のしてんてんハッピーアート

複雑な心模様も
静かに安らいで眺めてみれば
シンプルなエネルギーの流れだと分かる

夢(旅立ち)1

2014-10-03 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

闇の中に黒い影が立っていた。大きな体格をした男だった。その横に男の腰あたりまでの人影があった。子供だろうか。二人は身動き一つしなかった。

 「怖いか。」太い男の声がした。すると小さな影が動いた。首を横にふったのだ。そして二人はそのまま黙ってしまった。大きな影が手を伸ばし、小さな影の手を取った。

 その時、青白い光が闇を切り裂いて二人の上に降りかかった。二人の前の扉が開けられたのだ。所在ない月明りのような光とともに、あたりの様子が浮かび上がった。そこは置き忘れられたようながらくたが積み上げられた、古ぼけた物置だった。

 土間には、所々に、油をこぼしたような黒いしみがこびりついていた。

 方形に開いた入り口に腰の曲がった老婆が立っていた。小屋のなかの人影は一つに寄り添っていた。一人は、口髭をたくわえた大男、バックルパーだった。バックルパーはノースリーブの開衿シャツに、編み上げのある作業ズボンをはいていた。そのむき出しの腕と肩には、ごつごつした筋肉が盛り上がっていた。

  その脇の下に、小さな女の子がぴったりと体を寄せていた。あどけない顔が不安そうに老婆を見つめていた。その子の名前はエミーと言った。

  老婆は静かに歩み寄ってきた。やせこけた顔に、鼻が異常なほど高かった。足が悪いのか、ぎこちない足取りで、コツコツと杖を突いて歩いた。右腕には大事そうにかごが抱えられていた。

  二人の前に来た老婆は、そのかごを土間に置いてそのまま座り込んだ。

  「さあ、これを顔に塗るのじゃ。」

  老婆はかごの中から、白い灰のような粉をすくい取って二人に差し出した。

 「これは?」バックルパーはそう言って、老婆の前に跪いた。

 「屍人の灰じゃ。」

  エミーは男の背後で身を固くした。

 「よいか、向こうでは、この灰を決して体から落としてはならぬぞ。正体を知られたら、再びここには帰ってこられぬ。」

  「分かった。」

   バックルパーは老婆から灰を受け取り、それを無造作に自分の顔にこすり付け、むき出しの両腕に叩き込んだ。そしてエミーの顔に、同じ灰を塗り始めた。壊れ物を触るように優しく丁寧に、指先を使いながら小さな顔を白い灰で埋めた。身を固くして突っ立ったままのエミーは病人のような顔になった。

  「いいじゃろう。」

   そう言ってから老婆は、小さな袋にかごの中の灰を入れて男に手渡した。

 「必要なときに、これを使うのじゃ。くれぐれも、正体を知られぬようにな。」

  「気をつけるよ。」

  「ならば、こちらに来るがよい。」老婆はそう言って、膝を押さえながらゆっくり立ち上がった。老婆は右の腕を腰にまわして杖を突き、顔を前に突き出して歩き出した。

  老婆の後に従って、二人は寄り添ったまま小屋を出た。青白いガス灯が寂しげにともっていて、闇の中から仄かに浮かび上がるように、その小屋を照らし出していた。

 そこからずっと、朽ちた屋根付きの通路がのびて、その先は、まるで体内にある闇のような暗さの中に消えていた。所々に自分の足下しか照らさないガス灯が立っている。

 老婆は無言で、その通路を進んでいく。

  「今なら、まだやめられるぞ。」太い声を押し殺してバックルパーが言った。エミーは下を向いたまま、首を横にふった。

 「分かった、何があってもそばを離れるんじゃないぞ。」

  「うん。」エミーはバックルパーの手を強く握りしめた。生暖かい汗の感触があった。

 すでに、やってきた小屋は後ろの闇に消えていた。やがて先を歩く老婆の足が止まった。その足元から、屋根付き通路は切り取られたように消えていた。

 「これに乗るのじゃ。」

  老婆は自分の足元を指さした。そこには小舟が一艘横付けされていた。わずかに波があるのだろう、小舟は小さく揺れていた。

 消え入る通路の先が湖になっているのを、二人は初めて知った。無論その湖がどれほど大きいのか知る術はなかった。その先は漆黒の闇だったのだ。

 闇の中で小舟だけが浮かび上がって見えた。ホタルの明かりのように、小舟自体が発光しているように思われた。それは二人乗りの木の舟だった。

 「よいか、ここから真っすぐ、舟をこぎ出すのじゃ。」

 二人が舟に乗り込むと、老婆はそう言って闇に向かって指さした。

 「中ほどまでこぎ出せば、舟は独りでに流されていくはずじゃ。舟が流れ始めたら、すべてを船に任せるのだ。漕ぐ必要はない。」

  「分かった。」

  「そこに毛布があるじゃろう。」

 二人が向き合って座った舟の中央に、折り畳まれたネズミ色の毛布が置いてあった。

 「舟が自然に動き始めたら、お前さんはその毛布にくるまって身を隠すのじゃ。舟が向こう岸に着くまで、何があっても決して身動きしてはならんぞ。」

  老婆は男に向かって念を押すように言った。バックルパーはうなずいた。

 「では行くがよい。気をつけて、な。」

 老婆はそう言って踵を返した。

 「世話をかけた。礼を言う。」男の太い声とともに、小舟は岸を離れた。バックルパーの操るオールの音だけが湖面に響いた。

 

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2 コメント

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☆未知鳴る種子の発芽がいっぱい♪ (真鹿子(まかこ))
2017-10-20 03:22:48
のしてんてん画伯

あなたは一体どなたでしょう☆
『旅立ち』から驚きととも(@_@)
拝読させて頂いておりますけれど、

黄泉の国の骸骨さんたちには驚愕!
リアル度がシュール過ぎまする。

またエミーもバックルパーも、
黄泉の国での死で
こちらの世に目覚め
ご帰還なさったと思っていましたら、
いつのまにかこちらの世の現実がごく自然にカーブして
ユング司書が存命中の過去が現実になっているなんて、

時空を自在に疾走出来るのしてんてん画伯は、
「時をかけるオッチャン」でしょうか、

またのしてんてんさんは、シュメール文明の時代も
生きていらっしゃったのですか、
なんだかシュメール、古代メソポタミアの香りもいたします。

これからますます楽しみ、力強く躍動している絵画からも、
『黄泉の国より』全体からも、未知鳴る種子の発芽がいっぱい☆♪
興味津々です。

私は宇宙と一体の身の上、すべてが私と関連している事象であり、
宇宙からのメッセージでもありますので、
これからも『黄泉の国より』を、
全身全霊で享受させて頂きます^ね^☆


音楽は世界を救う!地球の爆弾すべて花火となれ!

のしてんてん画伯の天才に☆
壮大なる交響詩黄泉の国よりに☆
感謝感激∞8∞

有難うございます!

まかこ 拝
返信する
ありがとうございます (のしてんてん)
2017-10-20 09:00:49
永遠の問いかけです^ね^
私は誰?
変なオッサンには違いないのです^が^
今だ答えがわかりません、、、^、^

ところで黄泉の国よりなのですが、物語の冒頭「夢」なのですが、実は私が見た夢なのです。
とてもリアルな夢で、船に乗り込む場面から、水底に引き込まれそうになるくだりやオレンジ色の船着きば、骸骨さんたちの姿や街並みをしっかり記憶したまま目覚めました。

目覚めと共に、夢で体験した心の質感が生々しく残っていまして、いつまでも離れず、黄泉の国よりを書き上げるまで残っておりました。

「夢」以降は私の創作ですが、「夢」はほぼ見た夢の写実と言えるかもしれません。

どうぞゆっくり、お時間の許す限りでお楽しみ下さい。

「私は宇宙と一体の身の上、すべてが私と関連している事象であり、
宇宙からのメッセージでもありますので、」

まかこ^さ^ん^
あなたはいったい、誰なんです^か^
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