治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

小役人との戦い

2011-04-05 08:43:12 | 日記

さてさて、日本国民の私としては未曾有の国難の中にいる。
私は被災者ではない。
失ったものはワイングラス四つだけだし。
だけど当事者だ。
なんの当事者かって?
復興の当事者だ。

だから自分のできることをして日々を過ごしている。

マクロ的な状況では決して順調とは言えないが
実はミクロ的にはお祝い事が続いている。
ちゅん平の就職も、もちろんとてもうれしい。
身内にもお祝い事があるので
それなりにOperation Gaishokuも行っている。

そしてもちろん本も作っている。
「自閉っ子」「発達障害は治りますか?」と同じように
おそらくエポックメーキングになるだけの力を持った本だ。
今このときにこの本に専念できる環境を
私はとてもありがたく思っている。

ていうか、実を言うと
もうそういう本しか出したくないんだ。
いつ命が終わるかわからないことは
今度よくわかったから。
本当に画期的な本だけ出したい。
それが偽らざる気持ちなのだ。

原発の事故を受けて外国人の大騒ぎと対照的に
日本人は当事者でありながら
わりと落ち着いている。
ドイツなんかの報道では
「落ち着いているのは洗脳されているから」なんてことになっているらしい。

不思議な話である。そして、失礼だ。
そういう話を無自覚に同朋にたきつける日本人も同じように失礼だけどもね。

私は今回よくわかったのだが
日本人がこれだけ見た目が落ち着いている理由の一つに
西洋人たちとは違う
しょせん自然には勝てないや
という思いがあるからではないかという気がする。
そうやってこの天災の多い、けれどもとても豊かな島々に
私たちは居心地のいい住処を作ってきたのだ。

私自身も、実は命はあまり惜しくない。
将来の長いお子さんのある方はまた別の思いをお持ちだろうし、それは当然だと思うが
このブログでも言ってきたように、私は命は借り物だと思っているので
自分から捨てるのも不遜だが、時期が来たら天にお返しするものだと思っている。

そもそも私はこれまで、やりたいことをやり、言いたいことを言ってきたのだ。
だから悔いはない。

そうやって一日一日を過ごす。

そうやって復興の当事者としての日々を過ごす。

それにうってつけの仕事も手元にある。

あ、最近この方をついったーでフォローして情報を得ている。

http://twitter.com/saijotakeo

早稲田大学の先生で
被災地に直接入って支援物資を届けている。

物資も足りている、ボランティアは不要だというのは真っ赤なうそで
私たちが全国から支援することがまだまだ多いという。
細かく、細かく支援物資を指定して募り、細かいところに届けている。
お気持ちのある方は目を通してくださるとうれしいです。

行く先に小役人の壁が立ちはだかっているようだ。
すぐそばに飢えている人がいるのに
「上に聞かなければならないから」とぐたぐたと
物資を受け取らなかったりするという。

私は発達障害の仕事を始めて、初めて小役人(含教師)との接触が出てきて、ときにはケンカもしたが
(彼らはすぐに謝る。でも仕事はやらない)
療育の世界でも同じようにお役所との戦いを繰り広げた経験のある方は多いのではないだろうか。

基本的に子どものお使いみたいな仕事しか仕事と思っていない人たちだからね。
「上に聞かなければいけない」というが
今すぐそこで困っている以上の「上」がどこにいるのか私は教えてほしい。

発達障害の仕事を通じて、実は
「小役人が日本を滅ぼす」というのが私の持論になってしまったのだが
今このとき、それがあってはならないと思う。


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