◇ 『アメリカの刺客』(原題:Five Past Midnight) 著者: JAMES THAYER
訳者: 安原 和美
2000.7 新潮社 刊 (新潮文庫)
第二次世界大戦のヨーロッパ戦線がらみの小説は多い。中でも『鷲は舞い降りた』は
チャーチル誘拐作戦で映画化もされた。
本作は第二次大戦の末期、ヒットラーが生きている限り戦争は終わらないと確信した
ローズベルト大統領がヒットラー暗殺作戦を裁可するところから始まる。
ベルリンの捕虜収容所に捉われていたコマンド(突撃隊員)ジャック・トレイは、脱獄の
上独りでヒットラーを暗殺する指令を受ける。自ら死体となるという破天荒な手口で脱獄
したトレイは、ひたすらベルリンへ密行する。
総統暗殺という連合国の企みを知ったSSは、反ナチ的だとして監獄につながれ死刑
直前であったベルリン一の敏腕刑事ディートリッヒを引き出し、ジャック・トレイの捕縛に
当たらせる。トレイは反ナチの美貌の通信連絡員マイクルの助けを得ながらついにナチ
政府地下本部侵入を果たす。
トレイは不死身のスーパーヒーローである。Dデイ以降連合軍の空爆とロシア地上軍
の攻勢でベルリンは殆ど廃墟と化している。しかしヒットラーが潜む地下の帝国総統官
邸はどんな空爆にも耐えうる構造であるため、クレイは換気装置に工作をし得る曹長カー
ルを味方につけ、地下構内の火災と空からの爆撃と期を合わせ、消防隊に紛れ込み
ヒットラーの執務室まで入り込む。
連合軍の熾烈な攻撃で半ば廃墟と化しているベルリンの市街地の様子が偏執的とい
ってよいほど緻密に描き込まれていて気分が悪くなるほどである。この時期、市民はも
とより軍の多くの幹部、兵士が総統に対しもはや忠誠よりも恐怖しか抱かず、帝国の前
途に勝利はありえないと観念している姿も痛々しい。何人もの市民がトレイのヒットラ
ー暗殺任務に協力する。
妻をSSのミューラーに殺されたディートリッヒは恨み骨髄とばかり、トレイ捕縛の
任にありながら、最後には捕縛したトレイを放ち、ヒットラーを殺させる。「国を売る
裏切り者」と罵られながらも。
ヒットラーはアメリカのコマンドに暗殺された。しかし、最高指導者である総統が暗
殺者の手で殺されたというのは面目にかかわるので、自殺ということにしたという話は
いかにももっともらしい。
作中ヒットラーの愛人だとされるエヴァと思しき女性も登場する。
多くの兵士と市民が亡くなった世紀の大戦争を背景とした小説を、いささか不謹慎で
はあるが、エンターテイメントとしてとらえれば、冷戦下の諜報もの小説とはまた違っ
た痛快な活劇調に満ちていて面白い。
(以上この項終わり)
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