むらいむらいとです。 

「らいむらいと」「CARO」所属 お嬢の 日々反省日記。

2月5日 池袋 手刀

2019年02月24日 18時22分49秒 | 舞台日記
2月5日は池袋にてらいむらいとだった。
お会いした皆さまどうもありがとう。

ヴィジュアル系演歌歌手TAKASHIさん6枚目のシングル発売記念公演への我々参加だったのですが。
堀野くん専属バンドのナショヲナル、それから10年程前に今はなき渋谷屋根裏でよく共演したカラビンカとも一緒という事で。この日をあたしは前々からとても楽しみにしていた。

いつもどおり、我々は我々らしく



1. この世の果て
2. 泥濘
3. 堕落を憐れむ唄
4. 散り際
5. 希望の花

これらの曲でレコ発のお祝いをさせていただきました。


楽屋も賑やかで、出演者の皆さんと 二丁目ゴールドさんの思い出話をさせていただいたり。それからカラビンカとらいむらいとが渋谷屋根裏でよく一緒だった頃 実はらいむらいとが白塗りで(以前このブログでも綴ったと思うが 二丁目さんの遺志を継ぐ思いでその頃我々皆顔を白く塗っていた)今はカラビンカが学ラン白塗りになっていて・・面白いね。というお話をさせていただいたり。
手刀ならではの話がこの日尽きず 自分としても非常に楽しい時間を過ごす事ができました。

ナショヲナル。浮世離れした(そりゃそうか。メンバーみなオバケ?という設定なのだから)圧巻の舞台は、流石堀野くん本業の楽団!!とても貫禄があって素晴らしかった!!
カラビンカが叩き付ける 屈折した若者の行き場のない怒りや嘆きや悲しみ みたいなのは 今もなお健在で、ずきずきとあたしの心を突き刺した!!
TAKASHIさんの何とも言えぬ絶妙の 色気と笑いのセンス。初見の方でもつい激しいTAKASHIコールをかけて応援したくなってしまうのは 偏にご本人の人間としての魅力・・そしてヴィジュアル系演歌歌手というスタイルをこだわり抜く芸人としての意地が 舞台の上で全くぶれる事無く存在するからなのだと思います。もう、最高だった!!


いただいた音源聴きながら、楽しかったこの日の事思い出しながらブログ綴りました。
2月も もうそろそろ終わり。
春はもうすぐそこかな。
3月も よき舞台になりますよう。
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1月31日 渋谷 ラ・ママ

2019年02月09日 14時05分39秒 | 舞台日記
1月の最後、渋谷にてらいむらいとだった。
冷たい雨降る中 会場まで足を運んでくださいました皆さんどうもありがとう。

昨年12月の15周年記念リサイタル以来 本年最初のラ・ママ。
意識せずとも やはり何か身の引き締まる思いで舞台に立ったように思います。



1. えれじい
2. どうしようもなくブルース
3. 愛の花園
4. 散り際
5. 希望の花


この日「らいむらいとは 15年ラ・ママと共にあった。本当にお世話になりっぱなし。15年・・思い出いっぱいだ。なかなか恩返しのできていない我々だけど。今日は感謝の気持ちを込めて演奏します!」
およそこのような事をあたしは舞台で言った。
で、はっと気付かされた。
言葉というもの。伝え方ひとつで 受け取る側が 例えば不愉快な気分になったり。時にはあったかな気持ちになったりするものなのだと気付かされた。
昨年のリサイタルであたしは「万人に支持されない、売れる見込みのない我々を 相も変わらずこの15年応援してくれてる皆、ラ・ママに感謝します」と舞台で言ったのだ。
いよいよ堀野くんが正式メンバーとなり、らいむらいとの新たなる門出という時に この言葉はないだろう。。と、後で猛烈に反省しました。
実のところ。この日も、リサイタルの時も。あたしが言いたかった事は同じなのだ。
自分が信じた道を15年も続けられているのは、本当に有り難く 本当に誇りに思える事なのだ。
伝え方って大事ですね。







2019年最初のラ・ママの舞台を終え、機材片して楽屋裏口に戻ってきたところで記念撮影しました。
今年もここラ・ママには 我々色々とお世話になります。
いつか ささやかな恩返しができますように!らいむらいと これからも続けます!
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1月20日 荻窪 クラブドクター

2019年02月02日 16時10分06秒 | 舞台日記
1月20日。2019年第1回目の弾き語りだった。
寒い中 荻窪でお会いした皆さまどうもありがとう。

ゆるりとしたペースだが、弾き語りでもこうしてイベントにお誘いいただける事がとても嬉しい。
そしてこの日。弾き語りではいっとき毎月のように(ひょっとすると月に2度くらい)お世話になっていた 歌舞伎町ソウルキッチンというミュージックバーの店主だった鳥井賀句さんと久し振りにお会いできる事がとても嬉しかった。
実際 この日はかつてソウルキッチンでしょちゅうお会いした方々との共演で、なんとなく同窓会のようで 懐かしい気持ちにもなった。

「歌謡番外地」というイベントだったので、あたしなりの70年代歌謡曲とフォークソングとの結び付きに対する見解をもって 曲と曲との合間に少しお喋りも挟みながら、ぽろぽろと唄わせてもらった。

1. この世の果て
2. 手紙(岡林信康)
3. ざんげの値打ちもない(北原ミレイ)
4. 外は白い雪の夜(吉田拓郎)
5. 希望の花

時々、自分は何のために 誰のためにうたを唄ってるのか。考えてしまう事があります。
いつか自身の曲を世の中の大勢のひとに認めてもらって、大きな会場お客さんパンパンにして、テレビにも出演してお金もがっぽり稼いで、親を喜ばせて・・必ず有名になってやる!という野心は、20代後半 30に差し掛かる頃になんとなく何処かに消えてしまった。
最近あたしが人前でもよく発する言葉なのだが。
自分は自分を奮い立たせるために唄ってる。自分のために曲をかいてる。わかるひとだけにわかってもらえればいい。
これは 恐らくちょっと綺麗事で。今でも 少しでも多くの方に存在を知ってもらいたい。少しでも多くのギャラをいただいた方が生活が潤う。CDだってもっともっと多くの方に聴いてもらいたい。という欲、やはりいつも心の中にあるんです。
この日 演奏終了後、賀句さんから「久し振りに君のうた聴いて、泣いてしまったよ。ひとのうた聴いて涙流すなんて何年振りや。。君は凄いシンガーやで。」と声をかけていただいた。
あたしの方こそ泣けてきました。自分なんかよりもっともっともっと長く深く音楽と共に生き、音楽を生業とされている賀句さんから「君はうたってゆく人間や」と言っていただける事が どうしようもなく嬉しくて泣けてきたのだ。
自分がうたを唄う理由、なんとなくここにあるのかな。と思った。
自分のために唄う。という姿勢が 知らずに少しでもひとの心を揺さぶっているのなら、自分にとってこれ以上の喜びはない。
この日。唄う事の喜びを再確認させてもらえる1日となった。
どうもありがとうございました。
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