ONE DAY: RYOKAN's Diary III
誰にだって訪れるさ どうしたって悪い日は 地雷と番犬と腰に機関銃 ドイツ製でもダメでしょう
 



ついに新横綱誕生朝青龍が後半おかしかったとはいえ全勝優勝での連覇達成は立派なものだし、まだ若いからこの先が楽しみな新横綱である。朝青龍がああいうタイプだからどうしてもヒール的な立場にある為にかなり持ち上げられている部分はあると思うけど。見た目も日本人好みだし。個人的には写真でみる限りあの双葉山に似ている気がしているんだが。
 ただ、昨日の千代大海を十分な体勢から強引に、これ見よがしに吊り落とそうとしたのは感心しなかった。現段階では同格である大関に対して取る態度ではないと思う。あれでは朝青龍がさんざん批判されている土俵態度と同じだ。かつて千代の富士がいわゆる「ウルフスペシャル」と呼ばれた相手の頭を押さえつける上手投げや寺尾等を相手にやっていた投げ捨てるような吊り落しも、大関相手にはやらなかった筈である。

さて、白鵬の所属する宮城野部屋は立浪一門なので、白鵬の土俵入りは不知火型ということになる。手足が長く体格のよい白鵬に似合うだろうと思う。
 立浪一門の横綱は羽黒山・吉葉山・双羽黒・旭富士と不知火型を受け継いできた。雲龍型と不知火型の両方が出る二所ノ関一門では玉の海・琴櫻・隆の里・(三代目)若乃花と出ているのだが、玉の海は現役中に急逝、双羽黒はご存知のように若くして廃業、また最も若い若乃花も既に相撲協会を去っているために、白鵬に実地で土俵入りを教えられるのは隆の里(鳴門親方)と旭富士(安治川親方)の2人しかいない(定年退職した琴櫻は足の病気で土俵入りの動作ができない)。まぁ多分安治川親方が教えるんだろうけど、この人あまり現役時代に土俵入りがうまいと思えなかったんだよな(苦笑)。まぁいちばん最悪だったのは双羽黒だったけど。

吉葉山も旭富士も若乃花も横綱昇進時の年齢が高めで、横綱としての活躍期間が短かく満足に土俵を務められず、玉の海は現役中に急逝、双羽黒は廃業ということで「不知火型=短命」のジンクスがついて回る。白鵬もこれを理由に最初は不知火型を嫌がったとも聞くが、一門で最初に不知火型の土俵入りを行った羽黒山は戦中から戦後にかけて十数年間も横綱を務め、アキレス腱断裂からも復活した大横綱である。兄弟子の双葉山がなければ彼の独走時代だったとも言われる。その域に迫ってもらいたい。
 ちなみに双葉山は立浪部屋だが土俵入りは雲竜型で、この当時はまだ不知火型が部屋一門の伝統になっていたわけではない。というか立浪部屋が名門とされて一門を築いたのは双葉山・羽黒山・名寄岩(大関)が相次いで出た1940年代以降のことだし、時津風一門はその双葉山が開祖(横綱昇進後に立浪親方と折り合いが悪くなった双葉山が現役中に事実上の部屋である双葉山道場(→時津風部屋)を開き、幾つかの部屋が一門の枠を超えて双葉山の人徳に惹かれ集まり新たな一門が成立した)である。現在の一門で明治期から存在するのは出羽海と高砂くらい。
 土俵入りの型そのものも時代によって変化が結構あって、現在の雲竜型・不知火型の原型になったのは明治期の(二代目)梅ヶ谷と太刀山であり、四股の踏み方も今のように足を高く上げる形になったのは双葉山の直前の第一人者だった玉錦(二所ノ関一門の事実上の創設者、現役中に急逝)からである。伝統芸能的な部分も多い相撲だが、その所作や様式は歌舞伎などのようにきっちり守られて受け継がれている訳でもない。それがいいか悪いのかは別として。

もちろん個人的な好みはある。個人的には足を高く上げる四股は好きだし、千代の富士・貴乃花・(三代目)若乃花といった四股の綺麗な土俵入りは好きだった。千代の富士は小柄な体をカバーして大きく見せるためか、雲竜型としてはかなり上半身前かがみ気味のせり上がりだったが、彼がこれをやるのはなかなか見栄えもよかったけど貴乃花の前かがみは酷かった。不知火型は両腕を広げるので前かがみ気味の方が格好いいんだけど。
 せり上がりは本来は前にかがまず腰を据えて垂直に立つものだそうで、この点は近年の横綱では曙がかなりしっかりしていた。曙は貴乃花と逆で四股がかなり酷かったけど(苦笑)、小さい四股はある意味で古式の四股踏みともいえる。当代の朝青龍の土俵入りは、柏手の打ち方とかせり上がり等の時の腕の動きにヘンなリズムや動きがあってあまり好きじゃない。さて白鵬はどんな土俵入りを見せてくれるか。


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遂に、というかようやくJR東日本・東海・西日本のICカード相互利用および東海道新幹線予約システムのIC化が発表された。しかもJR東日本の「モバイルSuica」利用者かつ東海道新幹線エクスプレス予約システム会員であれば、カードを使わずに携帯電話だけで在来線-東海道新幹線の予約と乗り継ぎを全て済ますことができるシステムになるらしい。モバイルSuicaでなくともエクスプレスカード自体がIC化されてtoica機能を組み込んだタイプも出るため、カード一枚で在来線の最寄り駅から新幹線駅に乗り継ぐことが可能になるし、SuicatoicaICOCAと2枚重ねで改札機にタッチすると認識して清算するらしいので従来のICカードを併用しても問題はないようだ。
 いずれはこういう流れになるだろうと思っていたが、かなり先のことになると思っていたし、モバイルSuicaとエクスプレス予約の乗り入れなど予想以上のところまで、しかも来年3月という早い段階で漕ぎ着けたのには正直驚いた。システム開発と各社の摺り合わせがこのあと相当に大変だろうなと思うが。
 JR北海道・四国・九州もICカード導入を計画しているが、特に九州は九州新幹線の博多延長開業・山陽乗り入れの際に東海・西日本と共通の新幹線予約システムを立ち上げるのは確実だろうし、それまでにICカードが導入されることになるだろう。いずれはJR東日本の新幹線も同様の予約システムになっていくかもしれない。
(追記:このあと更に、SuicaとICOCAがショッピングでも相互利用可能になることも発表された。これはセブン&アイの「nanaco」の影響だろうなぁ)

こうなると現行のようにPASMOはSuica以外に相互利用ができない、PiTaPaもICOCA以外に相互利用ができないというのはデメリットになってくる。民鉄側もPASMOとPiTaPa(将来的には数年後に登場予定の名古屋地区の民鉄ICカード)を相互利用可能にし、結果的にどれか1枚のICカードを持っていれば全国のICカード対応交通機関で使えるという便利な状態になってくれるだろうし、意外と早くそうなりそうな気配になってきた。
 それはとても便利なことなのだが、共通化によって各業者が独自でやっているプレミアなどのサービスがなくなるのは困る場合もある。京都市交通局は現在「スルッとKANSAI」共通カードやPiTaPa以外にも独自のストアードフェア磁気カード「トラフィカ京」を販売しているが、これは1000円カードでも1100円分使える(この手のカードでプレミアがつくのは販売額2000円以上の場合が多い)上、地下鉄-バス乗り継ぎの場合は自動的に割り引くサービスも行っており大変便利なもので、この先バスのIC対応が始まっても(既に地下鉄はIC対応)ぜひ残してもらいたいサービスだし、恐らくPiTaPa以外に独自のICカードを作ることになるだろうと思う。てか、是非そうしてほしいものである。


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そいつを初めて街で見かけたのは去年の冬のことだったと思う。
 同期の連中と比べてかなりスリムな容姿と黒基調で全体をまとめたスタイルは、僕の好みにあっていた。
 それからずっと気になる存在となっていたのだが、すぐに思い切ることはできないまま、徒に時間ばかりが過ぎていった。
 熟考を重ねた末、春になってから遂に決心をして申し込んだ時には、既に4月も末になっていた。

 こうして、僕等のつきあいが始まったのだ。

しかし、始まって2ヶ月が過ぎた頃に早くも最初の危機が訪れた。僕のいうことを聞かなくなってしまったのだ。
 困った末にかかりつけの担当の方に相談した結果、もういちど最初からやり直そうということで解決した。

 が、今度は7月の末、僕の不注意から水中に落として溺れさせてしまった。
 すぐに助け出したが状態は最悪の事態を予想させるもので、それでも諦めずに一晩中懸命の手当てをした結果、無事に後遺症も現れずに助かった。本当に嬉しかった。

 いつも離れることなく、僕のそばにいた。
 嬉しいことや悲しいこと、色々なことを様々な場所で、僕等は一緒に過ごしてきた。

しかし、今年に入って再び様子がおかしくなってきた。長く話しているとすぐキレるようになってきたのだった。
 この時も担当に相談して一度は回復したが、4月になると症状はどんどん重くなっていた。
 僕のいうことをほとんど受け付けなくなり、時には不可解な挙動を見せ錯乱状態に陥り、遂にはものを見る力を失ってしまった。

 やむを得ず入院させて診察してもらったところ、症状の進行は予想以上に深刻で、このまま治る見込みはなく、もう治す方法もないのだ、と告げられた。その現実を聞くのは辛いことだった。

 それでも僕は諦めきれずに奇跡の回復を願って様子を見守ってきた。
 が、連休に入る直前のある日、僕の呼びかけに何も答えてくれないまま、静かに逝った。

 僕等のつきあいは僅か一年間の短いものだったが、色々なことがあって濃密な1年間だったと思う。

 さよなら、P902i。



…えーと。
 もちろん携帯電話の話ですよ?(^^;)


左が従来のP902i、右がP902iS
(一時的に電源のみ生き返った際に撮影)
そして買い換えた携帯はP902iS。自分的には初めて白モデルのケータイである。ホントは黒が欲しかったんだが、ちょうど904iシリーズも発表された今となっては2世代前となる機種ではもはや在庫僅少だし、もう仕方ない。正面カスタムジャケットだけでも交換しようかなぁ。 (追記:その後、ドコモのP純正品でなくPanasonic純正品として販売されているハーフミラーのジャケットに交換)
 なにしろ1年で機種交換するハメになったので本体料金も安くないし、貯まってるポイントも少ないから904iシリーズはもちろんのこと903iシリーズでも高い出費になるし、メモリカードも903i以降はmicroSDになるので、これまで使ってきたminiSDが使い回せないという点でも902iSにする必要があった(次の買い換え時には仕方ないが)。実はバッテリーもP902iSとP902iは同一品なので、異常膨張のため1月に無料交換したばかりのものが予備用に使える。

今まで使ってきた機種と同じPanasonic製だし直接の後継機なのでOSもまったく同じ、使い勝手もほとんど変わらないから操作に戸惑うことはないが、P902iの特徴でもあった派手なイルミネーションやプライベートウインドウ(外側の小窓)のカラー液晶がないのはちと寂しいかな。
 それと、後継機なのにP902iよりも本体サイズが若干大きくなったのが気になる。というかP902iがスリム化のために内部構造にムリをしていて、そのために壊れやすかったのかもしれない(最初と最後の故障の症状はほとんど同じで、7月にやらかした水没の影響は無関係っぽい)。機能が増えたせいかもしれないがP903iP904iもP902iより大きいしなぁ。小さいのを望むなら70x系にしろということか。
 4月になってトラブルが増えてきた段階でアドレスデータやメール等のバックアップをminiSDに取っておいたので、なんとかデータ移行できたのがせめてもの救いだった(完全ではないが)。やはりバックアップは重要です。


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