友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

昔のことにこだわらない

2018年01月24日 17時22分54秒 | Weblog

  朝から冷たい風が強く寒い日になった。姉のところへ見舞いに行く日だったから、ちょっと心配だったが雪もなく無事に行ってくることができた。最近、視力が落ちているのか、ものがとても見にくい。見えないわけではないが、気のせいなのかぼんやりしているように思う。義弟が相撲協会の八角理事長は辞めなきゃーだめだ」と力説する。興行を主にするのか、伝統を重んじるのか、はっきりさせないと協会の存続も難しいだろう。

 韓国で行われる冬季オリンピックに北朝鮮が参加することに反対する人々がいるが、みんなが仲良くやれることが一番大事だと私は思う。今朝の新聞に、奈良県の町議がフェイスブックに国会議員を名指しして「極悪非道の在日コリアン」と決めつけ、「万死に値する」「両足を牛にくくりつけて股裂きの刑にしてやりたい」と載せているとあった。どのようないきさつから生まれた文なのか分からないが、少なくともまともな人間がすることではない。

 「モンゴル人」や「朝鮮人」をなぜか嫌う人がいるが、私たち日本人には「モンゴル人」や「朝鮮人」の血がより濃く流れているだろう。「モンゴル人」や「朝鮮人」を否定するのは自らを否定することであり、皇室を否定することだろう。どうして同じ血を受けながら「他民族」を毛嫌いするのだろう。福島県の人は長州軍に「賊軍」の汚名を着せられ、多数の死傷者を出したことから、いまだに山口県の人が嫌いだと言う。

 それでも会津藩士の中には明治政府の陸軍将校になった人や東大総長になった人もいる。徳川幕府の中でも、江戸城の無血開城を行った勝海舟は新政府の外務大臣や兵部大臣などの要職に就いているし、函館戦争で最後まで新政府軍と戦った榎本武揚も逓信大臣や文部大臣などを務めている。新政府も有能な人物を有用したのであり、新政府と戦った幕臣たちも進んで新政府に協力しているが、暗殺されることはなかった。

 日本人には良い悪いは別にして、「昔のことにこだわらない」血が流れている。他人を非難しない血も?

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