後だしじゃんけん日記

古い革袋に新しい酒?

昭和記念公園 花便り 12月29日

2012年12月31日 | メールが来ました

  アキ子様

    つややかな南天の葉と赤い実。年の暮にふさわしい写真有難うございます。

 

    今年も沢山の昭和記念公園便りを頂き有難うございました。

    心込めて添えられた文章も、とても趣き深くここを訪れて下さる皆様も

    楽しみにして下さって居られます。来年もよろしくお願い申し上げます。  

                                                      ミック 


「かぎろい」と「万葉まほろばロマン」の旅

2012年12月30日 | 旅行

クラブツーリズムからテーマのある旅ということで、奈良の寺と

かぎろい現象を見るというパンフレットが届きました。

暮も押し迫った12月28日出発、29日の朝まだきに万葉の里での「かぎろい」を

見たいという想いもあり、「法隆寺」には一度はお参りしたいととも願っておりました。

   「かぎろい」という言葉は、柿本人麻呂の余りに有名な万葉の秀歌

・・・ひむがしの 野にかぎろいの立つ見えて かえり見すれば 月かたぶきぬ・・・・

で知られています。橿原のホテルに一泊。早朝4時発バスで移動し奈良の大宇陀町の

かぎろいの丘 万葉公園 に到着。ぬかるみを踏んで真っ暗な中を丘に。

「かぎろいを観る会」は地元の方達がその体験をすべく催され、今年で41回目だといいます。

考証によれば、陰暦11月17日はその日だという。

極寒で好天、月は満月でなければなりません。

それが今年は12月29日の太陽が昇る直前の時間といい、この旅が設定された訳です。

名古屋駅からは専用車です。天候次第と言われても期待しますよね~。

   真っ暗な丘の上では焚火の炎がのぼり、テントでは葛湯が振舞われ、

   故事来歴のスピーチもあり、TVも取材していました。

    太鼓は若い衆が頑張っていました。

雨は上がっていましたが、月が有りそうな空は漆黒。厚い雲らしい。

6:20AMまで粘ったが、「かぎろい」は望めなかった。その方向を眺めてホテルに戻った。

まぁ企画の気持ちも判らぬではないが、41年中7回程しか現れなかったとは

地元の人の話。    ロマンですよ!  勉強になりました。

    来年は飛鳥路の古寺から始めます。


my hoomクリスマス2012

2012年12月26日 | 日記

12月25日の午後「クリスマスの集い」がありました。

社長以下スタッフ皆さんの熱演や、入居の方達のオカリナ演奏が続き、

最期に恒例の「くじ引き」がありました。うちは「膝かけ」get

(カメラの不調で肝心のシャッターチャンスが×とあいなりました。ゴメン

     クリスマス・ディナー

実は石巻から主人の見舞客がありました。Futaba inn 3人娘と両親。

やっと取れた休日に寄ってくれたのでした。

 

 


大河ドラマ「平清盛」 終わる

2012年12月25日 | 日記

視聴率最低とか言われた「平清盛」が終了いたしました。

こんなに真剣に大河ドラマを見入った事はありません。

まぁこの年齢の故もありましょう。暇ですから・・・・(NHKさんには失礼ですね)

しかしこの複雑極まる人間関係を理解するには、さら~っと観るには無理があります。

平安末期から鎌倉時代にかけて、朝廷・藤原摂関家・武士の台頭と

すさまじい葛藤の下に繰り広げられた推移は、このドラマで初めて知りました。

(私が歴史に無知なせいもありますが・・・)

平家といえば、豪奢な公達をイメージしていましたから、

あの凄惨な清盛の出生からビックリと当惑が続いたのも本当です。

やがて、きたない・あまりに埃っぽい・ややこしいと視聴者の不満が聞こえてくると

反対に意地っ張りな私は「なんでこうなるの?」と引き込まれて居ました。

役柄が多いので沢山の俳優が出演いたしました。

私、演技の評は出来ませんから、印象だけですが・・・・

一番のもうけ役は 西行 (藤木直人)。佐藤義清は美形で文武両道の北面の武士。

やがて出家し、遊行僧西行に。しかし和歌を詠み続けて吉野山の庵で希望どうりの

死を迎える。とまでは知っていましたが、朝廷・武士の棟梁とつかず離れずの位置に居て

肝心のいい場面に登場しました。彼の人生観・生き方は現代人をも魅了します。

女性では祇園女御・乙前(松田聖子)。白河院に愛された日もあるのに、離れては

乙前となり「今様」の実力で後白河法皇にも清盛にも不思議な存在となります。

つまり二人とも権力の範疇から離れたまこと クール な人でした。

 

白河院・鳥羽院・崇徳院・後白河院    個性派の俳優が熱演しましたが

天皇家に生まれるのも大変やなぁと・・・・暗澹に近い

崇徳院の井浦新の名は、しっかり覚えました。

藤原摂関家は公卿のメーキャップで、誰がどれなのか一番判りづらかった。

藤原頼長(山本耕史)は顔を知っていたのと性格が公卿離れしていたので

印象的でした。公卿って政府機関だったのでしょう?よく判らんシステム。

女性では政子(杏)。少女時代のリアルな汚さと強気はオドロキ!

後白河天皇と恋愛?して勝ち取った滋子(縮れ髪の)はいい度胸していました。

 

沢山の名演技を見せて頂きました。もう一回観たらきっと分かるよね~。

 

最後に清盛(松山ケンイチ)。汚れ若者から出家してなお強欲に平家のCEOを

やり切った最晩年まで頑張りました。大した演技力・気力と感じました。

どうしても清盛は歴史上では悪役イメージ。武士の時代というより

「平家の時代」でした。平家あっての武士の時代の到来ではありましたが・・・

   個人的には遮那王の神木隆之介が好かった。

  ・・・・・・ これ全部が個人意見ではありますが・・・・


アニマル・セラピー

2012年12月21日 | 日記

  アニマルセラピーでボランテアの方達が夫々の愛犬・愛猫を連れて

おいで下さいました。今回はクリスマス前なので衣裳や帽子がサンタ風。

とってもお似合いで可愛かった。顔見知りのワンちゃん・ニャンコの登場です。

   たった一匹のにゃんこ ターチャン。奇跡のおとなしい子です。

みんな芸達者でしたよ。うまく撮れなかったワンコ・・・ごめんね。

オーナーの皆様  有難うございます。  実はあなた様達と一緒の子達を

眺めさせていただくのも心を豊かに温かくして下さるのですよ~

    幸せな風景 ありがとう  

 


昭和記念公園だより

2012年12月20日 | メールが来ました

写真の植物はシモバシラです。
 
シモバシラはシソ科の植物で、冬になると茎は枯れますが、
 
根は活動して水を大量に吸い上げて茎へ送るそうです。
 
そのため、気温が0℃を下回ると茎の周りに氷柱ができます。
 
 
普通霜柱といっているものは、土中の水分が凍って結晶のような
 
氷柱になったものをいいますが、シモバシラの霜柱は綿花のようです。
 
 
                 昭和記念公園にも普通の霜柱も見られます。
 
 
         霜柱を踏んで歩いたなんていつのことだっただろうか・・・・・  アキコ
 

イルミネーション2012 昭和記念公園

2012年12月18日 | 日記

    カメラも腕も夜景は無理なのですが、行った以上は撮ってみました。

    案の定 殆どモノになりません。

    今年は記念公園名物のブランデーグラスがありませんでした。

    両側にイチョウ並木のある水路。つきあたりに乙女の群像を載せた噴水があって

    とてもいい雰囲気のカナルです。

    イルミネーションの時期にはその水路に積み重なったブランデーグラスから

    滴る水にライトが煌めいていました。・・・・ないと淋しいものですネ・・・・・

    ようやく撮れたメルヘンチックな一枚です。

 


クリスマス・ツリーの贈り物

2012年12月13日 | 日記

オヤッ 今朝 食堂前にクリスマス・ツリーが飾られておりました。

ロビーには例年どうり、電飾付きのツリーが飾られて居ります。

  今年は何とした事かと思案して見たら、送り主からのメッセージが・・・

「明治安田生命 営業企画部一同」とあって皆さんで作られたのでした。

可愛いオーナメントが沢山飾られ、雪綿はモコモコの羊さんです。

     有難うございました。 うれしいです!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


自分史 まがい⑦

2012年12月11日 | 日記

  教える

私は親切であるかなと思います。

しかし安易な親切で、決して深慮を伴いません。

時にハタ迷惑かとも思われます・・・・(とんでもない失敗に繋がったことも有ります。)

自分で良かったと思うと、直ぐに人に伝えます。

よくよく考えると、親切というより「教えたがり」な癖(へき)なのかも。

 

古布で人形や小物を造る作家のお宅に叔母に誘われて行きました。

不器用な私にはとても無理だと感じていましたら、もう一つ皮革染色の

作品を見せて下さったのです。柔らかい羊皮(ヤンピー)や山羊皮(ゴート)に

蝋ケチで染色し、バッグや草履やアクセサリーに仕立てるのです。

私は魅せられて直ちに入門致しました。

 

しばらく経った頃、先生がおっしゃいました。工芸の勉強を続けてその先に

3つの選択があると。  1.作家になる。  2.先生になる。(教える)  3.職人になる。

私には「先生が向くわネ。」といい「親切だから・・・」と加えました。

 

教室で後輩のお弟子さんが居ると、ついアドバイスをし、準備の手伝いをし

確かに親切ではありました。

 

作家になるには独創力と強い意志と環境が必要だし、職人には高い技術力が必須です。

先生はそこそこそれらが要りますが、B級でもなんとかなりましょう。

しかも先生の助手には便利です。・・・私、先生のお気に入りと言われたなぁ・・・・・

 

そういえば太極拳も先生になれました。(運動音痴のくせに)

 

先日年賀はがき用の日本郵便の「はがきデザインキッド」がなかなか良いので、

友人にダウンロードを勧めました。友人やってみたら、上手く行かないところがあって

私宅に遊びがてら教わりに来ました。1時間程でクリアー。   やったね!

 

彼女いわく   「教授もいいけど、弟子もよかった!」    自宅でやってみた結果です。

 

      私  いつまでもビギナー時代の失敗を忘れないから初心者には向くと思われます。

      それと・・・・・生徒に恵まれました・・・・