ぼくの近代建築コレクション
東京の都心と下町を中心に、戦前に建てられた古い建物の写真を投稿していきます。
 




九段下ビル。千代田区神田神保町3-4。1987(昭和62)年11月8日

『近代建築ガイドブック[関東編]』東京建築探偵団著、鹿島出版会、昭和57年)では「九段下ビル(今川小路共同建築)、設計:南省吾、施工:上遠組、建築年:昭和2年、RC3」。同書の解説によると、震災復興助成会社の資金融資と技術援助を利用して建てられたもの。震災復興助成会社とは、関東大震災の復興にあたって、町家の鉄筋コンクリート化を推進する目的で渋沢栄一の指導で設立されたという。建築界から佐野利器が参加している。同社は国庫からの低利融資と一流の技術陣で応募を待ち受けたが、ほとんど来なかったらしい。共同で建てるというのが敬遠されたのである。現在のビルの状況を見ても、共同というのは難しいものだと分かる。



1987(昭和62)年11月8日



1985(昭和60)年2月24日

『土木建築工事画報』(土木学会附属図書館>土木建築工事画報)という雑誌の昭和3年11月号に、九段下ビルの設計者・南省吾が「共同建築の利益に関する基本説明と其実例」という論文というか報告書のようなものを書いている。実例が今川小路共同建築と伊勢佐木町共同建築である。九段下ビルの写真は1枚しかないが平面図と側面図画が載っている。建築主の名前と持分まで分かってしまう。「震災復興助成会社」と前記したが、ここでは「復興建築助成株式会社」としている。

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コメント
 
 
 
もうすぐ取り壊し(?) (マージナルマン)
2009-02-07 20:03:34
昨年10月に前を通りかかりました。壁面には網がかけられ、一階の店舗もどんどん退去し、営業してるのは数店舗でした。もうすぐ取り壊しなのでしょう。何か名残惜しい気がしたので、中に入ってみました。白黒の映画で観るような、昭和初期の雰囲気の廊下と階段でした。
 
 
 
>マージナルマン様 (流一)
2009-02-08 12:15:51
都心で「震災復興」が目に見える形で残っている建物ですね。とっくに建て替わっていていいビルですが、建物の所有者、店舗を借りている人、居住者と、建物にかかわる権利が複雑なのでしょうね。
私の想像では、九段下ビルの裏手の家とビルを含めて再開発を狙っているのではないでしょうか。
 
 
 
☆あんまり懐かしいのでコメントします~ (ナツメッグ☆)
2009-03-07 16:00:31
思わず、懐かしいのひとことです。

小生、五十年以上まえこの地から上にあたる九段南に住んでおりました。

小学校低学年時、悪童連と『遠征』と称して靖国神社近辺から神田神保町あたりをカッポしており、途中でみるこのビルの『中根式速記』、こりゃなんじゃらほいといつも通りすがりに思っていました。

それから年月は経ち、九段からも引っ越してしまいすっかり失念しておりました。

ところが去年仕事の流れでこの近くまで来たので、あの『中根式速記』の看板どうしてるだろうと立ち寄ってみましたが、見事になくなっておりました。

ビルのたたずまいの雰囲気から、そろそろ取り壊し近いかなと思っておりましたところ、貴兄のこの画像を拝見することができ、とても懐かしい念に駆られました。

大事な思い出をよみがえらせていただき大変ありがとうございました。

またほかの画像も楽しみに拝見させていただきます。
 
 
 
>ナツメッグ☆様 (流一)
2009-03-08 12:37:07
当ブログへの訪問とコメントをありがとうございます。
本文の写真を撮ってから25年ほどが経ってしまいましたが、そこからさらに25年前にはビルの壁に「中根式速記」の文字が書かれていたわけですね。ネットで調べると中根速記学校が九段下ビルに教室を置いたのは昭和5年のようです。それにしてもまだ建物が現存しているのに、当ブログの写真に注目していただけるとはうれしい限りです。
 
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