫に関する2つの調査をおこなった。
1)2013年に乙女高原の草原部分と深林部分にルートを決め、そこを歩いて左右2m幅内で観察された虫媒花と訪花昆虫を記録したところ、訪花頻度は1000mで66回であった(加古, 2015)。
2)2010年5月に実験的に設置した小型柵(以下「小柵」)の内外で2014年に訪花回数の定量的な調査をおこなった。このうち8月のデータでは柵内ではおよそ4m2の訪花数は9.9であったのに対して柵外では2.6に過ぎなかった(大竹、2015)。
 これらの結果が大柵を作って3年後の2018年にどの程度回復したかを調べることにした。以下の2点が予測された。
1) 森林では変化はないが、草原では訪花頻度が増加(回復)するであろう。
2) 小柵での訪花頻度は違いが小さいが、柵外では増加(回復)し、両者の違いは接近するであろう。
また、2018年のデータから、花のタイプと訪花昆虫の組み合わせを整理した。

方法
 大柵においては遊歩道に沿ってゆっくり歩き、左右1m程度の範囲で虫媒花にとまっている訪花昆虫を発見したら時刻とともに花の名前と昆虫(目レベル)を記録した。このうち草原部分の730mを解析した。
これらの虫媒花を花の形態から皿状、筒状、「その他」に分けた。皿状はシシウドやオミナエシのように花が皿状で浅く、ハエ・アブのように棍棒上の吻をもつ昆虫でも蜜を得やすいもの、筒状はアザミ類のように細長い筒状花であるため、チョウやハチなど特殊な吻をもつ昆虫が吸蜜しやすいものである。「その他」としたのは、アザミ類などに比較すれば筒が太いツリガネニンジン、あるいはヤマハギのような蝶形花で、皿形花のように蜜が得やすくはないが、筒状花ほど得にくくはないと考えられるものである。

結果
1) 大柵
 2013年8月22日の乙女高原の草原部分で記録された訪花回数は66回(1000mあたり)であったが、今回は328.8回であり、5.0倍も増加していた(表1)。内訳をみると、特に大きく増加したのはシシウドとオミナエシで、2013年には全く記録されなかった。またノハラアザミとシラヤマギクの増加も大きかった。増加したものの中ではタムラソウ、マルバダケブキ、ヤマハギは2倍程度以内で柵設置前にもある程度あったものである。

表1 大柵設置前(2013年)と設置3年後(2018年)に乙女高原の草原部で記録された訪花回数(1000mあたり)



図1 大柵設置前(2013年)と設置3年後(2018年)に乙女高原の草原部で記録された訪花回数(1000mあたり)を花のタイプごとに分けて示した図。左の1群は皿状花、中の1軍は筒状花、右の1軍は「やや筒状」。詳細は本文参照


 これらの虫媒花を花の形態から皿状、筒状、「その他」に分けたのが図2である。これを見るといずれのタイプも2018年に増加しているものの、増加の程度は皿状花がもっとも著しいことがわかる。具体的にはシシウドとオミナエシの増加によるところが大きい。筒状花は2013年にもある程度あり、ノハラアザミ、タムラソウ、ヨツバヒヨドリなどがそれに該当する。ノハラアザミは植物体にトゲがあるためシカが食べにくく、ヨツバヒヨドリはシカが食べないことが知られている。また「その他」のヤマハギも2013年にある程度訪花回数が多かった。ヤマハギは低木であり、刈り取りやシカの採食を受けてもある程度回復力があるため、柵設置前にも生育していた。


図2 大柵の2013年と2018年の訪花回数を虫媒花のタイプ別にまとめたもの


2) 小柵
 小柵では設置4年後の2013年に柵内での訪花回数が9.9回(プロットあたり)、柵外では2.6回であった。当時の「柵外」は現在は「柵内」となった。
これに対して、2018年には柵内で28.2回(2.8倍)、「柵外」で10.2回(3.9倍)であり、いずれも増加したが、増加の程度は柵外の方が大きかった。

 2018年の柵内外の違いを種ごとに見ると、柵外で最多であったのがヤマハギで、これが後述する「その他」の値を引き上げていた(図3)。柵外(大柵の内側)では調査区にヤマハギは見当たらなかったが、その周辺にはヤマハギはあった。オミナエシ、ツリガネニンジンも柵外で多かったが、オミナエシは柵外にも柵内の半分程度はあった。ツリガネニンジンは柵内外の違いが大きかった。これらに比べれば、ヨツバヒヨドリ、ノハラアアミは柵内が多いとはいえ、柵外にもかなりあった。ヨツバヒヨドリはシカが食べず、ノハラアザミは棘があってシカは好まないからもともと柵外に残っていたことは納得できる。また柵外のほうが多いものとしてはイタドリ、ホタルサイコ、ハンゴンソウなどがあった。これは調査区数が少なかったため、偶然の要素が大きいと推察される。
 

図3 2018年の小柵内外の花あたりの訪花回数


次に花のタイプ別に年次比較すると、柵内では、すべてのタイプで2018年に増加したが、皿状と筒状は2013年にもある程度あり、大きく増加したのは「その他」、具体的にはヤマハギであった(図4a)。


図4a 小柵内での花タイプ別訪花回数の年次比較


 柵外では皿状が大きく増加した。筒状は2倍以上増加したとは言え、2013年も2回程度あった。「その他」では増加が小さかった。これは偶然の要素が大きいと思われ、調査区にではヤマハギがなかったが、調査区の外にはヤマハギはあった。


図4b 小柵外での花タイプ別訪花回数の年次比較


3) 花と昆虫の組み合わせ
 2018年のデータをもとに、虫媒花と訪花昆虫の組み合わせをまとめてみた。
① 大柵
大柵では730mで220の訪花が記録された。それを花のタイプ別に分けると、皿状ではハチ・アブが非常に多く、筒状ではハチが非常に多かった。「その他」への訪花数は少なく、ハチが最多であった(図5a)。

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図5a 大柵草原部における花のタイプ別訪花回数(730mあたり)


同じデータを昆虫別にまとめると、チョウ・ガは低頻度で、訪問しているのは筒状の花が多く、ハチは筒状、ハエ・アブは皿状の花を高頻度に訪問していた(図5b)。


図5b 大柵草原部における花のタイプ別訪花回数(730mあたり)


 特殊化した長い吻をもって蜜を吸い上げるチョウ・ガ、ハチが筒状の花を訪問し、短い吻を持って蜜を舐めるハエ・アブが皿状の花を訪問したのは合理的なことである。

② 小柵
同じまとめを小柵で行うと、皿状の花にハエ・アブが多く、筒状にハチが多いという点は大柵と同様であった(図6a)。ただ「その他」(ヤマハギの貢献度が大きい)が非常に多い点が違い、訪花昆虫としてはハチが多かった。これも合理的なことである。


図6a 小柵とその周辺における花のタイプ別訪花回数(10分あたり)


昆虫別にまとめると、大柵同様、ハエ・アブが皿状で多かったが、ハチは大柵では筒状(ノハラアザミが最多)であったが、小柵では「その他」が最多であった(図6b)。これはヤマハギがあってそこにマルハナバチが非常に多かったためである。チョウ・ガは少なく、その中では筒型が多いという大柵と同じパターンであった。


図6b 小柵とその周辺における花のタイプ別訪花回数(10分あたり)


 まとめ
 乙女高原を柵で囲って3年が経過した。訪問者は口々に「花が増えてよかった」という。そのことを訪花昆虫を指標にして確認しようとしたわけだが、2013年当時と比べて5倍ほど増えていた。特に大幅に増えたのはオミナエシやシシウドのような皿状の花で特にハエ・アブが多かった。2010年に作られた小柵の2013年の調査では、柵外より柵内に訪花昆虫が多かったが、それよりもさらに3倍ほど増え、柵外では4倍になった。増加の程度がさほどでもなかったものに、ヨツバヨヒドリ、マルバダケブキ、ノハラアザミ、ヤマハギなどがあった。ヨルバヒヨドリとマルバダケブキはシカが食べないし、ノハラアザミも棘のためシカが食べにくい。またヤマハギは低木であるため、シカの採食を受けても枝を再生するので、シカの影響下でもある程度開花していた。
 虫媒花の類型のうち、ツリガネニンジンとヤマハギは「その他」としたが、内容としては両者は違う。ここでは皿状とキク科の筒状花に該当しないもので、季節によってはこのタイプの多くなるので、虫媒花の類型は授粉の実態を踏まえてさらに工夫をする必要がある。

 このように、シカの採食で減少していた虫媒花が柵で囲うことで回復しつつあるが、この回復が今後も続くか、回復しながらも花の種類やタイプの増加の程度に違いが見られるか、など関心が持たれる。さらに継続調査をしたい。

謝辞:調査では井上敬子様にご協力いただきました。


ヨツバヒヨドリとアザギマダラ


マツムシソウとアブ


マルバダケブキとオオマルハナバチ


ノハラアザミとトラマルハナバチ


ツリガネニンジンとトラマルハナバチ


シシウドとハナカミキリの1種

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モンゴル 2018

2018-08-01 23:41:29 | 研究
去年でモンゴルに来れるのも最後かと思っていた。森永さんの科研費採択もなかったということで、「いよいよ2002年以来続けてきたモンゴル訪問もなしか、まあ定年退職した身でもあるから、やむを得まい」と気持ちを整理していたのだが、森永さんが明治大学に提出していてアイラグ博物館に関する計画が採択されたので、少人数はいけるので私も拾われることになった。これまで数年モゴッドで地形と植生の対応、家畜の食性を調べてきて、だいたいのことろがわかってきたので、同じ手法で乾燥地であるバイヤンウンジュル(BU)に行きたいと伝えていたので、それが実現できることになった。
 内容は次の通り
1)BUの主要な群落を記載する。これはアイラグ(馬乳酒)が美味しいとして有名なブルガンとの比較という意味がある。
2)204年くらいに作られた大型柵(1辺300mの正方形)の内外の群落比較 こちら
3)家畜の糞採取

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7月31日
 成田で森永さんと土屋さんに会う。いやもう一人虎彦くんがいた。東京都市大学でメディア関係の勉強をしているので、今回の博物館準備の記録をするために参加したということだった。虎ちゃんがまだ幼稚園くらいの時にウランバートルのお宅にお邪魔して、外でボール投げか何かをして遊んだ記憶があるが、今や大学生だ。彼と少し話をしたのは少し後で、実は私の名前がアナウンスされたというので、カウンターに行くと、荷物にライターが2本あったので、1本を放棄してくれといことだった。あいにくというか、荷物を一つにするためラップしたほうがいいと言われたので、それを開くのが面倒だった。
 ウランバートルに着くと、緑が濃い印象を受けた。アユーシュさんが迎えにきてくれていたのでフラワーホテルに泊まる。土屋さんと夕食をとる。

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8月1日
 バイヤンウンジュルに出発。昨夜はよく眠れなかったので、道中ウトウトしていた。緑は濃い印象があるが、春は雨が降らなかったということで、そのせいか、ウシの死体がけっこうあった。


ウシの死体

 それと、ノスリなど猛禽が多いなあと思っていたら、ハタネズミがたくさんいて道路をチョロチョロ横切る。それを狙って猛禽が集まっているらしい。
 BUについて、ゾルゴーさんのゲルにお世話になる。奥さんのサラさんが水を運んでいた。ゲルにはストーブがなく、冷蔵庫、冷凍庫、大型テレビがある。
 柵に人がいるので行くと、佐々木さんと横浜国大の学生2人(岩知道さんと南部さん)が作業をしていたので、少し話をする。
 夕方、ゲルの外に出ると、ヒツジの解体をしていた。その手際は見事なものだ。腹側から皮を開き、四肢の先端部を関節で外す。それから腹腔に割を入れる。消化管は剥ぎ取るように外す。内容物も血液も出さない。肛門部を直腸に沿って切り、内側から直腸を引き抜く。胸腔に移り、ここには血があるが、心臓や肺を取り出したあとですくい出す。血液を一滴もこぼさない。


ヒツジ解体の様子

 最後は肋骨、寛骨などを適当な大きさに分けて完了だった。

 その見事さもあるが、解体を少年が見ているのが心に残った。その子はヒツジの解体をどうということなさげに見ていた。これが初めてではないのだろう。子供の時にこういう体験をするかしないかは生命感に大きな違いを生むはずだ。


ヒツジの解体をながめる少年

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8月2日
 調査をするつもりでいたが、ナーダムがあるというので見に行くことにする。曇り空で、人もあまり集まっていない。いつ始まるかわからないということなので、群落記載を始める。非常に印象的な岩山で、そこの岩から始まる扇状地にラインを取る。種数は少ない。
 ひと段落ついたので、会場に行くと、歌をうたっていた。伝統的な長唄は非常にうまく、独特のひっくり返す発声が巧みだった。次に出てきたのは、現代風の歌で巧みではあったが、自信過剰で感じが悪かった。
 珍しいことに弓をしていた。明らかな腕の違いがある。うまい人は姿勢が安定しており、ピタッと決まる。精度も高く、何度も当てていた。


弓を射る

 運転手のジャガさんが「競馬が始まるが見にいきますか」というので、行くことにする。少年たちが馬に乗ってスタート地点に向かって進んで行く。小雨が降ってきた。


スタート地点に近づくうちに雨が降ってきた

 進んでいるといきなり競馬が始まった。少年たちの裏声が響き、ギャロップの馬が進み出す。馬上の少年は小学低学年で、幼いのだが、馬の扱いは思いのままになるようだ。鞭を両側に大きく打ったりして進む。見ると女の子もいる。


奇声をあげながら走り出す


中には女の子もいる

 去年初めて見たとき、感動して涙が出たが、今回も同じだった。子供が生まれ、元気に育って競馬に出れるまでになった。その勇姿を社会みんなで称え、喜ぶということだろう。大人たちも懸命で、自分が少年だった時も大人が支えてくれた、今度は自分の番だということだろう。

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8月3日

 今回、調査を予定しているのは以下の通り。ただしNaは追加。



 手始めに西(W)に行くことにする。1時間ほどで着く。なだらかな丘陵にCaragana(マメ科の低木)が点々とある。


Plot Wの景観

 ここで6つほどプロットをとるが、皆同じなのでそれでやめる。帰りに、往路で見ていたAchnatherum(モンゴル語でデリス)の群落によって少しプロットをとる。


Achnatherum群落

 帰ってから柵内のデータもとる。柵外よりStipaが多く、大きいのが明らかで、そのほかはシロザが多い。種数は非常に少ない。


柵内の景観。Stipaが多い。

 柵内外の比較については こちら
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8月4日
 今日は東(E)に挑戦する。ここが一番遠いところで、時間がかかりそうだった。2時間ほどかかったが、とても良い場所に着く。ここでラインをとった。


Line Eの景観。手前のなだらかな場所から山の麓までラインをとった。

一番下の湿ったところにはElymusが多いが、すぐにStipa型に変わり、Artemisia adamsiiが多いところもある。山の急斜面までとる。Dontostemon(「コナズナ」と呼ぶことにする)の白い花が多い。見下ろすと、草原に白い部分があるが、これがDontostemon。


白く見えるのはDontostemon

 休憩をするとジャガさんが椅子を出してくれた。


休憩をする。

 戻って柵外のデータを10個とる。

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8月5日
 天候も順調で、体調も良く、日程もこなしている。今日はセンターから近いラインCを取りに行く。湖の近くのAchnatherumから始め、22プロットをとる。

 戻って柵内のとり残しをとり、草丈の比較データを取る。野帳を使い切る。



 いつもゲルに来る人懐っこい少年(名前はオウゴンバット)が水入れタンクを載せた台車を運んでいた。もちろん水は入っていないのだが、大人のすることを真似したいようだ。モンゴルでいつも目にする、子供が、働く大人の姿を真似るという微笑ましく、素晴らしい光景だ。


水運びをする少年

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8月6日
 少し距離のある南に行く。岩山があり、その裾野に扇状地があってStipaやArtemisia frigidaがあり、その下にCaraganaがあるというのが一つのパターンのようだ。これで終わることが多いが、さらに低くなって湖があるような場合はAchnatherumが出るというのがこの辺りのパターンのようだ。ただしCaraganaの出方は単純ではない。

行きがけに1000頭もいようというヒツジの群れがいたので、糞を拾おうとしたが、全然ない。かなりしつこく探したのだがない。腑に落ちないのでジャガさんにいうと、草を食べ始めたばかりで、まだ糞をする段階にないのではないかという。それもそうかもしれない。


ヒツジの群れ。これだけいるのに糞が見つからなかった。

1時間あまり走ると大きな湖があり、ラインCよりは距離があるが、時間をかければなんとかなるだろうと思っていた。だが、あまりに長いので、写真をとって優占種だけ記載するやり方にする。それでもいくら歩いても変わらないので、うち切ろうかと思っているところに馬に乗った少年が現れてジャガさんが何か話をしている。
「先生、アルガリを作っているゲルがあるみたいですよ」
というので、早速いってみると、老人が集まって酔っ払っていた。いかにも「モンゴル牧民」という人たちで写真を取らせてもらおうと思っていたら、そのままゲルを出て解散してしまった。アイラグとサームをとってもらい、1万Tを払おうとしたが、あいにく2万Tしかないので、それを渡す。照れたような表情で受け取った。


珍しくアイラグを作っているゲルが偶然見つかり、サンプルをもらう

 その少年は競馬に行くというので、そちらに移動することにした。先日の雨の競馬のリベンジだったようだ。今回はスタートを見ることができた。一応、ロープを張っていたが、長さは5メートルほどしかない。馬の群れがきたらとても足りないのだが、そこにいる人たちは興奮した様子で遅れて線にこない馬に大声で何か叫んでいる。その馬がラインについた途端、馬が走り出し、少年の声が響く。今日は天気が良く、砂埃が上がる。感動は変わらない。





 砂埃が上がり、ドラマチックだったが、埃がない草原を走った方がいいのではないかと思ってジャガさんにそう言うと、「いや、草原は、ネズミの穴などがあって、馬が足を痛めるから危ないんです」という。なるほどそういうことがあるのか。

 それから一度戻って、谷に入って調査をする。Alliumがたくさんある、桃源郷のようなところだった。


ラインSの奥の谷

 いつもゲルに来る少年と何となく仲良くなり、一緒に写真を撮った。



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8月7日
 昨日アイラグを一口だが飲んだせいで、お腹がゴロゴロする。
 予定していた調査は全部終わったので、土屋さんに頼まれて取れていなかったW(西側)での植物サンプリングにいく。そこからBUに戻る道すがら、CaraganaがBUに近づくと低くなって、ついには密度も小さくなることを見ていたので、そのデータを4箇所で取る。CaraganaだけでなくStipaもとったが、こちらはそれほどきれいな推移にはならなかった。
 明日でBUを去るので、横国の学生にドライブに行かないかと声をかけた。二人は柵の実験データを取っているが、車がないので、それだけしかしていないようすだった。それで、BUの草原全体を見てもらう方が良いと思い誘ったのだが、とても興味を持っているようで良かった。競馬のあった山の西の谷が良さそうなので、そこを目指す。途中、Stipa群落の説明などする。谷に入るとArtemisia frigidaが多い、きれいな谷だった。







 谷を南下して山を抜け、東に出て、岩山を通過してBUに戻った。
 夕食を待っている時、外を見たら西の空は雨のようで鉛色の雲が覆っていた。その雲がきたようで、強風が吹き、雨が降ってきた。「こういう厳しい自然もモンゴルらしくて良い経験だ」くらいの軽い気持ちでいたら、ゲルに二人の男が入ってきて、何やら様子がおかしい。見るとゲルの床にポタポタと鮮血が垂れた。見ると頭を抑えている。突風で柵内においていた気象測器が倒れて頭を打ったらしい。ジャガさんが車で送っていった。ショッキングなことだった。
 あとで聞くと後頭部に10cmほどの裂傷だったとのことだった。

この写真は嵐が去った後、西の空は雲が去って赤みがさしたところ。



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8月8日
 朝起きると、パネルの作業をしていた残りの人が作業をしていた。ジャガさんの説明で気象測器と思っていたら、温暖化の効果を調べるためのアクリル・パネルが突風で飛んだという音だったようだ。


作業をする人

 順調に予定を消化したのと、シロザが多いのがバイヤンウンジュルに特異なことなのか、今年の特異な天候のせいなのかが気になったので、それなら森林ステップに行ってみて、そこでもシロザが多ければ今年の天候のせいだということになるし、少なければバイヤンウンジュルの場所の特徴であることが確認できると考え、ウランバートルに戻ることにした。
 昨夜ケガをした人を車に乗せてUBに送ることにした。UBについてその人の家族が迎えに来たので、食堂でお昼を食べる。UBには金持ちがいて、まるで違う民族の様な顔をしていると感じた。
 ザハ(市場)に行って馬具のコーナーを覗く。小物を買った。


ザハで見つけた小物

 夕方、森永さんと土屋さんにあってアイラグ・サームのサンプルを渡し、馬糞のサンプルを受け取る。モゴッドに計画している博物館の話をしたが、少し狭い様に感じた。

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8月9日
 ウランバートルの北にドライブに行く。景色が北海道みたいだった。道路にガードがあること、畑があること、谷間に狭い平地があることなどがそう感じさせる。
 適当に山に入ると草地はブルガンで馴染みのものになり、斜面北側にはカラマツ林がある。降りて見るがシロザはない。あるいはあっても、荒地の様なところだけで、モゴッドなどと違いがない。やはりシロザが多いのはバイヤンウンジュルの特別なことなのだと思う。
 林の間の道を進むと花が多くなり、フウロやナンブトラノオなどが見られる。BUを見慣れた目には植物の豊かさが印象的だった。




Vicia, Trifolium


Polygonum, Polygala


Geranium, Campanula


ワスレナグサ、「オバケアザミ」

 昨夜、床が変わったのであまり眠れなかったので、少し頭痛があるので、早めにUBに戻ってもらう。
 11日に帰国予定だったが、10日でも帰れるのでジャガさんに相談したらMiatに電話してくれ、10日朝の便が取れた。

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バイヤンウンジュルの柵 内外の比較

2018-08-01 11:10:49 | 研究
バイヤンウンジュル(以下BU)に2004年頃に篠田班が作った柵があり、その内外の群落比較をする機会を得た。BUはウランバートルの南西で(図1a)、空中写真を見ると、ウランバートルが森林に囲まれているのに対して、その南では深林がなくなることがよくわかる(図1b)。前者を「森林ステップ」帯と呼び、後者は「ステップ帯」という。これより南はゴビの砂漠帯に続く。Google earthで拡大すると、BUの柵がはっきりわかる(図1c)。


図1a バイヤンウンジュル(赤枠)の位置


図1b ウランバートルとバイヤンウンジュル(赤枠内)の空中写真


図1c バイヤンウンジュルのの空中写真 左上の暗色の正方形が実験柵、下方の格子模様が家屋


地上で見ると、柵内外の景観はこのように違う(図2)。


図2 柵内外の比較 上:柵内、下:柵外


 柵の外は家畜に食べられているから、この違いは採食圧の違いによると思われる。これには植物の生育形が意味を持つ。ブルガン飛行場で調べた場合、直立型が減少して匍匐型が増加した。また柵内では美地形に応じて場所ごとに優占種が違っているが、柵外ではどこでもPotentilla acaulisが優占するという意味で、群落の多様性が失われることがわかった(Takatsuki et al. 2017)。
 そこでBUでも同様の比較をすることにしたが、生育形(Giminghamによるもの)は草本を対象に、生育する形で類型したものだが、BUでは低木もあり、草本類をそれほど細かく類型することにあまり意味を見出せなかったので、低木、イネ科、その他程度に分けることにしたが、BUでは1年生雑草が非常に多かったので、この点は配慮して類型した(後述)。

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予想1 植物高の比較
 柵外は家畜の採食影響を受け、柵内は菜食から保護されているから、植物の高さは柵外の方が低いであろう。その場合、植物によって影響の受け方が違うはずである。1年草であれば、発芽して2、3ヶ月しか経っていないから、影響は弱く、多年草は影響が少なくとも2,3年受けているから影響はより大きく、低木は最も影響が大きはずである。ただし、家畜が嫌って食べない植物では違いがない、あるいは小さいであろう

方法
 そのことを確認するために、柵内外で主要種20個体の高さ(イネ科の場合は葉長)を測定した。

結果
 結果を図3に示す。このうち、Aは1年草で、いずれも雑草である。多くは柵内外の高さの違いは小さかったが、Salsolaは明らかに柵外が短かった。これに対して多年草であるイネ科とスゲCarexは柵外が草丈が低かった。ただしCarexは違いが小さかった。低木はCaragana2種は非常に大きな違いがあったが、Artemisia frigidaは違いが小さかった。
 このように、予想通り、植物の寿命が長いほど、家畜の採食に暴露される確率が高くなるから影響が大きいであろうという予測は概ね支持された。ただし1年草でもSalsolaは違いが大きいし、多年草でもCarexは違いが小さく、低木でもArtemisia frigidaは違いが小さかった。Salsolaの違いの理由はよくわからない。Carexはモゴッドの柵でも内外の違いが小さく、菜食影響下でも回復力が大きいことが確認されている。Artemisia frigidaは植物体が強い香りを持っており、家畜が食べるのを好まない。牧民によるとこの匂いが秋には弱くなるので食べるようになるという。Art frigidaは柵外にも多いので、家畜があまり食べないのは確かであろう。ただ、私の観察ではブルガンでみるArt frigidaは高さが30cm程度になるのに比べ、BUのものは草丈が低いという印象があり、柵内でも回復が遅いように感じた。
 この結果は採食影響は植物の寿命が長いほど植物高に影響が強く出るが、それに植物側の回復力、家畜の好みが複合的に影響していることを示唆する。

 
図3a 柵内外の植物の高さの比較。A 1年草雑草、B 多年草、C 低木


1年生雑草。いずれも左が柵外、右が柵内


多年草。いずれも左が柵外、右が柵内


多年草あるいは低木。いずれも左が柵外、右が柵内

図3b 柵内外の植物の高さの比較


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予想2  群落組成の違い
 家畜による採食影響を植物種ごとの高さだけでなく、被度を含む植物量として捉え、群落レベルでどのような影響を受けるかを考えると、群落の構造などの効果があることが想定される。日本では時間が立つほど木本類が優勢になり、草本類が抑制される傾向がある。モンゴルでは木本類は少ないので影響は違うが、ブルガンの飛行場では柵内では草丈が高くなれる直立型の草本が増え、柵外では匍匐型の小型草本が多くなった(Takatsuki et al. 2017)。BUでも基本的には同じことが起き、柵内で草丈の高い双子葉草本やイネ科などが増えるものと予想されるが、BUの方が乾燥しているので、柵内での回復に何らかの違いがあるかもしれない。

方法
 1m^2のプロット内の植物の被度(%)と高さ(cm)の積をバイオマス指数として算出した。柵内20、柵外10のプロットをとった。
 植物は以下の群に分けた。

1年草雑草:主にシロザの仲間
双子葉草本:多年草
イネ科:Stipa, Elymusなど20cm以上になるイネ科
イネ科小型:Cleistogenes, Carexなど最大でも20cmにならない小型のもの(正確にはCarexはカヤツリグサ科だがここではイネ科で代表させた)
単子葉:Alliumなどイネ科でない単子葉植物
低木:Caragana2種

結果
 バイオマス指数を比較すると柵内が3.04倍も多かった。タイプごとに比較すると、図4のようになった。


図4 植物群ごとの柵内外でのバイオマス指数


 1年草は予想通り柵内外で違いがあまりなかった。イネ科は多年草だから柵内が圧倒的に多く、それは図1で明白である。同じイネ科でも小型は採食をまぬがれやすいので、違いは小さ買った(図4)。低木もイネ科並みに違った。
 双子葉草本は逆に柵外の方が多かったが、その主体はArtemisia adamsiiとfrigidaであった。家畜に採食される外で多いのは不思議かもしれないが、理由は1)柵外ではイネ科が少ないので被陰されない、2)Artemisiaは強い匂いがするので家畜が好まないためと思われる。
 かくして、柵内はイネ科、低木、1年草雑草で、柵外は1年草雑草と双子葉草本で特徴づけられるということが確認された。何れにしてもバイヤンウンジュルでは1年草雑草が多いのが特徴的であった。

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予想3 面積 - 種数曲線の比較
 柵内では採食を免れていた植物が生育できるから、群落の多様度が高くなり、一定面積内に出現する植物種数が多くなると予想される。

方法
 群落の多様性を比較するために、面積-種数曲線を描いた。そのために10cm四方の区画から、面積をほぼ2倍に拡大して2m四方まで拡大し、新たに出現した種数を記録した。

結果
 面積-種数曲線を見ると予想とは違い、柵内外で最大出現種数に違いがなかった(図5)。


図5 柵内外の面積-種数曲線


 そして、1m^2まではむしろ柵内の方が少ない傾向さえあった。群落高が低い芝生状の群落では調査面積が狭いうちから種数が増えて小面積のうちに飽和する傾向があるが、ここでも群落高の低い柵外でその傾向があった。柵内では調査面積が広くなるほど種数が増え、4m^2においても飽和していないようだった。
 ブルガン飛行場の場合、柵内では草丈が伸び、柵外にあまりない草丈の高い草本が生育し、しかも柵外にある小型の草本類も残存するため、柵内で種数が多かったのだが、BUにおいてはイネ科や低木が背丈が高くなることはあったが、草丈の低い草本類がないことが多く、種数は少ないままだった。
 ブルガンとの大きな違いは大型の(直立型、分枝肩など)の草本が侵入していないことで、これらがもともとないのか、あるいは元々はあるのだが、柵を作った時点ですでに採食影響によって失われ、十数年経過しても回復できないのかは判断できない。いずれにしても言えることは、森林ステップで起きた「採食影響を排除すると柵外になかった生育型の草本が増加する」ことはなく、草丈は回復したが、種数は10年以上たっても回復していないということである。深林ステップとBUの違いは基本的には降水量の違いだから、乾燥地では採食影響がなくても大型草本は乏しいという背景があるものと思われる。

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