のしてんてん ハッピーアート

複雑な心模様も
静かに安らいで眺めてみれば
シンプルなエネルギーの流れだと分かる

5次元宇宙に生きる

2014-07-30 | 5次元宇宙に生きる(一人旅通信)

5次元に生きるものには生も死も存在しない。

あるのは今この瞬間だけだ。

5次元を認識する人間はこの瞬間だけが真実だということを理解する。

するとどんないいことがあると思う?

4次元しか知らない我々の生活を考えればすぐにその答えはわかるだろう。

私たちはほとんど瞬間に生きていることがない。

心配事がいっぱいだし、明日なりたいことがたくさんある。

意識は常に過去と未来に向かっている。

苦悩、嫌悪、不安、策謀・・・日々の心はそんなことで満たされている。

これが4次元の意識が生み出す正常な心の姿なのだ。

そして真実の自分はほとんど忘れてしまっている。

5次元はそんな苦から私たちを解放してくれるのだ。

本気で5次元を知りたいと思っていい。

あなたはその瞬間から

真実にめぐりあう。

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5次元宇宙に生きる

2014-07-29 | 5次元宇宙に生きる(一人旅通信)

5次元を生きるというのは、空を生きるというのと等しい。

なぜなら

5次元の概念から見えてくる真実とは空間のことだからだ。

空は無限の宇宙に広がっているだけではない。同じこの空が私の体の中にもある。

空を隔てるものは何もない。

風船は空気を隔てて膨らむが、空はその風船の膜の中にも途切れることなく広がっている。

それが唯一無二の存在に対する正しい理解なのだ。

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新たな目標

2014-07-27 | 組作品「浄土」

組作品「浄土」の展示を見ていただいた和歌山のお寺の住職から、

作品の写真を所望された。

そんな連絡を受けて、Yさんのお世話で作品写真をまとめて浄光寺に持参した。

永代経の応援導師に来られていた一人で、作品が印象に残り、寺に帰ってその話をしたら写真でもいいから見てみたいという事になって浄光寺のご住職に話を持ってこられたということだった。

初めて具体的な評判を聞いた思いがしてうれしかった。

Yさんと一緒に作品写真を持って浄光寺を訪ねたとき、私はその勢いを借りて、来年同じ時期にもう一度個展をお願いしてみた。

浄土奉賛会のあと、住職から私の作品の評価が聞けなかったので、継続の思いはあったものの言い出しかねていたのだ。

そしてあっさりOKがもらえた。

突然、来年に向けての目標が決まったのだ。

第2回奉賛会をどうするか。

次なる生長点はそこにある。

そのもっとも大きな要点は、一日24時間を費やして作品と対峙すること。

定年退職してでしかできなかった個展をやることだ。

 

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5次元宇宙に生きる

2014-07-25 | 5次元宇宙に生きる(一人旅通信)

雑草の茂ったどんなに広い荒野でも、

その雑草を一本残らず抜いてしまおうと決心したときから草引きは始まる。

いつ終わるとは考えず、

一心に、一本一本、草の中心を見極めて引き抜いて行く。

 

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5次元宇宙に生きる

2014-07-23 | 5次元宇宙に生きる(一人旅通信)

意識を変えると人生が変わる。

それは意識が心を作り上げているからに他ならない。

そして人は意識を変える力を与えられている。

私の実験では、5次元の意識を簡単に持つことが出来た。

そこから見えてくる人生は神の中にあるというのが、意味的に最も近い気がする。

5次元の意識を通して自分を見れば、己は粟粒のようなもので、私の人生はこの粟粒のような自我に支配されて半世紀をおくってきたのだと思うようになった。

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5次元宇宙に生きる

2014-07-14 | 5次元宇宙に生きる(一人旅通信)

5次元の概念を念頭に置いて思考を繰り返す。

それを自分の実生活に適応させようという思考実験を始めて、およそひと月が過ぎた。

最初は4次元の思考が邪魔をして、波のように苦悩と不安が押し寄せていたが、それを楽しんで乗り越えようと思ってから、頭脳が5次元の概念を受け入れたように感じる。

私の私による私のための実験を、何を持って成功とするのかは結局私の感覚の中に留まるばかりで、このブログに何を書いても私の至福をお見せできないのが断念と言うしかない。

ではなぜ書くのかと問われれば、抑えきれない私の衝動というのが一番近い答えかもしれない。

伝わらないかもしれない。しかしもし一人でも心の中に伝わることがあれば、この私の私による私のための実験は、新しい人類のためになる。

5次元の概念を頭脳が理解するだけで、苦行をしなくても、難しい経典を知らなくても、神を信じなくても、誰もが悟りに至り至福を得ることが出来る。

私のこの思いは強い衝動となって、自ら5次元に生きる実験を始めて公開することになったのだ。

誰にも見えない私の心の変化を、かなり正確に見ていただける作品がようやく出来た。

今回の画像は完成品ではないが、鉛筆で描く作業が自分で納得できる程度まで進んだものだ。(S50号)

5次元の意識の中でしか生まれなかった作品だと自分で納得できるのだが、私の今までの作品と比較して、その変化を具体的に見ていただけるのではないかと思う。

0.5mmのシャーペンを0.3mmに持ち替えて、一粒一粒の砂を描く行為は、今までの私にはできないことだった。

まずその膨大な量の感覚に圧倒されて進もうという意識さえ生まれなかった。それは明らかに4次元の思考が原因していた。こんなにも描ききれない。いつ終わるかわからない。そんな思いが作品を描く前に恐れとなって私をひきとめていたのだ。

だが5次元の概念を理解すると、砂の量など問題にならない。時間の意識から解放されると、私は今この瞬間を生きるようになる。

私が生きるのは今このときを描く一粒の砂。それが星の数だけあっても、真実だけを見つめて生きていけば至福の中で一粒一粒の砂と新鮮な出会いが続いて行く。

今回の作品は、私の中に生まれてくる様々な煩悩を砂に託して描いた。

煩悩を押し分けて人は生きていかねばならない。私の自画像でもある。

伝えたいことはたくさんあるが、

伝えることは単純だ。真実のまま生きるということであり、それを象徴するのがこの一枚の絵だと思っている。

 

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5次元宇宙に生きる

2014-07-13 | 5次元宇宙に生きる(一人旅通信)

意識を宇宙に向けると時間の感覚から解放されて、いまこの瞬間に生きている自分とめぐりあう。

頭脳が5次元の観念に慣れてくると、意識が宇宙に向かって開かれていく。

宇宙と一つだという思いが、しみこんでくる。

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5次元宇宙に生きる

2014-07-09 | 5次元宇宙に生きる(一人旅通信)

4次元から5次元に思考を転換しようとすると、

当然4次元思考の抵抗は避けられない。

私の思考実験はまさにこの抵抗と克服の繰り返しだ。

2日間、強烈な抵抗に見舞われた。

私はこのまま廃人になっていく。誰からも見放され、一人孤独に押しつぶされるだろう。

5次元思考と大層なことを言いながら、そんなものは小さな言葉の遊びではないか。

行き着くところ、私は空間だという。それから先はどうなるのかね。

お前は間違った道を歩んでいる。

「空」だと言いながら、実は何も出来ない人間ではないか。

今までそれなりに生きてきたが、それは公務員という与えられた仕事をこなすだけのことで、自分の力で生きたことなどなかった。

絵を描き続けてきた。それだけが心の支えだが、それとて与えられた職務の隙間で遊ぶ程度のものではなかったか。

いったい、何人の人が私の絵を必要としているか、そう考えると4次元の思考は私の心をずたずたにする。舌を前に突き出し、歯で噛み切るしぐさを繰り返す。追い詰められている。

思考実験をやめろ。大変な過ちを犯している。正常に戻るのだ。

そんな思考が繰り返しやってきて、私の頭脳は怯えと恐れで麻痺し、胸が圧迫され、家族にもまともに目を合わせられない喪失感がはびこる。

こんな生活を一生続けるのか。

私の心はたった一つを除き、ほとんど丸ごと、4次元の思考にまみれていく。5次元など幻想に過ぎないのだ。

苦悩にまみれて生きてきた60年の心そのまま、何の救いもない、もとの木阿弥というやつだ。

ただ一つ違ったのは、5次元の思考実験をしているという意識だけは、心の芯に残り続けたことだ。この意識が、苦悩の中でかすかに心を動かすことが出来た。この苦悩は4次元思考の抵抗なのだという思いが、最後のところで私を踏みとどまらせてくれた。

苦悩が大きければ大きいほど、4次元思考を追い詰めている証しだ。

そう思えると、心のエネルギーが裏返るように変化するのがわかった。

私は苦悩のかたまりを心の中に意識して、それを抱えたままキャンバスに向かった。

キャンバスに砂粒を描き始める。この一粒一粒が今抱えているこの苦悩だ。そう言い聞かせて、その一心で描き続ける。0.5ミリのシャーペンを0.3ミリのものに代えて、丁寧に苦悩をミリ単位の砂に現す。

意識は5次元空間を描き出している。私は空間となって、巨大な神人の体内や私の体内、そして素人の体内に広がっているただ一つの空間に入っていく。

抱えていた苦悩のかたまりが嘘のように消えていく。

残ったのは、存在の持つ充足感と、私の絵だ。

繰り返しやってくる4次元の抵抗は、このように消していく。

何度も何度も、その覚悟はできた。

 

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5次元宇宙に生きる

2014-07-06 | 5次元宇宙に生きる(一人旅通信)

5次元の世界観は全てが一つの世界だということだ。

私という存在はその全一の一部であり、大海の一つの泡に等しい。

その事実を悲観するのではなく、積極的に受け入れて世界を見る。

これが5次元の根本になる。

宇宙の泡ならば、

不都合と思える私の一切の汚点も、それは私の責任ではない。

鬱を抱える一切の心をそのまま手放すことが出来る。

私を保ち、その体裁を整える必要などどこにもないことになる。

宇宙の泡ならば、

一切の責任は私にはない。

私はただ心を空っぽにして、宇宙のエネルギーを感じながら生きたらいい。

心を空っぽにして受ける至福は、利己的な私の喜びを超越したもの。

それこそが全一の宇宙の喜びであり、人類の至福につながる。

5次元の思考は宇宙の幸せを求める概念を作り上げることが出来る。

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5次元宇宙に生きる

2014-07-05 | 5次元宇宙に生きる(一人旅通信)

40年以上絵を描き続けてきた。

私の求めるものは、己の真実に出会うということだった。

己の真実は心の芯にあるという思いもあって、ただひたすら心の風景を求めた。

そして行き着いたのが、5次元だったと思うのだ。

ここ数日、5次元の中で絵を描いている。

5次元の中の私は空っぽだ。すると真実が私に向かって流れ込んでくる。

充実感とともに、私は空っぽのままキャンバスに向かう。

ただそれだけのことだ。

だがその瞬間、これが私の求め続けていたものだと理解する。

 

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5次元宇宙に生きる

2014-07-01 | 5次元宇宙に生きる(一人旅通信)

5次元宇宙に生きるということは、私という認識主体の大きさを自由に変えることで見えてくる世界を理解し、その中で、己を考えるということになるだろう。

自分の体を極小から極大まで、自由にサイズを変えると、見えてくる世界は変わる。これは私たちの認識の方法が常に自分のスケールをもとにしている事からきている。

ところが、このスケールをどんなに変えていっても、常に変わらない見え方をするものがある。それが空間だと気付いたとき、私の考えは、この空間こそ私の本質だったのだという思いと結びついた。

空間は物質を存在させるエネルギーに満ちている。

その場は、素粒子も銀河も、ヒトも神人も、すべてのものを同時に存在させているのだ。

認識主体を無限に変動させて世界を見るという認識法は、そのスケールに応じて無数の私を設定しなければならないと思っていたのだが、実はスケールの影響を受けない存在があったのである。

すなわち5次元の私とは、この身体をもつ私ではなく、この身体を取り巻く空間だったというわけだ。

 

 

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