life goes on slowly

或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「日々翻訳ざんげ エンタメ翻訳この四十年」(著:田口 俊樹)

2021-12-22 23:53:17 | 【書物】1点集中型
 翻訳の裏側の本が、しかも田口氏の! というわけで、著者の訳書には毎度楽しませていただいているので、その裏にどんな工夫や苦労があるのかとワクワクしつつ。タイトルがいいよねえ。
 高校の英語教員だった氏がその傍ら翻訳を始めたきっかけが、教員になって逆に英語の実力不足を感じたから勉強のためだったそうだ。できるからやるのではなくて、できないからやってみるということだったわけで、収入にもなって一挙両得という着眼もまたいい。何せ本業があるのだから、勉強といっても時間を作るのもそう簡単なことではない。やらねばならぬ状況と、いわゆる目の前ニンジンにぶら下げる状態を作っておくのは理に適っている。

 ……と、そんなところから始まった氏の翻訳者人生の「誤訳ざんげと回顧と翻訳談義」の1冊である。
 氏の訳になる作品を読み始めたのはおそらくここ10年以内だと思うので、この本に出てきた作品は実はどれも読んでない。ル・カレとチャンドラーは辛うじて読んだことだけはあるけど作品&訳者違いだった。けど、ル・カレって原書もやっぱ難物なんだなぁと思われたのと、しかも「スマイリー三部作は翻訳を読んでもよくわからなかった」とおっしゃっておられるところをを見て、1回読んだだけでは理解しきれないことにも安心もする(笑)。
 英語が全くできない者としては、こうやって訳者の読み比べまではとてもじゃないがなかなかできないので、比較の断片だけでも見られるのは面白い。ニュアンスや原作者が語らない真意をそれでも掘らねばならぬ。そう思うとものすごい労力の恩恵に我々読者は預かっているのだな。足を向けて寝られません。

 氏絶賛の「神の銃弾」はとても気になるので(「暴力シーンの描写がすさまじい」らしいが、それはなんだったらウィンズロウ作品で結構免疫ついてるんじゃないかと思うことにして)ぜひ読んでみたい。あと、氏には珍しいSF「オルタード・カーボン」。記憶のデジタル化による不老不死という、ネタ的には普遍化してきている話だけど、この手の話はやっぱり好きなので。SFはそこそこ読んでいても、やっぱりハードSFだと訳注とかある程度の用語的なものだとか、なんとなくでも言葉のイメージが掴めるものがないと話を理解しにくいところもあるので、立場はまったく違うけど気持ちは多少なりともわかる気がする。
 ほかにも、原作者とのやりとりや、原作者とほかの作家の関係からつながる翻訳の仕事など、翻訳業界のあれこれが垣間見えるのも興味深かった。また、訳することによって発見される日本語の使い方も。特に「ひとりごつ」「濡れそぼつ」は、わかってるようでわかってない言葉だったんだなと理解できた。ありがとう田口さん! 今後気をつけよう。

 個人的には「超訳」までいっちゃうともう訳本というよりはなんというか、小説をドラマ化したとかそういう話に近いんじゃないかという気がする。あるいは「原案」みたいな?
 小説を同じ小説という形で読もうとしているからにはせいぜい意訳まででとどめてほしいなあ、とは思う。原書という事実ベースだけは生かしてほしいというか。とはいえ意訳がどれだけ正確なのか、というとまたそれも境界が曖昧ではあるんだろうから、本当に難しい世界だなと思うけど、これからも訳者さんの苦労や苦悩に乗っからせてもらって(笑)面白い世界をたくさん見ていきたい。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿