Sightsong

自縄自縛日記

イム・グォンテク『風の丘を越えて/西便制』

2015-06-03 06:59:27 | 韓国・朝鮮

イム・グォンテク『風の丘を越えて/西便制』(1993年)を観る。運良く、神戸・元町の高架下(モトコー)にある中古レコード店で格安で入手できた。

戦後の韓国。パンソリの歌い手・ユボンは、師匠との諍いがあったことにより、旅をしては歌って生活している。歌手に育てようと孤児の女の子・ソンファを連れている。旅の途中で結ばれた女性は死産で亡くなり、その連れ子・ドンホは太鼓叩きとして仕込まれていく。それぞれ血のつながっていない親子3人組。「日帝時代」には演歌が強要され、「解放後」には西洋音楽がもてはやされ、伝統音楽は真っ当に扱われない。行く先々で卑しい身分として差別され、貧困の中で、ドンホは耐えかねて脱走する。そして、ソンファの歌には「恨(ハン)」が足りないとして、ユボンは、元気になる薬だと娘を騙して失明させる。ソンファの歌は脱皮し、凄まじい代物となっていく。

目の見えぬ旅芸人ということでは、篠田正浩『はなれ瞽女おりん』を思い出させられるが、なおそれよりも、「生きることは恨を重ねることだ、恨を重ねることは生きることだ」と信じて芸を磨いていく父娘の狂気が凄まじい。もっとも、実際のパンソリの歌手たちはそんな凄絶なる人生をおくってはいないのだろうが、たとえばぺ・イルドンという現代の歌手は、自ら山中に7年間棲み、毎日滝に打たれていたという。パンソリというものが、厳しく叩きあげる精神と無縁ではいられない芸なのかもしれない。 

苛烈な環境にありながら、他の芸人がパンソリを演じるのを視る幼いソンファとドンホの目からは涙が流れ、そして、もう何年もあとにようやく再会したこの姉弟は歓喜の表情を浮かべながら狭い部屋のなかで共演する。何という映画か。

●参照
パンソリのぺ・イルドン
『人はなぜ歌い、人はなぜ奏でるのか』 金石出に出会う旅
篠田正浩『はなれ瞽女おりん』
橋本照嵩『瞽女』
ジェラルド・グローマー『瞽女うた』
ジェラルド・グローマーさん+萱森直子さん@岩波Book Cafe


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