軽井沢からの通信ときどき3D

移住して10年目に入りました、ここでの生活と自然を写真と動画で発信しています

クマサカガイ

2022-05-20 00:00:00 | 
 ショップの仕事の関係で、妻の従妹家族が来訪したので、近くの軽井沢銀座通りに最近オープンしたレストランで夕食をご一緒した。
 
 妻の従妹夫婦、その娘夫婦と私達の6人で出かけたのであったが、若い二人は、出てくる料理の見栄えの良さ、味、ボリュームにいちいち驚嘆の声をあげながら、他には客もいなかったことも手伝って、にぎやかに食事をした。

 料理の写真をスマホのカメラで撮影していた従妹の娘婿のTさんが、そのうちスマホの画面に何やら別の写真を表示して皆に見せ始めた。貝殻の写真をインターネットで検索して、見つけ出したもののようであったが、昼間軽井沢銀座通りを散策しているときに、その写真と同様の貝殻を、とある店で見かけたのだという。

 興味を持ったものの、そのまま買わずに帰ってきてしまったことを、どうも悔やんでいる模様である。スマホの画面を改めて見せてもらうと、1個の大き目の巻貝の周囲に放射状に別の小さな巻貝が付いているもので、人工的な作品のように見える。しかし、これはそうした加工品ではなく、自然のものだという。名前はクマサカガイとのことであった。

 その場にいた6人は皆、こうしたちょっと珍しい品々に興味をもつ面々であり、衆議一決、これは買うべきであるということになった。4人はこの日、自宅に帰る予定であり、そのクマサカガイを売っていた店はもう閉まっているので、翌朝一番に私が買いに行くことに決まった。

 翌朝、その店に行くとまだ開いていなかったので、電話をかけてみると、この日は都合で午後1時から開店するという。「周囲に貝殻を付けた、面白い貝殻を昨日友人がみつけたが、買わずに帰ってしまったので、代わりに私が買って、送り届けたいのですが・・・」と伝えると、「クマサカガイのことですね」という返事。今、店には1個だけ置いているとのことなので、それを予約し、午後受け取りに行く約束をした。

 そうして購入した貝殻が次の写真のものである。Tさんがインターネットの検索写真で見たものと、とてもよく似ていて、直径7センチほどのごく薄い白い巻貝の貝殻の周囲に、小さな貝殻が規則正しくくっついていて、全体としては外径が10センチほどになっている。


購入したクマサカガイの標本(2022.5.19 撮影)

 写真の右下には貝殻が付いていない部分があるが、どうも3カ所ほど脱落したような跡が見える。やや残念な気もするが、それでも造形的にとても見事にできていて、感心させられることしきりである。

 Tさんはじめ、前の晩の夕食参加者全員に、写真を送り、無事入手できたことを伝えたが、Tさんも私もまだ半信半疑で、本当に自然のものだろうかという話になった。そこで、小さな貝殻がついている根元部分を改めて撮影してTさんに送り、人為的に接着加工したものではないことを確認して、やはり貝が作り上げた本物であると納得したのであった。

 拡大写真からは、親の巻貝の成長過程でしっかりと小さな巻貝を取り込んでいることがわかる。次のようである。


クマサカガイの標本(部分拡大 2022.5.19 撮影)

 以前、中国地方に旅行したとき、川虫が小さな小石を集めて、人形のように作りあげたものを10数個ほど並べて、大名行列風に仕上げた土産物を買ってきたことがある。ザザムシ人形と呼ばれているものであったと思うが、今回のクマサカガイの形はそれを上回る見事な出来栄えである。

 それにしても、一体どのようにして小さな巻貝を取り込むのか、そもそも何故このようなことをするのか、謎だらけである。

 親の巻貝がまだ小さい時には、取り込む巻貝もそれに見合って小さく、次第に大きい巻貝をくっつけているところも、何とも面白く、見ていて飽きることがない。
 

クマサカガイの標本(部分拡大 2022.5.19 撮影)

 クマサカガイとはどのような貝なのか、調べてみると次のようである。

 クマサカガイは、軟体動物門腹足綱クマサカガイ科の巻貝で、英語名は carrier shell、 学名は Xenophora pallidulaという。 
 高さ4cm,径7cmに達する。白色の殻は非常に薄く低い円錐形。殻表には他の貝殻(多くは死殻であるが、ときには生きた貝)をつけているのを、盗賊の熊坂長範が七つ道具を背負っているのに見立ててこの名がある。
 房総半島以南,西太平洋,インド洋に広く分布し,水深30〜200mの砂礫底にすみ、漁網にかかるという。
 他の貝殻を付着させる習性は、擬態のためより貝殻の補強とする見解があるが、確かにクマサカガイの貝殻はとても薄く脆そうである。ヨーロッパ、アメリカにも同属の貝がいて、周囲に貝殻を多くつける種を「貝類学者conchologist」、小石をつける種を「地質学者geologist」とあだ名しているとのこと。

 今回の標本も、このように日本の近海で、漁師の網にかかり引き上げられたものと推察されるが、「クマサカ」とは物語に登場する熊坂長範からとったものであった。詳しいことは忘れてしまったが、子供の頃、牛若丸の話の中にその名前を聞いた覚えがある。

 ところで、インターネットであれこれ関連情報を調べていて、「クマサカガイ」に似た「アベガイ」の事について述べた面白い記事を見つけた。

 西日本新聞朝刊の「春秋」という欄(2017/12/29 掲載)で紹介されたもののようであるが、一部を紹介すると、次のような内容で、現在の世情に合わせ読むとなかなか興味深い記事になっている。

 「深海に『クマサカガイ』という巻き貝がいる。円すい形の貝殻の表面に他の貝の殻や小石などを粘液でくっつけている。変わった名前は平安時代の伝説の盗賊『熊坂長範』から。
 歌舞伎などに登場する長範は太刀や薙刀など多くの武器を背負っている。いろんな物を殻に付けた貝の姿は長範を連想させたのだろう。
 『アベガイ』もいろんな武器を背負いたがるようだ。北朝鮮の核・ミサイルに対抗するための地上配備型迎撃ミサイルや長距離巡航ミサイルの導入、中国の海洋進出を視野に護衛艦を『空母』化する計画も。
 敵の基地を先制攻撃することが可能なミサイルや、戦闘機が発着できる空母を持つことは、日本が大切にしてきた『専守防衛』から逸脱する恐れがある・・・
 集団的自衛権の行使容認や武器輸出三原則の見直しなどもしかり。官邸の深い海の底で決め、1強の力で押し切るのがアベガイの習性か・・・
 クマサカガイの習性は、敵の目をくらますためとも、自分の殻を強化するためとも。二枚貝の殻を身に着けるときは、空の内側が見えるようにくっつけるという。死んだ貝のように見せて戦いを避ける狙いか。勇ましい長範よりも巻き貝の知恵の方が、平和国家にはふさわしい。」

 さて、クマサカガイの何とも不思議なこの姿。一体どのようにしてこのような形に成長していくのかが研究されているのだろうかと思い、更に資料を求めていて、次の東京大学の研究者と思われる方のレポートに出会った(http://www.bs.s.u-tokyo.ac.jp/~naibunpi/Umi-urara/Xenophora.pdf)。

 それによると、クマサカガイは「他の貝殻、小石等、時には落ちているサメの歯なんかもくっ付ける。彼らは『収集癖のある貝』なのだ。英俗名の Carrier Shells は、“物を背負う”、“貝”の意味で、科名のXenophoraにもギリシ ャ語で “異物”、“背負う”という意味がある。貝が小さい間は小さい物をくっ付け、大きくなるにしたがって、放射状に徐々に大きな貝殻や小石を自分の殻に接着させる。」という。

 気になる接着の方法についても述べられていて次のようである。
 
 「クマサカ貝類は日本沿岸、インド洋等の『比較的深い海』に生息し、生態にはまだまだ 『謎』が多い。深海性ゆえ、貝をくっ付ける理由もはっきり判っておらず、諸説ある。A:自分の殻が薄いので、それを補う為に周辺の物をくっ付けるのではないかという『補強説』、 B:自分の殻が見えない様に物で覆い、外敵から見えにくくする、『カモフラージュ説』、C: 背 負っている貝殻の種類から、クマサカ貝の棲んでいる海底も“泥質で柔らかい”事が判る。 その為、泥に沈みにくくする為に付着物で張り出しているという『かんじき説』等である。・・・
  口吻(口先の部分)が長いのがクマサカ貝類の特徴で、彼らは、この“吻”を象の鼻の様に器用に動かし、貝殻等をくっ付けてゆく。貝殻を付けるクマサカ貝の多くは、拾った巻貝は『殻の 口の部分を外向きに』、二枚貝を拾うと『内側を上に』して付着させる習性があるらしい。これは、不必要に外敵に狙われない為に、『私は死んだ貝ですよ、食べても美味しくないですよ』とい うメッセージを伝えているのではないか、と仮説を立てた方がい たが、なるほど、『死んだフリ』は効果がありそうだ。・・・」

 このレポートにはクマサカガイが口吻を使っ て小石を順に付着させている様子(下側より見たところ)が図示されているので、今回入手した標本の写真にそれを当て嵌めると次のようになるものと推定される(筆者作成)。 


クマサカガイが口吻を使って小さな巻貝を順に付着させている様子を下から撮影した写真に追記した想像図。黄色く色を付けた貝が新しく付着させるもの。

 水槽で飼育しているクマサカガイが貝をくっつける様子も紹介されていて、次のようであり、なるほどと納得させられる。

 「水槽内で観察されたクマサカ貝は,くっ付ける『物』 の選定に長い時間をかけ、口の先の部分で選んだ貝を丹 念に掃除し(汚れが付いたままだと接着力が弱まる)、続 いて、自分の殻の『接着予定地』の清掃をし、貝殻を分 泌する外套膜と呼ばれる部分から、接着剤の役割をする液状の貝殻物質を分泌し、『物』を丁寧にくっ付け、 固定されるまで、長くて10時間程ジッと動かずに居るそうだ。その後、シッカリと『物』がくっ付いたかどうか、くまなく確かめるという念の入れようだ・・・」

 生きているクマサカガイの展示は、葛西臨海水族園、沼津港深海水族館、沖縄美ら海水族館などで行われているとの情報もあるので行ってみたい気がする。沖縄美ら海水族館が紹介しているクマサカガイの写真には何とも愛らしい顔も紹介されている。
 先のレポートにあったような、クマサカガイが他の貝殻をくっつける様子もタイムラプスで撮影するとどんなふうになるか見てみたい気がする。

 昨晩、我が家では、妻がハマグリの酒蒸しを作ってくれ、アサリとはまた違ったその美味を楽しんだのであったが、クマサカガイの顔がチラと頭をよぎるのであった。


コメント
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