life goes on slowly

或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「犯罪」(著:フェルディナント・フォン・シーラッハ/訳:酒寄 進一)

2016-01-22 22:26:17 | 【書物】1点集中型
 ドラマを観て興味を持った作家。ナチに連なった祖父と、刑事事件弁護士という肩書を持つ人物であるとのこと。そのあたりの経験も参考に描かれているのであろう物語の数々はどれも思ったより短い話だったけど、文体に無駄がなく、読後「自分ならその結果をどう見るのか」を考えさせられるような余韻が残る。

 特に印象に残る物語をいくつか挙げると、なんだか最後は煙に巻かれてどう理解すればいいのか迷う「タナタ氏の茶盌」、一連の物語の中にあって犯人と目されている人物が「プロ」だったという異色さが際立ち、いかにも小説=フィクションであるようで実は本当にありえる話なのかなと思わせる「正当防衛」、病と犯罪の関わりが身につまされるような「チェロ」「棘」、締めくくりに相応しい温かい人の心に涙腺を刺激されそうになる(笑)「エチオピアの男」。
 事件の因果関係が静かながらも丹念に描き出されてあり、「物事は込み入っていることが多い。罪もそういうもののひとつだ」という言葉が引き立つ。人が罪を犯す過程を、客観的な立場の人間(=弁護士)から描かせることで、人間のリアルな姿を見せていると思う。それによって併せて、人間の暮らす社会にあるさまざまな制約やひずみも浮かび上がってくるようである。声高に社会のありようを批判するものではないが、罪の原因は罪を犯す者だけによるものではないこともはっきり見えてくるのだ。

 それぞれの事件は、法的に決着がつくものもあればそうでないものもあり、若干の謎を残している場合もある。その結果こそがまた、人間という存在の複雑さを象徴しているようでもある。純文学のような雰囲気で、洗練された上質さが感じられた。ほかの作品もぜひ読みたい。

「日本全国津々うりゃうりゃ 仕事逃亡篇」(著:宮田 珠己)

2016-01-20 22:19:32 | 【書物】1点集中型
 「日本全国津々うりゃうりゃ」シリーズ第3作。WEBでずっと読んでたけど、やっぱり読む。まずもって表紙の高鍋大師がすばらしい。そして相変わらずタマキングの挿絵も腰砕け全開のゆるさである。いきなりオホーツク流氷ウォーク&入れ食いワカサギ釣りからスタートし、なんでか石積んだり温泉で缶詰を自らやりだしたいとか言い出したりしている。

 どのエピソードも捨てがたいが、ママチャリ本州横断は「だいたい四国八十八ヶ所」を彷彿させるものがあって、もう一度あれも読みたいような気になった。特に悪天候の中での様子が。そしてもちろん、ママチャリ旅を始めるにあたっての「いつだって頓挫してみせる」の決意が(笑)。で、結局のところその決意も頓挫してしまってママチャリ本州横断は見事達成されるわけなのだが。あ、そういえば高知の牧野植物園でジャングル風呂の話が出てきてたけど、お遍路のとき入ってなかったっけ? 別の旅だったっけ。どっかでタマキングが入っていたことは覚えてるのだが。ってそれは今回さほど重要な話ではないのだが。
 沢田マンションはいつだかTVで見たような気がする。迷路好きタマキングのためにあるような施設だが、実際に違法建築ではあるので、いつ普通の建物に改変させられてしまうかもしれないとも思った。自分には住めないと思うが(笑)、見てはみたい。というか、探検してみたい。あと、粘菌に関しては(珍しく)普通に興味深く、まるで普通の理科の勉強のようであった。私も一度は心理的にセレブになって高級スパを堪能してみたい。

 そして読了の結果、このシリーズはやはりテレメンテイコ女史が登場してこそ成り立つのだなぁと再確認した。タマキングを冷たく突き放したり厳しく編集したり(笑)ちょいちょい自分の楽しみも仕事に紛れ込ませてみたり(笑)。いつまでもこの凸凹コンビっぷりを失わずに、うりゃうりゃと旅をしてもらいたいものである。

「告白」(著:湊 かなえ)

2016-01-19 22:35:22 | 【書物】1点集中型
 個人的に「夜行観覧車」が普通、「境遇」がいまいちだったので、やはりこれを読んでおかないとわからないかなぁと思い挑戦。ラストシーンが強めなので、なるほどこれがデビュー作ならけっこうなインパクトかも、と納得した。「事件」にならなかった罪が復讐を呼び、当事者の3人の周りの人々にも波紋のように影響を及ぼしていく。踏み外した階段を、誰もがどんどん転げ落ちていく、そんなイメージ。社会全体からみるとごく小さいコミュニティの中で、個人個人の立場での物語を集めて、ひとつの事実にいくつもの像を与えるのが湊作品だと理解した。

「スマイリーと仲間たち」(著:ジョン・ル・カレ/訳:村上 博基)

2016-01-15 21:56:24 | 【書物】1点集中型
 スマイリーシリーズ前2作を読んでから大分間を空けてしまった。なので流れをすっかり忘れてしまってたんだが、スマイリーとカーラの確執のおぼろげな記憶だけでも十分に楽しめた(ヘイドンの件についても、アンの話が出るたびにちょこちょこと言及してくれるので)。

 アクションの要素を全くと言っていいほど省き、冷徹と言っていいほどの筆致で人の心の動きを追いかけることで表現される諜報の世界。物語は相変わらず静かに進む。その中でなんといっても、今は見る影もないという風だったコニーの記憶の奔流が吐き出される、鬼気迫るさまに目が釘付け。それと対照的でありながら同じように強い印象を与えるのが、アンへの愛とその終焉を静かに描き出す会話。ヘイドンはもういないし、スマイリーはアンに思いを残してはいるけれど、二人の関係が修復されることはもうありえないのだということをまざまざと見せつける。
 カーラはスマイリーからアンを奪った。そして長い時を経て今、スマイリーは「カーラのテクニックによるとはいえ」「はじめて、宿敵にたいし優位に立った」。でもそこでスマイリーが見たのは、「ひとりの人間」。カーラもスマイリーと変わらない、自分ではない誰かに愛情を抱く人間であるということ。そしてスマイリーがカーラを西側に降らせるために使った最終手段も、「おれは彼を、最も憎む武器で滅ぼしたが、その武器こそは彼のものなのだ」。カーラがが現れるのを待ちながらのスマイリーとギラムの会話に、ギラムの子どもの話題が出てくるのも、カーラとタチアーナの関係をふたたび暗示するようで心憎い。
 誰もが、何かを得ながらも確かに何かを失っていく。やはりこの一種澱んだような、しかし乾いたような、まさにロンドンの空とその下の街をそのまま引き写したような空気感がたまらない。シリーズの締めくくりに相応しい物語だった。