life goes on slowly

或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「飛行士たちの話 [新訳版]」(著:ロアルド・ダール/訳:田口 俊樹)

2018-11-16 23:50:40 | 【書物】1点集中型
 「キス・キス」以来のダール。本当は先にこっちを本屋で見かけたんだけど後回しにしていた。新訳版は表紙がいいですね。
 で、なんとなく「キス・キス」のときのような底意地の悪い感じを想像していたのだが、実際にはそういう方向とはちょっと違った。ただ、ダール自身がパイロットとして戦場を経験しているということもあってか、どことなく無常感がある。
 印象に残るのはやっぱり「カティーナ」かな。結末は大体そうなのであろうと思いながらも、その通りになってほしくないと思いつつ読んでしまうし、でもやっぱり予想の通りの結末が来るとそれが戦争なのだと思わざるを得ない。あとは「あなたに似た人」。自分が戦場でなしてきたこと、ペダルの一踏みで殺すことになった人々の背景には何があったのかに、酒場で思いを巡らす飛行士たち。
 つまるところ、そうした諸々が人間の業や救いがたい本質を示すのだとすれば、底意地の悪さとの共通項とも言えるんじゃないかと思った。そういう意味では、これもまたダールなんだろうと思えた。なので、やっぱりほかにも読んでみたい気持ちになった。

「ダ・フォース(上)(下)」(著:ドン・ウィンズロウ/訳:田口 俊樹)

2018-11-04 09:50:45 | 【書物】1点集中型
 何かを守るために清濁併せ呑むことを当然とし、そして濁った水に対しての葛藤を必要としない、それはまさに「キング」と呼ばれるに相応しい。そんな空気で「ダ・フォース」ことマンハッタン・ノース特捜部というチームが成立している。ただ、結末は冒頭から見えている。そこに向かって、順風満帆のはずだったマローンの「王政」がどう変化していくのか、緊張感を持って追い続けることになる。別居中の妻と子どもたち、黒人で麻薬常習歴のある恋人といった危うい要素も抱えながら。
 「ダ・フォース」は、ニューヨークを愛し、そこに暮らす人々の生活を守ることに心血を注ぐ。しかしその裏では、人々とりわけチームも含めた家族を守るための暗黙の了解に基づく裏ビジネスも存在する。法的に不正であるそのことが、マローンの王国の綻びの端緒となる。それ自体は社会正義として当たり前のことだろう。ただ、おそらく自分ならばどうなのかを考えずにはおれない。ニューヨークの社会構造の、日本にはない複雑さも相まって、マローンのやり方も彼を利用する側のやり方も、どちらも頭から否定も肯定もできない。そうして迷っているうちに、事態はどんどん転がっていく。

 「犬の力」から「カルテル」以来のウィンズロウなので、血で血を洗う雰囲気を覚悟して臨んだのだけれども、上巻ではそこまで凄惨な描写はないので、その意味では少し落ち着いて読めるかも。その分、じわじわ追い詰められる感もあるけど。
 下巻に入ると、マローンの転落はますます抜き差しならない状況に進んでいく。家族を守るために、もう一つの家族である同僚を売るのか。マローンには既に選ぶ権利もなければ、言われるままに選ばざるを得なくても約束が果たされるとは限らない。守りたい一心で打ち明けた家族とも、もう二度と会うことも叶わなければ、妻にその思いが伝わることもない。
 そして「裏切り」はNY市警にも広まる。肩書だけが残る状態で、警察官として仲間に再び認められることもなく、誰の助けも得られない。マローンがその思いのたけを、警官人生のすべてを言葉にして叩きつけたとき、上巻の巻頭に膨大な殉職者の名が連ねられていたことの意味が胸に迫ってくる。そこにはやはり「怒り」があるように思う。終わりの後に来た終わり、最後の破滅に向かって、マローンはただ突き進む。バイオレンスの度合いも強くなっていく。
 誰か一人が悪いのではなくて、社会そのもののあらゆる腐敗が、市井の人間の、検察官の、警察官の、黒人の、白人の、さまざまな生贄を必要とする。法を越えなければ人々も正義も守られない、そんな社会に対する断罪に見える。やっぱりウィンズロウだなあと思わされる感じ。インパクトという意味では「犬の力」シリーズには及ばなかったけれども、ノンフィクションではないにせよアメリカ社会に今も巣食うのであろう悪徳の構造を垣間見るものでもあったと思う。

 しかし、来年には「カルテル」の続編が出るそうな。アートとアダンの話だと思ってたので、あの後をどう物語にしていくのかはとても興味がある。でも翻訳が終わるのは再来年なのかなぁ。というか誰が訳を担当するんだろう。