ONE DAY: RYOKAN's Diary III
誰にだって訪れるさ どうしたって悪い日は 地雷と番犬と腰に機関銃 ドイツ製でもダメでしょう
 



昨日は、僕の指導教官だった教授が急逝してちょうど一周忌だった。
 そして、1ヶ月前に脳梗塞で倒れた伯父が今日、静かに逝った。

お世話になった人に対して何も返せないまま、というのはとても後悔が残る。
 多分、自分がどんなに物事をきちんとこなせる人間になれていたとしても、こういう時には必ず何かしらの後悔はあるだろうと思うし、まして未熟なことばかりの今の自分の状態では尚更のことだ。
 だからこそ、生きている間にできる限りのことをしなきゃいけないと思う。
 少なくとも、向こうに行っても心配をかけさせないように。

 なんか、文章がまとまらなくてすみません。

そんな訳で今日は午後から名古屋へ。
 今迄の感謝を込めて、最後のお別れをしてきます。


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調教師試験に合格し春から調教師に転身することになった関西のトップジョッキー松永幹夫騎手が今日のレースで引退となり、京都競馬場で引退式が行われることに。横山典弘騎手と同期で武豊騎手の1期上だからまだまだ若い…つうか彼ら3人がアイドルジョッキー扱いで台頭してきた頃から知っているので、デビューから20年と知って愕然としてしまった。他のプロスポーツ選手に比べて現役期間が長いことが多い騎手で40歳前での引退はかなり早いし、力が落ちての引退ではないだけに残念ではある。 
 これには事情があって、彼の師匠である山本正司調教師が来年で定年による引退が決まっており、師匠の管理馬をスムーズに引き継げるように(調教師試験に合格して1年間は勉強期間のため実際に自厩舎を開業できるのは1年後)この時期の引退となった。これは競馬の世界では珍しい例ではないようで、かつてサクラ軍団のメイン厩舎だった境勝太郎調教師の定年1年前に女婿でサクラの主戦騎手だった小島太騎手が騎手引退し調教師に転身したケースに近い。
 以前なら通算1000勝以上の騎手には調教師試験の一次試験免除の優遇措置があったが、T原元調教師の事件が契機になったのか現在はこの優遇措置はなく、何度も調教師試験にトライしてようやく合格する人も多い中で一回で合格できたのは資質としても優れているということなのかな。

この松永騎手と山本調教師には人間の良さを感じるエピソードが多くて、好きな師弟でもある。
 山本正司調教師は現役騎手時代には"超特急"キーストンの主戦騎手として1965年のダービーを勝ち、菊花賞でもダイコーターと死闘を繰り広げ、また、あの阪神大賞典で起きた悲劇(1967年)の当事者でもある。レース最後の直線で先頭を走っていたキーストンが前脚を骨折し転倒、山本騎手は地面に叩きつけられて失神。このときキーストンは痛む脚を引きずりながら山本騎手に近付き、彼の顔を舐めて揺り起こした。そしてキーストンは回復不能と判断され安楽死となってしまう。
 日頃からキーストンは非常に山本騎手に懐いていたそうで「あんなに懐いてくれる馬は二度と現れないだろう」と当時のインタビュー映像で語っているのを見たことがあるが、人馬ともに性格の良さがこういう関係を築いたのかなと思う。昔「競馬物語」でキーストンが山本騎手に近付き揺り起こす映像を見たときは涙が出た。今もこれを書いているだけで涙腺が弛みかけている。

その山本騎手が73年に引退して調教師となり、ハッピープログレスでGIを勝ったりしたが、86年に競馬学校を卒業したばかりで山本厩舎付きの騎手になったのが松永幹夫騎手である。たいていの騎手はある程度の年数を経験するとフリーになることが多いが、松永騎手はトップジョッキーになった後もフリーになることなく山本厩舎所属で続けており、このあたりも人柄が出ているところのように思う。
 イケメンでデビュー当時から人気が高く早くから重賞でも勝ってきてテングになりかねない環境だった筈だが、インタビューなどを聞いていてもいつも謙虚だし丁寧な応対の人だなぁと思うことが多かった。勝ったGIがすべて牝馬だったのも特徴的で、牡馬で最大のチャンスだったメジロブライトはクラシックでひとつも勝てずに古馬になって河内騎手(現調教師)に交替させられてしまったのは気の毒だった。
 「やっぱイケメンだしオンナの扱いが上手いのかなぁ」などとネタにされたが、牝馬限定戦だけでなく去年は秋天までも牝馬ヘヴンリーロマンスで勝ってしまったから凄い。しかもヘヴンリーロマンスは師匠である山本調教師の管理馬。この天皇賞は天皇陛下夫妻の観戦があった時で、勝って引き上げる前に両陛下に向かって馬上から帽子をとり一礼する姿がカッコ良くて決まっていた。
 やはり人望も高いようで、去年引退した岡部さんの後を受けて騎手会長も務めていたが、このあとは誰になるのかな。今回の引退にあたってJRAもわざわざ特設サイトを作って彼の引退を惜しむほどの力の入れようである(岡部さんの時ってこんなのあったっけ?)。

今日は京都競馬場で現役最後の騎乗となったが、「いくらなんでもギャンブルにご祝儀はねぇだろ」と思っていたらメインレースの阪急杯(GIII)を11番人気のブルーショットガンで勝ってしまったばかりか、続く最終レースでもフィールドルージュに乗って勝ち、通算1400勝目を挙げて引退式を迎える、という出来レースとしか思えないようなことになってしまった(汗)。うん、最後までカッコ良かったわ。今後は馬を育てる立場になる訳だけど、やはり牝馬を育てるのが上手くなったりするのかしら。

実は今日の阪急杯では、松永騎手の騎乗最終日での重賞勝ちという華やかな話題の影で、一昨年の朝日杯FS勝ち馬コスモサンビームがレース中に心臓発作を起こして急死してしまった。調教中はともかくGI馬がレース中に骨折・脱臼といった故障以外の疾病で急死したというのは記憶にない。あのコスモバルクと同期で共にクラシックも闘った馬だったが…、残念。


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今回のオリンピックで見ていて個人的に衝撃的だったのはスノーボード・クロスという競技であった。起伏のある斜面を4人が並んで同時にスタートして速さを競うもので、モトクロスのスノボ版というかスノボで競馬の障害レースやっているようなものである。これが見ていてむちゃくちゃ面白かった…と思うのは俺が競馬好きなせいか? あれ、ギャンブル対象になったら絶対盛り上がると思う(笑)。
 女子の決勝では3人が転倒して残った1人が楽勝かと思いきや、最後のところで勝利を確信して観客にアピールしようと空中でボードをつかむ技を披露したらバランスを崩して転倒、後続に抜かれて金メダルを失うという可哀想なんだか「驕りが負けを生む」という教訓的な理解をしておけばいいのか(いつだったかの天皇賞を思い出した)ちょっと言葉も見つからない結果になってみたり。
 で、この競技の中継を担当していたのがフジテレビの吉田アナで、言わずと知れたJRA競馬中継担当アナの一人。ごちゃついた展開での冷静な中継ぶりは当然であった(笑)

冬季オリンピックは基本的にそり系(ボブスレー・リュージュ・スケルトン)以外はスキーかスケートを履いて行う競技が殆どで、1998年の長野からカーリングやスノーボードが正式種目に加わった(オリンピック種目の分類上はスノーボードもスキー種目の一部とされ、統括団体も独立したスノーボード協会でなくスキー協会による)訳だが、それほど競技種類にバリエーションは増えることはないよなぁ、と思っていたので、ここ10年くらいの種目の増え方には驚く。つうか、「そんな種目、いつの間にできた?」というものが多くて、普段なかなかテレビで見ることがない競技が多いだけに日本人選手の活躍云々に関係なく面白い。
 スキーでもアルペン(滑降・回転)やノルディック(クロスカントリー・ジャンプ)に加えてフリースタイルがオリンピック種目に加わったのはここ10年くらいのことで、日本では長野の時にモーグルで里谷が金メダルを取り上村も活躍しているので一気に知名度が上がったが、もうひとつのフリースタイル種目であるエアリアルなんてのは絶壁のようなジャンプ台で飛び上がって空中で回転するという瞬間芸で、スキーというよりは体操や水泳の飛び込みに近い競技のようだ。体操や飛び込み同様に中国が強い訳で、あれはやはり雑伎団の伝統だろうなぁ(笑)。ちなみにスノーボードでオリンピック種目になっているハーフパイプやクロスもフリースタイルスキー種目にあるらしい。

スピードスケートも今回から団体追い抜きという、なんだか自転車競技のような種目が加わったが、ああいう競技ルールを最初に思いつくのって、やはり他の競技を見てインスパイアされるのだろうか。ともあれ最初にあのルールを考えた人を尊敬する。人類史上初めてウニやナマコを喰ってみた人くらいに(←例えが間違っている気もするが)
 スノーボードで現在オリンピック種目に入っているのはパラレル大回転・ハーフパイプ・クロスの3種目だが、そのうちスノーボード・ジャンプとか本当に出てきそうで怖いわ(笑)。その頃にはスキージャンプ・ペアも実現しているかな(←しないって)


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部屋の灯りやテレビをつけたまま爆睡してしまって、ふと目が覚めたらオリンピックの開会式だった。
 開会宣言でイタリア大統領(やはりベルルスコーニ首相は来なかったのかな?)がスピーチの中で「ジャンニ・アニエリの魂が…」と述べていたところに「やっぱ、トリノだなぁ」と思った。

ジャンニ・アニエリ (Giovanni Carlo Francesco Agnelli) はフィアット創業者ジョヴァンニ・アニエリの孫(区別のために"ジャンニ"と呼ばれた。ロナウドとロナウジーニョみたいなもの)で、フィアットを自動車だけでなく様々な分野にわたる国際企業に育て上げ、経営不振だったランチアアルファロメオフェラーリを次々と傘下に収め(というか今イタリアにランボルギーニ以外でフィアット傘下でない自動車メーカーってあるのか?)、また60年近い間セリエAユヴェントスの名誉会長を務めた人である。
 トリノはフィアットのお膝元。いってみれば今回のオリンピックは日本で言えば豊田市で開催しているようなもの(まったく余談だが、トリノと名古屋は昨年に姉妹都市提携を結んだばかり)。だからといって日本じゃ開会宣言で「豊田佐吉の魂が…」とは言わないだろうし、長野オリンピックでも「堤義明の魂」とは言わなかった筈で(←まだ生きてるって)、そのあたりがヨーロッパらしいというかイタリアらしいというか。

 アニエリはことにフェラーリに対する愛情が強く、メーカーとしてはさほど収益のないフェラーリがF1マシン開発やドライバー契約にあれだけ湯水のように金を使えたのはフィアットグループの支援があったからで、同じく傘下のランチアやアルファロメオのレース活動は不振になるとあっさり止めてしまったことを思うと、フェラーリだけが如何に特別扱いされているか分かる。彼が82歳で亡くなった2003年のフェラーリのF1マシンの形式名には"F2003-GA"と彼の頭文字が付けられた。
 非常に高いカリスマ性を持ち、また大変な伊達男としてイタリアでは有名だったそうで、70歳を過ぎてもなお雑誌の「抱かれたい男」アンケートで常に上位に入っていたというから凄い。(別に「金持ちだから」という理由ではないだろう、多分)

現在のフィアット会長ルカ・ディ・モンテツェモーロは名前から分かるように貴族の出で、しかもイタリア最大の財閥の会長だからイタリアを代表するセレブとして人気は非常に高いそうだが(やはり「抱かれたい男」上位常連だそうな)、実は彼はジャンニ・アニエリの血をうけた息子だという話はよく出ており、それを信じる人も多いらしい。
 モンテツェモーロは70年代にフェラーリが低迷していた頃、26歳の若さで監督に抜擢されてニキ・ラウダ(2度チャンピオン獲得)とともに復活の立役者となった。その後90年のFIFAワールドカップ・イタリア大会では事務局長として成功に導き、その直後に再び低迷していたフェラーリに社長として呼び戻され、シューマッハ獲得に成功したF1でも、また品質向上を徹底させて市販車業績でも見事に復活させている。
 もちろん彼自身の能力が非常に高いのは間違いないが、フィアットが今もなお同族経営を維持していること(なにしろ「ゴッドファーザー」の国だからなぁ)や彼が最初にフェラーリ監督に抜擢された経緯を考えると、上記の噂も信じてしまいそうではある。

ジャンニの(公式の)子息は彼より先に亡くなっており、その死後に会長をついだ弟ウンベルトが就任後まもなく死去してしまったためモンテツェモーロがフィアット会長に就任して、今度はグループ全体の再建にあたっている。
 オリンピック開会式でも一瞬だけその姿が映っていたが、さすがにNHKのアナウンサーは誰だか分からなかったみたいだな。F1好きならたいてい分かった筈だが。

開会式では本物のフェラーリのF1マシンが出てきてタイヤ交換とノーズコーンを取り付けて、最後は氷上でスピンターンを決めていたが、F1マシンなんてプロしか運転できない代物だから乗ってたのもたぶんフェラーリのドライバーだろうけど、流石にシューマッハ乗せる訳にはいかんだろし(笑) レギュラーは2人ともイタリア人じゃないけど、テストドライバーにはイタリア人がいるから、その中の誰かだろうなぁ。多分バドエルかな。
 あのマシン、たぶん去年のF2005だろうと思うが、流石にマールボロボーダフォンのスポンサーロゴは貼ってなかったな…って当たり前か(^^;) タイヤもブリヂストンのものだろうし(ロゴは出てないが)。
 けどあの赤って、市販車に使われているフェラーリ本来の深みのある赤(モンザレッド)ではなく、96年のシューマッハ加入時にマールボロの出資額が増えたために今のはマールボロのカラーである蛍光入りの赤色なのよね。だからあまり好きじゃない。

タバコ広告が全面禁止となるため続々とF1チームが長年のスポンサーだったタバコと縁が切っていく風潮があり、ここ10年のマクラーレンの一応の冠スポンサーだったウエストが今年から撤退、ベネトン→ルノーを支えてきたマイルドセブンも今年限りといわれている。ティレルを買収しBARを立ち上げた親会社BAT(ラッキーストライク・555)もチーム株式を全てホンダに売却し、スポンサーとしても今年限りだそうだし、キャメルやロスマンズなど長年タバコに支えられてきたウイリアムズは去年までエンジン供給元だったBMWがタバコ嫌いのため(市販車でも灰皿はオプション)ここ数年はタバコのスポンサーはなく、ベンソン&ヘッジズがついてたジョーダンは金額が年々減った上にとうとうチームが売却されて消滅してしまった。
 そんな風潮の中、長年にわたってモータースポーツ全体を支えてきたマールボロは、10年前にマクラーレンを捨ててスポンサー先をフェラーリ1チームに絞り、シューマッハ獲得によって最強時代を謳歌してきたが、ここにきてフェラーリはもうひとつの大口スポンサーだったボーダフォンを捨て、マールボロだけが大口スポンサーとして残ることになった。これ、方針を誤ったんとちゃうかなぁ。タバコ広告が禁止されてもフェラーリだけは特例で認められるだろうという傲慢な読みかもしれないが。
 企業カラーが赤のボーダフォンは、恐らくマールボロ撤退後を睨んで数年前からフェラーリへのスポンサーをしてきた筈で、裏切られた思いもあるだろう。この発表直後にボーダフォンは来年からマクラーレンの冠スポンサーになることが決定。これまでのマシンもグラデーションをかけたり抜群に綺麗な塗装仕上がりのマシンだったが、今年からは塗装がクロムメッキ風にピカピカしたものになってまさに銀色で、去年までのものより赤色部分の面積が増えており、これは来年からのボーダフォン参入の準備なのかな。そして来年は昨年の王者アロンソも移籍してくる。
 マクラーレンはジョニーウォーカーなどのスポンサーも新たに付けており、これで資金力では完全にフェラーリを上回った筈。ただでさえアニエリ死後は(業績不調な)フィアットからの支援も減っている上に、今迄の大口スポインサーが抜けてライバルに回った痛手はかなり大きい筈だ。問題はマクラーレンのニューマシンがテストで不調を伝えられていることやオフにスタッフの引き抜きが相次いだことだが、このチームに長期低迷は考えられず、資金があるのだからシューマッハが引退するであろう数年後にはどうなっていることか。話がそれた。

それにしてもトリノの開会式。 花火が走りまくって聖火が点火するのは凄かったけど、あれ、聖火台の火ってほんとに最終ランナーが持ってた火種が届いたものなの?


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昼過ぎに紀子さまご懐妊のニュースが流れて、テレビは大騒ぎだったようだが。しかし予定時期が首相の退任時期と重なるだけに政治は色々と混乱しそうですな。

その後に妹から連絡があり、このところ体調が良くなくて(先日の大伯父のこともあった後だけに早めに診て貰えと親に言われたらしい)病院で診て貰ったら、こちらも懐妊判明だったそうで。予定日も、やんごとなき方とほぼ同じ時期らしい。
 そういえば、妹の結婚式は黒田さんとほぼ同時期だったな…単なる偶然だが。披露宴で「緑寿庵清水」の金平糖も配ったしな。

そんな訳で、今年9月にはとうとう僕も「伯父さん」になるらしい。ま、既にオッサンではありますけど。
 うーむ、寅さん状態というか、北杜夫の「ぼくのおじさん」に出てくるしょーもない叔父さん程度の存在にしかなれそうにないが。


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