のしてんてん ハッピーアート

複雑な心模様も
静かに安らいで眺めてみれば
シンプルなエネルギーの流れだと分かる

恩師

2017-09-25 | 地球の爆弾すべて花火となれ!

 

いつの間にか四十数年の歳月が流れていた。

中学を卒業していきなり社会に飛び出し、自力で学業の場を求めて集まった定時制高校の仲間が、お彼岸に顔を合わせた。

その真ん中に恩師がいた。

 

この新春、いつも頂いていた年賀状が届かなかった。

冥府に旅立ったという便りが私たちのもとに届いたのがそれから数か月あって のことだった。

 

日程を合わせ、集まった私たちが墓石を取り巻いて手を合わせる姿をみて、私は恩師の授業を思い出していた。

四十数年の歳月を経て、

それは私たちが受ける最後の授業だったような気がする。

 

当時の、恩師の齢をはるかに超えた私たちのひねたツッコミを聴きながら、石に還った恩師はあの時のままの笑顔を私達に向け続けているように思えてならなかった。

 

集まったひとにぎりの私達だったが、それでもその一団は人生の標本箱そのものだった。

当然のように道はその数だけあったのだが、扇方に束ねた中心に恩師がいることを私達の誰もが感じていたに違いない。

 

あるものは師の手記を持参していたり、

当時の写真を披露したり、

私は師から頂いた書籍を持っていったが、それは全員が持っていると笑われた。

 

墓石を拭き清めて、

霊園を後にした私たちはすっかり、もうあの時代の中にいた。

 

時間の早い繁華街に繰り出し、開いている店を探してさまよううちに疲れを感じ始めたころ、

まだ開店前の店のインターホンを押して 交渉するものが現れた。

 

誰もがえーっと、冷や汗をかく間にそのごり押しが功を奏して、私達は30分も早く店のテーブルに貸切状態で座ることが出来た。

 

それから何時間たったのか、

私の腹の中はすっからかんになっていた。

たぶんみなそうだったに違いない。

誰もが当時のまま笑っていた。

私だけがしあわせなはずがない。

皆がそうでなければ生まれないしあわせが、確かにその時、あの酒場にあったのだ。

 

誰もがしあわせでなければ生まれないしあわせ。

そのしあわせの要にいる

恩師の笑顔を

私は忘れたくない。

 

 

「地球の爆弾すべて花火となれ!」

夢のような願いのその先にあるしあわせも、

もしかしたら同じものなのかも知れない。

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地球の爆弾すべて花火となれ
Every bombs change fireworks!


地球平和花火大会をしよう!
Let’s hold “Earth Fireworks Festival”!!


空想でもいい(※現実を超えた想像と解釈しFantasyに)
Is it a fantasy?


馬鹿じゃないの?でもいい
Am I a fool?


もともとわたしは馬鹿だけど
Yeah,I’m a fool. But…!


想像は創造と連動(※必要は発明の母…の英語に掛けて、この単語並びにしました。)
Fantasy is the mother of creation.


想像出来ることは創造出来ること(意訳:どんな空想もいつか創造できる)
All fantasy can create someday.


極微力でも、
Only a very small step,


先ずは、祈ろう(意訳:その歩みを信じ、そして祈ろう)
We believe it and pray.


あきらめない!どん底力!(意訳:諦めるな、ここから始まるのだ)
Never give up! Start from here!


わたしの場合、死んでもあきらめない(意訳:肉体を超え、魂を超え。※体が無くなっても、そして不屈の魂を持って…の意味を込めて)
Over my body. Over my soul.


絶対にあきらめない
Never,never give up!


地球の爆弾すべて花火となれ
Every bombs change fireworks!


地球平和花火大会をしよう!
Let’s hold “Earth Fireworks Festival”!!

 

詩:真鹿子  訳:人生の素人:折師

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地球の爆弾すべて花火となれ!(願い龍)

2017-09-21 | 地球の爆弾すべて花火となれ!

先日の記事

願い龍 

に真鹿子さんからこんなメッセージを頂きました。ありがとうございます。

抜粋して紹介しますと、

 

 

つまり私たち森羅万象万物すべてはそれぞれ、
元来宇宙と一体です。 

私たち万物は、宇宙龍動エネルギーの
物質というより限りなく空に近い粒子(龍子)で 
構成されている龍体☆

有ると同時に無く無いと同時に有る
色即是空空即色宇宙素粒子龍子の龍体であると
私などは信じています。

しかも万物すべてそれぞれが、
宇宙の才、天の才によって創造、
それぞれが固有の才能を天与されている
唯一無二のかけがえのない存在。

万物は宇宙色即是空空即是色存在 
常に有ると同時に無く無いと同時にある
それゆえに可能性無限大の存在と 
私などは奇妙かもしれませんが
才能の発揮もそれぞれに託されていると
確信しています。

           (真鹿子)

 

真鹿子さんがおっしゃる通り、私も万人すべての人に天才が備わっていると信じています。ならば、私の中にもある。あなたの中にもある。かの人にもこの人にもある。

そして自分の中にある天才に出逢ったとき、人はみな等しく至福を得ることが出来る。天才は特別なのではなく、誰にでもある自然のことなのですね。

「地球の爆弾すべて花火となれ!」は、その天の才から生まれる願いなのだと思います。

この願いはけっして恐怖から生まれたものではなく、私達の命の健全な才能の喜びの中から生まれてくる願いだということをあらためて思うのです。

 

地球の爆弾すべて花火となれ!

地球の爆弾すべて花火となれ!(2) 

 

少しでもたくさんの心に届きますように。

 

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願い龍

2017-09-20 | 地球の爆弾すべて花火となれ!

龍の図第3弾 未完(部分)

 

のしてんてん絵画が龍の世界に入って第3弾、願い龍。

如意宝珠を手にできない龍の姿、それはまさに己の姿でもありますが、この図にもまだたくさんの登らねばならない階段があります。

 

その一番大きな階段が、絵を描くということはどういうことなのかという問題です。

私の直面している課題を書いてみましょう。

 

この絵を画いているのはだれかという問題です。

「私」が描いている。

あたりまえの答えですが、しかし最近それは少し違っている。いえ、大きな誤りをおかしているのではないかと思うようになったのです。

のしてんてん絵画は私が描いている。

そう思ってやってきましたが、「私」が描くということは、目標を持つということと同じだったのです。それは絵の理想に向かって進むということ。本物の絵を描きたいと思い続けてきました。

それが「私」の描く絵だったのです。

 

しかし本物とは何なのかと問われれば、答えることは出来ません。そんなものはどこにもないと最近分かりました。

龍を描き始めて分かったことですが、「私」が描こうとすると、まず龍をイメージしなければならないということです。そしてその向こうにあるものは誰もが認める龍の姿なのですが・・・

そしてそのイメージは、結局「私」の頭が描いた図ということになるのですね。それはすべて借り物だということに気付かされたのです。

「私」というものは実は借り物でできている。それは創造ではなく、かつてどこかで見た記憶とか、聴いた話とか、そんなもので成り立っている。

「私」とはその一部始終が、社会の中で作られた借り物の姿だというのが、ひしひしと感じられるのです。

 

今一番大きな階段は、借り物でないのしてんてん龍を描くことですが、それを描くのは「私」ではだめだということがようやく分かったのです。

では誰が描くのか。

龍が描くしかない。もちろんこれは比喩ですが、私の中にいる龍が己を描くという説明以上にうまく言い表す言葉が見当たりません。

 

この身体宇宙に身をまかせること。

その実践を龍が与えてくれますように。

まさに願い龍そのものです。

 

「邂逅」展まであと3か月余り

龍の旅、時々生中継?いたします^ね^

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「邂逅展」に向けて

2017-09-16 | 展覧会

 第1回「邂逅」展  第一回「邂逅」展に向けて 

で書きましたように 2018年1月2日~7日の会期で行われる新たな企画「邂逅」展に参加します。

これは、一つの展示空間で、当初より参加者も増えて17名の作家が同時に個展を行うというユニークな試みです。グループ展という形ですが、意識は個展。案内状も各自が自分の個展として発送するというものです。

17の個展が一つの会場で出会い作家と作品と、鑑賞者が邂逅するという考え方です。

2018年の新春に、一期一会の機会を持とうということですね。

私は「のしてんてん龍」をなんとかつかまえようと、制作を続けていますが、今回いただいた企画を己を見つめる機会と考え、この龍シリーズ(成長過程)を展示する予定です。

 

その案内状を作りました。

案内状に、前後しましたが真鹿子さんの了解を得て「地球の爆弾みな花火になれ、世界平和花火大会をしよう!」を入れました。

会期中、出来るだけたくさんの方の目に届くことを願っています。

またギャラリートークでは、1月5日に私の参加も決まっておりますので、その機会には誰もが持っているいのちの願いを訴え、世界の爆弾を花火にの声を上げたいと思っております。

 

ところで幕内を明かしますと、まだ先とのんびりしていましたら、リーダーの家近氏から、早々と「邂逅」展の案内状が届きました。

今回はその熱意に押されての案内状作りでした。

 

その案内状もここに掲載します。 

こんな感じで17人の案内状が出来上がります。会場ではこの案内状展もやる予定です。誰が参加するのか、案内状が届いてからのお楽しみです。

 

「地球の爆弾すべて花火になれ、世界平和花火大会をしよう!」を

掲載する趣旨は 地球の爆弾すべて花火となれ! の記事に記載とおりです。興味ある方は是非読んでいただき、非力な私たちに出来る運動にご理解願えれば幸いです。

私達大人が、子供たちに怯えを教えてはなりません。

Jアラートは警戒の意味であって、恐怖ではない。安心を持ちましょう。

今こそ、政府は国民に、私たちは子供たちに、安心を教えて下さい。

恐怖の妄想に取りつかれてはなりません。

宇宙は一つ、いのちも一つ、妄想に隠された真実には永遠の安心があることを知りましょう^ね^

 

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自分を好きになる

2017-09-05 | 5次元宇宙に生きる(一人旅通信)

奈良の小路で見つけた手水鉢

苔むした鉢と水。

それだけなのですけれど、是非、時間のあるお方は、小さな画像をクリックして大画面の画像を眺めてみてください。可愛い小さな命を発見できるでしょうか。

100人いれば。100の風景が見えてくる。

不思議な手水鉢です。

 

よかったらあなたの風景を残してください^ね^

 

 

 

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はじける瞬間

2017-09-03 | 心の旅

8月27日泉南市花火大会より

 

偶然撮れた花火のはじける瞬間、

この火の球はビックバンを連想させる。

 

なんとなく、ビックバンは宇宙の始まりだという知識が私にはある。私たちの宇宙はこうして始まったのだと。

 

爆発する力が内側からつきあがって盛り上がり、夜空を照らすほど光を放つ。その力は花となって広がっていく。

その姿はまさにビックバンであり私達の宇宙だと思えるのだが、待てよと思考が働く。

この花火をビックバンに例えるのなら、その背景にある空は何なのだろう。

 

宇宙科学に耳をかたむけると、この宇宙はビックバンから始まったという。

しかしその説明はおかしいのではないだろうか。

なぜって?

 

だってほら、この花火のように、爆発して広がっていくためには空か必要だろう。そうでなければビックバンは成立しない。

 

つまりビックバンの前に空間がなければ、爆発はおこらないし、拡大して広がるということもないわけだ。

 

すると、宇宙の始まりはビックバンではないということになる。

 

宇宙はビックバンが始まる前からここにあって、

まさに今、花火が爆発膨張している空間にさえ、時を越えて存在している。

 

光に照らされて雲の一部が見え、

二枚目の写真には、すでに爆発した痕跡が煙となって浮かびあがっている。

 

光の意味さえ、この花火に教えられている。

 

 

あの花火が、

卵巣から発生する人間なら、背景の空は母親の胎内だ。

ミクロの卵子と精子が出逢って、人は胎内で爆発的に成長する。

そのスピードはおそらく

計算すればビックバンの膨張と同じだろう。

 

胎内で人は進化を繰り返す。

その究極にビックバンがある。

人はみな、

一つのビックバンだ。

 

ビックバンの背景に宇宙があるなら

受精卵の背景の胎盤も宇宙

そしてこの花火ですら宇宙の中に咲いているのだ。

爆発して始まり、

膨張して消えていく。

 

自然の理のままに展開される宇宙の姿を

私達は見上げ、美しさに魅了されている。

 

人間だけがそこに苦悩を見い出す。

待って!消えないで!

それが苦悩の正体だ。

 

背景はビックバンのはるか前から存在し続けているし、

いま花火と共に消えるわけでもない。

花火は消えても、空間は存在し続ける。

花火は消えるのではない。その空間に還るだけなのだ。

 

消えてもまた打ちあがってくる。

花火の軌道を見上げて

すべてを受け入れることの意味合いを

肌で感じようではないか。

 

 

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苦悩は空ということ

2017-09-01 | 5次元宇宙に生きる(神)

東大寺境界にある石仏 奈良散策より

 

写真では半分も伝わらないけれど、光は見える。

黎明の森、薄暗い木立の元にたたずむと、まとわりつくような空気が私を包む。

 

まるで木霊の胎内のような小路を進むと、

一瞬特異な光を感じる。

 

それがこの石仏だった。

今写真を見ていても、あのほのかに柔らかい光を思い出すことが出来る。

 

救いの光。

私はその時石仏が目に像を結ぶ瞬間と同時にそれを感じた。

 

薄明りの中に浮かび上がる石仏は、どこを見渡しても照明灯のようなものは無いのだ。

自ら光っている以外にはない。

まだまどろむ黎明の森の中。

 

私は石仏の内からやってくる光を眺めた。

胸が熱くなり、目頭がにじんで視界がぼやける。

 

言葉のない言葉が、意味のない意味が、私の器を満たしていくのが分かる。

光が私を貫いているのだ。

 

なぜ内側から光るのか。

私の意識がそう動いたとき、私の心は張り裂けんばかりに膨れ上がった。

 

石仏の光に誘われて、私の意識が石仏の中に入ったのだ。

光に満ちあふれた石仏の宇宙。

満たされて充満した光はこぼれ出すように石仏を浮き上がらせる。

 

光に満たされた世界、

物質が己の執着を解き放ち、

空となった喜び、

最後の粒子まで光に変わるその瞬間、

満たされた宇宙の姿を宿して、

石仏は今、

私の前でその光を届けてくれるのだ。

 

満たしなさい、

世界はただそれだけなのだから。

 

あなたもまた、

内から光ることわりを持っているのだから。

 

石仏の声なき声を翻訳するとそんなふうに私にはきこえた。

 

あなたが光らないのは苦悩のせいだから、苦悩をなくしなさい。

 

なくしたいのになくせないのは何故です?

私は訊いてみた。

 

苦悩に色と形を見るからですよ。

 

色と形?

 

色と形がなければ苦悩は生まれないのです。

あなたの心には今の今、私にすがろうとする色と形を作っているではないですか。

それが見えないのですか。

 

私は物心ついた最初の記憶から今までに至るすべての苦悩を思い出した。

そして一つひとつ確かめるまでもなく、

それは空(からっぽ)だったことに気付かされた。

 

一番大きな苦悩を背負い込んだ時も

その時は耐え難い色と形をしていたと言われればそうだ。

過ぎ去ってしまうとその苦悩は空だったとわかる。

空だからこそ、今の私がいるのだと。

空を見抜けばいいのですね。

 

そうだとは、もう石仏は答えなかった。

 

石仏の胎内からこぼれる光だけがほのかに明るかった。

それは確かに浸み込んで私を包んでくれる。

ありがたい、

ありがたい光だった。

 

 

 

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