瞑想と精神世界

瞑想や精神世界を中心とする覚書

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中学校学習指導要領・道徳編の内容項目・再構成のための一試論(2)

2015年06月29日 | 瞑想日記
引き続き文部科学省の中学校学習指要領・道徳編に関する小論を掲載する。小論中で24項目とあるのは、リンク先にあるような、中学校での「道徳の時間を要として学校の教育活動全体を通じて行う道徳教育の内容」を指している。リンク先を参照されたい。(なお、小論中で図への言及があるが、技術的な問題で、図の掲載は数日後になると思う。ご了承いただきたい。)

中学校学習指導要領・道徳編の内容項目・再構成のための一試論

[5] 内面へ深まる視点
次に二つ目の「内面に向かって視野と気づきを深めていく視点」を検討しよう。「人間が、道徳的、精神的に向上し、成長していく力を持っているという認識が、道徳教育の前提となっていることに異論はないだろう。では、ある生徒が、以前よりも「成長した」という場合、そこにどのような変化が起こっているのだろうか。もちろん、24の内容項目のそれぞれにおいて変化の内容は違うとも言えるし、個々の生徒もそれぞれも個性に即した変化・成長を遂げていくのだともいえる。
しかし「四つの視点」や個々の内容項目が相互に関連しあっている以上、変化・成長していくプロセスに何らかの共通の構造が見て取れる面もあるはずである。そのプロセスを簡潔に表現するなら「自己中心性からの脱却」といえるのではないか。「視野と行為の領域を外界へと拡大していく視点」でも、狭い自己中心性や「自己の属する集団」中心性から脱却していくプロセスが、大筋において道徳的・精神的な成長のプロセスに重なることを示唆した([4])。「内面へ深まる視点」においても「自己中心性からの脱却」が、各道徳項目における変化・成長の一つの目安となるであろう。

「自己中心性」とは、自分の利害関心を通してしかものを見ることができず、行動もできない状態である。人間は、多かれ少なかれ自己中心的な見方をし、自己中心的な行動をしている。極端に自己中心的であるとき、周囲の現実は自己中心の見方で極端に歪められ、その歪んだ現実認識に基づいて行動するので、人や社会とのかかわりも軋轢が多くなる。それは、道徳的な価値の実現とはかけ離れた状態である。人間の内面的な成長は、自己中心性からどれだけ抜け出しているかどうかに関係しているといえるだろう。

人間は、多かれ少なかれ自己中心性を保持しながら、周囲の人々や社会との関係でそれを制御しつつ、社会生活を送ることができる。自己中心の見方と、他者や自他の属する集団の見方とを調整し、一定の妥協点を見出すという方向である。その調整の過去における蓄積が何らかの形をなしたものが、「礼儀・きまり・法」などだともいえよう。それらを重んじる行動は、道徳性を考える上での重要な一側面である。

一方で人間は、「内面に向かって視野と気づきを深めていく」方向で、自己中心的な見方から徐々に解放されていく可能性ももっている。人間は、多かれ少なかれ自己中心的に現実を歪めて見ているが、その歪みは限りなく少なくなっていく可能性である。現実が現実として歪みなく見られ、受容される方向への可能性である。

それは同時に、「自己の在り方のより深い自覚」のプロセスであり、内面への気づき・洞察のプロセスである。今まで自覚していなかった利己心・自分の利害へ極端なとらわれ・執着心などが自覚され、意識化されればされるほど、自己中心的な見方から解放されていく。自己の内面の現実が、歪みや抑圧なしに自覚され、受容されていくプロセスである。自己の内面の、より歪みのない認識に基づいた行動は、外界の現実認識も歪みがより少ないため、周囲とより調和するようになる。人間の道徳的、精神的な成長のプロセスは、内外の現実を自己中心的な歪みからどれだけ解放されて受け止められるかに関係するといってもよいだろう。内面への自覚と気づきのプロセスが深まるほど、行動も、道徳的により調和したものとなるのである。

[6] 「人間の力を超えたもの」と「自己の向上」
①「人間の力を超えたもの」
 ここからは図Bを参照しながら考えたい。まず「内面に向かって視野と気づきを深めていく視点」を示す三重の円の中心に「人間の力を超えたもの3(2)」が置かれていることについて説明したい。3(2)の文言は「自然を愛護し、美しいものに感動する豊かな心をもち、人間の力を超えたものに対する畏敬の念を深める」であった。この文言を読む限り、「人間の力を超えたもの」は自然との関連で語られているようにも見える。とすればこれは、内面の問題というよりも外界に関するものではないかという疑問が出て当然だろう。

しかし一方、人間が自然の一部であることは紛れもない事実である。むしろ人間が自然と一体であり、自然の一部であるという自覚こそが、環境破壊に直面する現代に生きる私たちに強く求められている。私たちの命の営み、鼓動や脈拍を素直に感じるだけでも生命現象の不思議、「人間の力を超えたものに対する畏敬の念」は感じられる。
「自然の生命を感じ取り、自然との心のつながりを見出す」のは、私たちの心である。私たちの生命や心が自然の生命や心とつながっていることの自覚が重要である。自然と生命とつながる自分の生命に「畏怖の念」を感じる心は、現代の子供たちの命をまもるという視点からもとりわけ大切であろう。

さらに「人間の力を超えたもの」へ気づきは、「内面に向かって視野と気づきを深めていく」方向の最も深い部分にかかわっている。内面に向かう気づきのプロセスは、自己中心的な見方、自我やその利害関心への極端なとらわれ・執着心などに気づき、そこから解放されていくプロセスであった。そのプロセスの最深部においては、自我の力の限界が自覚され、「人間の力を超えたもの」への感受性に開かれていく。「人間の力を超えたもの」への「畏怖の念」は、外界の自然に接するときだけではなく、自己の内面に秘めたれた「成長する力」を実感するときにも生じるだろう。図Bの中心部で(自我の力を超えたもの)という表現を付け加えたのは、以上のような理由に基づく。

ともあれ、私たちの心、内面の世界を深く洞察し、「自己の在り方を深く自覚する」ことは、「人間の力を超えたもの」が私たちのうちにも秘められていることの発見につながるのだ。こうした「内面化」の視点から24の内容項目のいくつかを整理すると、項目相互にどんな構造が見えてくるかを探っていこう。

②「自己の向上」と「生きることの喜び」
図Bの下から中心に向かって矢印が伸び、その線上に「自己の向上」と「生きる喜び」という項目が置かれている。それぞれ「1(5)自己を見つめ,自己の向上を図るとともに,個性を伸ばして充実した生き方を追求する。」と「3(3)人間には弱さや醜さを克服する強さや気高さがあることを信じて,人間として生きることに喜びを見いだすように努める。」という内容項目に対応する。これらの項目は、同心円のどこかの領域に属するものではなく、矢印の向かうプロセスそのものにかかわるものとして図示されている。

まず「自己の向上」とは、自分の学力・技能・才能などを高めるという意味もあるだろうが、「自己を見つめ」、自己の人間性や道徳性を向上させるという意味もあるであろう。それらが一体となって自分の向上が実感されるときに「充実した生き方」・人生も実感される。

一方、「人間には弱さや醜さを克服する強さや気高さがある」という表現は、今どんなに弱さや醜さに満ちていようと、人間は精神的に成長する力を秘めているということを示唆している。それは、人間が限りなく向上する力を秘めているということであり、その向上し、成長するプロセスにこそ、「充実した生き方」や、「生きることの喜び」があるということである。

もちろん、この成長するプロセスは、「自己中心性からの脱却」であるともいえる。内面の弱さや醜さを自覚し、受容することによって、そこから解放されていくプロセスである。
また、弱さや醜さを克服して成長しうるところに人間の「気高さ」があるといわれるときの、「気高さ」という表現に注意されたい。自己中心的な人間が、自己中心性から解放される可能性を秘めているのは、人間の心が本来、その深奥で「気高いもの」「崇高なもの」(3の表題)、「人間の力を超えたもの」に支えられているからだともいえよう。その意味で、円の中心に向かう矢印は、個人の内面的な成長の方向を示すと同時に、「自己の在り方を深く自覚する」、自己がよって立つ基盤をより深く自覚する方向を示しているともいえよう。
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中学校学習指導要領・道徳編の内容項目・再構成のための一試論(1)

2015年06月27日 | 瞑想日記
ある友人が、道徳教育の研究をテーマの一つとしており、横浜の中学校の先生と小さな研究会を長年行っている。私も、10年ほど前にその研究会に誘われ、2・3ヶ月に一回のペースで会合を持っていた。道徳教育そのものに特別の関心があるわけではなかったが、テーマ以外の様々な話題も楽しく、次第に深く関わるようになった。

最近、様々ないきさつの中で、その研究会に発表する小さな論文を書いた。
文部科学省の中学校学習指要領・道徳編に関するものである。この小論の後半は、とくに私が長年探求して来たテーマにも関係するので、この場にも数回に分けて掲載したいと思う。小論中で24項目とあるのは、リンク先にあるような、中学校での「道徳の時間を要として学校の教育活動全体を通じて行う道徳教育の内容」を指している。リンク先を参照されたい。

中学校学習指導要領・道徳編の内容項目・再構成のための一試論

[1]はじめに
 周知のように文部科学省の中学校学習指導要領・道徳編は、生徒の道徳性を「四つの視点」からとらえ、その内容項目を分類整理している。その内容の全体構成は、内容項目の相互の関連性や発展性を示す一つの「全体的な視点」を提供するものであろう。それは、中学校の道徳教育を考え、また実践していくうえで基盤となる重要な視点である。
 一方、これらの内容項目を分類整理し、構成する「全体的な視点」は一つである必要はない。道徳教育を実践する現場から、あるいは道徳教育の発展を願う様々な分野から、指導要領に提示された内容項目の関連性や発展性を示す、様々な「全体的な視点」が提示され、議論されることはきわめて重要なことである。それは個々の内容項目を複数の視点から検討し理解を深めることを可能にする。そうした議論の活発化は、道徳教育の考え方を深め、発展させ、実践の質を向上させるうえでも欠かせないであろう。本論は、そうした「全体的な視点」の一つを提示するささやかな試みである。

[2]「全体的な視点」を検討する意味
 文部科学省の中学校学習指導要録解説・道徳編では、「四つの視点」が相互に深い関連をもつことが指摘されている。たとえば「1及び2の視点から自己の在り方を深く自覚すると、3の視点がより重要になる。そして3の視点から4の視点の内容をとらえることにより、その理解は一層深められる」(p37)というような相互関連である。
 とするなら、各視点のそれぞれの内容項目が、「四つの視点」という枠組みを超えて個々に深い関連をもつことも当然ありうるであろう。そこで本論で試みたいのは、「四つの視点」とは違う角度からひとつの「全体的な視点」を構成し、その視点から個々の内容項目の関連性を見直すことである。こうした試みによって、全体構成についての複眼的な視点が得られれば、個々の内容項目のとらえかたも多面的で深い議論や見方が可能になるかもしれない。そうした多様な視点の一つを検討したい。

[3]「二つの視点」からの再構成
 本論では、「四つの視点」を参考にしながらも、若干異なる「全体的な視点」を、図を中心として視覚的に提示し、そこから24の内容項目の分類整理、再構成の道を探る。その「全体的な視点」は「二つの視点」からなる。一つ目の視点は、「自分自身」を中心として外界へと視野と行為の領域を拡大していく視点である。二つ目の視点は、「自分自身」の内面に向かって自覚・気づきを深めていく視点である。この二つの視点から24の内容項目を整理しなおすことよって、それぞれの項目とその関連性を見る「いろいろな(多様な)ものの見方や考えかた」の一つが提示されるであろう。

[4]外界へ拡大する視点
 まず、一つ目の「視野と行為の領域を外界へと拡大していく視点」を検討したい(図Aを参照)。これは、「四つの視点」で言えば、4「主として集団や社会とのかかわりに関すること」と重なる部分が多い。しかし、1や2から引かれた項目もある。各項目に共通するのは、自分を律する生活習慣であれ、人々や社会に支えられた礼儀や慣習、きまりや法であれ、それを守ることが決め事やルールに多かれ少なかれかかわっていることである。さらに、自分自身の外側に無限に広がる様々な範囲の社会に、そうしたきまりや法を意識しつつ、いかに関わるかという視点である。そのような意味でこれは、自己の「内面への深まり」とは逆方向の、「外界へ視野の拡大」というベクトルからの分類整理となる。
図Aに沿って検討しよう。自分を中心に外に向かって(図では下方向に向かって)、

「健康・生活習慣1(1)<充実した家庭生活4(6)<学級・学校・郷土4(7)(8)
<日本人・国への愛4(9)<世界・人類の幸福4(10)」

という形で領域が拡大していく。(数字は該当する四視点と内容項目の番号。なお図に収める関係でそれぞれの項目から重要語句を選び、内容項目を便宜的に代表させている。以下同様。)

図Aの右肩にはまた、五重の円をまたがるかたちで、

「集団生活の向上4(4)・勤労・奉仕の精神・公共の福祉4(5)」

「礼儀2(1)・公徳心4(2)・きまり・法4(1)」

が並ぶ。上段は家族から始まり、さらに大きな集団や社会にかかわるさいの、基本的な心構えや態度、精神にかかわる項目を連ね、下段はそれらの集団や社会を貫いて重要なルールにかかわる項目を列挙している。
図Aのような分類整理の仕方で示された内容項目は、自分の外側に存在する決まりや法との関係で自分の行動を律する面に焦点が当てられている。しかし、視野の拡大は、大筋において成長のプロセスと重なるともいえる。それは「自己中心性」から、次第により広い視野へと脱却していくプロセスとも理解できる。自己中心の見方から家族中心の見方へ、自己の属する小さな集団中心の見方からより大きな集団中心の見方へ、そして日本という国家中心の見方から世界全体を視野に入れた見方へ、より広い視野を獲得していくプロセスである。
そして、この視野の拡大というプロセスは、「自己の在り方を深く自覚する」という「内面への深まり」と密接に関連し、それに支えられている。それぞれの段階における「自己中心性」は、そうした自己の在り方への深い自覚・気づきによって乗り越えられていくからである。

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近況

2015年04月06日 | 瞑想日記
このブログに自分のことを語った最後が、2013年12月末だから、もう2年数ヶ月もご無沙汰していたことになる。少し近況に触れておきたい。

まず健康と仕事の面だが、2013年6月末に脳梗塞で二ヶ月近く入院したが、その後は健康に活動している。歩行に若干の違和感は残るが、ほぼ普通に歩ける。最近は健康のため毎日1時間ほど歩くように心がけている。体重は発病前の72キロ前後から10キロ減り、62~3キロ台をほぼ保っている。退院後、持久力は少し弱まった感じがするが、睡眠時間を多くすることでカバーしている。

今年3月までは、高校で「再任用」という形で政治経済、日本史などを中心に週3日ほど教え、短大で一日教えていた。4月からは高校は非常勤という形になり、仕事は純粋に授業だけ、今年は政経と世界史、週二日6時間の担当だ。短大の非常勤講師は4年目になるが、一般教養の英語と「実践コミュニケーション」という講座、合せて4コマの担当だ。前年度は、高校と併せ週4日の勤務だったが、本年度は週3日、それも自分の授業時間だけの拘束になるので、かなり時間的な余裕ができる。その分、自分の関心分野の研究に力を注げる。

このブログを更新しなくなったひとつの理由は、瞑想をしなくなったからだと思う。以前はこのブログに報告することによって、自分の瞑想や求道の励みにしていた面がある。ということは求道の思いがそれだけ弱まった、と言えるのかもしれない。読む本も、最近は精神世界関係の本がすっかり減って、日本文化に関係するものや政治・経済分野のものが圧倒的に多い。日本文化論関係では、いずれ本にまとめたいという気持ちで研究を続けている。

もちろん求道の思いがまったくなくなったということではない。自分の日常的な思考の流れに気づきを入れたり、人間関係のなかで自分の心のあり方を振り返ったり、ということは毎日、何かしらある。精神的な成長や解放にかかわることはつねに意識して、日々を送っている。もちろん、ヴィパッサナー瞑想の合宿に参加したときのような深いところでの「統合」体験があるわけではない。ときどきそんな日々を思い出し、合宿時のような体験が自分にとって本質的に重要なことなんだということを確認したりもする。

最近というか、ここ数年の私にとって大切なことは、同年代の古い友人との語り合いだ。関心や追求しようとすることに若干のずれもあるが、共通する部分も多い。精神世界への関心やそれに関係する体験も、違いもあるが、ともにそうした関心を長いあいだ語り合ってきた。現在も、月に二度や三度は語り合っている。その語り合いによって影響を受ける部分も多い。脳梗塞以来、ただでさえ弱かった酒を禁止された。それでも少しだけ飲みながら友人と語る時間は、自分にとってかけがえのないものだ。

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芦田良貴さんの詩集「KAMI」、再び

2014年03月10日 | 瞑想日記
前回、紹介した芦田良貴さんの詩集「KAMI」、アマゾンで入手できるようになったとのことなので、そのページをリンクさせていただく。→「KAMI

詩集 KAMI
著者:芦田 良貴
E-mail:ashidayoshiki@gmail.com
発行者:広瀬公治
発行所・制作:book bird

私が運営するサイト「臨死体験・気功・瞑想」の「覚醒・至高体験事例集」のなかに「芦田良貴 詩集」の中にもこの本の中のいくつかを紹介させていただいている。それを読んで何かしら心に響くものがあったら、ぜひ本を手に取って読んでいただければと思う。同様に私たちの心の中に眠っている聖なる部分に呼びかけるようないくつもの詩に出会えるだろう。その中からひとつだけここにも紹介しておこう。


◆永遠よりも美しい瞬間

神様
あなたは花に姿を変え
ひときわ輝くようなほほえみで
花の命を見つめている。

神様
あなたは虫に姿を変え
我を忘れて
今日の蜜を求めている。

神様
あなたはいたるところに
不思議なやり方で現れて
奇蹟を起こして去っていく。

神様
あなたは私に姿を変え
まるではにかむようなまなざしで
私の人生を眺めている。

神様
あなたともあろう方が
どうしてこんな姿に身をやつしているのか、
私にはそれがどうしても解らなかった。

空に雲が漂い
海に風が吹き
光が水面に散乱する。

知らなかった。
このありふれた光景が
あなたの心で 出来ていることなど。

まるで足の踏み場も無いほどに
優しさに溢れた地面を見つめながら
私は歩く。

微かな音楽で満たされた
豊饒で静謐な この空間を 私は見る。


私の想像を遥かに凌駕する
この美しい現実を前に
私は佇む。

一滴の水が
虹色の波紋を拡げたとき
私は解る。

神様
永遠よりも美しい この一瞬をくれたから
もう命を還してもいい。


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詩に昇華された覚醒体験:芦田良貴 詩集

2014年02月14日 | 読書日誌
私が運営するサイト「臨死体験・気功・瞑想」の「覚醒・至高体験事例集」のなかに「芦田良貴 詩集」というページがある。詩ではあるが、書かれたご本人の体験に根ざし、事例集に集めた「覚醒体験」と深く通じる内容を詩として昇華されており、読む者の心を深く打つものがある。

先日、この芦田良貴さんよりメールをいただき、上に紹介した詩を含む詩集を出版したとのことで、送っていただいた。詩集のタイトルは「KAMI」である。このサイトに紹介した詩を含め、全部で18篇が掲載されている。

詩の中には、何かしら「臨死体験」を暗示するものも含まれる。いずれにせよ、ご本人の「覚醒」をもとに表現されたものに違いない。重要なことは、それが完成度の高い詩として私たちに与えられていることだ。つまり、私たちの「思考する意識」に訴えるよりも、魂に直接訴えかけてくるということだ。悟りや覚醒について書かれた本は多いが、詩という形で訴えかけるものは、私はほどんど知らない。その意味でも芦田さんの詩集は貴重だと思う。

この詩集のもうひとつの特徴は、それぞれの詩が英文に移されて読めるようになっているところだ。英文で読むと、日本語だと意外とすんなりと読んでしまう詩句が、とても新鮮な印象をもって迫ってきたりする。違った言語体系の中に置きかえられることで、日本語で書かれたものとまた違った力をもつ詩になっている。

日本語、英語それぞれのこれらの詩を読む人々のなかには、これをきっかけとして大きな気づきを得る人もいるのではないかと思う。私自身も何度も、じっくり読み返したいと思っている。



詩集
KAMI

著者:芦田 良貴
E-mail:ashidayoshiki@gmail.com
発行者:広瀬公治
発行所・制作:book bird
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現実を打ち破る夢

2013年12月24日 | 普通の日記
今年は、高校3年生を教えている。卒業文集の原稿の依頼が来たので、次のような文を書いた。文集が出来るのは卒業直前だろうが、偶然私の原稿を見たという若い先生が私のところへ来て、感動しましたと伝えてくれた。その原稿とは以下のようなものだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~    

「現実を打ち破る夢」

夢が現実によって打ち砕かれることはいくらでもある。しかし、夢が現実の壁を打ち破ることだってある。夢を持ち続けてこそ、それが現実になっていく。

どうすれば夢がそれだけの力をもつのか。「創意工夫」は、その答えの一つだと、今の私には思える。

私は、創意工夫が好きだ。たとえば勉強での創意工夫。勉強なんて嫌いと思うなかれ。知識をばかにする風潮が今の若者にはあるという。しかし、日本をここまで築いてきた先輩達がどれほどの情熱をもって新しい知識を吸収してきたか。だからこそ、日本はいち早く明治維新をなしとげ、めざましい発展を遂げた。

そんな大きな話でなくとも、君たちがこれから社会に出て、知識がどれだけ人生を豊かにするか、思い知るだろう。自分自身の創意工夫があれば、勉強は楽しくなる。これは私の実感だ。たとえば本を読みっぱなしにせず、小さなノートに大切なところを抜き書きする。あとからそれを数回読む。これだけで知識は確実に身につく。人との会話が楽しくなる。人脈が広がる。様々な意味で、それが君の人生を豊かにし、夢を実現する力になる。

自分なりの創意工夫をし続けることで、夢に現実を打ち砕く力を与えよう。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

その若い先生が、「いつかゆっくりお話しを聞かせてください」とのことだった。もし「創意工夫」のことを知りたいのなら、私はほかにどんな創意工夫をしているだろうと思った。ノートを取るというのはもう何年も続けている。読みっぱなしにすると残るものがあまりないが、小さなノートにメモを取り、気軽に持ち歩いて何回か読み直すと確かに頭にしっかり残る。

他にやっている主なことは、インターネットを自分なりに利用していることだろう。今は主にクールジャパンのブログの方で、日本文化関係の読んだ本については、その本に触れながら自分の論も展開するという形でアウトプットするので、その意味でも読みっぱなしにならない。

ツイッターは、インターネット上のニュースを小まめに見て、関心のあるもものは、かんたんなコメントをつけてツイートするようにする。ただ記事を読むより能動的な行為なので、これも自分なりの視点の世の中の動きを見る訓練になる。

ともあれ、私は自分なりの「創意工夫」をすることが好きだ。元来不器用な人間だが、少しずつ工夫を積み重ねることで、少しづつ改善していくというのが好きだ。それを続けているかぎり、たとえわずかでも毎年成長していくのを実感する。

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画家・三橋節子と三井の晩鐘

2013年12月23日 | 覚醒・至高体験をめぐって
◆『湖の伝説―画家・三橋節子の愛と死 (新潮文庫)

本の整理をしていて、昔読んだ古い本に再会するのもよいものだ。そんな再会の一つにこの本があった。作者は梅原猛だが、彼の多くの本のなかでは異色だ。哲学者であり古代学者でもある梅原氏が、癌で35歳でなくなった画家・三橋節子(1939年~1975年)の生涯を描いているのだ。

彼女は、死ぬ2年前の1973年に利き手の右手を鎖骨の癌により手術で切断している。その前、彼女が夫から、病が癌であることを知らされたとき、彼女ははっきりと死を意識していただろうと梅原は書く。しかし、手術を無事に終わり、転移も見られなかったので、死は一時彼女から遠ざかったかに見えた。以下は、彼女の父と思われる人が書いた文章からである。

「それから九ヶ月ほど、肺への転移も認められず、左手で書いた絵『三井の晩鐘』と『田鶴来』が秋の新制作展に入選した時は、節子も喜び、右手は無くても、このまま一命をとり止めてくれればと祈っていたが。12月に左肺への転移が発見され、即刻、明日手術ということになった。その時も病院の帰りに銀閣寺の家へ寄り、私の顔を見るなりポロポロッと大粒の涙を流した。私は軽く左肩をたたいて、『今度の手術は簡単なんだから、もう一度頑張ろうよ』と励ました。しかし手術の結果は見透しの暗いものであった」

ここに出てくる『三井の晩鐘』という作品は、次のような『近江むかし話』に基づいている。

むかし、子供にいじめられていた蛇を助けた若い漁師のもとに、その夜、若く美しい女が訪ねてきた。実は恩返しにと、人間に姿を変えた湖に住む龍王の娘だった。やがて二人は夫婦になり、赤ん坊も生まれた。ところが、龍王の娘であることの秘密が知られてた女は、琵琶湖に呼び戻されてしまう。残された子どもは母親を恋しがり、毎日、激しく泣き叫ぶ。女は、ひもじさに泣く赤ん坊に自分の目玉をくりぬいて届けた。母親の目玉をなめると、不思議と赤ん坊は泣きやむ。しかし、やがて目玉はなめ尽くされ無くなってしまう。それで女は、更にもう一つの目玉をくりぬいて届ける。盲になった女は、漁師に、三井寺の鐘をついて、 二人が達者でいることを知らせてくれるように頼む。鐘が湖に響くのを聴いて、女は心安らわせたという。

三橋節子は、この民話をもとに作品を描いたのである。目玉をなめる子どもの背後に母親がいる。梅原は、その母親の顔は、神々しいという。それは、もはや人間の顔ではなく、ましてや龍の女の顔でもない。仏のなった者の顔だという。そして言う。

「節子は、この時やはり、仏になっていたと私は思う。もしこの時、節子が仏にならなかったとしたら、人間の世界で誰一人、仏になる人はいないとさえ私は思う。‥‥節子は、想像を絶する苦悩の中で、仏となったのである。一切の煩悩をすて、慈悲の心そのものに彼女はなった。ならざるをえなかったのである。苦悩と、そしてその苦悩の克服が、彼女をしてこのような神々しい顔を、かかしめることが出来たのである。こういう神々しい顔は、また、節子自身の顔である。」

彼女には「くさまお」と「なずな」という二人の幼い子がいた。だからこそ彼女は、龍女と自分とをほとんど同一化していたのかもしれない。子を残して逝く母の、想像を絶する悲しみがこの絵に託されているのだ。

三橋節子の話は、かつて覚醒・至高体験事例集の中に入れることも考えたが、彼女自身の言葉によって語られたものではないので断念した記憶がある。その変わり、彼女によって描かれた絵が残っている。大津市の「三橋節子美術館」でその絵をじかに見ることができる。私もいつか行ってみたいと思う。




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本の整理をきっかけとして

2013年12月22日 | 瞑想日記
◆このブログのタイトルは「瞑想と精神世界」だが、最近すっかり瞑想とはご無沙汰している。それが、ブログの更新もめっきり少なくなった主な理由だ。さらに精神世界関係の探求や読書からも遠のいている。今関心の中心となっているのは、日本文化の探求であり、それは、ブログ「クールジャパン★Cool Japan」でやっている。いずれ、日本文化に関してブログに書き溜めてきたことは、本の形にできればと思っている。

瞑想と精神世界のブログも、少し書く回数を多くすれば、逆にそれが刺激になることもあると思う。今日、書く気になったのは、最近、蔵書の整理をしていて、かつて読んだり、あるいはまだ読んでいない多くの精神世界関係の本に接する機会が多いからだ。新しい本棚の一画にケン・ウィルバー関係、別の一画にユング関係、さらに別の一画にアーノルド・ミンデル、さらに河合隼雄と整理していると、やはりもう一度読みたい、まだ読んでいなかったものは是非読みたいという気持ちが強くなる。何冊か読み始めるとそこからまた刺激を受けると思う。

◆夏の脳梗塞後の回復状況や今の生活について少し書いておきたい。仕事は、週に三日高校で教え、一日短大で教えている。9月当初にくらべ歩きもさらに滑らかになり、疲れも感じなくなっている。ほぼ、病気以前の生活に戻っている感じだ。仕事に出た日は、帰宅後の買い物だども含めると1万歩以上歩いていることが多い。駅の階段もほぼすべて自分の足で昇り降りしている。しかしまだ、長時間の山歩きは無理だと思う。

体重は、病気前の72~3キロから61~2キロとなり、ずっとそのペースを保っている。しかし、塩分や肉類は、病院食よりだいぶ多くなっているかもしれない。最近も2回ほど忘年会があり、立石でもつ焼きをだいぶ食べた。今日、明日は食事量を減らして注意したい。

本の整理中、気功関係の本もたくさん出てきて整理にこまり果てているが、自分自身の健康管理の面からもこれをきっかけにもう一度真剣に気功にかかわっていきたいと思う。読みたい本が多すぎてこまるが、最大限び工夫をして多くの本から刺激をうけていきたい。

二回の脳梗塞にもかかわらず、ほとんど麻痺が残らず元の生活に戻れたことへで何ものかに感謝する気持ちはかわらないが、入院しリハビリに取り組んでいた頃の緊張感はかなり薄れつつある。またいつ発病するかもしれないという危機感から、自分の生き方の質への問いがつきつけられていた。それが、病気前と変わらぬ日常に戻って薄れつつあるのだ。いや、瞑想から遠のいているという意味では、以前より俗物的になっているかもしれない。退院から4カ月、もう一度身も心も引き締める時期にきている。
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普通の生活に戻った

2013年10月26日 | 瞑想日記
◆前回、このブログに書いてからほぼ2カ月になる。そこで簡単に近況報告をしておく。9月から高校の二学期がはじまり、順調に職場復帰できた。一日働いても疲れはそれほどなかった。歩行も、よほど注意して見ないかぎり誰も脳梗塞の後遺症があるとは気づかないだろう。もちろん私の中では発症前と同じ感覚ではない。歩くときの違和感はある。階段などの昇り降りもほぼ普通に出来るが、疲労はすぐ来る。倍ぐらい疲れる感じだ。ジョギングは出来るが50メートルも走れば足の付け根が痛くなる。それでもほぼ普通に生活できるようになったことは、本当にありがたい。

再発の恐れはつねにある。食事制限と運動は、心して行っている。体重は62キロ台になったので発病前より10キロ減ったことになる。ジムにも週2回から3回通っている。ウォーキングもかなりしている。一日1万歩以上歩く日も多い。一日半断食は、最近やっていないが、体重は減る傾向にあるのでまあいいだろう。

◆最近、もっともっと深めたいという研究分野がある。日本文化論というテーマだ。日本文化の特徴を探求したいと思ったら、西洋や日本以外のアジア地域など、世界の文化との違いを明らかにしていかなければならない。そうなると学ぶべきことは限りなく、気が遠くなるような話だが、自分にできるかぎり学んでいきたい。また、学ぶことが楽しくてならない。

最近読んで面白かったのは、河合隼雄の『神話と日本人の心』である。もともと河合隼雄の本は大好きで多く読んできたが、この本では、従来の関心分野と最近の関心分野がぴったり重なっており、その意味でも刺激の多い本であった。どんな関心から読んだかについては、母性原理と男性原理のバランス:神話と日本人の心(1)を参照されたい。

◆瞑想はほとんどしていない。それが、このブログからご無沙汰してしまっている理由でもあるが、徐々に復活していきたいと思う。
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優しき人々、空腹と夢

2013年08月27日 | 断食・少食
◆9月から職場に復帰する。入院中にお見舞いに来てくれた校長はじめ、お世話になった方々への挨拶のため、今日学校に行ってきた。通勤そのものは、もうまったく問題ないと感じた。数日前までは少し動きすぎるとかなり疲れたが、昨日あたりからあまり疲れなくなった。今日は、退院後初めて1万歩以上歩いたが、疲れはない。この調子なら本格的に仕事がはじまってもさほど疲れないだろう。

入院中、看護師や理学療法士や作業療法士、ケアワーカーなど病院のスタッフの人たちの誠意と優しさのこもった対応に接したことが大きな喜びだったことは何度も書いた。私にとってうれしい再発見がもう一つある。最初の入院先を退院することになった頃、私の回復ぶりが驚くほど順調なのを知ったある看護師が、喜びを満面に表しながら私のベッドのところまで来て、色々私に聞いたり、自分の手を握らせて私の手の機能の回復ぶりを確認したりした。本当に私の回復を心から喜んでくれているのが分かってうれしかった。今日職場を訪れたときも、私が倒れたと知ったとき、「心臓がつぶれるほどに心配した」と言ってくれる人がいた。身内でもないのに、人の病気にこれほど心を痛めたり、回復を自分のことのように喜んでくれる優しき人たちが、この世には多く存在するのだ。こんなことも病気になってみないとはっきりとは気づけないことだ。人から受け取るこんな優しさによって私の心も豊かになり、生きていることのありがたさを感じ、自分もいただいた優しさを周囲の人々に返していきたいと思った。

◆前回の「ゆるゆる一日半断食」の二日目の方向をしていなかった。一日目の起床時が65.4キロ。二日目が63.8キロ。断食一日目に、大量の便が出たこともあってか、一日で1.6キロの減量だ。復食すれば64キロ台には戻るだろうが、6月30日に脳梗塞で倒れる前は71.5キロ。7キロ以上痩せたことになる。今後の持続こそ大切だが。

昨日は週1のペースなら「ゆるゆる断食」実施日だったが行わなかった。しかし体重はそれほど増えてはいない。今日、起床時の体重は64.2キロだった。食事もそれほど多くなく、運動量も多いからむしろ徐々に減る傾向にある。明日また「ゆるゆる一日半断食」を実行しようかなと考えている。

これまで二回の「ゆるゆる一日半断食」の夜、いずれもちょっと示唆的な夢を見ている。一つ目は、実在の友人が出てくる夢だが、私が彼に無茶で失礼なことを行ったのに彼がそれを怒らず、優しく受け入れるという夢。その優しさが人間関係を平穏に保ちたいという気弱さから来るのではなく、彼の心の大きさ、本物の受容力から来るのを夢の中で実感した。それが印象的であった。二つ目の夢は、船の縁にへばりついて生き延びようとする多くの生きものたちを船長が切り捨てようとするのを、私が船長を説得することで、彼らの命を守るというような感じの夢だった。こうして書いてみるといずれも「優しさ」に関係することが分かった。

「ゆるゆる断食」だから、いずれも深い夢ではないが、「空腹」状態が無意識を刺激するのは確かかも知れぬ。完全な断食をやってみたくなった。

◆昨日はスポーツジムに行った。平均すると週に3回ぐらい行っている。しかし相変わらずスポーツジムは好きになれない。ただ、ジムに歩いて通ったり、ジムの階段を昇り降りしたり、ロッカーで着替えたり、プールを利用したり、シャワーを利用したりという一連の流れも含めてすべてがリハビリになっていると思うので、半年以上は続けるつもりだ。

今日は、職場を訪れたあと、買物をして帰宅。夕方、久しぶりに土手を歩いた。それで合計1万歩を超えたのだが、今日は歩くだけでなく途中ですこしだけジョギングをしてみた。退院直後に試みに走ろうとしたときは、ガクンガクンという感じで我ながらかなり不自然な感じで、走るのはまだ無理だなと思った。ところが今日は走ってみたら、不自然さがかなり消えていた。軽いジョギングなら20分や30分はできそうな感じがした。少しずつ走る距離も増やしていこうと思う。
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「ゆるゆる一日半断食」

2013年08月19日 | 断食・少食
◆「ゆるゆる一日半断食」

先週の12日月曜から13日火曜にかけて「ゆるゆる一日半断食」を行った。少量の食べ物はとるので断食でもなんでもないが、水分は充分にとり、果物や野菜、ヨーグルトなどはごく軽く食べる。しかし、丸一日と次の日の昼間では最低限の飲食で行くので自分なりにそう名付けた。例えば12日は、合わせて130kcalくらいの摂取量だった。ちなみに12日、起床時の体重は66.0キロで13日の起床時は65.0キロだった。

これを週に一回くらいのペースでやっていこうとと思っている。前回からちょうと1週間たった今日から明日にかけても実行のつもり。ここに逐次報告していきたい。

◆8:40

今朝、起床時の体重は65.4キロ。朝はキウイを一つと思っていたが、スイカを切ったのが残っていたので一切れ。小さなスイカなので一切れも小さいが、キウイより少しカロリーは多いか。腹は一杯の感じだ。そうそう、スイカを食べる前に大量の便通。その後に体重をはかったら64.8キロだった。

◆14:00

11:00より2時間ほどスポーツジムで汗を流す。帰宅して体重を量るとすでに64.2キロだった。昼は、ひじきと切干大根の煮物を小皿に盛ったものと、枝豆20粒ほど。それとトマトジュースを一杯、36kcal。合わせて100kcalぐらいか。これらを飲食した後も体重は変わらなかった。

実を言うとスポーツジムはあまり好きではない。いかにもアメリカ的な発想の施設という感がする。ウォーキングマシンでわざわざ走らなくとも、近くの荒川の土手をランニングすればよい。筋トレも腕立てや自分でやる腹筋トレーニングで充分。機械を使って走ったり鍛えたりは、工場で肉体労働するのと似ている。金を払って無駄に肉体労働しているイメージ。

ではなぜ行くのか。ひとつはリハビリ病院でウォーキングマシンやレッグプレスでリハビリしていた延長で、麻痺した筋肉を鍛える必要があったからだ。確かにウォーキングマシンの方が、速さや角度を調整しながら歩く機能を回復していくことが出来る。まだジョギングはできないがそのうち安全にジョギングの練習もできるだろうと期待している。プールでの水中歩行もいいリハビリになっている。左手足の力が8割がたしか回復していないので、泳ぐことは全くできないが。

◆19:00

小カップに入ったフルーツヨーグルト(70g、48kcal)とキウイを一つ(40kcalぐらい)を食べる。ポカリスエット500ml、125kcalの半分弱くらい飲んでいるので、60kcal。

ということで今日一日、会わせて300kcalくらいの摂取量となる。摂取カロリーとしてはかなり少ないが、朝昼夕と何かしら腹に入れているので、空腹感もほとんどなく、以前もっと厳密な一日半断食をやっていた頃よりかなり楽である。こんな感じの「ゆるゆる一日半断食」を行うのもかなり意味があるだろう。
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紀野一義氏の本に再び触れて

2013年08月17日 | 読書日誌
8月11日付のブログ「根源的ないのち」で、昔読んだ紀野一義の本を紹介した。その記事にコメントをくださった方がいて、紀野一義の『生きるのが下手な人たちへ』を手に入れ、読み始めてくださったとのことだった。こんなブログでも、読んで下さる方がいるのはありがたいことだ。それがきっかけとなって、私のサイト『臨死体験・気功・瞑想』の『覚醒・至高体験事例集』に、紀野一義氏の体験や氏の本から収録した体験を掲載していたのを思い出した。

実はこのサイトや姉妹サイトの『日本の気功家たち』の更新ができない状態になっている。Dream Weaberというソフトでこれらのサイトを作成したのだが、以前のパソコンにインストールしていたそのソフトが古いバージョンでそれが見つからない。新しいパソコンには購入した最新のバージョンをインストールしようと思いながらまだやっていない。古いバージョンのパスワード等も紛失し、再び更新できる状態になるかも不明だ。近々何とかいたいとは思っているのだが。

それはそれとして、紀野一義氏の体験を掲載したページは以下である。冒頭の部分だけ、ここにも載せておく。

「わたしは、広島に育ち、旧制の広島高校を出て東大の印度哲学科に学び、二年生のとき学徒動員で召集されて戦場に赴いた。終戦と同時に中国軍の捕虜になり、翌年の春ようやく帰国した。父母姉妹はすでに原爆で死に、故里の町はあとかたもなくなっていることは未だなにも知らず、ちょうど三月一日、新円切替の日に大竹港に上陸したのである。‥‥」

続きは、以下を見てほしい。

  ◇紀野一義氏

紀野一義氏のいくつかの本から収録したのは、以下の体験である。

  ◇高史明氏

  ◇北原敏直少年

氏の本は多く読んでいたので、それだけ事例集に載せたくなる体験例にぶつかることも多かったのである。ところで、氏の本を整理するに当たりノートを作っていると書いたが、その作業の中で拾った言葉を一つだけ紹介しておきたい。

「心の種々相」

この世に生きていると、いろんなことがある。
不思議としかいいようのないことが起こる。
人間が一人で生きているのじゃないこと、
何か大きなものにうながされ、生かされていること、
そういうことに気づかされる。
気づかない者も大勢いるが、
気づかされた者も、また大勢いる。
その大きなものを「こころ」という。
人間の小さな「心」ではない。
永遠の生命そのものとしての「こころ」、
その「こころ」に生かされていることに、
凡夫ながら、気づかなくはならない。

鈍い私も、二度の脳梗塞でようやくその大きな「こころ」に気づかされたようである。「ようである」という曖昧な言い方をするのは、油断しているとその「根源的ないのち」に背く生活を始めかねないからである。いや、まだその「こころ」に沿う生き方を徹底しているとはとても言えない。だからこそ、その「こころ」に背かないように「いつまた3度目があるかわからい」というリスクを与えられたのである。食生活の話だけではない。けちな損得勘定に囚われていると、3度目を誘発するストレスに晒されることになる。残り何年か分からないが「頂いたいのち」なのだから、一切の損得勘定から解放されてせいせいと生きれば、ストレスからも解放されるだろう。
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「頂いたいのち」は「返すべきいのち」

2013年08月16日 | 瞑想日記
退院して10日目になる。自宅を基盤にした生活の中でも日毎に体の機能が改善していくのが実感できる。たとえば、駅の階段の上り下りがかなりスムーズになってきた。家の床は裸足で歩くが、靴で固定されない分、外を歩くより不自然な感じが強かった。その違和感もだいぶ薄れてきた。

一日8000歩以上歩くのを目標としている。今日は夕食までにその目標を達成していなかった。腹が落ち着いてから近所の道や公園を歩いた。歩きも自然な感じに近くなっているのを実感した。元々歩くことが好きだった。自然な感じで歩くこと、歩けることの喜びを一歩一歩かみしめた。

散歩から帰って体重を計ったら65kgちょうどだった。起床時と同じだ。ということは、この時点ですでに今日のエネルギー摂取量を消化したことになる。明日の朝は65kgを割り込むだろう。

しかし、うれしいことだけではない。一度目の脳梗塞のときは、数か月後には後遺症が全くと言っていいほど残らなかったので、この病気をあまり深刻に捉えていなかった。再発の危険が高い病気だとは聞いていたが、予防や食生活の改善などについてあまり調べもしなかった。しかし二度目の今度はそんなわけにも行かない。今回はインターネットなどでいろいろ調べている。

今まで知らなかったのだが、不整脈と脳梗塞が関係あるらしい。不整脈とは、さまざまな要因から洞結節で発生する電気信号やそれを心臓全体に伝える経路に異常が生じて、心臓が規則正しく拍動できなくなった状態のことだという。なかでも「心房細動」は、心房がけいれんするようにとても早く小刻みに震えて、規則正しい心房の収縮ができなくなった不整脈だ。心房細動そのものは、ただちに命を脅かすものではないが、心房内に血のかたまり(血栓)ができて脳梗塞の原因となったり、心臓の機能が低下して心不全を起こすことがあるという。

これを読んで思い当たることがあった。今回、脳梗塞になる2~3週間前から、心臓のあたりにこれまで感じたことのない違和感を感じていた。痛みはなかった。かかりつけの医者に行って心電図をとってもらったら、若干の不整脈があるが治療するほどのものではないとのことだった。「これを飲んでもよい」くらいの感じでワソラン錠という心臓の働きを助ける薬をもらったが、その後、それほど違和感を感じなくなったのであまり飲まなかった。

私の不整脈が心房細動だったのか、それが今回の脳梗塞の原因だったのかどうかも分からない。現在は、不整脈らしき違和感は心臓にあまり感じなくなっている。しかし、心房細動は、60歳以上の年齢層では2~4%に認められ、加齢と共に加速度的にその頻度が増加するという。私の体が、いつ三度目の脳梗塞を患ってもおかしくない、様々な要因(高血圧、糖尿の傾向、不整脈など)を抱え込んでいることだけは分かった。

そういう条件の中で、自分が今後どんな生き方をしていくべきかを問わなけれなならない。やはり、これからは「頂いたいのち」をどう生きていくかという、発想の根本転換を求められているのだ。「頂いたいのち」は、「返すべきいのち」でもある。返すとき、頂いたいのちがどれだけ清められているかが問われているのだ。
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根源的ないのち

2013年08月11日 | 読書日誌
本の整理をしている。かつて読んでもう読まないだろう本だが、捨てるに忍びずとっておくと家の中が本だらけになってしまう。それでやりはじめたのが、読んだ時にマークした大切なところだけ切り取ってノートに張り付けて残りは捨てるという方法である。これが意外と時間がかかり、遅々として進まない。しかし、この整理方法自体が、かつて影響を受けた本をもう一度ざっと振り返るいい機会になっている。

押入れの段ボール箱を開けたら、紀野一義の本が十数冊出てきた。昔、およそ30年ほど前にかなり読んだ。この人の主催する「真如会」という小さな会に入会して、間近にお話を聴いたりした。岩波文庫の『般若心経・金剛般若経』の共訳者でもあるから、仏教の好きな人なら名前を知っているかもしれない。彼の本でベストセラーになったのは『生きるのが下手な人たちへ (PHP文庫)』だ。平易で心に染み入るような美しい文章で大乗仏教を語る人で、この人の本が出版されるたびに買い求めて読んでいた。

彼の本の『新法華経入門―いのち充たすことば』を整理していたら、「仏心」、「根源的ないのち」、「永遠なるものの力」等々、なつかしい言葉に再会した。これがミンデルの言葉と重なった。

ミンデルは、かかわりをもつ人間の中に、あるいは人間同士の関係のなかに、さまざまな現実そのものの中に、それらに即して、全体性を回復するうねりのような力を見ている。押さえつけていたもの、無視したり抑圧していたりしたものを明るみに出し、それらが充分に働くようにすれば、それが展開することで全体的な調和が生み出される。「大きい力」を心身や社会という現実そのものに内在する運動と見ている。この「大きい力」こそ、「根源的ないのち」、「永遠なるものの力」なのだ。

私の二度の脳梗塞も、この大いなる力からの働きかけだったとしか思えない。かつて八王子のヴィパッサナー瞑想合宿で地橋先生のダンマトークの後、地橋先生から放射されるとしか思えない慈悲の波動の如きものに包まれた。その波動を地橋先生は、地橋先生を通して「仏法僧」から来ると言っておられた。これらの経験から私は、「根源的ないのち」の存在、そこからの働きかけが存在することをますます確信するようになった。

アーノルド・ミンデルの次の言葉。

「自分ひとりだけのプロセスなどはない。
私たちはみんな一緒に、ものすごく大き なひとつの場の中に生きていて、
その一部分を受け取っているだけなのだ。
だから、 私たちが感じるすべての感覚に感謝し、できるかぎり、
そのすべての感覚を活かさな ければならない。
こうなると、すべてのものが私であると同時に、
これが私だというものは何もない、といえる。」(『うしろ向きに馬に乗る―「プロセスワーク」の理論と実践』春秋社)

自分と、自分の周囲で起っているすべての出来事とは、ひとつの大きな場の中につながって、それらの出来事の一切が開花しようとするプロセスなのだ。それが「大いなる力」だ。開花するかどうかは、私たちがそれらをどう気づき、感謝し、活かすかにかかわっているのだろう。

話して学ぶ 英語・英会話
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自分の履歴を自覚的に手放す

2013年08月10日 | 瞑想日記
一度目の脳梗塞は、2008年1月2日(水)に起こった。暮れの12月28日からはじまった八王子での瞑想合宿の6日目であった。午前中の、先生のダンマトークをメモする字が乱れ、面接時に話す舌の動きが鈍く、歩行瞑想でもふらついた。父が脳梗塞で倒れた時の経験があるので、すぐ病院に行く必要があると感じた。いくつか電話してもらったがベッドの空きがなかった。しかしたまたまキャンセルが出た八王子市内の脳神経外科の病院がありその日のうちに入院できた。そのためか麻痺は軽くすみ、右手で字が思うように書けなかったのと、少しろれつが回りにくくなった程度であった。5日間の入院と退院後2日の病欠後、すぐ職場に復帰した。その20日ほど後のブログで、私はすでにミンデルとの関係で自分の脳梗塞の意味を考えていた。

1ヶ月もたつと麻痺もほとんど消え、発病前と変わらぬ生活に戻っていた。ところが1月27日、急にまたろれつが回らなくなった。回復するどころか明らかに後退している。少し、不安になった。また小さな脳梗塞が起っているのではないか。かかりつけ病院にいった。医者の判断は、本人がまたしゃべりにくくなったと感じるなら、ほぼ確実に小さなな脳梗塞が起ったのだろう、とのことだった。しかし、入院するほどのこともなく、結果を追認するだけのことだからと、MRIもとらなかった。

ただ不安に感じたのは、小さな脳梗塞が波状的に繰り返される可能性があるということだった。そんな不安の中で私は、ミンデルの『うしろ向きに馬に乗る―「プロセスワーク」の理論と実践』や『シャーマンズボディ―心身の健康・人間関係・コミュニティを変容させる新しいシャーマニズム』を再読した。

「うしろ向きに馬に乗る」とは、日常的な意識のあり方を裏返すことの比喩である。それは、たとえば病気に対して「とんでもない」と言いながらも、一方で「しかし、これは何と興味深いのだろう」と言うことを意味する。

「普通、死は恐ろしいと思われていますが、うしろ向きという異端の考え方では、死が何かを教えてくれると捉えることもできます。‥‥苦しみに対して『嫌だ』と行って何を試しても効果がないときには、苦しみに『なるほど』と言ってみてください。そうすると、トラブルが何か面白いものに変化して、喜びにあふれ、笑いをこらえきれなくなるかもしれません。」

プロセス・ワークは「世界に対して今起りつつある出来事の可能性を見抜き、何かが展開しようとしている種子として世界をとらえる」ことだという。この時、私は「自分にとって脳梗塞は、可能性に満ちた種子なのかもしれない」と書いている。

次に再読した『シャーマンズボディ』。 読み出してさっそく、思わず感嘆してしまう言葉に出合った。人は、何らかのワークや修行をすることで、あるいは年齢を重ねるだけでも、「自分のアイデンティティはいずれ消え去らなければならない」ということを学んでいく。個人のアイデンティティ、ないし個人の履歴は、消し去らなければならない。アイデンティティは、「社会的な役割やコミュニティから期待される型をあなたに押しつけ、あなたの境界を定めてしまう」からだ。

「自分の履歴を自覚的に手放すか、あるいは、それにしがみついて死や病気によってそれが奪われることを恐れるか、どちらかしかない。」(何と強烈な言葉か!)

「自分の履歴を手放すことが、この世に生まれた以上は誰もが必ず学ばなければならない決定的に大切なレッスンである」とミンデルは言う。

夢に現れる敵は、実は自分に強い影響力を持つ「朋友」だ。病気も、家族とのトラブルも、同じように強烈な「朋友」だ。「人生の神話とは、望もうと望むまいと、この朋友との対決の物語だ。」 それは、自分のアイデンティティを消し去るまで、何度も何度も繰り返し襲いかかってくる敵であり、「朋友」なのである。人生は、強固なアイデンティティを手放すというたったひとつの主題をめぐって、学習を続けていくプロセスだともいえる。

2008年2月9日付のブログで私は次のように書いている。

―― 私が軽い脳梗塞を体験し、その意味を夢で確認した(夢の内容は省略)のは、「自分のアイデンティティを消し去る」という課題に、私がこれまでにもまして真剣に立ち向かわなければならない、ということだったのだろう。

「自分のアイデンティティを消し去る」とは、今度の脳梗塞の後に私が使った言葉で言えば、「透明になる」「魂の浄化」と同じことだ。私が二度目の脳梗塞を経験してしまったということは、一度目の後、この課題に真剣に取り組まなかったということだろう。だからこそ、もう一度だけチャンスを頂いたのだ。

それにしても「自分の履歴を自覚的に手放すか、あるいは、それにしがみついて死や病気によってそれが奪われることを恐れるか」は、ずばりこの二つの選択肢しかないことを突き付けられる。私は、「自分の履歴を自覚的に手放す」チャンスをもう一度だけ頂いた。このことを肝に銘じよう。
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