岩窟竜王/新居浜祭り

 ほんとうにそうかな? ©澁谷かのん

短期集中連載:オンナのヒト問題P-1

2006-05-30 | ガールズサイド
太鼓に女やかかかすなや。との声は多い。
わたしはやりたい人にはする資格があると思っているのですが、嫌な人はとても嫌、らしくて理由になってない理由を挙げますね。多くの理由を聞いたがフェミの人を納得させられるそれを聞いたり見たりしたことがないのが、つまりその、あれなんだろうよ。
まぁ駄目なものは駄目、いう人は論理を持たないからなんだが、その姿勢はよくない。わたしは眼を覆いたくなる光景を見たことがあるんだがな、そう、あれは20年以上前だが山根Gだった。
テレビ取材ということで大阪の漫才師のスベタが中筋と北内に乗ってたわ。思い出しても気分が悪くなる。彼女らは嬉しそうに(そして偉そうに)にこにこ微笑み、手を振ってたよ。太鼓に関して何の愛情も持たず熱意もないことは明らかなスベタは乗せてもいいのか? たかが漫才師はそんなに偉いか? TV取材はそんなに有り難いか? それでいてジモティの太鼓大好きねーちゃんやおばちゃんは触るな、ついてくるなというのか。ピョンコは許さぁん、とか言うのか?
これをダブルスタンダードと言ってね、やっちゃいけない、みっともないことなんだけどね……。


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短期集中連載:オンナのヒト問題P-2

2006-05-29 | ガールズサイド
これも20年前くらいだったが、夏と言えばギャル太鼓だった。あれはあれでギャル太鼓として完結させておけばよかったものを、男も混じってて、最後になると女を押しのけ差し上げる、なんて顛末を迎えたものだった。それが不評(ギャルに?商店街に?)だったのかも知れないがやがて「ギャル」の死語化と歩調を合わせるように消えた。いまも夜市に太鼓は出ているけれど、女はノーコミットなのはご存じよね。

当時かき婦となっていたのは伊予銀媛銀の女子行員が主体であったようでどうやらあまり積極的に参加していた感じではなかったかと思い出される、業務の一環だったか?少なくとも現在コンガとやらで踊っている彼女らの後輩達がそうであるよりは嬉しそうではなかった。

ギャル太鼓は早急に過ぎたのかもしれないと考えている。いまもしこの企画があれば銀行やら市役所から動員をかけぬまでも自主的なかき婦は集まり、「今日は女の太鼓よ、男はさわんないでよ」的なよい太鼓が見えるかもれない。かなりよいアンガージュマンではないだろうか。
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短期集中連載:オンナのヒト問題P-3

2006-05-26 | ガールズサイド
まぁ、基本的にやりたい人はやらせてあげないかナ。というのがスタンスなのだよ。来なくてもいい女芸人とか、取材とやらで勝手に来た女子アナは特別扱いですぅなんてのは間違っている。まぁ今時、いかな莫迦でも女は太鼓に障るな、なんてことは言わなくなりつつあるのでましなのかもな。
女人禁制の霊山であるとか、土俵の上だとか。頭は空かとしか言いようないけど、こういう処にカワシマキコとかがごきげんよう~とか言いながら上っていこうとしたらいい。状況がどんなにポンコツ構造なのかが、つまびらかになっていいのになぁって思うことがあるよ。

逸れたから戻る。
で、やりたい人にはやらせてあげたいんだけど、どうもここの祭りは女がやって「オンナが上がる」祭りでないのも間違いないんだな。黙って見よれよ、家でこっさえしよらんかい、などとは思わないが、もっとグッドでエレガントなコミットの仕方があるんだと思うんだ。「担き婦」じゃなくてもいいやり方が。



そこでだ。
わたしが女性陣に薦めたいのが、福岡県は大牟田市の大蛇山<おろちやま>祭りのやり方です。2年前に見たが、あれほどすばらしく祭りにコミットした女のカタチを見たことがない。こう見えてもかなり多くの祭りを見ています(山車が出るのが殆どですが)
きっと一見したら納得できるでしょう。あれならわたしも(暑そうだけど)レッツ・ダンスしたい。それだけ採ったとしても、よさこいより、阿波よりずうっとスタイリッシュでマーベラススな踊りだ。ついでに(笑)若衆の曳く大蛇も外連味に溢れた勇ましい山車で、女性陣との相乗効果もかなり高い。畢竟----必見かな。
そして思うさ。この手で行こうか、とね。
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フォトジェニック

2006-05-15 | 真面目な提言をいたします
別に芸術写真を撮るつもりはないんだから普通にいい写真を撮りたいんですね。

いい太鼓の写真の十分条件は、順に①よい場面②よい構図③いい天気、てなもんだと思います。必要条件とはなりませんが。
①が基本でしょう。何年か前の又野のポスター写真、あれが酷い見本です。かいてないの。なにせカキフ達の表情に力が入ってないことが伝わっちゃあ駄目でしょ。
②、フレーミングはちょっと工夫するとぐっとよくなることは請け合いです。三脚だのあるとよくなるのはこれ。人の肩越しは画像になると汚くなるし、おいやんの禿頭とか意図せずに写ると悔しいもんです。
③、これについて言いたい。いい天気、というかきれいに日光があたっていることですよね。①②を満たしていても逆光や曇天だとよくありません、当たり前。で、なんですが、西原中須賀西町ですよ。
工場前、大江浜、宮前。①を満たすのはここらです。しかしこれらの場所、どこであっても前に日が当たらないんです。後ろにばっかりです。前/後ろは幕だけじゃあなくて気概もちがいますから前を撮りたい、しかし光が来ていない、という大変困った現状にあります。東方は工場前でも大江浜でも順光になりますが……。

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雑感:浜中&岸の下

2006-05-02 | 真面目な提言をいたします
暑かったぁ、日焼けしちゃったよ。
こういうイレギュラーな出場は近年よくあります。有り難みが薄れて良くないとか、見られるのはとにかくいい、とか聞きます。どっちもそりゃそうだよなぁって感じです、わたしはどちらかというと後者ですが。
ただ今回の出、趣旨がすごくよいです。歴史的にも最もよいとも思います。何故かというとタイコそのもの以外の理由がないこと、タイコだけがその理由となっていることです。
  どこそこでお招きを受けたので
  なんとか大会を祝して
  なにやらに花を添える
  だれやらセンセイを歓迎して(そりゃあんまりだ)
これらは我々の大事なタイコがかなり存在感の落ちたものになっています。そんなに安くしないでよ----です。

その点今回の浜中&岸の下は、タイコの出はタイコ自身の理由によったのがよいのです。嫁入りだのなんだの言ってたのは、ちょっとどうかと思うけど「大事にして」いる浜中、「大事にしてもらってうれしい」岸の下、どちらもハッピーだろうしね。

ちょっと不細工なとこもありました。加勢はよいことだと思いますが、徒党を組んでジャージ着て、ってのは止めましょうよ。主役の邪魔になりますから。
萩生組なら邪魔には見えませんけど、遠くの場所からの加勢は加勢で、慎ましやかに、一歩も二歩もひいて。ネ。
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