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核融合(2)

2023-06-16 00:00:00 | 核融合
 前回当ブログ「核融合(1)」(2023.3.31 公開)で紹介した核融合に関する国家戦略案は、その後2023年4月14日に正式に決定され、「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略」が公表された。この中で、開発戦略や推進体制が次のように示されている。

 *国家戦略のビジョン
  この先 10 年を見据えた戦略として、「世界の次世代エネルギーであるフュージョンエネル
 ギーの実用化に向け、技術的優位性を活かして市場の勝ち筋を掴む、“フュージョンエネルギーの
 産業化”」 をビジョンに掲げる。 

 *ビジョン達成に向けた基本的な考え方と具体策
  ビジョンを達成するための基本的な考え方として、フュージョンインダス トリーの育成戦略、
 フュージョンテクノロジーの開発戦略、フュージョンエ ネルギー・イノベーション戦略の推進
 体制等に一体的に取り組む。
  ● 内閣府(科学技術・イノベーション推進事務局)が政府の司令塔とな り、フュージョン
   エネルギーの実用化というイノベーションの実現に向けて戦略を推進する。
  ● 原型炉への移行判断の後に体制を構築しては産業化に乗り遅れるため、体制構築に向けた
   議論を令和5年度より開始する。 
  ● QST(国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構) が保有する技術を早期に民間企業
   へ移転するため、研究開発から社会実装まで取り組むフュージョンテクノロジー・ イノベー
   ション拠点の早期設立を目指し、令和5年度から検討を開始する。

 核融合炉の安全性についても言及しており、次のように記されている。

  ● 安全規制に係る同志国間での議論に参画すること
     米国や英国等では安全規制に関する議論が先行しており、海外市場獲得のためには国際協調
           による規制の策定及び標準化が必要なため、 Agile Nations(アジャイルネーションズ)
     14の枠組みの下で「国際的な核融合規制へのアプローチ」に関する議論を行うためのワー
           キンググループ等に参画し、令和5年度にはワーキンググループとしての議論をまとめ
    る。
  ● 安全確保の基本的な考え方を策定すること
     安全規制の内容によってフュージョンエネルギーに必要な機器に要求される性能や設計等
           が変わるので、民間企業の参画を促進するために は早期に安全規制を検討する必要があ
           る。
           そのため、内閣府に、技術者や規制の専門家、一般市民を構成員とす るタスクフォースを
     設置し、関係省庁の協力を得ながら、フュージョン インダストリーの育成、原型炉開発の
     促進も念頭においた安全確保の基本的な考え方を産業化に乗り遅れないように検討する。
     なお、その際に、 核融合は核分裂とは原理が異なることから、規制を検討する体制も含め
           て議論を行う。  

 NHKはこれについて、次のように報じた。
 「次世代のエネルギー源として期待される核融合について、政府は初めてとなる開発戦略を正式に決定し、所管する高市経済安全保障担当大臣は『産業化の推進を図るなど多面的なアプローチを展開し、実用化を加速できるようにする』と述べました。
 核融合は太陽の内部で起きている反応で、人工的に起こすことで膨大なエネルギーを取り出すことができ、二酸化炭素や、いわゆる核のごみを出さないことから、日本も国際プロジェクトに参画するなどして、2050年ごろの発電の実現を目指しています。

 政府は、初めてとなる核融合の開発戦略を、14日、正式に決定しました。

 この中では、海外では民間も含めた開発競争がすでに起きているとして、日本企業の海外市場への参入を促すなどして、『研究開発の加速により、核融合による発電を早期に実現する』などとしています。

 イノベーション政策を所管する高市経済安全保障担当大臣は、14日の会見で『多面的なアプローチとして、産業協議会の設立やスタートアップなどの研究開発の支援、安全規制に関する議論などを新たに展開して、実用化を加速できるようにする』と述べました。」

 このように、核融合の研究開発は官民が一体となり、原型炉の実現と発電の実証に向けて加速されることになった。

 ところで、現在フランスで建設が進められているという国際熱核融合実験炉「イーター(ITER)」とはどのようなものか。この装置は「核融合発電」を目指すものなので、その発電機としての機構と性能はどのようなものか、いくつかの関連資料をあたってみた。

 まず、エネルギー発生の基になる「核融合」反応について。原料となる物質とその製法、そして反応、そこから得られるエネルギーの形態と大きさはどのようなものかである。

 核分裂と同様、核融合反応もまたアインシュタインの特殊相対性理論が予言する質量欠損によるエネルギーを利用するものであるはずである。

 自然界に存在する元素の質量はその構成物質である陽子、中性子、電子を足し合わせたものになるが、原子番号の異なる元素を詳しく見ていくと、その質量は単独の陽子、中性子と電子の単純な合計ではなく、元素の種類によりわずかに異なる小さな値となることが知られている。

 この差は質量欠損と呼ばれるもので、相対性理論が示すように質量とエネルギーは等価であることから、各元素の原子核の状態は陽子や中性子が単独でいる状態より低いエネルギーになっていることになる(以下では電子の質量は無視できるくらい小さいとしている)。

 言い換えれば、粒子が結合した原子核の状態から粒子をばらばらの状態にするためには外部からエネルギーを加えなければならない。このエネルギーのことを結合エネルギーと呼ぶ。

 次の図は各元素の中の核子(陽子と中性子の総称)1個当たりの質量の変化を示すものであるが、軽元素と重元素の両方で大きく、中間域では小さくなることがわかる。


各元素に対する核子1個当たりの質量(「プラズマ工学の基礎」産業図書発行を参考に筆者作成)
 
 この元素ごとの質量欠損を結合エネルギーに換算して示したものが次の図である。上図と方向は逆になるが、その特徴は次のようである。

図 核子1個当たりの結合エネルギーと元素の質量数との関係

 (1)核子1個当たりの結合エネルギーは、特に軽い元素を除いてほぼ一定 (6~9MeV)である。
 (2)質量数が約60の元素を最大として、それより小さい元素も、大きな元素も結合エネルギーは小さい。
 
 こうした原子核の特性は、軽い元素は結合することにより、重い元素は分裂することにより、より安定になることを意味していて、これを利用したものが核融合あるいは核分裂によるエネルギー発生であり、このエネルギーの利用形態の一つが発電ということになる。
 
 核融合反応は実際に太陽などの恒星内部でおきているが、中心温度の違いによるいくつかのタイプがあるとされる。我々の太陽の場合は、中心温度が1600万度Kであり、1000万度K以上で起きるとされている水素の原子核であるプロトンの核融合が起き、ヘリウムが生まれている。

 他の星の中心部では重水素の原子核の反応が、より低い温度、およそ250万度Kで起きているという。

 この温度だけをみると、以下に述べる核融合炉の目指す温度に比べると低いのではという印象を受けるが、これは星の中心部の、太陽の場合2500億気圧という超高圧下での反応であり事情は異なっていて、温度だけで決まるものではない。

 地上で核融合反応を起こす場合に比較されるのは、目下次の3つのケースである。

 1.水素の核融合・・・水素の原子核がプロトン(陽子)であることから陽子-陽子連鎖反応、p-pチェインなどと呼ぶ。4つの水素原子から1つのヘリウム4が生成される反応であり、以下の過程を経る(ウィキペディア「核融合反応」より)。

  ① 
    2つの陽子が融合して、重水素となり陽電子とニュートリノが放出される。

  ② 
    重水素と陽子が融合してヘリウム3が生成され、ガンマ線としてエネルギーが放出され
    る。

  ③ 
    ヘリウム3とヘリウム3が融合してヘリウム4が生成され、陽子が放出される。
 
 2.重水素の核融合・・・D-D反応と呼ばれるが、2つの重水素原子核が融合し三重水素またはヘリウム3が生成される。

 

 3.重水素と三重水素の核融合・・・D-T反応と呼ばれるもので、ヘリウム4と高エネルギー中性子を生成する。核融合反応の中でもっとも反応させやすいとされ、水素爆弾にも利用されている。この反応によって放出されるエネルギーは同じ質量のウランによる核分裂反応のおよそ4.5倍、同質量の石油を燃やして得られるエネルギーの800万倍(1gの核融合燃料は8tの石油に相当)に達するもので、核融合炉で使用される核融合反応として、実用化のために研究が進められているのがこの反応である。

   

 これらを次の図にまとめる。



 このように、現在開発が進められている核融合炉では、原料の入手可能性、技術面での到達可能性を考慮して、D-T反応を用いることを前提としている。

 D-T反応の一方の原料である重水素は、重水として海水中に0.015%存在するとされ、その濃縮方法も確立されている。実際、カナダでは現行の原子力発電所で冷却水として重水を使用しているとされる。この重水を電気分解することで重水素が得られる。

 もう一方の三重水素(トリチウム)は自然界にはほとんど存在しない。現在、福島原子力発電所の放射性廃棄物としてその海洋投棄が話題になっているものであるが、今のところこれを再利用するという話は聞かれておらず、ITERでもブランケットと呼ばれる構造材に含まれるリチウム(合金や化合物)に中性子を照射して得られる核反応生成物として、D-T反応で消費する以上のトリチウムを炉内で生成する方式が検討されている。

 代表的な反応は次のようであり、D-T反応で生成した中性子をブランケット中のリチウムに照射し、トリチウムとヘリウム4を生成する。

    

 D-T反応により外部に取り出されるエネルギーは、高エネルギー中性子によるもので、これをブランケット部で熱に変換して発電に利用する方式である。

 次に現在建設中のITERについての概要をみる。この国際プロジェクトへの参加極は、日本の他、欧州連合・アメリカ・ロシア・中国・韓国・インドで、合わせて35か国が参加している。


ITERへの参加国(青色)と建設場所(赤丸)(ウィキペディア資料に追記) 

 ITERの建設地はフランスのブーシュ・デュ・ローヌ県のサン・ポール・レ・デュランスに位置している原子力研究センター、カダラッシュの隣接地である。

 
ITERの建設地であるフランスのサン・ポール・レ・デュランス(ITER Japanの資料から)

ITER建設地の全景(量子科学技術研究開発機構発行資料より)


ITERの内部構造図(量子科学技術研究開発機構発行資料より)

 ITER日本国内機関としての政府指定を受けている量子科学技術研究開発機構では、ITERに必要な機器製作を分担し、次のような計画の基に納入をしてきており、2025年の”初プラズマ”を予定しているという。

 この初プラズマは水素を用いて行われるが、2035年には改良実験を重ねD-T核融合を目指すとされる。

 
日本の主な調達スケジュール(ITER Japanの資料から)

以下次回


 

 

 

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核融合(1)

2023-03-31 00:00:00 | 核融合
 最近、新聞やネットのニュースで「核融合」という語を目にする機会が増えてきたように感じていて、関心を持つようになった。きっかけとなったのは2022年12月18日の購読紙の「サイエンス」ページであったが、ここには核融合に関する技術的な解説記事と共に、核融合炉の建設・稼働における国際競争力を強化するため、日本政府が、初の国家戦略作りに乗り出したことが紹介された。


「核融合」について解説する読売新聞の「サイエンス Report」記事

 また、その後2023年2月28日には、次のようにこの国家戦略案が了承されたと報じられた。
 「内閣府の有識者会議は2月28日、二酸化炭素を出さない次世代のクリーンエネルギーとして期待される核融合の国家戦略案を大筋で了承した。来年度にも産官学が連携する協議会を設立するほか、2050年頃の発電実証時期の目標の前倒しを念頭に研究開発を加速させる。政府は今春、戦略案を正式に決定する。・・・」

 核融合と言えば、すでに学生時代からその言葉を耳にしていて、通っていた大学でもレーザー核融合の実験が進められていたので、原理的なことはある程度知っていたが、実用的な発電プラントとなると、その具体的な中身については知らなかったし、まだまだ随分先の夢のような話だと思っていた。

 一方、核兵器としては核分裂反応を用いる原子爆弾と共に、核融合反応を用いる水素爆弾が数か国で開発され、すでに実験が繰り返し行われているので、この地球上でも核融合反応は確かに起きていた。

 また、一時期「常温核融合」が電気化学的反応として起きたとの報告がなされ、大きな話題になったが、その後の追試験では確かな証拠が見いだせず、将来的なエネルギー源としての研究はほとんど聞くことがなくなった。

 こうした中、本格的な核融合の研究開発は着実に進められていて、日米欧露などが国際熱核融合実験炉「ITER」をフランスで建設していたことを上記の新聞記事で知った。同時に、こうした「国際協調」路線とは別に、近年の実現可能性の高まりを受けて、米・英・中などの各国では独自に核融合の開発を進めるといった「国際競争」も始まっていることから、日本政府もクリーンエネルギーの柱として、核分裂を利用する高速炉や高温ガス炉などの様々な革新炉の開発と共に核融合炉に関する戦略策定に乗り出したことになる。

 ITERが計画している巨大な超電導コイルを用いる方式とは別に、レーザー式にも進展があった。米エネルギー省は昨年12月、小指の先ほどの燃料に強力なレーザーを照射して核融合を起こし、燃料に投入したエネルギーの1.5倍の出力を生むことに成功したと発表している。

 日本でも、核融合炉の設計や開発を手掛ける「京都フュージョニアリング」、磁場の改良を進める「Helical Fusion」、レーザー核融合の実用化を目指す「EX-Fusion」といったベンチャー企業が登場し、核融合発電実現への期待は高まっていると感じさせる。

 半世紀以上前の1970年、「日本万国博覧会・EXPO'70」が大阪で開催された。この時、アメリカ館ではアポロ12号が持ち帰った「月の石」が話題となったが、このほかにも21世紀の現在では当たり前のように普及している、動く歩道、モノレール、リニアモーターカー、電気自転車、電気自動車、テレビ電話、携帯電話、缶コーヒー、ファミリーレストラン、ケンタッキーフライドチキンなどの製品やサービスが初めて登場した。

 そして、この万博会期中の1970年8月8日に、関西電力の最初の原子力発電所である「美浜原発1号機」からの送電が開始され、会場に電気が届けられた。

 私の部活動の先輩にも原子力工学科を専攻する方が数名いたが、その中のAさんは関西電力に就職が決まり、次々と建設されていく原子力発電所計画に参画していくことに、大きな夢と希望を語っていたことを思い出す。

「日本万国博覧会・EXPO'70」のスタンプ帳から、会場全景


「日本万国博覧会・EXPO'70」のスタンプ帳から、会場案内図
 
 「人類の進歩と調和」をテーマとして開催された「日本万国博覧会・EXPO'70」と機を一にして日本でも始まった原子力発電は、その後の日本の経済成長を支える役割を果たしてきた。しかし他方で、よく知られているところでは1979年3月28日の米国スリーマイル島原子力発電所事故や、1986年4月26日のソ連チェルノブイリ原子力発電所での大事故に見舞われて、ついには2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震の津波により、福島第一原子力発電所炉心溶融・水素爆発事故が起こり、福島県を中心に日本に大災害をもたらす結果となった。 

 東京電力福島第一原発事故の後、日本国内の57基の原発はいったんすべて運転を停止した。事故後に発足した原子力規制委員会が新しい規制基準を策定し、九州電力川内原発1号機がその新基準の下で2015年8月に再稼働した。資源エネルギー庁によると、2023年1月現在、日本国内で再稼働している原発は、関西電力大飯原発3号機や高浜原発4号機など10基(定期検査で停止中も含む)である。

 今後、「核融合炉」の開発と運転を進める際には、原子力発電所のこうした事故や高レベル放射性廃棄物に対する不安、またアメリカのビキニ環礁における水爆実験による放射能被害などに対する懸念を解消する取り組みも求められる。今春発表されるという政府の戦略案にどのように盛り込まれるのか、期待したいと思う。

 核分裂と核融合、異なる原理によるもので、その安全性もまた異なるはずであるが、どうしても我々日本人には核兵器というところでのつながりにも連想が働いてしまう。
 私自身も「核融合」反応の実際や「核融合発電」の具体的な仕組みと、核融合発電のメリットとデメリットについてもう少し理解を深めたいと思うのである。

 



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