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或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「水族館哲学 人生が変わる30館」(著:中村 元)

2020-04-29 15:01:32 | 【書物】1点集中型
 当たり前のことだけど、水族館の展示内容は立地によってある程度推測できる部分もある。また、新えのすいのクラゲやアクアスのシロイルカ、旭山動物園(水族館ではないけど紹介されている。「哲学」ってことだろう)「行動展示」のように、メディアで多く取り上げられる特徴はなんとなく知っているものもあって、実際それを目当てに訪問することも当然、ある。
 ただそういったものは部分的な話であって、その施設の魅力のうちのひとつでしかない。それ以外の部分でどういう考え方あるいは制約のもとに全体の展示構成がなされているか、ということはあまり深く考えたことはなかった。この本は、そういうことに気づかせてくれる1冊である。

 自然の水中世界を上手に再現し、そこにある魅力を余すところなく表現する水槽を、水族館プロデューサーである著者は「水塊」と呼ぶ。この水塊を見ていて何が楽しいって、その生物に応じた環境がそこに再現されていること、自分の知らない生物世界を知ることができるという点。もうひとつ、クラゲの展示だとよくあるちょっと凝ったライティングなんかも楽しい。これはどっちかというとアクアリウムの世界かもしれないけど。
 それはさておき、海獣ショーやタッチングプールに関しても単にそれぞれの言葉でひとくくりにはならなくて、実はその館の特性に基づいたものなんだなということも、こうして各館を並べてみるとよくわかる。今までなんとなく見てきたものも、こういうことを知ってからもう一度見てみると一層面白く感じられそうな気がしてきて、行ったことのない館はもちろん、行ったことのある館にもまた行って確かめたいなぁと思わされた。あとはやっぱり「逆境からの進化」を遂げた各館の話が面白い。端緒をどう逆手に取るか。もしくは、絶対に頑張るべきポイントはどこか。その創意工夫にはやはり拍手を贈りたくなるし、その魅力を実際に体験してみたいとも思う。

 最後に著者は「展示することが大目的の動物園や水族館が行うべき調査と研究」「生物の魅力を引き出し、人々に好奇心を起こさせる『展示』を開発するため」のものでなくてはならないと述べている。この本がフルカラー書き下ろしにもかかわらず文庫判という、読者にとって手軽なものであることも、その考えに通じているような気がする。

「姑獲鳥の夏(上)(下)」(著:京極 夏彦)

2020-04-19 16:20:24 | 【書物】1点集中型
 ものすごく今さら感満載だけど、そういえば京極作品って何気に全然読んだことないということに思い当たり、とりあえずタイトルだけ知っている作品に着手してみた次第。

 伝奇的なやつなのか、ホラーなのか、ミステリなのか? といろいろ思いながらも、そういうジャンル分けしたところで意味はないので措いておく。文体は純文学の古典のような……旧仮名遣いとまではいかないので(そこは「晴子情歌」でそれなりに鍛えられたけど)全然大丈夫だし、それも昭和レトロな雰囲気の演出っぽくて嫌いではない。
 が、推理の苦手な私に、この謎は全然手に負えないので(笑)読む方はそのままさらっと下巻へいくと、事件解決のクライマックスかと思われる、登場人物ほぼ総出の場面での陰陽師としての京極堂の登場。壮大なイリュージョンを見せられているのかという気にもなる。が、発端であったはずの藤牧氏失踪事件が凄絶な形で解決したと思いきや、話はそこからだった。

 結局のところ、涼子という人間はいったいどういう存在なのか、久遠寺家とは本当は何者なのか。この事件はそもそもどういうものだったのか。
 私の中ではこの物語、途中からなんとなくSFっぽい雰囲気を感じる世界になっていった。人は自分の見たいものだけを見る、っていうのはこういうことなんだね。脳は先回りできる、であるが故に人は我知らず自らによって騙される。ビリー・ミリガンの話を再読したばかりだったから、その点でも入ってきやすい結論ではあった。単なるミステリでもなく、心霊ものでもなく、きっとほかにはないのであろう独特のアプローチが面白かった。ほかの作品もいずれ読んでみよう。