まさおさまの 何でも倫理学

日々のささいなことから世界平和まで、何でも倫理学的に語ってしまいます。

「ハインツのジレンマ」

2010-12-21 16:30:58 | グローバル・エシックス
心理学者のローレンス・コールバーグは 「ハインツのジレンマ」 という例題を子どもに考えさせ、
その解答によって道徳性の発達段階を分析・分類しました。
その例題は以下のようなものです。


ハインツのジレンマ

1人の女性が病気で死にかけていますが、ある薬によって助かる可能性があります。
それは、同じ町に住む薬剤師が開発したものです。
薬剤師は、その薬を作るのにかかった費用の10倍の2000ドルの値をつけました。
女性の夫ハインツは知り合い全員にお金を借りましたが、費用の半分しか集められませんでした。
ハインツは自分の妻が死にかけていることを話し、安く売ってくれるように、
さもなければ残りを後で払えないかと薬剤師に頼んでみました。
しかし、薬剤師の返事は 「ダメだ、私がその薬を発見したんだし、
その薬で金儲けをするつもりだからね」 でした。
ハインツはやけを起こして薬局に押し入り、妻のためにその薬を盗み出しました。
ハインツはそんなことをしてよかったのでしょうか、いけなかったのでしょうか?
理由も答えてください。


これが 「ハインツのジレンマ」 です。
盗みを働いて妻を助けるか、それとも妻を見殺しにするかという二者択一を迫る問題です。
よいか悪いか、いずれが正解ということはありませんが、
どういう理由づけをしているかによって、コールバーグは、
以下の3つのレベルとそれぞれ2段階、計6段階に道徳性の発達段階を分類しました。


1.慣習以前のレベル

第1段階=罰と服従への志向
 罰の回避と力への絶対的服従がそれだけで価値あるものとなり、罰せられるか褒められるかという行為の結果のみが、その行為の善悪を決定する。

第2段階=道具主義的相対主義への志向
 正しい行為は、自分自身の、また場合によっては自己と他者相互の欲求や利益を満たすものとして捉えられる。具体的な物・行為の交換に際して、「公正」であることが問題とされはするが、それは単に物理的な相互の有用性という点から考えられてのことである。

2.慣習的レベル

第3段階=対人的同調あるいは「よい子」への志向
 善い行為とは、他者を喜ばせたり助けたりするものであって、他者に善いと認められる行為である。多数意見や「自然なふつうの」行為について紋切り型のイメージに従うことが多い。行為はしばしばその動機によって判断され、初めて「善意」が重要となる。

第4段階=「法と秩序」の維持への志向
 正しい行為とは、社会的権威や定められた規則を尊重しそれに従うこと、すでにある社会秩序を秩序そのもののために維持することである。

3.脱慣習的レベル

第5段階=社会契約的遵法への志向
 ここでは、規則は、固定的なものでも権威によって押し付けられるものでもなく、そもそも自分たちのためにある、変更可能なものとして理解される。正しいことは、社会にはさまざまな価値観や見解が存在することを認めたうえで、社会契約的合意にしたがって行為するということである。

第6段階=普遍的な倫理的原理への志向
 正しい行為とは、「良心」にのっとった行為である。良心は、論理的包括性、普遍性ある立場の互換性といった視点から構成される「倫理的原理」にしたがって、何が正しいかを判断する。ここでは、この原理にのっとって、法を超えて行為することができる。
                           (以上、ウィキペディア 「ローレンス・コールバーグ」 より)

カント主義者から見ると、なかなかよくできた分類のようにも思われますが、
コールバーグのこの理論に対しては、キャロル・ギリガンによる批判が有名です。
この発達段階理論は、男性的な 「正義の倫理」 という観点に偏っているというのです。
女性のことはなんとか助けてあげたいし、薬屋さんから盗んでしまったら薬屋さんがかわいそうだし、
といったところで躓いて、どちらも選べなくなってしまう女の子たちは、
コールバーグ理論によれば、せいぜい第3段階に位置づけられることになりますが、
この発達段階理論には、そもそも女性的な 「ケアの倫理」 という観点が抜け落ちている、
というのがギリガンによる批判です。
女性は男性と違い、ケア、つまり他者への援助という観点から道徳的問題を捉えているのだ、
というのがギリガンの 『もうひとつの声』 の主張でした。
男性は 「正義の倫理」、女性は 「ケアの倫理」 といったように、
男女の性差を固定化するようなギリガンの理論に対しては、
その後フェミニズムのなかからも批判が出されましたが、
「正義の倫理」 に偏っていたそれまでの倫理学の流れを修正したという意味では、
ひじょうに重要な提起だったろうと思います。

さて、久しぶりに倫理学の真面目な話題を取り上げたのは、
コールバーグの道徳性発達段階理論を紹介したかったからでも、
ギリガンの 「ケアの倫理」 を紹介したかったからでもありません。
最近私が勝手に「創造的問題解決の倫理学」 とか
「オルターナティブ倫理学」 と名づけているものを紹介したくて、
そのために 「ハインツのジレンマ」 の話をしておかなきゃいけなかったわけです。
「創造的問題解決の倫理学」、「オルターナティブ倫理学」 については後日論じることにしましょう。


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