ONE DAY: RYOKAN's Diary III
誰にだって訪れるさ どうしたって悪い日は 地雷と番犬と腰に機関銃 ドイツ製でもダメでしょう
 



今夜は皆既月食。19時少し前に始まり、20時20分過ぎに終わるらしい。
 まさか今回の皆既月食を名古屋で眺めることになるとは思ってもみなかった。
(実際に眺めていられるかどうか分からないが)

母の病状は最悪の事態を回避し今のところ順調な経過のようだが、今月中は油断できないし、退院まではさらに(早くて)2週間くらいはかかりそうな気配。
 僕もいつ京都に戻るかはまったく未定です。


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例年、16日は帰省せず京都で送り火を眺めているのが通例で、たいていは眺めた後に狂授と飲み食いしているのだが。
 広島から京都に戻った数日後から1週間くらいの予定で帰省したため、今年は珍しく名古屋の実家で16日の夜を迎え、そしてNHKの放送で送り火を見るつもりだった。
 広島へ向かう数日前に母から電話があり「頭痛が気になるので病院へMRI検査に行った」という話をしていたのが、僕の中でも何か気になっていたのは確かだった。
 結果を聞くのが17日で、その日にはいったん滋賀の義弟の実家に行っていた妹夫婦と姪っ子もこちらの実家にやって来るということで、家の片付けや準備で忙しくしていたようだった。

その日、僕は従姉宅で作業やネットで文献あさりをしていたのだが、夕方18時過ぎに母から携帯に疲れた声で「具合が悪いから代わりに畑の水遣りをしてくれ」という留守電が入っていた。その留守電に気付いた直後に父からも電話があり、作業をやめて従姉のクルマで急ぎ実家に戻ることにした。
 畑に水をまいた後に実家に戻ると、父が深刻な表情で座り込んでおり、隣の部屋で冷房を切り締め切った状態の中、母が蒼白い顔で横になっていた。15時過ぎに、排水が詰まった冷房の掃除をしていて吹出口の間近で冷風にあたっているうちに急に酷い頭痛が来たという。
 救急車を嫌がるので従姉が「我慢しないで、あたしのクルマで今から病院へ行こう」と言うと意外にあっさり同意してくれ、すぐに従姉のミニバンでかかりつけの病院に運び、検査を受けた。

母の検査につきそった父が戻るまでの間ひとりで待っていた僕が当直医の先生に呼ばれ、CTの結果と、本来翌日に聞く予定だったMRI検査の結果を聞いた。MRI検査で脳に動脈瘤が見つかっており、くも膜下出血がいつ起きてもおかしくない状態だという。
 急患で専門医がいないため「脳外科の専門医がいる別の病院で詳しく診て貰った方がいい」ということになり、すぐに救急車で別の病院へ搬送されることになった。僕が同乗することになり、初めて救急車というものに乗った(あまり経験したくないことだが)。
 救急車で約30分の移動を経て、搬送先の病院でもう一度検査を受け、やはりくも膜下出血と判明。ただ、出血はごく少量だという。すぐに手術を行うことになった。父が何枚もの同意書にサインしている間に滋賀にいる妹にも電話をして、すぐに来て貰うことになった。
 母の意識はしっかりしており、最後まで実家の飼い犬のエサと薬の件など細かい指示を僕らにした後、23時に手術室へ。父を病院に残して僕と従姉は一度家へ戻り、着替えや諸準備をして妹夫婦の到着を待つことにした。
 25時過ぎに妹夫婦が到着。姪っ子は義弟の実家に預けてきたという。すぐに病院へ向かい、待合室で待つ。とても長く感じた。まぁ実際、長かったんだけど。

当初「3時間くらい」と聞いていた手術だったが28時を過ぎても手術は終わらず、ようやく「終わりました」と告げられたのは母が手術室へ入ってから5時間半後のことだった。(最初の約1時間は全身麻酔のため)
 案内されて集中治療室へ行くと、開頭のため(後で髪で傷口が隠れるように、額の上を最短距離で切開せずに大きく迂回する形でメスを入れた)額の上の髪を刈られて大きな縫い跡をつけられ、口や鼻や至る処に管を取り付けられた母が寝ていた。
 動脈瘤は意外に大きく複雑だったそうで、それをクリップして潰すのだが取り切れないものがあるそうな(年齢が進めば動脈瘤はできるものなので、必ずしも全てが危険というわけではない)。患部の生々しい写真を見せられて手術の説明を受けている間に、妹は貧血を起こして座り込んでしまった。
 手術自体は成功したが、このあと脳血管が攣縮して脳梗塞を起こす危険もあるため、今後2週間がヤマ場だという。

直前にMRI検査を受けていたため病因や位置をすぐに特定できたから、そして従姉が実家までついてきてくれて病院へ行くのを促してくれたから、出血が少しの段階で手術を受けることができた。 (出血が少量であれば脳血管の攣縮や水頭症などの症状が出る危険も少ない)
 妹も今は宇都宮在住だし来週やっと1歳になる子供もいるので、普段ならすぐには来られないけど、この時期だったからこそ滋賀からすぐ駆けつけることができたわけだし、僕も例年なら帰省していない時期に珍しく帰省していた(何の役にも立たないが)。
 こういうのも巡りあわせということなんだろうか。

 翌日の夕方に面会に行くと、母はすっかり意識も戻り、僕や妹に家事や犬のこと(また犬かい)など細々と指示を与えた。いつもの母の様子だった。
 ホッとしたが、まだ当分は安心できない日が続く。(追記:21日に集中治療室を出て一般病棟に移った)

そういうわけで、当面は僕も京都に戻らず実家でいろいろ手伝ったりして過ごすことになる。
 あまり役に立たず(立てず)、親にも周囲にもいつも迷惑ばかりかけている人間だが、こういう時くらいはせめて自分にできることだけでも精一杯やっておきたいと思う。

 実家はネット環境が揃っておらず、何故か携帯の電波も届きにくい箇所が多いので、当面は連絡が取りづらくなるかもしれませんが御了承下さい。

 いろいろと予定が変わったため事情を説明した際、親身になって心配してくれ励ましてくれた友人達にも感謝です。ありがとう。


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名古屋に1週間程度の予定で帰省。お盆の時期に帰省って、ものすごく久しぶりのような気がする。例年なら送り火は京都で眺めているからなぁ。
 今回は送り火をNHKで生中継するそうなので、それを観ることになるかな。


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「代打」として突然現れた山崎まさよしにやられた夜でした。



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そして当日。2泊したホテルをチェックアウトして、でかい荷物を抱えてアストラムラインの駅へ。ロッカーに荷物を放り込み、午前中は昨日と同じく某女子大へ。
 昼過ぎに会場を抜け出してアストラムラインで紙屋町まで戻り、ロッカーの荷物を取り出して球場隣のそごうでAOIさんと合流、路面電車で本日の宿「金屋旅館」へ。ことし公遊会で押さえた宿で、既に10人ほど到着していた。中には一度市民球場まで出掛けて、外からでもじゅうぶん聞こえるリハーサルを聞いてきた人もいた。どうやらシークレットゲストが2人あるらしく、名前が分からないように厳重に隠されていた部分があったらしい。さて誰だろう?


(終演後に撮影)
部屋に入ってスーツ姿から着替え、出発の準備を終えると、歩いて球場へ向かう。例年の長崎と違うのは「歩いて」宿から会場まで行ける点。途中、コンビニに立ち寄って飲み物を買い込み、紙屋町の地下街「シャレオ」から市民球場へ上がると…ものすごい人混み。これでは事前に告知のあった「参加券の本人確認」などできる筈もない。グッズ売り場も何処にあるのか分からん。入場後も席位置が分からず暫く探すことになり、人も多く通路も狭く、しかも立ち見客もいる状態で着席まで手間取ってしまった。
 グラウンドを眺めると、ステージは小さな円形のもので、ステージ表面は緑色(人工芝?)をしており、セカンドベース上あたりに設置されている。この位置は以前に奥田民生がやった時とほぼ同じ模様。バックバンドのメンバーは円形ステージの下でステージを囲むように配置されて演奏するようだ。また、1塁側・3塁側ダグアウトからステージ表面と同じ緑色の道が花道として設置され、たぶん選手ロッカールームがそのまま出演者の楽屋になっているのだろう。

席を探している間にウグイス嬢の先発メンバー紹介が始まった。1番:石川鷹彦、2番:島村英二、3番: 岡沢章、4番: 宅間久善、5番: 松原正樹、6番: 倉田信雄、先発投手: さだまさし、という構成。
 そして始まったイントロは…え? 広島なのに「長崎小夜曲」? と思っていたらカープのユニホームを来てさださん登場。背番号は市民球場開設50周年ということで「50」。で、「長崎小夜曲」なんだけど「Nagasaki-City Serenade」のところを「Hiroshima-City Serenade」に変えて唄っていたけど、ほかの歌詞と微妙に整合がとれなくなるよな(笑)。しかもさださん、たぶん本気で間違えて「Nagasaki-City Serenade」のまま唄っていた部分があったし、後半は広島・長崎を交互に出していましたが。
 2曲目に「がんばらんば」。今年もやるとは思わなかった(笑)。もっとも前の曲を歌っている最中に、花道にダンサーがぞろぞろと並んでいたので歌う前から何をやるのかは分かったのだけど。ステージが小さいので、ほとんどのダンサーは花道で踊っていた。

今回は「野球にちなんで」出演者の登場ごとに1回、という形をとっていた。(最初の2曲は始球式?) 1回の攻撃は佐田玲子、2回の攻撃がチキンガーリックステーキ。このあたりはここ数年の「長崎から」と同じ。3回の攻撃はSeptemberという女性3人のグループで、知らなかったため事前に調べてみるとユーキャン(旧フォアレコード)の所属で、つまりレコード会社側の後押しで出演したのだろうと推測。
 実は、このあたりまではいわゆる大物の出演もないので会場内もけっこう微妙な雰囲気が漂っていたように思うのだが、4回のコロッケ登場で雰囲気が変わった。アストロビジョン(市民球場のものは松下製なのでオーロラビジョンではない)で表情が大写しになるので効果てきめんである。ま、3万2000人が詰めかけた野球場で、しかも円形センターステージでネタを披露した芸人は空前絶後なんじゃないだろうか(笑) ネタはほとんど去年やったのと同じだった気もするけど。最後に「千の風になって」をオチなしで唄いきったのはなかなかであった。

そして5回。そろそろサプライズゲストが出るかな、という期待感で見ていると、さださんが「代打にこの人を用意しました…」。そしてアストロビジョンに映し出された名前は、なんと
山崎まさよし

 これほど驚き、震えがきたサプライズは久しぶりである。15年前、小浜で開催された「長崎から」に小田和正が現れた時。あるいは2003年7月の小田和正の名古屋でのコンサートのアンコールに「YAH YAH YAH」のイントロとともにASKAが現れた時。今回はそれ以上だったかもしれない。
 山崎まさよしは10日前に西武ドームで初めて生で聴いた。以前からライブに行きたいと思いつつ、なかなかチケットが取れなかったり日程の都合で縁がなかったし、3年前に「長崎から」に出演た時は僕が学会のために北海道にいるため行けなかった。今回は学会のために前年の公表段階で参加を決めていた広島で彼を聴くことができた。それも10日間で2度も。これも運というか巡り合わせだろうか。

曲目はこちらで。↓
2007 夏 広島から さだまさし
2007.8.9 at 広島市民球場
さだまさし
1.長崎小夜曲
 MC
2.がんばらんば
1回攻撃:佐田玲子
1.電車の中で
 MC
2.どうせ捨てるものならば
2回攻撃:チキンガーリックステーキ
1.Yes-No(オフコース)
 MC
2.メンバー紹介~氷の世界(井上陽水)
 MC
3.LET'S GO TO THE LIVE!
3回攻撃:September
1.花明かり
 MC
2.蒼い羽
 MC
3.A moment to remember
4回攻撃:コロッケ
1.かあさんのうた(松山千春)
2.チューリップ(田原俊彦)
3.ずいずいずっころばし(和田アキ子)
4.だんご3兄弟(堀内孝雄)
5.おさるのかごや(北島三郎)
6.契り(五木ロボットひろし)
 MC
7.千の風になって(秋川雅史、オチなしで)
5回攻撃:代打・山崎まさよし
1.アンジェラ
 MC
2.妖精といた夏
3.One more time, One more chance
 MC
4.晴男
6回攻撃:BEGIN
1.恋しくて
 MC
2.島人ぬ宝
 MC
3.かりゆしの夜
 MC
4.涙そうそう (with さだまさし Violin)
(ウェーブ発生)
7回攻撃:代打・根本要(STARDUST REVUE)
1.木蘭の涙
 MC
2.ブラックペッパーのたっぷりきいた私のつくったオニオンスライス
8回攻撃:加山雄三(ジェット風船飛び交う)
1.星の旅人
 MC
2.メドレー:蒼い星くず~夜空を仰いで~夜空の星
 MC
3.旅人よ (with さだまさし)
 MC
4.海 その愛
9回攻撃:さだまさし
3.きみのふるさと
 MC
4.関白宣言
 MC
5.戦友会
 MC
6.道化師のソネット
 MC
7.修二会
 MC
8.広島の空
9.長崎の空
 MC
10.祈り (全員)
延長戦:Encore1
11.天然色の化石
12.51(新曲) ~
13.落日
延長戦:Encore2
14.遥かなるクリスマス



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