のしてんてんハッピーアート

複雑な心模様も
静かに安らいで眺めてみれば
シンプルなエネルギーの流れだと分かる

第 三 部  四、救い主 (ジルの処刑)

2014-12-23 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

ジルの処刑

 

 ヅウワンは毎日骸骨兵から拷問を受けた。自分の死はエミーのせいだと言わせようとするのだった。ヅウワンの心に憎しみを植え付けようとする骸骨兵の責め苦は、ヅウワンの心の広さに比例して大きくなっているのだった。ヅウワンは毎日その苦痛に耐えていた。

 「母さんごめんなさい、私のために。」エミーは何度もヅウワンに謝った。

 「いいのよエミー。」ヅウワンはその度にエミーの頭を優しくなでた。

 もうそろそろ、骸骨兵がヅウワンを呼び出しにくる時刻だった。ヅウワンは分かっていても、その足音が聞こえる度に恐怖を感じるのだった。しかしエミーにそんな気持を見せる訳には行かなかった。それよりも、生きたままこんな所にやって来たエミーを何とか力づけてやりたいと願った。

 バックルパーもまた、この国に来て兵隊達と戦っている。そんな話をエミーから聞いてヅウワンの心は張り裂けそうだった。一体どうなっていくのか、たとえどうなったとしても、ヅウワンにはどうすることも出来なかった。そんな自分の非力さが悲しかった。

 「どうしたのかしら。」エミーがヅウワンの方を見て言った。

 「何なのエミー。」

  「ほら、音が、止まったでしょう。」エミーは牢の外を見た。

 「石うすが止まってるわね。」ヅウワンもエミーの言っている事態に気が付いた。

 「何が起こるのかしら。」

 「石うすが止まるなんて、今までなかったわ。」

 ヅウワンはそう言って鉄格子の方に歩いて行った。エミーもその後に続いた。たくさんの囚人達によって動かされていた石うすは完全に止まっていた。石うすを回し続けていた囚人達は全員持ち場を離れて周辺の壁際にうずくまっていた。骸骨兵達はムチをしならせて威圧し。囚人達を思うように動かしていた。刑を執行するために石うすを回している囚人のほとんどは、更生不可能と見られた囚人達だった。処刑のうすを回しながら、やがて自分もそのうすで粉々に引き潰される運命を背負っているのだ。

 その石うすが止まると、洞窟には両耳が押し潰されるような静けさが訪れて、牢獄の囚人達も、身を乗り出して処刑場の方を見た。

 周りに囚人がいなくなると、大きな石うすは円形の石の舞台のように見えた。その上に骸骨兵が数人立っていて、石うすの中央に太い柱を立てているのだった。よく見るとその柱の先には大きな人間が縛り付けられていた。

 「おおっ!」牢獄の中からいくつも声が上がった。

 「ジル様!」ジルを呼ぶ悲痛な声も聞こえた。

 エミーはその声を聞いて、思わず目を見張った。よく見ると、石うすの上に立てられた柱、その柱に縛り付けられているのは、紛れもないジルの姿だった。ジルの巨体は両手を頭の上に上げたような格好で縛られていた。でっぷり太った腹が見えた。ジルは上半身を裸にされていた。

 「ジル、あれはジルよ。」

 エミーは鉄格子に顔を擦り付けるようにして哀れなジルの姿を見た。

 「皆のもの、よく聞け。」

 骸骨兵が石うすの上から叫んだ。牢獄の至る所からどよめきが聞こえた。

 「静まれ!」

  骸骨兵の一喝に、地下牢は静まり返った。

  「この者は、生きたままこの国に侵入した不届き者だ。こ奴の仲間がまだいるはずだ。知っているものがいれば直ちに申し出よ。もし隠しているなら、そのものは重罰をもって臨む。永遠に四苦八苦すべてを味わう体にしてやろう。申し出ればこの地下牢から解放する。よいか、心して考えるのだ。」

 骸骨兵がジルの方に向き直ると、右手を上げた。すると柱を取り囲んでいた骸骨兵が一斉に槍を構えた。槍の切っ先がジルの胸の周りを取り囲んだ。

 「囚われの人々よ、聞くがよい。」

 澄み切ったジルの声が地下牢に響いた。

 「あなたがたは、その善のために救われるだろう。救い主はすでに現れたのだ。希望を捨てないで神に祈り続けなさい。」

 「おお!ジル様。」

 「ジル様、おいたわしや。」

 「ジル様、」

 囚人達は口々にジルの名を呼び、両手を合わせた。

 「そして、兵士達よ、あなた達もまた救われるだろう。あなた達はその悪のために救われるのだ。自分の幸せを諦めてはいけない。あなた達の悪は許されるのだ。」

 ジルはよく通る声で静かに語りかけた。

 「ええい、言わせて置けばいつまでも勝手な事を言いおって。やれ!」

 骸骨兵が命令した。ジルを取り囲んでいた槍の切っ先が一斉に引いたかと思うと、その切っ先が再びせりあがり、ジルの体にめり込んだ。ジルの体から鮮血がほとばしり出した。

 「ああっ、神様!」囚人達が口々に叫んだ。

 「ジル!」エミーが悲痛な声を上げた。

 胸から多量の血を流して、ジルは首を垂れた。

 「おお、ジル。」エミーはジルの処刑を目の当たりにして、口を押さえて泣き伏した。

 「エミー、ジルの言葉を聞いたでしょう。」ヅウワンが言った。

 エミーは泣きながらうなずいた。

 「ジルは神様のようだったわ。いえきっと、この牢の中で苦しんでいる者にとって神様そのものだったのよ。」

 「母さん。」

  「ジルは死にはしないわ。私達の心の中にいつまでもよみがえってくるの。」

 「立派だった。」涙をふきながらエミーが言った。

 「そう。ごらん、牢の中を、」ヅウワンはそう言って女牢の中を見回した。

 何体もの囚人がジルの死を悲しんで泣いていた。

 「今こそ、私達がこの人達を励まさなければ。」ヅウワンは静かにエミーに向かって語りかけた。

 「どうやって。」

 「歌うのよ。」

 「母さん。」

 「私は歌手だったわ。他には何も出来ないけれど、歌でなら何か役に立つかもしれない。私は今まで、自分の苦しさの中にだけ閉じこもっていた。自分の苦しさに耐えるのが精一杯だったの。でも、ジルの言葉はそんな自分に気づかせてくれたわ。これではいけないって。」

 「母さん、私に歌を教えて。」エミーは目を涙で一杯にして言った。

 「エミー、初めてそう言ってくれたのね。嬉しいわ。」ヅウワンはエミーの両手を取ってまじまじとその目を見た。

 「サンロットが言ってた。母さんは私がそれを言い出すのを待っていたって。」 

 「そうね、ソウルは心なの、エミー。そして心は自分一人で成長しなければならないの。誰の助けも受けられないのよ。自分の事を自分で決めたときにだけ、心は初めて本当の深さを持つ事が出来るのよ。」

 「よく分からないわ。」

 「分からなくてもいいの。大事なことは、今のあなたの心は本物だって事だけ。」

 「母さん。」エミーは次の言葉が出なかった。

  「ソウルは心なの。それが分かったら、あなたはもう立派な歌手だわ。さあ、目を閉じてごらん。自分の心の深い所を見つめて、そして感じるのよ。その心のリズムを捕らえるの。さあ、私について歌ってごらん。」

  ヅウワンはそう言うと、ゆっくり、静かに歌い始めた。眠っている赤ん坊にそっと口づけをして起こすように、ヅウワンの歌は人々の気づかない所からすでに始まっていた。心のリズムがヅウワンの朽ち始めた喉から流れ出て来た。

 エミーはヅウワンのリズムを全身に受け入れた。そして、こわごわとヅウワンの心に入っていった。すると同時に、エミーの心に溢れんばかりにヅウワンの心が流れ込んで来た。エミーにはそれが分かった。言葉以上の理解が生まれ、ヅウワンとエミーの歌は一つになった。その歌の心地よい響きは絶望に打ちひしがれた囚人達の心にも広がっていった。まるで母親のように優しく覆い包むように、歌声は人々の心に気付かない程自然に流れ込んでいった。打ちひしがれて肩を落としていた囚人達が、まるで新芽を吹き出すように涙に濡れた目を上げた。

 希望はそこにあった。自分の目の前にあったのだ。何十年も忘れていた安心と喜び、希望と勇気が、言葉を通り越して直接心に届いていた。

 

  闇の中で行き場を失った天使達よ

  死してなお

 なお死に切れぬ迷いさえ

  やがて消え去る時がくる

  生まれた霧はいつかまた

  地上に落ちて花になる

  苦悩の中で逃げ場を無くした天使達よ

 たとえどんなに苦しくとも

 たとえどんなに惨めな日々も

 たとえどんなに暗い闇でも

 たとえどんなに寒い夜でも

 勇気を持ちなさい

 勇気を持ちなさい

 勇気を持ちなさい

 もうすぐ日が昇る

 たとえどんなにつらい時でも

 希望を持ちなさい

 希望を持ちなさい

 希望を持ちなさい

 もうすぐ朝がくる

 

 囚人達の心を捕らえ、癒したものはリズムだけではなかった。それと同時に言葉が囚人達の意識を高めていった。誰の頬にも涙が光っていた。やがてヅウワンとエミーについて、囚人達がうたい始めた。二人の心のリズムが大きくうねり、捕らわれた囚人の廃墟のような心に潤いを与えていった。その心の波が今度はヅウワンとエミーに寄せ返して来た。そんな繰り返しの中で、心の波は女牢をはみ出し、地下牢全体を飲み込むように広がっていった。

 あちこちの牢から歌声が聞こえ始めた。すべてが一つになって、暖かい胸の中に抱かれる赤ん坊のような安らかさを感じていた。歌は何度も繰り返された。いつの間にか囚人達の大コーラスが地下室に響いた。

 その膨大なエネルギーは囚人達の心を癒すばかりではなかった。牢の外では骸骨兵の中に、鉄格子に顔をくっつけてそのコーラスに聞き入り、歌い出す者まで現れた。処刑場の石うすの周りに座っていた囚人達は、座ったまま涙を流して歌っていた。次第に体がリズムに乗り始めると、互いに肩を組んで、体を揺らせながら歌うのだった。

 その囚人の一部が石うすの上に昇り始めた。ムチを持った骸骨兵が威圧したが効果はなかった。逆に骸骨兵達は囚人の中に埋まり、肩を抱かれて囚人達と一緒に歌い出していた。  バックルパー達が地下道を通り抜けて初めて見た光景はちょうどそんな時だった。ゲッペルもダルカンもエグマも、何が起こっているのか理解するためにかなりの時間が必要だった。

 「あっ、エミー!」エグマが叫んだ。

 牢の中にエミーの姿が見えた。エミーは囚人達と一緒に歌をうたっていた。むしろ囚人達をリードしているように見えた。バックルパーはそのときエミーの横にヅウワンの姿を発見した。

 「ヅウワン!」バックルパーは狂ったように叫び、そして牢に駆け寄った。

 「エミー!」エグマとダルカンも走った。

  「どうしたのだ、ヅウワン。エミー。」

 バックルパーは鉄格子を揺さぶって叫んだ。

  「バック!」

  「バックル、あなた、」

 エミーとヅウワンが気づいて鉄格子越しに手を取りあった。そのとき骸骨兵がバックルパーに踊りかかって来た。バックルパーは振り向きざま、骸骨兵の槍をもぎ取り地面に押し倒した。バックルパー達の周りに何体かの骸骨兵が集まって来た。しかしほとんどの兵は士気を失っていた。むしろ喜んで打ち倒されるような兵士もいた。

 バックルパーとゲッペルはあっと言う間に十数体の骸骨兵を打ち倒した。そしてその中に、腰に鍵の束をつけている骸骨兵を見つけた。

 バックルパー達は手分けして牢の中の囚人達を解放して回った。

 「会いたかった。」バックルパーがヅウワンに言った。

 「私も。」ヅウワンがバックルパー見つめた。

 「随分苦しめられたのだな。可哀想に」バックルパーはヅウワンの体を見て言った。 

 「そんな事、何ともありません。それよりエミーが歌手になってくれました。」

 「エミーが、そうか。」

 「私のすべてはエミーに伝わりました。もう思い残すことは何もありませんわ。」  

 「母さん。」エミーはヅウワンにしがみついた。

 「エミー、まだ仕事が残っているわ。」ヅウワンはエミーの心をはぐらかすように言った。

  「えっ、」

  「ご覧なさい。」ヅウワンは処刑場の方を指さした。

  解放された囚人達が一斉に巨大な石うすの方に集まっていた。石うすの上に昇った囚人達はそのまま中央を向いて膝まづき、両手を合わせていた。その手の向こうに柱に縛り付けられて殺されたジルの姿があった。

  「あれはジルではないか。」ゲッペルが言った。

  「殺されたの。」

  「何という惨いことを。」

  「でも、立派だったの。ここに捕らえられた者達は、皆ジルの言葉で救われたのよ。だからあんなにも皆はジルを慕っているわ。」

  「そうだったのか。」

  「エミー、ジルを慰める歌をうたいましょう。今度は私達の番よ。」

  「分かったわ母さん。」

  エミーとヅウワンは静かに石うすの方に歩いて行った。そして再び歌をうたい始めた。ジルを取り巻いた囚人達は静かにその歌に聞き入った。すると囚人の一人が進み出て二人の手を取り、二人を石うすの上に導いた。二人が石うすの上に立つと、合掌した囚人達が二人の歌を息をのんで待った。

 

 みよこの尽きぬ喜びを

 聞けこの胸の高鳴りを

 今や来たれり我が救い主

 とわの命を喜びに

 凍てつく苦悩も消え去りぬ

 今や来たれり

  今や来たれり

  今や来たれり

  おお

  我が救い主

  今や来たれり

 

 歌声は大きく地下牢にこだました。ジルに向かって感謝の心が堰を切ったように流れ込んだ。その時、ジルの体が輝き始めた。白い光に包まれたジルの体から、人魂のような光の玉が分離して立ち昇り、処刑場の天井に止まった。下牢の中はまばゆいばかりの光で満たされた。

 「おお、神様」

 地下牢の囚人達は皆、地にひれ伏し祈りを捧げた。やがて光は天井にし染み込むように消えた。

 「諸君はたった今解放された。さあ、地上に上がるぞ。」ゲッペルが叫んだ。

 「おお、」

   囚人達の間に歓声が上がった。

  「私に続け!」

  「おう!」

  ゲッペルとバックルパーが先頭になって、囚人達は狭い階段を地上に向けて昇り始めた。

 

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