高槻成紀のホームページ

「晴行雨筆」の日々から生まれるもの

モンゴル北部の森林ステップ帯におけるウマ、ウシ、ヤギ・ヒツジの食性:ブルガン県モゴドソムの事例

2019-10-17 05:08:40 | 最近の論文など
Food habits of horses, cattle, and sheep–goats and food supply in the forest–steppe zone of Mongolia: a case study in Mogod sum (county) in Bulgan aimag (province)

Seiki Takatsukia and Yuki Morinaga

Journal of Arid Environment, in press (Impact Factor: 1.77, accepted on October 16th, 2019)

摘要:モンゴルでは1990年代の社会体制の変化により家畜の数が増え、草原植生も大きな変化をしつつある。にも関わらず、意外なことに家畜の食性を定量的に解明した研究はない。そこで、モンゴル北部の森林スッテプ帯のブルガン県モゴド・ソムの。谷にある調査地1と川辺にある調査地2でウマ(大型非反芻獣)、ウシ(大型反芻獣)、ヤギ・ヒツジ(小型反芻獣)の食性を糞分析法で調べた。
 ウマは典型的なグレーザー(イネ科を主体とする食性をもつ草食獣)であり、糞はグラミノイド(イネ科・カヤツリグサ科)が50-70%と優占していた。スゲ(Carex)が多いのもウマの特徴だった。ウシでもグラミノイドが多く、Stipa(イネ科の1種)が20-40%を占め、ウマよりも多かった。ヤギ・ヒツジではStipaが30%、稈(イネ科の茎)が40%であった。類似度指数とDCA分析によると、糞組成は場所よりも家畜の違いをより強く受けていることがわかった。これはおそらく家畜のサイズ、消化生理、放牧の仕方などによるものと思われる。つまり、ウマは自由に動けるから自分たちの好きな水辺のスゲが生えているところに行ってスゲをよく食べるが、ウシはゲルの近くで採食して夕方はゲルに戻るという行動パターンをとるので、ゲルの周りのStipaが多い植生を反映した食べ物になっていた。ヤギ・ヒツジはウシと同じ反芻獣だから食性もウシに似ていたが、牧民に動きを規制され、場所によって違いがあった。


調査地


比較した2カ所の地形と植生。S:斜面(slope)、B:湿地(bog)、A:河辺沖積地(alluvial flat)


比較した2カ所の景観。調査地2はオルホン川に近くスゲのある河辺沖積地生がある。


オルホン川に近くスゲのある河辺沖積地。スゲが優占し、家畜の食べないアヤメの仲間が目立つ。ウマはここによく来る。


2カ所での糞の組成。ウマでCarex(スゲ)が多く、ウシでStipa(イネ科の1種)が多い。


糞組成を示すDCA展開図。組成が近いほどグラフ上の点が接近して表現される。ウマがその他の家畜と違うことがわかる。

場所ごと(左)と家畜同士(右)の糞組成の類似度(PS)。似ているほど100に近づく。どの家畜でも2カ所の類似度は80%前後と大きい。場所1ではウシとヤギ・ヒツジが似ていた。場所2ではウマの違いがよりはっきりしていた。




2カ所における地形ごとの植物の組成。植物の量はバイオマス指数(被度x高さ)。場所1では緩斜面、急斜面の面積が広く、そこではStipaが多い。場所2では湿地が広く、すげと双子葉草本が多く、斜面ではStipaと低木が多い。



2カ所の地形の面積割合をもとに推定した、土地全体のバイオマス指数。調査地1ではStipaが44%を占め、調査地2ではStipaは15%にすぎず、双子葉草本、低木、スゲ(Carex)などが多いという違いがあった。

以上の結果から家畜の食性は、場所の食物供給の違いをあまり反映せず、動物の消化生理学的特性や、行動圏の違いを反映していると考えた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

丹沢山地のシカの食性 − 長期的に強い採食圧を受けた生息地の事例 −

2019-10-15 14:17:22 | イベント
丹沢山地のシカの食性 − 長期的に強い採食圧を受けた生息地の事例 −

保全生態学研究, 24: 209-220.(日本生態学会、2019年8月27日受理)こちら

高槻成紀・梶谷敏夫


ここには要点だけ示します。

要 約:丹沢山地は1970年代からシカが増加し、その後シカの強い採食圧によって植生が強い影響を受けて貧弱化し、表土流失も見られる。このような状況にあるシカの食性を2018年の2月から12月まで、東丹沢(塔が岳とその南)と西丹沢(檜洞丸(ひのきぼらまる)とその南の中川)、西部の切通峠においてそれぞれ高地と中腹(ただし西では高地のみ)において糞を採集し、ポイント枠法で分析し、次のような結果を得た。1)全体に双子葉植物の葉が少なく、繊維、稈が多かった。2)季節的には繊維が冬を中心に多いが、場所によっては夏にも多かった。3)標高比較では高地でイネ科が多かった。4)場所比較では東丹沢ではササが多い傾向があった。5)シカが落葉を食べている状況証拠はあるが、糞中には微量しか検出されず、その理由は不明である。これらの結果はほかのシカ生息地と比較して、シカの食物中に葉が少なく、繊維が多く、当地のシカが劣悪な食糧事情にあることを示唆する。このことから、丹沢山地の森林生態系のより良い管理のためには、シカ集団の栄養状態、妊娠率、また植生、とくにササの推移などをモニタリングすることが重要であることを指摘した。

キーワード:過密度、貧栄養、糞分析、有蹄類


シカの糞採取地点5カ所


主要植物の占有率の季節変化。

場所ごとに4季節あるので複雑だが、要点は以下の通り。
1)ササは東部に限定的
2)イネ科は高い場所に多い
3)繊維が夏でも非常に多く、このような報告はこれまでにない。
4)稈(イネ科の茎)も多く、しかも夏にも多い。


他のシカとの比較。A:緑葉、B:繊維

この結果を他の場所と比較した
1)岩手県五葉山は植物の葉が極めて多く、その他の場所は多いと60%、少ないと30%程度であることが多い。その中で金華山の春は20%未満になり、丹沢は夏に30%以下の少なかった。
2)五葉山や乙女高原では繊維は微量だが、金華山は秋以外は多かった。丹沢は夏には60%以上になった。

これらのことから、丹沢のシカの食性は夏でも緑陽の利用が少なく、繊維が多かった。これはシカが木本植物の枝などを食べていることを示唆する。丹沢山地では長年のシカの影響で植物が乏しくなっており、そのことがシカの食物事情を劣悪にしていることがわかった。


A:丹沢山地上部の柵。中ではササが伸びているが、外では小型化している。B:丹沢山地上部のブナ林の様子。下生えに大型草本や低木がなく、芝生のように低くなっている。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする