【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

い○○り

2017-08-03 06:57:36 | Weblog

 安倍政権って、「偽り」と「居直り」と「居座り」がひどく目立つような気がします。あ、「居眠り」も。

【ただいま読書中】『日暮硯』笠谷和比古 校注、岩波書店、1991年、680円(税別)

 江戸時代中期、信州松代藩真田家の家老恩田木工は水害によって石高の1/3を失って経済的にとても厳しい状態になってしまった藩政の改革を行いました。本書はその記録です。
 藩主になったばかりの真田幸弘(15歳)に「鳥を飼ったらどうでしょう」と勧める家臣がいました。幸弘は「それはよいアイデアだ」と早速座敷にでっかい鳥籠を作らせ、それを勧めた家臣をその中に入れ、ご馳走を食べさせますが籠から出ることを禁じました。家臣は「出してください」と訴訟(当時の言葉で哀願すること)しますが幸弘はすぐには許しませんでした。鳥を苦しめることは良くない、しかし単に言葉で叱るだけでは真意は伝わらない、だから身をもって鳥の苦しみを味わってもらおう、というわけです。そしてその理を諄々と説いて、この話が藩内に広がることによって政治に良い効果が出るだろう、と当の家臣を褒め褒美を与えました。このように賢い主君だからこそ、賢い家老が活躍できたのだ、というイントロダクションです。
 藩主が江戸在府のとき、大水害で藩の財政はとても苦しくなり、幕府から一万両を借りることになりました。そこで真田幸弘は、まず江戸の親戚筋の大名たちに頭を下げます。藩財政建て直しのために恩田木工を抜擢したいが、自分は若輩、恩田木工も若輩、当然藩内では“抵抗勢力”が反対するのが目に見えている。だから力を貸して欲しい、と。親戚たちは協力を約束。早速松代から重臣たちを「恩田同行」で江戸に呼びつけます。そして親戚筋の前で恩田抜擢を発表。これには重臣たちも異を唱えることはできません。ただ恩田だけは「勘弁してよ」と。しかし「異議はかえって不忠」「願いがあればなんでも聞いてやる」とまで言われ、「では、藩内での全権を」と重職たちから「恩田の言うことに従います」との誓詞をもらってしまいます。これ、もしかしたら真田幸弘と恩田木工があらかじめ示し合わせていたのではないか、と私には思えます。
 帰国した恩田木工は、親類には義絶、女房は離縁、子は勘当、家来には暇(要するにクビ)、を言い渡します。その理由は「自分は嘘をつかず職務に当たるが、もし家族や親類や家来が嘘を言ったら人々に『木工の言葉はやはり信じられない』と言われてしまい、事業の成功が危うくなる」。そこまでの覚悟を持って職務に当たる、ということです。それを聞いた人々はみな「嘘はつかない、質素倹約の生活をする」と誓詞を出して、木工のもとに留まります。こうしてまず身内を固め、それから真田家中に向かったのです。
 木工は、百姓や町人の主立った者(役職にある者や「よくもの言ふ者」)を集め「自分一人では改革はできない」と協力を求めます。そこでも「自分は絶対に嘘をつかない。嘘を言ったら腹を切る」と決意を述べます。これまで役人の嘘に苦しめられていた民は感激します。また、役人への賄賂禁止、役人の村滞在の中止(滞在費は村の負担)など村の負担をとても軽くするようにこれまでのやり方を変えた上で、そのかわりこれまでの年貢先納の分はあきらめてくれ、と頼みます。あくまで命令ではなくて、交渉と依頼です。それも、村に持ち帰って皆で相談をしてこい、と。
 さて、百姓は喜びますが、面白くないのはこれまで賄賂や接待で美味しい思いをしていた悪徳役人です。美味しい、というか、半知借上(藩からの知行が半分に減らされている)で生活が苦しいから、その分を村から取り立てるしかない、という状況だったのかもしれませんが。しかし「悪者リスト」は木工が握っています。これは厳罰をくらう、と覚悟していた役人たちですが、木工から「悪事の才覚がある人間は、その才覚を良い方向に活かすこともできる」と聞かされた主君から「おとがめ無し、木工と協力して改革に当たれ」と言われ、地獄から天国、心機一転仕事に励むようになりました。
 根回し、威張らない、協力、正直、まず身をもって示す、など、恩田木工のやり方は、どこかスタンドプレーの臭いもしますが、人の心理を読んで無理なく話を進め、損得勘定も「子孫の損得」まで勘定させるようにしている点が印象的です。これをこのまま現代の為政者に求めるのは無理でしょうが、爪の垢くらいは飲ませたい気分もします。