タダイシ。中央区日本橋人形町1-16。1985(昭和60)年8月4日
人形町通りの西側。写真左から、タダイシ(手芸材料)、佐野時計店、扇屋(はきもの)、樋口鞄店。佐野時計店が今もそのままだ。
左:洗心堂。1985(昭和60)年10月10日
右:東海(和菓子)、酒井布団店。1983(昭和58)年3月
1枚目の写真左の路地。洗心堂は喫茶店で矢印のとおり少し奥にある橙色の看板のところ。現在はタダイシと洗心堂の建物は取り壊されて駐車場になっている。
右の写真は路地の奥から撮ったもの。東海のワッフルをしばらく食べていない。
かねまん
日本橋人形町1-16
1985(昭和60)年8月3日
1枚目の写真の少し北に行ったところ。写真右端が甘酒横丁交差点の角の須賀ビル(須賀屋果物店)。写真左から、つるや(洋装品)、かねまん(ふぐ料理)、日野屋(和装小物)。
かねまんはふぐ料理の店として有名で、創業は明治13年という。今はビルになって4人で入れば10万円だが、昔の店舗はとてもそんなふうには見えない。
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酒屋さん、布団屋さん、和菓子屋さんはまだ健在ですね。
かねまんも、池波正太郎だか、谷崎だか忘れてしまいましたが人形町にある店ということで名前が載ってました。
蛎殻町に住んでいたときは何度かお世話になったのですが、この9月で閉店したらしいです。
これ、とてもショックで・・・。
古い住民が出て行って、新しく来る住民は風呂付のマンションに住むわけで、なんともなりませんね。せめて、仕事が忙しくて会社に泊まりこみ、という人がそこそこいれば……。
昭和40年頃とだいぶ古い話ですが、ぼくも木村湯には何回か入ったことがあります。あの頃はいつも、湯船に10人、洗い場に10人、脱衣室に5人位はいたような気がします。