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或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「銀河英雄伝説列伝1 晴れあがる銀河」(監修:田中 芳樹)

2021-06-25 21:48:34 | 【書物】1点集中型
 石持浅海、太田忠司、小川一水、小前亮、高島雄哉、藤井太洋の6氏による、「銀英伝」の公式トリビュートだそうである。
 アニメやってれば今でもつい観てしまうし、観てれば台詞も普通に頭に浮かんできてしまうくらいである。空気感に浸りたいんだろうな、たぶん。なので、読まないわけにはいかないだろうということで借りてみた。藤井太洋まだ読めてなかったし。

 いわゆる二次創作だが、本編の中の時間軸の隙間を補うものもあれば、歴史以前を描くものもある。以後がないのは意外ではあるが、でも以後は書くの難しそうな気はする。
 といいながら巻頭作「竜神滝の皇帝陛下」は以後の記録の体で書かれてはいる。実体はラインハルトのオフモードエピソード。エミールがラインハルトを偲ぶのあの言葉は確かに印象的で、そこからインスパイアされる気持ちはわかる気がする。書く人が書くとそこからこんな微笑ましいけどラインハルトらしいお話ができるんだなあ、と感嘆させられた作品である。

 敢えてお気に入りを挙げるなら「士官学生の恋」と「晴れあがる銀河」かな。前者はキャゼルヌ夫人という目のつけどころがいいし、ヤンとの絡め方が秀逸。この2人って本質的にかなり同類だったんだね、そりゃあキャゼルヌもヤンをかまってあげたくてしょうがなくなるわけだ(笑)と。で、後者はキャラクターの造形と、何といってもオチがいい。そういえばラープって名前、あったよなあ……とは思いながら読んでたんだけども、だから最後の最後で言われる前に読んで気づけよ、って感じかもしれないけど(笑)。藤井太洋氏は前々から気になっている作家さんではあったのだが手をつけられていなくて、やっぱり早く読んだ方がいいなと思った次第。
 「ティエリー・ボナール最後の戦い」は、ヤンがこういう「最後の戦い」をできる時代だったらなあ、と思いながら読んだものだった。まあ、それではそもそも銀英伝が成り立たなくなってしまうんだけれども(笑)。ウランフ提督が絡んでくるあたり心憎い演出である。「レナーテは語る」は本編で垣間見えたオーベルシュタインのプライベートな世界をその由来として描き出した形。軍人でなければ杉下右京になれそうなオーベルシュタインであった。女性の目を通したオーベルシュタインというのもかなり新鮮。「星たちの舞台」は、ヤンと演劇という普通に考えて馴染みそうにないものを意外とあっさり結びつけてくれた。しかも異性装まで(笑)。でも、プライベートでは流れに無理に逆らわずに生きていたヤンらしいといえばそうなのかも。

 小川一水氏以外は初読だったけど、どれも面白く読ませてもらった。このクオリティで「1」を出してもらえたわけなので、ぜひ「2」も出してもらって、もっといろんな作家さんの銀英伝を読んでみたいとも思う。

「ブラック・ダリア」(著:ジェイムズ・エルロイ/訳:吉野 美恵子)

2021-06-10 22:59:12 | 【書物】1点集中型
 ルメートル「わが母なるロージー」解説より。1947年1月にLA市内で実際に起きた、若き俳優志望の女性の惨殺事件「ブラック・ダリア」に取材したフィクションである。
 あのルメートル作品に出てくる話とあって期待して読み始めたんだけれども、ボクシングが苦手なので、冒頭のボクシング話長いしなかなか事件が見えないし、で危うく事件に入る前に挫折しそうになった(笑)。とはいえ、ボクシングは主人公バッキーとその刑事としてのパートナーになるリーの関係構築とそれぞれの人物像にあって重要な要素なので、否定はしないんだけども。ちょっと流し読みみたいにはなりましたね。

 事件捜査に移ってからも、物語は事件よりも、事件を介して生まれる人間模様が主に描かれているように見えた。ちっとも事件の核心に近づかないのである。謎を解くには情報があまりに遠回り。「ブラック・ダリア」が誰なのかにたどり着くまでも長い。そして犯人を追うために彼女の人生をひもといていく中で、バッキーはエリザベスへの感情移入をどんどん深めていく。さらにリーがいなくなってからが本番という感じだったな。人脈とそれぞれの物語が見えすぎて、いったいこの事件にはどう収拾がつくのかと思っていたら、最後は怒涛のようにいろんなものが全部つながって、なるほどお見事、という謎解き。
 「ロス暗黒史」と呼ばれるうちの初回作だけあって、何もかも一見落着というわけにはいかない。社会の暗部が闇を残したけれど、「ブラック・ダリア」の人生を追うバッキーの旅路は、出会いと別れと再生の物語になった。ミステリだけど、ただのミステリでは終わらなかった。ブライチャート家に幸あれ。そして遂に解かれることのなかった謎、現実に生きていたエリザベス・ショートその人の魂の安らかならんことを。