高槻成紀のホームページ

「晴行雨筆」の日々から生まれるもの

鹿児島県高隈演習林のシカの食性

2024-04-21 18:11:30 | 報告
鹿児島大学高隈演習林のシカの食性

高槻成紀(麻布大学いのちの博物館)
川西基博(鹿児島大学・教育学系)

ニホンジカは北海道から沖縄まで日本列島に広く生息し、その分布域は亜寒帯から亜熱帯に及ぶ。この多様な生態系を反映して、シカの食性も一様ではなく、大きく見れば冷温帯の落葉広葉樹林帯ではササを主体とするグラミノイドが多く、暖温帯の常緑広葉樹林帯では常緑樹や果実などが多い傾向がある(Takatsuki 2009)。ただし、後者の情報は不十分であり、屋久島や山口などに限定的であった。特に九州では情報が乏しかったが、福岡と宮崎で分析例がある。福岡では駆除個体の胃内容物を分析した例があり(池田 2001)、双子葉草本が多く,夏には落葉樹が,冬には常緑樹が多くなる傾向があった。宮崎県では落葉広葉樹林での調査があり、グラミノイドが多く、落葉広葉樹がこれに次いだ(矢部ほか 2007)。その後、福岡県の九州大学福岡演習林と宮崎県の九州大学椎葉演習林で糞分析を行ったが、いずれもシカの密度が高いために、常緑、落葉を問わず広葉樹の葉、イネ科の葉ともに非常に少なく、九州の常緑広葉樹林帯でシカが低密度の場所での情報はいまだに不十分なままであった。
 今回、鹿児島大学の川西氏から鹿児島大学農学部附属高隈演習林でシカの糞が確保される可能性があると連絡をもらったが、秋までは発見ができなかった。2024年の2月以降、糞が確保されるようになったので分析したので、報告する。

方法
調査地は大隅半島基部の桜島の東側にある鹿児島大学農学部附属高隈演習林で(図1)、林内は巨樹の中に常緑低木類が多い(図2a, b)。詳しくは鹿児島大学のサイトを参照されたい(こちら)。方法はこれまでの他の場所と同一のポイント枠法なので省略する。


図1. 調査地の位置図

図2a. 高隈演習林の景観(2024年2月)

図2b. 高隈演習林の景観(2024年3月)

結果と考察
1)2024年2月上旬
シカの糞組成は常緑広葉樹の葉(図3)が60.3%を占め、優占していた(図4)。その多くはアオキの葉と思われ、実際調査地ではアオキに食痕が見られる(図5)。ただし、類似の表皮もあるかもしれないので種の特定は控える。これに次いで多かったのは繊維で34.4%であった。そのほかは微量であり、この結果は調査地のシカは林内に豊富にある常緑広葉樹の葉を食べ、その時に必然的に食べる葉の基部の枝部分の繊維が糞中に出現したと思われる。


図3. 検出された常緑広葉樹の表皮細胞. 格子間隔は1 mm.



図4. 高隈演習林における2024日3月下旬までのシカ糞の組成(%)

図5. アオキの食痕(2024年3月20日)

2)2024年2月下旬
2月23にも同じ場所で糞が確保された。下旬になると常緑広葉樹がさらに増えて、66.4%に達した(図4)。また繊維は減少した。

3)2024年3月下旬
3月20日に採集した糞の組成は2月とあまり違わず、常緑広葉樹の葉がやや増えて71.2%と優占していた。2月下旬に11.2%を占めていた稈は0.9%に減少し、繊維が23.7%に増加して2月上旬と近い値になった。したがって3月になっても2月と同様、常緑広葉樹を食べている状態が維持されているといえる。

 今後、春から夏にかけては草本類、落葉広葉樹、イネ科などが増える可能性はある。ただし、シカ低密度の場所では糞の密度が低く、しかも夏には糞虫によって糞が分解するので、さらに発見がむずかしくなることが予想される。今後も糞が確保されるのが望ましいが、冬に常緑広葉樹の葉が60%以上検出されたことは意味が大きい。現在はシカが高密度になっている宮崎県の椎葉演習林でも、シカが低密度の時代にはこのような糞組成であった可能性がある。

4) 2004年4月
4月15日にはサンプルは2つしか確保できなかった。その糞の組成はこれまでとほとんど違わず、常緑広葉樹の葉が63.7%と優占していた(図4)。繊維が27.0%で、これまでとほぼ同じレベルであった。果実は5.7%とやや多くなった。したがって4月もこれまで同様、常緑広葉樹を食べている状態が続いている。ただしサンプル数が少ないので、参考程度としておく。


コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 千葉県佐倉市のタヌキの食性  | トップ | もくじ »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

報告」カテゴリの最新記事