むらいむらいとです。 

「らいむらいと」「CARO」所属 お嬢の 日々反省日記。

8月24日 中野 ハンマーヘッド、8月31日 亀有 キッドボックス

2019年09月29日 13時14分20秒 | 舞台日記
今年。自分の夏は ふたつの弾き語りの舞台によって締め括られた。
夏の終わりにお会いした皆さん ありがとう。


◎24日 ハンマーヘッド
今回 夜の涯のヴァルツさんにお声かけていただき、初めて中野の北口から少し歩いた路地に佇む隠れ家のようなバーを訪れた。
過去に何度も共演させていただいている夜の涯のヴァルツ。この日はお互いギター1本という演奏スタイル 加えて2人きりの出演という事で、この夜をあたしは非常に楽しみにしていた。
お店で顔合わせるなり、故郷が青森である彼から寺山修司記念館の何とも素敵なお土産をいただき。そして初めてお会いするマスターも気さくなやさしい方で、お話させていただくと共通の知り合いが多い事も発覚し。開演前から和気藹々とした楽しい時間が流れた。


1. 八月の濡れた街
2. この世の果て
3. 自己嫌悪
4. 夏祭り
5. 朝日樓
6. 散り際
7. 希望の花

自分にしては幾らかラフな恰好で お化粧も薄らで、お店の椅子に腰掛けのんびり唄わせてもらった。
以前はあまり人前で言う事なかったけれど、ここ最近はもう開き直って「アコギ持って唄うきっかけ与えてくれたひとって 実は長渕剛なんです」とよく口にしているので 10代の頃一生懸命スリーフィンガー練習した剛の 夏祭り を晩夏の寂しさ噛みしめながら唄い。
それから「中野アングラnight」と題されたイベントだったので。剛に夢中だった10代それ以降 更に遡った音楽を聴き漁るようになり、その中からアングラという言葉に憧れを抱き思い馳せながら聴いた 浅川マキ。 彼女による作詞の 朝日のあたる家 を心込めて唄った。
今回夜の涯のヴァルツと2人きりのイベントでこれらの曲を唄うというのは、何か自分にとって特別な事のように思いました。
彼も、らいむらいとの この世の果て に対するアンサーソングのような曲なのかも・・と言って素敵な曲を唄ってくれた。お互いの演奏がこの日の2人の会話になったような。そんな気がします。


マスターが作ってくれた賄いの洋風お雑煮、とてもやさしい味だった。ほっこりいただきました。
忙しい中 堀野くんも2人の演奏聴きに来てくれた。
弾き語り1日目、とても素敵な夜を過ごせました。どうもありがとう。


◎31日 KID BOX
1週間後。今度は亀有にて山崎怠雅くんと伊藤昭彦くんと、ほんとに最後の夏の夜をともにした。
2年前の夏(この時は確か初夏だったと記憶している)同じ3人で ここKID BOXでご一緒させてもらった事があるのだけど。今回2年振りの再共演、あたし自身とても楽しみにしていた。
今回も最後に 皆で数曲GAROの曲やりましょう!と 前日19時にスタジオに入り、わいわい練習したのもとても楽しい時間だった。

練習後「明日もあるし、コンビニで1本だけお酒買って乾杯しよう」となったのだが。気がつけば最終電車間際まで 何本かお酒追加しながら喋り込んでしまい。これもまた夏のよき思い出となった。


1. 八月の濡れた街
2. 夏まつり
3. ひとつだけ
4. 愛の亡霊
5. 散り際
6. 希望の花

数年前 賀句さんのお店ソウルキッチンで、井上陽水のお誕生日(8月30日)に怠雅くんと平野カズさんとあたしで 陽水の曲たくさん演奏した事があり。
それを懐かしみながらこの日 夏まつり をふいに唄った。
怠雅くん伊藤くんの演奏は やさしく切なく。そして美しくて。拝見していて心揺さぶられた。
「ほんとに音楽が大好きなんだなぁ」と思わせてくれる2人とご一緒させていただくのは自分にとっていつも刺激になるし、とても心地のよい時間だ。


事前に「今回はみなデニムのラッパズボン穿きません?」と打ち合わせしていたので、3人ラッパズボンで最後 GAROの 一人で行くさ、時の魔法、美しすぎて、遠い春、何もかも遠くに を演奏した。
駆けつけてくれたお客さん お店のオーナーも一緒になっていただき この日、夏の終わりのハーモニーを大いに楽しむ事ができました。どうもありがとう。

24日、31日。音楽をとおして知り合った仲間とお酒のみながら語り合いながら、大好きな音楽をともに演奏する・・あたしにとってとても贅沢な夏の終わりとなりました。
つくづく 幸せな人生だ。と思います。
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8月15日 本八幡 ルート14、8月16日 四谷 アウトブレイク

2019年09月25日 07時04分46秒 | 舞台日記
今年もお盆の時期にらいむらいとの舞台が続いた。
お会いした皆さん どうもありがとう。
思い返すとここ10数年、らいむらいとやり始めて間もなくしてからのあたしにとってのお盆は、2007年8月14日に他界した 当時 へどらのめ というあんぐらアコースティックユニットの唄い手であった二丁目ゴールドさん。彼を想って唄う日々となっていた。
この時期に舞台の予定が入らなかった年は、ひとりギター担ぎ 外に出かけ 夜空見上げて唄った。
堀野くんが正式メンバーとなった今年、無理言って2人にこの時期 予定空けてもらい。「らいむらいと 3人になりましたよ」と本八幡、四谷の舞台上から二丁目さんに伝え 3人で心込めて演奏しました。


◎8月15日 ルート14
ニューヨークからはるばる遠征に来られたhex.sys。もっと多くコミュニケーション図りたかったのだけど・・こういう時 自分の語学力の無さに憤りを感じる。が。音楽に対し非常に誠実な方という印象を受け、今回ご一緒させていただけた事 自分にとって凄く刺激になった。
久し振りの共演 小浜田知子さんとは終始楽屋で賑やかにさせてもらい、とても楽しい時間を過ごす事ができた。無論 舞台の方も相変わらずぶっ飛んでいて かつ素晴らしい唄声で、しびれました。
初めてご一緒させていただいた都月範之さんもリンリ.さんも、音楽に対する純粋さ感じ取れ 清々しく拝見させていただいた。


1. 八月の濡れた街
2. この世の果て
3. マキシーのために
4. 散り際
5. 希望の花
6. 不眠症の羊


我々この日は、生前二丁目さんがよくカバーしてらした かぐや姫の マキシーのために を演奏した。
そして「新しい曲 聴いてください」と、散り際 を二丁目さんに届くよう唄った。
お付き合いくだすった皆さん どうもありがとう。


◎8月16日 アウトブレイク
明くる16日。久し振りに賀句さんからお声かけていただき、我々にとって初参加となるイベント「地下室のメロディ」に出演してきた。
今まで賀句さんには 渋谷のシャンソニエ青い部屋、その後 ご自身の経営される新宿ソウルキッチンで幾度もお世話になったし、池袋の今はなき鈴ん小屋における昭和歌謡をモチーフとしたイベントにもよくお誘いいただいた。
「地下室のメロディ」少しロック寄りのイベントとの事で、賀句さんのオーガナイズされる大人のロックを 非常に楽しみにしていた。
共演させていただいたDEVIL DALIPOP、LAPIZ TRIO、それからHALLUCIONZ。流石皆さん貫禄ある演奏!!アバンギャルドかつ気品があり、そしてとてもあったかなハートがこもっていて。これこそ色気ある大人のロックであるなぁ と大いに感じさせてもらえました。素晴らしかった!!


1. 八月の濡れた街
2. 堕落を憐れむ唄
3. 13階の女
4. 散り際
5. 希望の花

我々この日は、同じく生前二丁目さんがよくカバーされていた あんぜんバンドの 13階の女 を。
出会った当時 あたしは 二丁目さんの唄う マキシーのために、13階の女、蛹化の女。それから彼の中から出てくる言葉、旋律・・魂震わせる唄声に何度も涙し、心浄化させられた。あたしも 自分の言葉を自分だけの旋律にのせ 誰のためではなく 自分に向けて唄ってゆこう。と彼の舞台を観る度思った。

貴方と出会わなかったら 今のらいむらいとは存在しない。
貴方のようにどこまで魂込めれるかわからないけれど。何とか今もらいむらいと 酬われぬ言葉 綴っては消し 吐き散らしながら続けています。
今年も天国に届くよう 精一杯唄いました。
ありがとう。また、新しい曲できたら聴いてください。
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8月10日 五反田 ロッキー

2019年09月16日 23時08分37秒 | 舞台日記
8月10日、いつもの五反田で恒例のCAROとうたおう!でした。
暑い中お越しいただきました皆さま どうもありがとうございます。

この日も我々 お昼から渋谷のスタジオでレコーディング続行してからの会場入りとなった。
全部で11曲、長かったレコーディングがこの日で一旦終了した。気になる部分いくつか修正したり、重ねるコーラスパート少し増やしたり。ちょくちょくその後スタジオに入ったりもしたが。とにかくこの日 我々2人の音がほぼ出揃った。
「ようやく形になった」という喜びで、いくらかリラックスした気持ちで五反田へと向かう事ができたような気がします。


<一部>
1. 一人で行くさ
2. 時の魔法
3. 蝶が飛ぶ日
4. たんぽぽ
5. 鳥のように
6. 君の肖像
7. ロマンス
8. 木馬
9. 愛のない世界
10. 散歩

<二部>
1. 蒼いハイウェイ
2. 君の誕生日
3. 恋はもうたくさん
4. 水車は唄うけど
5. 地球はメリー・ゴーランド
6. ロージー
7. GOOD VIBRATION
8. 風にのって
9. 吟遊詩人
10. 暗い部屋

本番数日前、モッキーから「8月10日は山口冨士夫さんのお誕生日みたいですよ。何か関連する曲やりませんか?」と連絡があり。
この日 ザ・ダイナマイツの 恋はもうたくさん を急遽演奏しました。
マークさんもGS好きで、本編から脱線して たまに3人でGSメドレーやり始める事もあったくらいだから。そう言えば 賀句さんもピーコック・ベイビーズで 恋はもうたくさん よく演奏されていた。今回モッキーと2人 心込めてうたいました。
しかし自分にとって山口冨士夫の存在というと、やはり村八分が大きい。
20代前半の頃、日本の本物の不良ロックグループといったら。みたいな感じで村八分の存在をひとから教えられた時。また雑誌等で村八分に関する記事や写真を目にした時。心臓がばくばくと速くなり、いてもたってもいられず。もう、、その衝撃たるや!!
いまでこそ 街に一歩出たら 色とりどりの髪の色の若い男性、長い髪の男性そこらじゅうに歩いていて それがおかしくもないし 特に煙たがられたりする事も まずないけど。
ビートルズのマッシュルームカットを なんだあの長髪?あれは不良だ!などと大人達から罵られた時代の わずか数年後ですよ。日本において 腰まで髪を伸ばし、眉を全部剃り落とし、女物のブラウス着て 紅塗ってバンドしてる人たちが存在したという事実に もう何とも言えぬ衝撃を受けた。
当時VIVIDから出ていた村八分のライブ盤、山口冨士夫のひまつぶし。あと1971年のスタジオ録音盤の草臥れて を早速購入し、その音にもまた更なる衝撃を受けるのだった。
GAROと村八分、実は結成された時期というのがちょうど近くて。GAROに関して言えば、一般には 学生街の喫茶店 で一躍有名になった 所謂当時大流行したフォークソング・グループのひとつ と捉えられる事が多いと思うが。

↑ GAROがロック・フェスティバルに参加し、村八分と共演する事もしばしばあったようだ。
GARO 3人の人前での初演奏、フラワー・トラべリン・バンドのカナダ進出壮行コンサートにおける休憩時間 会場のロビーにおいて突発的によるものだった。というのは有名な話ですし。
自分の中で 村八分の くたびれて、GAROの たんぽぽ というのは 何か共通する部分があって。洋楽に影響を受けたひとたちによるメロディ、そこに非常に美しい響きの日本語が被さった とてつもなくオリジナリティ溢れる 日本人ならではのとんでもなく素晴らしい曲だと・・つまり思うのです。
今回、山口冨士夫さんのお誕生日に こういった事思い巡らせた。


モッキーがこの猛暑の中 づら被って帽子のっけてGAROリスペクト部分凄くがんばってくれているので、あたしもまた懐かしいブラウスをクローゼットから引っ張り出して 着た。
らいむらいとではバンドのイメージに合わせ 衣装もどす黒い感じにしているので もう奥にしまい込んでしまっていたのだが、こうしてCAROの時に着てあげる機会ができてよかった。
そして今回。あたくしが頑に長い髪を切らないのは、GAROや村八分。あの時代の日本の音楽に衝撃を受けたのが 自分の人生においてあまりに大きな出来事だったからなのだ。と 改めて思いました。
時代遅れと言われようが、不潔と言われようが、こうなったらもう 髪切らないでいよう。
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8月3日 渋谷 ラ・ママ、8月4日 日ノ出町 シャノアール

2019年09月07日 23時12分15秒 | 舞台日記
長かった梅雨が終わると、今度は狂ったように暑い日々が待ち受けていた。
8月に入り。夏大好きのあたしも流石に滅入ってしまうような猛暑日が続いた。
因みに自分が育った奈良の実家はクーラーなし。扇風機だけで約20年夏を乗り切った。そして母親の住む京都の家も 同じく夏は扇風機のみ。
「生命維持に関わってくるような気温やねんから。頼むからクーラー付けようよ。。」と忠告し、ようやく今年から京都の家もクーラーを使う事になった。
そんな暑い最中、3日4日とらいむらいとの舞台がありました。
お越し下さいました皆さんありがとう。


◎3日 渋谷 La.mama
この日、本番前にLOVE ME DOの青木さんとしばし談笑する時間があったのだけど。
開口一番「体調、大丈夫です??ちゃんとご飯食べれてます??」って聞いてしまいました。ひとの体調気になってしまうくらいの暑さですもん。まいった。
イベントが始まってしまえば、もういつものラ・ママという雰囲気で。我々らいむらいとも 久し振りのMILKY SWEET企画を楽しんだ。

1. 八月の濡れた街
2. どうしようもなくブルース
3. この世の果て
4. 散り際
5. 希望の花


最後はこういったセッションが用意されており。
「おお。。この感じかぁ。」らいむらいと立ち上げて間もない頃よく参加した イベントLAD INSANEにおけるオーラスのどんちゃん騒ぎを思い出し、ふと懐かしい気分になりました。
横を見ると ぎんぎらぎんのケイさんが激しく場を盛り上げていて。自分自身の心の底にずっと残っている とてもラ・ママらしい光景だったように思います、この日。
結成以来、グラムロックという分野から敢えて距離を置いた音楽スタイルを追求(←そんな偉そうなもんじゃないが)してきたらいむらいとですが。こうしたラ・ママらしいぎんぎらぎんのイベントにお声かけていただけるの 本当に嬉しく思っている。


◎4日 日ノ出町 Chat Noir
明けて4日は横浜日ノ出町にあるシャンソニエでのイベントに参加してきた。
シャノアール。5年前の夏、同じく8月の暑い暑い日だったと記憶しているが らいむらいと1度ここに出演させてもらっている。
日頃出演するライブハウスとは少し趣きの違った空間。今回共演させていただく方が蜂鳥あみ太=4号さんという事で、時の流れを忘れてしまいそうなこの場所でのイベント とても楽しみにしていた。
この日出演された二組の女性シンガーの演奏も 本当に素敵で。これまた普段ライブハウスではあまりご一緒させていただく機会のない ロックとは一味違う・・思わず聴き入ってしまうような大人の音楽を奏でられていて。素晴らしかった。
勿論あみ太さんの舞台も、流石の貫禄 地獄のシャンソン歌手。全身からほとばしる汗。真夏の夜における圧巻のパフォーマンスでした。


1. 八月の濡れた街
2. 堕落を憐れむ唄
3. 愛の花園
4. 色仕掛けブルース
5. 散り際
6. 希望の花

我々何となくこの日 色仕掛けブルース を演奏したかった。
日ノ出町。かつては青線区域として名の知れたこの一帯。
あの時代に思いを馳せ 作った1曲なので、精一杯心込めてやらせていただいた。

それから丁度昨年の今頃。9月に入りまだ残暑厳しい中、我々かつて青線区域の一角だった日ノ出町某所にてらいむらいと15周年のアー写を撮った。シャノアールのもうほんとう目と鼻の先の場所です。

日ノ出町 黄金町この一帯の空気と、15周年を迎え作った 散り際 という曲と、らいむらいとが 15年かけて表現しようとしたもの。自分の中で何か結び付くところがあり、どうしてもこの場所で写真を撮りたかった。
気がつけば、暑い中スーツ着て写真撮ったあの日からもう1年か。あれから 散り際なんぞ何処にもない。と何度も何度も唄い、バンドがなんとか散らずにいてくれたから。この夏また新しい曲ができた。
色仕掛けブルース のように 古き時代に思いを馳せたうたではないけれど。いまの自分の思いが溢れ出た いまでしか作れない曲になりました。
17年目を迎えた2019年9月。いずれかの舞台で披露したい。
もう少し散らずにいてくれる事を願って、また 前向いて行こうと思ってます。
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