治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

広義の強制性

2014-09-12 09:06:05 | 日記
朝日新聞社長のW吉田証言問題に関する釈明をネットで聞いていた夜でした。

そのあとテレ朝で慰安婦の方の件に関し「広義の強制はあった(から謝罪しない)」みたいな報道があったの?
問題はそこじゃないと思いますよ。

といっても戦場の慰安婦の問題が重大な人権問題だということに異論を差し挟む気もないし
「広義の強制性」が「本人の意に反して」だったら
そしてそれが人権問題だったら、この平和な社会でも、相当多くの人が「広義の強制性」の被害にあっているでしょう。
墓守の子を産むために不妊治療を姑に強いられているとしたら、それは立派な広義の強制性なんだし。
仲間はずれにされるからって、ママ友と意に沿わない他人の悪口を言わなきゃいけないのも広義の強制性です。

そもそも身売りっていうことが悲惨なことです。
でもそれは別に、慰安婦に限ったことではなく
米一俵で子守奉公を強いられたおしんも同じ。
児童労働も今の価値観に照らし合わせれば悲惨。
製糸工場の女工も年季で縛られていた。
そして性に関する労働だとなんというか、おぞましさが増しますね。

そして戦場の慰安婦に関して、たとえ彼女たちが売春を生業にして高給を得ていたとしても気にとめておかなくてはならないのは
彼女たちは山手線が最寄り駅の場所で売春をしていたわけではないということです。
周囲は戦場。
つまらないことがあるからやーめた、と言ってすたすた家に帰れる状況ではなかった。
リクルートに軍が関与していなかったとしても、軍の関与がなければ今に至るまで命をつないで証言なんかできるわけがない。
かわいそうだったことは確か。

じゃあかわいそうだったのは女性だけなのかな?

私はね、ほんのつかの間柔肌に触れるだけのために何十人もの行列に並んだ兵隊さんたちも十分にかわいそうだったと思いますよ。
橋下さんが提起した戦場と性の問題ってそういうことでしょ。
男と女が引き離されてはいけないんです。それがすでに非人間的な状況なんです。
だから戦場の慰安婦(あえて従軍慰安婦という言葉は使いません)へのソリューションはたった一つ。
愛する男女が引き離されるような状況を作らないことなんです。

とにかく身売りというものは悲惨だし人間性の否定。
それに性が絡むと余計におぞましい。
戦場が絡むと男も哀れ。状況的な理不尽さが1万パーセント増し。

ですが

身売りってつい最近まで(小規模には今でも)わりとあることで

村岡花子さんも白蓮も、吉原の女性を解放する運動をしていたとか。

それは素晴らしいこと。でもその一方で白蓮は
自分が駆け落ちを決心したとき「自分の話し相手として」
博多の花柳界の売れっ子の芸者を一人、身請けしたそうです。

そして自分と同居させ
じょじょに夫の相手をさせるようになったとか。

これぞブラックユーモア。

「アカ」の疑いをかけられる革命家と駆け落ちする前に遺していく夫のために「夫専用慰安婦」を金の力で用意しておく。
実に矛盾した人権意識ですね。

そして今でもこういう矛盾あるでしょう、障害児周りに。

「差別ガー」と言いながら、健常児だったら親を殴りそうな「子どもさらし活動」をしている親って多くないですか。

お皿をなめるとか性器出すとかいう情報を公開したりよだれ垂らしてねこけている写真をブログに載せたりジャーナリストの父親に至っては立ち小便をカメラに収めそれを子どもが高校生になっても嬉々として上映会で人に見せるとか

それで「障害者を差別するな!」っていう運動をしているつもりになっている障害児の親って多いですよね。
それだったらまず、子どもが健常児だったら絶対にやらないような人権侵害やめろよ、って思います。

根本的に知的障害のある人を軽んじているからできることですね。

そしてそういうことやるってだいたい父親なんですよ。
母親の場合も時々ある。わりと野心のある母親の場合ね。
でもこういう「子どもをダシにして表現活動」って圧倒的に父親が多い。

療育熱心でも子どもさらしに走らないお父さんも多いです。
それは全然悪いことではない。
でもお母さんたちは、カリスマ的になるという野心がない限り、不要に子どもをさらさない。

このへん女性って、健全だと思うんですよ。
男性はなんか、自分の表現活動のネタにするんだな、子どもを。

女性はなんか、もっと純粋。

だからね

婦人参政権が実現していない時代に生まれていたら、私はそういう活動をしていたと思うんです。
だって両性が参加した方が、バランスのいい世の中になるでしょうから。

そういう意味での男女共同参画には賛成です。